74 / 128
第18話『封印の儀式』
(2)
しおりを挟む
亜矢は魔界に辿り着いた途端に、気を失ってしまった。
次に目覚めると、そこは魔王の自室のベッドだった。
前世のアヤメであった頃に毎日、魔王と共に夜を過ごし、朝を迎えた場所。
懐かしくて心地良い……そう思っていると、すぐ側から愛しい人の声が聞こえた。
「亜矢……気分はどうだ?」
ずっと側に居てくれたのだろう。魔王が優しい瞳で顏を覗きこんでいた。
亜矢は微笑むと、真直ぐな瞳で眼前の魔王を見つめ返す。
「…………オラン」
そう名を呼んだのは、亜矢の口だった。
だが魔王は、何か違和感を感じた。
自分に向けられた、その優しくて真直ぐな瞳が……亜矢ではなく、完全にアヤメに重なって見えたのだ。
「アヤメか?」
確信した魔王は、亜矢に向かって、その名で呼んだ。
目の前に居るのは『亜矢』。だが、意識は完全な『アヤメ』であった。
亜矢は小さく頷いた。
「うん。オラン…ずっと見てたわ」
本来は共存すべきであり、融合させたはずの『亜矢とアヤメ』の人格と記憶。
だが、今は完全にアヤメの人格のみが亜矢を支配していた。
それは、アヤメの意思なのだろう。
「アヤメ……!!」
魔王は、感情のままに亜矢の体を強く抱きしめた。
こうやって、アヤメの名を呼びながら抱きしめたのは、何百年ぶりだろうか。
「息子…コランは弟として育てたが心配ねえ。アイツは立派になった」
「知ってるわ。ふふっ…本当、あなたにそっくりね」
アヤメと亜矢の魂は同一であり、人格は違えど、記憶は共有している。
亜矢の目を通してアヤメも、ずっと魔王とコランを見てきたのだ。
「オラン、ありがとう。また巡り会わせてくれて」
「ああ。オレが生きている限り、何度でも巡り会う」
魔王が言う、それは『魂の輪廻』の儀式の事だ。
その儀式により、数万年という魔王の寿命が尽きるまで、アヤメの魂は何度でも転生を繰り返す。
魂の奥底に眠る前世の記憶は、魔王の『口付け』によって目覚め、徐々に記憶が甦る。
そうして、アヤメが完全に覚醒する。
これが、魔王とアヤメが何度でも結ばれる『魂の輪廻』。
「うん。だからこそ、お願いがあるの」
アヤメの口から魔王に伝えられた『願い』。
それは、魔王が想像だにしない内容だった。
一瞬、何かを考えたが…魔王はその瞳に、僅かな悲しみを浮かべて答えた。
「ああ、分かった」
「ありがとう、オラン。好き…愛してる」
「ああ。愛している」
そう返すとアヤメはふっと優しく笑った。そして静かに目を閉じて意識を失った。
魔王は、亜矢の薬指の指輪を外した。
亜矢が次に目を開けた時……目を覚ましたのは亜矢の人格だった。
今度は、亜矢の人格のみが表に出て来た状態だ。
「魔王……?」
目の前の魔王の瞳は、今までにない優しさを帯びていた。
「苦しめて悪かったな、亜矢」
「え?」
何の事だか亜矢には解らなかった。
「これから『封印の儀式』を行う。アヤメの記憶を、再び魂の奥底へと眠らせる」
「え……なんで……?」
亜矢には、その言葉の意味も理解が出来なかった。
あんなにも毎日、魔王はアヤメの記憶を甦らせようとしていたのに……
魔王にしてみれば、ようやく念願が叶ったのでは……?
だが、それは自分の中に在るアヤメと、魔王の優しさなのだろうと、言葉はなくとも伝わってきた。
自分を映す魔王の赤の瞳が……その温かい心を感じさせてくれた。
魔王は亜矢の体を抱き、首の後ろから手を回し支えると、自らを近付けていく。
封印の儀式。
解放された前世の記憶の扉は『口付け』という名の鍵によって閉じられ、魂の奥底に封印される。
アヤメの記憶は再び、亜矢の魂の奥底で眠りについた。
何故かは解らない。気付けば亜矢の頬には、涙が伝っていた。
魔王の瞳からも、どこか物悲しさを感じられたが、それも一瞬の事だった。
次には、余裕を含んだいつもの魔王に戻っていた。
「だが、忘れるな。例えアヤメの記憶がなくとも、オレは変わらず亜矢を愛し続ける。覚悟しろ」
そう。これから先も、何も変わらない。変える気はない。
だから…亜矢も、亜矢らしく生きて欲しいという、アヤメと魔王の願い。
「魔王……恥ずかしいよ」
すでにオランとは呼んでくれない亜矢に、魔王は少しの寂しさを感じた。
だが、魔王とアヤメは『約束』をしていた。
『来世では必ず結ばれる』という事を。
それは、亜矢が次に『転生して』この世に生まれて来る、遠い未来の話。
だが、魔王にとっての365年なんて、ほんの一瞬の事だ。
それまで待ってやる余裕くらいは、ある。
だが、今世の亜矢を諦める気も更々ない。
隙さえあれば亜矢の心を奪い取り、アヤメごと自分の虜にしてやる。
その時こそが、魔王の野望の達成なのだ。
勝った訳でも、負けた訳でもない。
始まった訳でも、終わった訳でもない。
魔王と少女の物語は、これからも続いていく。
次に目覚めると、そこは魔王の自室のベッドだった。
前世のアヤメであった頃に毎日、魔王と共に夜を過ごし、朝を迎えた場所。
懐かしくて心地良い……そう思っていると、すぐ側から愛しい人の声が聞こえた。
「亜矢……気分はどうだ?」
ずっと側に居てくれたのだろう。魔王が優しい瞳で顏を覗きこんでいた。
亜矢は微笑むと、真直ぐな瞳で眼前の魔王を見つめ返す。
「…………オラン」
そう名を呼んだのは、亜矢の口だった。
だが魔王は、何か違和感を感じた。
自分に向けられた、その優しくて真直ぐな瞳が……亜矢ではなく、完全にアヤメに重なって見えたのだ。
「アヤメか?」
確信した魔王は、亜矢に向かって、その名で呼んだ。
目の前に居るのは『亜矢』。だが、意識は完全な『アヤメ』であった。
亜矢は小さく頷いた。
「うん。オラン…ずっと見てたわ」
本来は共存すべきであり、融合させたはずの『亜矢とアヤメ』の人格と記憶。
だが、今は完全にアヤメの人格のみが亜矢を支配していた。
それは、アヤメの意思なのだろう。
「アヤメ……!!」
魔王は、感情のままに亜矢の体を強く抱きしめた。
こうやって、アヤメの名を呼びながら抱きしめたのは、何百年ぶりだろうか。
「息子…コランは弟として育てたが心配ねえ。アイツは立派になった」
「知ってるわ。ふふっ…本当、あなたにそっくりね」
アヤメと亜矢の魂は同一であり、人格は違えど、記憶は共有している。
亜矢の目を通してアヤメも、ずっと魔王とコランを見てきたのだ。
「オラン、ありがとう。また巡り会わせてくれて」
「ああ。オレが生きている限り、何度でも巡り会う」
魔王が言う、それは『魂の輪廻』の儀式の事だ。
その儀式により、数万年という魔王の寿命が尽きるまで、アヤメの魂は何度でも転生を繰り返す。
魂の奥底に眠る前世の記憶は、魔王の『口付け』によって目覚め、徐々に記憶が甦る。
そうして、アヤメが完全に覚醒する。
これが、魔王とアヤメが何度でも結ばれる『魂の輪廻』。
「うん。だからこそ、お願いがあるの」
アヤメの口から魔王に伝えられた『願い』。
それは、魔王が想像だにしない内容だった。
一瞬、何かを考えたが…魔王はその瞳に、僅かな悲しみを浮かべて答えた。
「ああ、分かった」
「ありがとう、オラン。好き…愛してる」
「ああ。愛している」
そう返すとアヤメはふっと優しく笑った。そして静かに目を閉じて意識を失った。
魔王は、亜矢の薬指の指輪を外した。
亜矢が次に目を開けた時……目を覚ましたのは亜矢の人格だった。
今度は、亜矢の人格のみが表に出て来た状態だ。
「魔王……?」
目の前の魔王の瞳は、今までにない優しさを帯びていた。
「苦しめて悪かったな、亜矢」
「え?」
何の事だか亜矢には解らなかった。
「これから『封印の儀式』を行う。アヤメの記憶を、再び魂の奥底へと眠らせる」
「え……なんで……?」
亜矢には、その言葉の意味も理解が出来なかった。
あんなにも毎日、魔王はアヤメの記憶を甦らせようとしていたのに……
魔王にしてみれば、ようやく念願が叶ったのでは……?
だが、それは自分の中に在るアヤメと、魔王の優しさなのだろうと、言葉はなくとも伝わってきた。
自分を映す魔王の赤の瞳が……その温かい心を感じさせてくれた。
魔王は亜矢の体を抱き、首の後ろから手を回し支えると、自らを近付けていく。
封印の儀式。
解放された前世の記憶の扉は『口付け』という名の鍵によって閉じられ、魂の奥底に封印される。
アヤメの記憶は再び、亜矢の魂の奥底で眠りについた。
何故かは解らない。気付けば亜矢の頬には、涙が伝っていた。
魔王の瞳からも、どこか物悲しさを感じられたが、それも一瞬の事だった。
次には、余裕を含んだいつもの魔王に戻っていた。
「だが、忘れるな。例えアヤメの記憶がなくとも、オレは変わらず亜矢を愛し続ける。覚悟しろ」
そう。これから先も、何も変わらない。変える気はない。
だから…亜矢も、亜矢らしく生きて欲しいという、アヤメと魔王の願い。
「魔王……恥ずかしいよ」
すでにオランとは呼んでくれない亜矢に、魔王は少しの寂しさを感じた。
だが、魔王とアヤメは『約束』をしていた。
『来世では必ず結ばれる』という事を。
それは、亜矢が次に『転生して』この世に生まれて来る、遠い未来の話。
だが、魔王にとっての365年なんて、ほんの一瞬の事だ。
それまで待ってやる余裕くらいは、ある。
だが、今世の亜矢を諦める気も更々ない。
隙さえあれば亜矢の心を奪い取り、アヤメごと自分の虜にしてやる。
その時こそが、魔王の野望の達成なのだ。
勝った訳でも、負けた訳でもない。
始まった訳でも、終わった訳でもない。
魔王と少女の物語は、これからも続いていく。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。
不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。
いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、
実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。
父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。
ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。
森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!!
って、剣の母って何?
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。
役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。
うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、
孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。
なんてこったい!
チヨコの明日はどっちだ!
スラップ・スティック・タウン
万卜人
児童書・童話
美女キャリーを頭目とする、銀行強盗一味が、田舎町「ステットン」に逃げ込んだ!
町を守ろうと戦争気狂い爺さん「大佐」が動き出し、ロボット好きな発明少年「パック」がそれに絡む。大騒動の町はどうなる?
JS美少女戦士セーラーゴールド(小学生戦士) (一般作)
ヒロイン小説研究所
児童書・童話
セーラー服姿の私立学校小学六年生の鬼頭凜、地域のチアリーディングをやっていて小学生のリーダー、活発で聡明、ロングの髪の毛で、顔立ちの整った、大人びた美人だ。ある日、黒猫を虐めている不良生と会い、ピンチになったところで、悪魔の世界から抜け出してきた黒猫と契約をする。将来、結婚をするならヒロインに変身させてくれるというのだ。鬼頭凜もヒロイン増に条件を出して、その場を切り抜けるために承諾してしまった。ここに、小学生ヒロインが誕生した。
さよならトイトイ~魔法のおもちゃ屋さん~
sohko3
児童書・童話
魔法都市フィラディノートには世界一の大賢者、ミモリ・クリングルが住んでいる。彼女は慈善活動として年に二回、世界中の子供達におもちゃを配っている。ミモリの弟子のひとりである女性、ティッサは子供達に贈る「魔法で自由に動くおもちゃ」を作る魔法使いであり、自身もおもちゃを販売する店を経営する。しかし、クリスマスに無償で配られるおもちゃは子供達に喜ばれても、お店のおもちゃはなかなか思うように売れてくれない。
「トイトイ」はティッサの作ったおもちゃの中で最高傑作であり、人生を共にする親友でもある。時に悩むティッサを見守って、支え続けている。
創作に悩む作者へ、作品の方から愛と感謝を伝えます。「あなたが作ってくれたぼくは、この世界で最高の作品なんだ」
【完結!】ぼくらのオハコビ竜 ーあなたの翼になりましょうー
Sirocos(シロコス)
児童書・童話
『絵本・児童書大賞(君とのきずな児童書賞)』にエントリーしている作品になります。
皆さまどうぞ、応援くださいませ!!ペコリ(o_ _)o))
【本作は、アルファポリスきずな文庫での出版を目指して、本気で執筆いたしました。最後までどうぞお読みください!>^_^<】
君は、『オハコビ竜』を知っているかな。かれらは、あの空のむこうに存在する、スカイランドと呼ばれる世界の竜たち。不思議なことに、優しくて誠実な犬がまざったような、世にも奇妙な姿をしているんだ。
地上界に住む君も、きっとかれらの友達になりたくなるはず!
空の国スカイランドを舞台に、オハコビ竜と科学の力に導かれ、世にも不思議なツアーがはじまる。
夢と楽しさと驚きがいっぱい!
竜と仮想テクノロジーの世界がミックスした、ドラゴンSFファンタジー!
(本作は、小説家になろうさん、カクヨムさんでも掲載しております)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる