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プロローグ
②
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十五年後、日本、東京某所。
『ここまで来てキャンセル? 遠路はるばるやってきたのに、ジャパニーズマフィアはマナーを知らないのかよ』
男はとある高級ホテルの一室で、かかってきた国際電話に文句を言っていた。
『仕方ないだろ、Z。依頼主がきれいさっぱり消えちまったんだから』
電話の相手は、Zと呼ばれた男に仕事を紹介する仲介者で、コールと呼ばれていた。長いつきあいとなった今では、気軽に愚痴を言える間柄となっていた。
『依頼しといて殺されるってバカだろ。街にジャパニーズポリスがやたらいるのも、その影響?』
『ミズカミはジャパニーズマフィアの古参的存在らしいからな。それがいきなり消滅とくれば、騒ぎになって当然だろ』
Zはカーテンを開け、景色を眺めた。整備された街の中を歩くのは、髪の色の黒い人達ばかり。
『金は前払いでもらっていることだし、羽をのばしてこいよ、Z。ジャパンはおまえの大好きなKの故郷だろ』
Kという名を聞くと胸がざわつく。Zが生きるのはKがいるから。彼は今もどこかで生きていると確信しているから。
『Kの生まれはドイツだよ。青い目をしているのに髪が黒いのは、母親にジャパンの血が流れているだけだって言ってたから』
Zは外国人だが、仕事柄、英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語、日本語を話すことが出来る。なので、テレビから流れてくる言葉も概ね理解出来ていた。内容は実につまらないものだ。ここは平和すぎてZのいる場所ではなかった。
『キャンセルのお詫びに、ひとついいことを教えてやろう。ジャパンにはハナムラという暗殺組織があるそうだ。ミズカミを壊滅させたのは、その組織ではないかと言われている。そこには、青い目をした凄腕の暗殺者がいるらしいぜ』
青い目の暗殺者と聞いて、Zの目が輝いた。
『それって、Kのこと!?』
『さあな。名前はシラサカというらしいが、偽名だろう。身元がわかるものは何一つなく調べようはないが、殺されたミズカミ達は皆、心臓を一発で撃ち抜かれて絶命していたらしい』
心臓を一発、その言葉でZは確信した。
『Kだよ、それ、絶対にKだ! やっぱり生きてた、まさかジャパンにいるなんて。ねえ、会いたい。コール、Kの居所を探して!』
『探してやってもいいが、タダでは無理だぞ』
『前払いでもらってた報酬、全部あんたにやる。だから、Kの情報をちょうだい』
『オーケー、交渉成立だ』
そこで電話は切れた。仕事となると無駄話をしないのがコールの良いところである。Zは携帯をベッドに放り投げた後、ダイブした。
『やっと見つけた。もうすぐ君に会えるんだね』
Zの脳裏に懐かしい思い出が蘇る。
***
母親はハンブルクの歓楽街レーパーバーンの娼婦、父親は知らない。母は十歳の時に死去。他に身寄りのない子供が生きることは難しく、野垂れ死にする寸前のところを暗殺組織「エーデルシュタイン」に拾われ、Zという名を与えられる。
右も左もわからず放り込まれたそこは、血と闇が支配する場所だった。自分が生きるために人を殺すという究極の選択は、十歳の子供にはとても受け入れ難く、毎日泣いてばかりだった。
【銃の撃ち方も知らないのに、なんでこんなところに来たんだよ】
そんなある日、Kと出会った。五つ年上だというが、大人顔負けの射撃の腕を持っており、父親が組織の幹部だという噂だった。青い目をしているのに髪の色が黒いことから、クレーエ(ドイツ語でカラス)と揶揄する者もいた。泣きながら事情を説明すれば、Kは笑い、Zの頭を撫でた。
【俺が全部教えてやる。だから生き残るんだ、Z】
KはZを弟のように可愛がってくれた。そんなKをZは尊敬し、崇拝した。KだけがZの希望だったから。
やがて組織の存在が表に出そうになり、Kは暗殺者全員の殺害を命じられた。そのことをKはZにだけ話した。
【おまえは好きでここに来たわけじゃない。何よりまだ染まりきっていない。逃げろ、そして生き残れ】
【ねえ、Kは? 一緒に来てくれないの?】
【一緒には行けない。やることがあるから】
【それが終わったら会えるよね?】
Zの問いかけに、Kは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。出会ったときと同じように優しく頭を撫でると、Kは去っていった。
【僕、待ってるから、Kのこと、ずっと待ってるからね!】
***
状況を考えれば、仕事をやり終えたKが死を選択することはわかっていたが、ZはKが死なないと思っていた。Kの生存と再び会える日を信じ、Zはフリーの暗殺者となり、彼を捜した。十五年経って、ようやく有力な情報を得ることが出来たのだった。
『同じ世界にいれば、いつか必ず会えると信じていたよ、K』
長い歳月は、エーデルシュタイン(原石)をシュモック(宝石)へと変化させていた。
『ここまで来てキャンセル? 遠路はるばるやってきたのに、ジャパニーズマフィアはマナーを知らないのかよ』
男はとある高級ホテルの一室で、かかってきた国際電話に文句を言っていた。
『仕方ないだろ、Z。依頼主がきれいさっぱり消えちまったんだから』
電話の相手は、Zと呼ばれた男に仕事を紹介する仲介者で、コールと呼ばれていた。長いつきあいとなった今では、気軽に愚痴を言える間柄となっていた。
『依頼しといて殺されるってバカだろ。街にジャパニーズポリスがやたらいるのも、その影響?』
『ミズカミはジャパニーズマフィアの古参的存在らしいからな。それがいきなり消滅とくれば、騒ぎになって当然だろ』
Zはカーテンを開け、景色を眺めた。整備された街の中を歩くのは、髪の色の黒い人達ばかり。
『金は前払いでもらっていることだし、羽をのばしてこいよ、Z。ジャパンはおまえの大好きなKの故郷だろ』
Kという名を聞くと胸がざわつく。Zが生きるのはKがいるから。彼は今もどこかで生きていると確信しているから。
『Kの生まれはドイツだよ。青い目をしているのに髪が黒いのは、母親にジャパンの血が流れているだけだって言ってたから』
Zは外国人だが、仕事柄、英語、フランス語、ロシア語、ドイツ語、日本語を話すことが出来る。なので、テレビから流れてくる言葉も概ね理解出来ていた。内容は実につまらないものだ。ここは平和すぎてZのいる場所ではなかった。
『キャンセルのお詫びに、ひとついいことを教えてやろう。ジャパンにはハナムラという暗殺組織があるそうだ。ミズカミを壊滅させたのは、その組織ではないかと言われている。そこには、青い目をした凄腕の暗殺者がいるらしいぜ』
青い目の暗殺者と聞いて、Zの目が輝いた。
『それって、Kのこと!?』
『さあな。名前はシラサカというらしいが、偽名だろう。身元がわかるものは何一つなく調べようはないが、殺されたミズカミ達は皆、心臓を一発で撃ち抜かれて絶命していたらしい』
心臓を一発、その言葉でZは確信した。
『Kだよ、それ、絶対にKだ! やっぱり生きてた、まさかジャパンにいるなんて。ねえ、会いたい。コール、Kの居所を探して!』
『探してやってもいいが、タダでは無理だぞ』
『前払いでもらってた報酬、全部あんたにやる。だから、Kの情報をちょうだい』
『オーケー、交渉成立だ』
そこで電話は切れた。仕事となると無駄話をしないのがコールの良いところである。Zは携帯をベッドに放り投げた後、ダイブした。
『やっと見つけた。もうすぐ君に会えるんだね』
Zの脳裏に懐かしい思い出が蘇る。
***
母親はハンブルクの歓楽街レーパーバーンの娼婦、父親は知らない。母は十歳の時に死去。他に身寄りのない子供が生きることは難しく、野垂れ死にする寸前のところを暗殺組織「エーデルシュタイン」に拾われ、Zという名を与えられる。
右も左もわからず放り込まれたそこは、血と闇が支配する場所だった。自分が生きるために人を殺すという究極の選択は、十歳の子供にはとても受け入れ難く、毎日泣いてばかりだった。
【銃の撃ち方も知らないのに、なんでこんなところに来たんだよ】
そんなある日、Kと出会った。五つ年上だというが、大人顔負けの射撃の腕を持っており、父親が組織の幹部だという噂だった。青い目をしているのに髪の色が黒いことから、クレーエ(ドイツ語でカラス)と揶揄する者もいた。泣きながら事情を説明すれば、Kは笑い、Zの頭を撫でた。
【俺が全部教えてやる。だから生き残るんだ、Z】
KはZを弟のように可愛がってくれた。そんなKをZは尊敬し、崇拝した。KだけがZの希望だったから。
やがて組織の存在が表に出そうになり、Kは暗殺者全員の殺害を命じられた。そのことをKはZにだけ話した。
【おまえは好きでここに来たわけじゃない。何よりまだ染まりきっていない。逃げろ、そして生き残れ】
【ねえ、Kは? 一緒に来てくれないの?】
【一緒には行けない。やることがあるから】
【それが終わったら会えるよね?】
Zの問いかけに、Kは曖昧な笑みを浮かべるだけだった。出会ったときと同じように優しく頭を撫でると、Kは去っていった。
【僕、待ってるから、Kのこと、ずっと待ってるからね!】
***
状況を考えれば、仕事をやり終えたKが死を選択することはわかっていたが、ZはKが死なないと思っていた。Kの生存と再び会える日を信じ、Zはフリーの暗殺者となり、彼を捜した。十五年経って、ようやく有力な情報を得ることが出来たのだった。
『同じ世界にいれば、いつか必ず会えると信じていたよ、K』
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