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銃弾は始まりの合図
①
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シラサカは遊園地に一度も行ったことがなかった。言葉の響きからして、子供騙しなものだとなめてかかっていた。
「ちょっと休憩……」
近くのベンチに腰掛けて、一息つく。絶対口にはしないが、頭がぐるぐると回っていた。
「えー、ジェットコースター二回乗っただけじゃん!」
マキは両手を腰に当てて、ここぞとばかりに主張してくる。
「二回も乗れば十分だろ」
正式名称はローラーコースター。ジェットコースターというのは日本の呼び名であり、和製英語である。どちらの呼び方にせよ、こんなに神経をすり減らすものだとは思わなかった。
「平日で空いてるから、繰り返し乗れるんじゃん。乗れば乗るほど楽しくなるって」
むやみやたらに引っ張り回され、挙げ句の果てには逆さ吊り。こんなものの何が楽しいのか、全く理解出来ない。
「人は見かけによらないものだな」
松田もマキ同様に平然としている。見かけによらないのはどっちの方だと言いたくなった。
「俺も疲れたから、ちょっと休むわ。マキ、先生とふたりで乗ってこいよ」
そう言って、レイはシラサカの隣に腰掛ける。
「え!? レイ、大丈夫?」
マキはレイが心配で仕方ないらしく、側に駆け寄って額に手を当てる。
「熱はないよね。ドクター、ちゃんと診てあげて!」
何のためのドクターだと言わんばかりに、マキは松田に食ってかかる。
「少し休んでりゃ治るって」
「本人がそう言ってんだから、問題ないだろ」
同調するように、松田はレイの髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「先生、俺、そんなガキじゃねえし」
レイは不服そうだったが、拒絶することはしなかった。
「やめてほしけりゃ元気になることだな。少年その二、もう一回乗るぞ」
松田はマキの腕を取り、再びコースターの入場口へと向かう。平日で空いているとは言っても、人気のアトラクションらしく、列が出来ていたから。
「変な呼び方やめてよ、ドクター。サカさん、レイのこと、ちゃんと見ててよね!」
どうやら乗り足りないらしく、マキは素直に松田に従った。ふたりの後ろ姿が見えなくなったことを確認して、シラサカは大きな溜息をついた。
「ジェットコースターが苦手なら、そう言えばいいのに」
レイが残ってくれたのは、シラサカを休ませるためだったようだ。
「苦手っつーか、初めてだったんだよ」
「マジかよ」
少なからず驚いたようで、レイは目を丸くする。
「女と何回も来てると思ってた」
「こんなところに来るような女と、つきあったりしねえよ」
ここは硝煙も血の臭いもしないし、生と死の狭間を行き来することもない。平和で穏やかな時間がゆったりと流れている。
「それに、十五歳まではドイツにいた。日本へは、半ば強制的に連れて来られたようなものだから」
こんな機会は滅多にないので、少しだけ昔のことを話してみることにする。案の定、レイは食いついてきた。
「今もドイツ語、話せんのかよ」
「Sprechen Sie jetzt, natürlich ohne Probleme.(勿論、今も問題なく話せるぜ)」
きちんと話してやったのに、レイは失望したかのように、大きな息を吐き出した。
「そうやって、女口説いてんだな」
否定はしない。目の色が青いというだけで女は寄ってくるし、優しく異国の言葉を囁けば、簡単に落ちてくれるから。
「向こうではクレーエって揶揄されたのに、こっちじゃ普通だもんな」
「カラスねえ。うまいこというじゃねえか」
レイはドイツ語も難なく理解しているらしかった。
「おまえ、前に言ってたよな、反対側に興味があるって」
親と組を潰された腹いせに、水上の息子は生徒を人質にしてレイが通っていた高校に立てこもった。警察とマスコミにハナムラの存在をアピールするためだった。結果的には花村の人脈によって事なきを得たが、その際、シラサカとレイは警察の特殊部隊(SIT)を装って、校内に侵入していた。
「ああ、正義の味方ゴッコのことか。知ってるか、ドイツではGSG-9って組織なんだぜ」
「知ってる。診療所でやることなくて暇だったから、色々調べた」
レイの言葉を受け、シラサカの目が輝きに満ちる。
こういう世界に長くいると、より危険なものを求めるようになるのだ。それが近くにあればあるほど、楽しく感じられるから不思議なものである。
「GSG-9の未解決事件のファイルの中に、興味深いものがあってな。今から十五年前、身寄りのない子供を集めて暗殺者として育成する組織が存在したそうだ。組織の名は、ドイツ語で宝石の原石を意味するエーデルシュタイン。幹部も代表者の存在も一切不明。暗殺者となった子供には、アルファベットのAからZのコードネームがつけられていた。GSG-9がアジトの教会に踏み込んだときには、暗殺者と思しき子供二十四名が死体となっていた」
十五年前、ドイツという言葉だけで、ここまで導き出してくるとは。
「それで?」
興味津々で、シラサカは先を求めた。
「A~Zまでのアルファベットは全部で二十六。教会の死体は二十四。単純な引き算だ。ふたり足りない」
シラサカの背中がぞくりと震えた。それは恐怖ではなく、喜びによるものだった。
「子供とはいえ、暗殺者として教育されていたんだ。簡単にやられるわけがねえ。彼らをバラしたのは同じ暗殺者、身内って線が濃厚だ」
「身内に裏切り者がいたってことか。災難なことだな」
「死んだ子供達は皆、心臓を一発で撃ち抜かれて絶命していたそうだ。水上邸の殺人事件の犯人と、全く同じ手口でな」
頭が回りすぎるのも考えものだぞ、レイ。
心に浮かんだ言葉を口にすることはせず、シラサカは大げさに肩をすくめてみせた。
「こんな神業もどきなことを出来る奴が、何人もいるとは考えられねえ」
「いるんじゃねえの、世界は広いんだからさ」
カーブを投げるんじゃなく、ストレートでこい。きっちり打ち返してやるぜ。
シラサカはレイをじっと見つめた。レイもまた目を反らさなかった。
遊園地という平和な場所で、男達が見つめ合っている姿はさぞ滑稽なことだろう。そんなときだった、近くで爆発音がしたのは。
「なんだ、今の音?」
「日中だし、花火なわけねえよな」
ひとまず小休止し、シラサカとレイは立ち上がり、周囲を見渡した。少し離れた場所から煙が上がっている。
「なんかヤバそうな雰囲気だな。面倒なことになる前に引き上げるか」
無関係であっても、警察と関わりになることは厳禁。表の世界に踏み込まないことが、生き延びるためのルールなのだから。
「マキと先生、呼び戻してくる」
「だったら俺が」
「さっきまで頭回ってたんだろ、もうちょい休んどけよ」
レイには全てお見通しらしかった。症状が治まったとはいえ、帰りの運転が待っている。シラサカは好意を素直に受けることにした。
「ちょっと休憩……」
近くのベンチに腰掛けて、一息つく。絶対口にはしないが、頭がぐるぐると回っていた。
「えー、ジェットコースター二回乗っただけじゃん!」
マキは両手を腰に当てて、ここぞとばかりに主張してくる。
「二回も乗れば十分だろ」
正式名称はローラーコースター。ジェットコースターというのは日本の呼び名であり、和製英語である。どちらの呼び方にせよ、こんなに神経をすり減らすものだとは思わなかった。
「平日で空いてるから、繰り返し乗れるんじゃん。乗れば乗るほど楽しくなるって」
むやみやたらに引っ張り回され、挙げ句の果てには逆さ吊り。こんなものの何が楽しいのか、全く理解出来ない。
「人は見かけによらないものだな」
松田もマキ同様に平然としている。見かけによらないのはどっちの方だと言いたくなった。
「俺も疲れたから、ちょっと休むわ。マキ、先生とふたりで乗ってこいよ」
そう言って、レイはシラサカの隣に腰掛ける。
「え!? レイ、大丈夫?」
マキはレイが心配で仕方ないらしく、側に駆け寄って額に手を当てる。
「熱はないよね。ドクター、ちゃんと診てあげて!」
何のためのドクターだと言わんばかりに、マキは松田に食ってかかる。
「少し休んでりゃ治るって」
「本人がそう言ってんだから、問題ないだろ」
同調するように、松田はレイの髪をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「先生、俺、そんなガキじゃねえし」
レイは不服そうだったが、拒絶することはしなかった。
「やめてほしけりゃ元気になることだな。少年その二、もう一回乗るぞ」
松田はマキの腕を取り、再びコースターの入場口へと向かう。平日で空いているとは言っても、人気のアトラクションらしく、列が出来ていたから。
「変な呼び方やめてよ、ドクター。サカさん、レイのこと、ちゃんと見ててよね!」
どうやら乗り足りないらしく、マキは素直に松田に従った。ふたりの後ろ姿が見えなくなったことを確認して、シラサカは大きな溜息をついた。
「ジェットコースターが苦手なら、そう言えばいいのに」
レイが残ってくれたのは、シラサカを休ませるためだったようだ。
「苦手っつーか、初めてだったんだよ」
「マジかよ」
少なからず驚いたようで、レイは目を丸くする。
「女と何回も来てると思ってた」
「こんなところに来るような女と、つきあったりしねえよ」
ここは硝煙も血の臭いもしないし、生と死の狭間を行き来することもない。平和で穏やかな時間がゆったりと流れている。
「それに、十五歳まではドイツにいた。日本へは、半ば強制的に連れて来られたようなものだから」
こんな機会は滅多にないので、少しだけ昔のことを話してみることにする。案の定、レイは食いついてきた。
「今もドイツ語、話せんのかよ」
「Sprechen Sie jetzt, natürlich ohne Probleme.(勿論、今も問題なく話せるぜ)」
きちんと話してやったのに、レイは失望したかのように、大きな息を吐き出した。
「そうやって、女口説いてんだな」
否定はしない。目の色が青いというだけで女は寄ってくるし、優しく異国の言葉を囁けば、簡単に落ちてくれるから。
「向こうではクレーエって揶揄されたのに、こっちじゃ普通だもんな」
「カラスねえ。うまいこというじゃねえか」
レイはドイツ語も難なく理解しているらしかった。
「おまえ、前に言ってたよな、反対側に興味があるって」
親と組を潰された腹いせに、水上の息子は生徒を人質にしてレイが通っていた高校に立てこもった。警察とマスコミにハナムラの存在をアピールするためだった。結果的には花村の人脈によって事なきを得たが、その際、シラサカとレイは警察の特殊部隊(SIT)を装って、校内に侵入していた。
「ああ、正義の味方ゴッコのことか。知ってるか、ドイツではGSG-9って組織なんだぜ」
「知ってる。診療所でやることなくて暇だったから、色々調べた」
レイの言葉を受け、シラサカの目が輝きに満ちる。
こういう世界に長くいると、より危険なものを求めるようになるのだ。それが近くにあればあるほど、楽しく感じられるから不思議なものである。
「GSG-9の未解決事件のファイルの中に、興味深いものがあってな。今から十五年前、身寄りのない子供を集めて暗殺者として育成する組織が存在したそうだ。組織の名は、ドイツ語で宝石の原石を意味するエーデルシュタイン。幹部も代表者の存在も一切不明。暗殺者となった子供には、アルファベットのAからZのコードネームがつけられていた。GSG-9がアジトの教会に踏み込んだときには、暗殺者と思しき子供二十四名が死体となっていた」
十五年前、ドイツという言葉だけで、ここまで導き出してくるとは。
「それで?」
興味津々で、シラサカは先を求めた。
「A~Zまでのアルファベットは全部で二十六。教会の死体は二十四。単純な引き算だ。ふたり足りない」
シラサカの背中がぞくりと震えた。それは恐怖ではなく、喜びによるものだった。
「子供とはいえ、暗殺者として教育されていたんだ。簡単にやられるわけがねえ。彼らをバラしたのは同じ暗殺者、身内って線が濃厚だ」
「身内に裏切り者がいたってことか。災難なことだな」
「死んだ子供達は皆、心臓を一発で撃ち抜かれて絶命していたそうだ。水上邸の殺人事件の犯人と、全く同じ手口でな」
頭が回りすぎるのも考えものだぞ、レイ。
心に浮かんだ言葉を口にすることはせず、シラサカは大げさに肩をすくめてみせた。
「こんな神業もどきなことを出来る奴が、何人もいるとは考えられねえ」
「いるんじゃねえの、世界は広いんだからさ」
カーブを投げるんじゃなく、ストレートでこい。きっちり打ち返してやるぜ。
シラサカはレイをじっと見つめた。レイもまた目を反らさなかった。
遊園地という平和な場所で、男達が見つめ合っている姿はさぞ滑稽なことだろう。そんなときだった、近くで爆発音がしたのは。
「なんだ、今の音?」
「日中だし、花火なわけねえよな」
ひとまず小休止し、シラサカとレイは立ち上がり、周囲を見渡した。少し離れた場所から煙が上がっている。
「なんかヤバそうな雰囲気だな。面倒なことになる前に引き上げるか」
無関係であっても、警察と関わりになることは厳禁。表の世界に踏み込まないことが、生き延びるためのルールなのだから。
「マキと先生、呼び戻してくる」
「だったら俺が」
「さっきまで頭回ってたんだろ、もうちょい休んどけよ」
レイには全てお見通しらしかった。症状が治まったとはいえ、帰りの運転が待っている。シラサカは好意を素直に受けることにした。
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