6 / 128
第1話『開かれる扉』
(5)
しおりを挟む
その頃、リョウは自分の部屋のキッチンで、シュークリーム作りをしていた。
(う~ん、やっぱり生クリームはこのくらいの甘さだよね)
指先にチョイと付けた生クリームを舐め、リョウは真剣に味見をしている。
その時、来客を知らせるインターホンが鳴った。
(あっ、亜矢ちゃんが来たのかな)
リョウは玄関まで行くと、鍵のかかっていないドアを開けた。
だが、そのドアを開けた瞬間、目の前に立っていたのは。
リョウはその人物を目にするなり、顔色を変えた。一瞬、呼吸すら止まった気がした。
次に、身体の内側から湧き起こるような震えが全身を襲った。
「………天王…様……!!」
ようやく、震えた声でその一言を発するのがやっとだった。
ドアの前に立っていたのは、スーツ姿の天界の王だった。
天界の王、すなわち『天王』。
天王によって受けた呪縛によって、リョウはずっと苦しめられた。
それなのに…、呪縛も解け、天界から離れたリョウが天王を目の前にした今、湧き起こった感情は怒りでも憎しみでもなく、堪え難い『恐怖』だった。
あの、呪縛を受けた時の苦しみの記憶が脳内に鮮明に甦る。
身動きも取れずに立ち尽くすリョウに、天王は静かな口調で言う。
「天使・リョウよ。」
「……………」
「入れてくれるな?」
「………は、はい………」
何かを思うよりも先に出て来た言葉。
グリアが言っていた、呪縛が解けた後の効果とは、この事だ。
天王に対する『恐怖心』。呪縛は解けても、心を縛るそれからは逃れられない。
リョウの部屋のテーブルに、二人は向かい合って座る。
リョウは正座をして、緊張しながら顔を下向きにしている。
まさか、天王が自らの足で自分の元へと来るとは。
この重い空気に堪えきれなくなったリョウは、パっと顔を上げると、無理矢理明るい笑顔を作った。
「…シュークリーム、食べますかっ!?」
言ってから、リョウはハっとした。
こんな時に、自分は何を口走っているのか。動揺はあからさまである。
「頂こう」
天王は真顔で答えた。
そんな訳で、テーブルの上にはリョウの手作りシュークリームが置かれた。
だが、こんな物でこの緊張した空気が和らぐはずもなく。
ようやく話を切り出したのは、天王だった。
「今日から、私がこのマンションのオーナーになった」
「え………?」
リョウは恐る恐る顔を上げ、天王を見る。
「この意味が分かるか?リョウよ」
「……分かりません。ボクはもう……天界に仕える身ではありませんから…」
元々、天使でありながら天界に不信感を抱いていたリョウ。
今では天界に仕えるのを辞め、フリーの天使になったのだ。
リョウは自分の拳にグっと力を入れ、瞳に強い決意をこめた。
「だけど、亜矢ちゃんの魂は決して渡す事は出来ません」
それが、リョウの決意。今度こそ、自分の全てをかけて亜矢を守ろうと思った。
天王は少しも動じる事はなく、相変わらず静かな口調で言う。
「いや、春野亜矢の魂を奪う事はしない。だが、『魂の器』が完成した今、その強大な力を宿した魂を野放しにも出来まい?」
つまり、このマンションは天王の監視下に置かれる、という事だろう。
しかし、天王の目的は亜矢の事だけではない。
それによって同時に、リョウの身柄は天界に拘束されたのも同じ。
「天使・リョウ。春野亜矢の魂を奪おうとする者が現れれば、お前が排除せよ」
それは、以前に天王がリョウに与えた使命とは全く逆のもの。
天王は静かに立ち上がった。
静かながらも、何か強い力を秘めた冷たい眼でリョウを見下す。
リョウは口を閉ざしたまま、何も返せない。
自分はもう、天界に仕えるつもりはない。それなのに――。
動けなかった。拒めなかった。
天王は小さく笑みを浮かべると、背中を向けた。
天王は部屋から出て行った。
リョウは一人、座ったまま呆然としていた。
確かに、亜矢の魂を守るという意味では天王の目的と自分の目的は一致している。
結局の所天界は、強大な力を宿した魂が他の者の手に渡らなければ、それでいいのだ。
天界にとって脅威になりえるものは、排除する。それが天界のやり方。
だが、リョウが亜矢を守ろうと思ったのは、自分の意志だ。
決して、自分は天王の意志に捕われている訳ではない…と思いたいのに。
(う~ん、やっぱり生クリームはこのくらいの甘さだよね)
指先にチョイと付けた生クリームを舐め、リョウは真剣に味見をしている。
その時、来客を知らせるインターホンが鳴った。
(あっ、亜矢ちゃんが来たのかな)
リョウは玄関まで行くと、鍵のかかっていないドアを開けた。
だが、そのドアを開けた瞬間、目の前に立っていたのは。
リョウはその人物を目にするなり、顔色を変えた。一瞬、呼吸すら止まった気がした。
次に、身体の内側から湧き起こるような震えが全身を襲った。
「………天王…様……!!」
ようやく、震えた声でその一言を発するのがやっとだった。
ドアの前に立っていたのは、スーツ姿の天界の王だった。
天界の王、すなわち『天王』。
天王によって受けた呪縛によって、リョウはずっと苦しめられた。
それなのに…、呪縛も解け、天界から離れたリョウが天王を目の前にした今、湧き起こった感情は怒りでも憎しみでもなく、堪え難い『恐怖』だった。
あの、呪縛を受けた時の苦しみの記憶が脳内に鮮明に甦る。
身動きも取れずに立ち尽くすリョウに、天王は静かな口調で言う。
「天使・リョウよ。」
「……………」
「入れてくれるな?」
「………は、はい………」
何かを思うよりも先に出て来た言葉。
グリアが言っていた、呪縛が解けた後の効果とは、この事だ。
天王に対する『恐怖心』。呪縛は解けても、心を縛るそれからは逃れられない。
リョウの部屋のテーブルに、二人は向かい合って座る。
リョウは正座をして、緊張しながら顔を下向きにしている。
まさか、天王が自らの足で自分の元へと来るとは。
この重い空気に堪えきれなくなったリョウは、パっと顔を上げると、無理矢理明るい笑顔を作った。
「…シュークリーム、食べますかっ!?」
言ってから、リョウはハっとした。
こんな時に、自分は何を口走っているのか。動揺はあからさまである。
「頂こう」
天王は真顔で答えた。
そんな訳で、テーブルの上にはリョウの手作りシュークリームが置かれた。
だが、こんな物でこの緊張した空気が和らぐはずもなく。
ようやく話を切り出したのは、天王だった。
「今日から、私がこのマンションのオーナーになった」
「え………?」
リョウは恐る恐る顔を上げ、天王を見る。
「この意味が分かるか?リョウよ」
「……分かりません。ボクはもう……天界に仕える身ではありませんから…」
元々、天使でありながら天界に不信感を抱いていたリョウ。
今では天界に仕えるのを辞め、フリーの天使になったのだ。
リョウは自分の拳にグっと力を入れ、瞳に強い決意をこめた。
「だけど、亜矢ちゃんの魂は決して渡す事は出来ません」
それが、リョウの決意。今度こそ、自分の全てをかけて亜矢を守ろうと思った。
天王は少しも動じる事はなく、相変わらず静かな口調で言う。
「いや、春野亜矢の魂を奪う事はしない。だが、『魂の器』が完成した今、その強大な力を宿した魂を野放しにも出来まい?」
つまり、このマンションは天王の監視下に置かれる、という事だろう。
しかし、天王の目的は亜矢の事だけではない。
それによって同時に、リョウの身柄は天界に拘束されたのも同じ。
「天使・リョウ。春野亜矢の魂を奪おうとする者が現れれば、お前が排除せよ」
それは、以前に天王がリョウに与えた使命とは全く逆のもの。
天王は静かに立ち上がった。
静かながらも、何か強い力を秘めた冷たい眼でリョウを見下す。
リョウは口を閉ざしたまま、何も返せない。
自分はもう、天界に仕えるつもりはない。それなのに――。
動けなかった。拒めなかった。
天王は小さく笑みを浮かべると、背中を向けた。
天王は部屋から出て行った。
リョウは一人、座ったまま呆然としていた。
確かに、亜矢の魂を守るという意味では天王の目的と自分の目的は一致している。
結局の所天界は、強大な力を宿した魂が他の者の手に渡らなければ、それでいいのだ。
天界にとって脅威になりえるものは、排除する。それが天界のやり方。
だが、リョウが亜矢を守ろうと思ったのは、自分の意志だ。
決して、自分は天王の意志に捕われている訳ではない…と思いたいのに。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
おねしょのはなしをかく
月尊優
児童書・童話
椋鳩十(むくはとじゅう)先生が編纂(へんさん)された「ねしょんべんものがたり」を読んだことはありますか?
男の子、女の子、小学校入学前なのになおらない子から、いつもはしないのになぜかしてしまう子まで。
発行が昭和46年。一か月半で3万部をこえたベストセラー。昭和54年10月に文庫本第一刷(ぶんこぼんだいいちずり)が発行されました。
児童(じどう)文学者を中心に24人のおねしょの思い出が書かれた本です。
朗読(ろうどく)用に文庫本、実家には単行本を持っております。
児童文学では書いてはいけないとされていた「おねしょ」ですが、椋先生のおともで岩手県をおとずれていた子どもの本けんきゅう家、代田昇(しろたのぼる)先生が、椋先生からきいた「ねしょんべんたいけん記」を小学校の子どもたちにお話しされたのでした。
子どもたちは大ばく笑でころげまわらんばかりだったそうです。
そのころの子どもの本の世界ではそんなげひんな話はほとんどなかったそうです。悪しゅみとされていたようですね。
私は3回ぐらいしかしたきおくがありません。何とかおもい出して書きたいです。
スラップ・スティック・タウン
万卜人
児童書・童話
美女キャリーを頭目とする、銀行強盗一味が、田舎町「ステットン」に逃げ込んだ!
町を守ろうと戦争気狂い爺さん「大佐」が動き出し、ロボット好きな発明少年「パック」がそれに絡む。大騒動の町はどうなる?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる