【完結】名もなき侍

MIA

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六郎①

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拙者は知ってしまった。
未来を。
義仲殿の行く末を。

巴衣が山で居なくなったあの時。六郎は思い出していた。
友の亡骸を前に何を思っていたのか。
これで幾度目か。そして。強く、強く思ってしまった。
『もう失いたくない』と。
『戦など、無ければ』と。

巴衣を失う怖さが知らせる。
六郎の帰る術を。

自分は『想いの強さ』で時を越えて来た。

必要なのは強い思念。
帰りたいとは思っている。しかし、六郎はこの時代にも大切なものができてしまった。
それが帰ることへ対する気持ちを、どうしても弱めてしまう。

その日の夜。六郎は見つけてしまった。
『木曽義仲』という本。
読んではいけない。そう思いながらも、抗えない気持ちから読んでしまう。

衝撃だった。
まさか…、義仲が…。

帰らねばならぬ。義仲殿のお側に。
あのお方を命をかけてでも守らねば。
拙者はその為に、生きている。

今までに無いほどの感情だった。
焦燥、後悔、悲観、絶望…。
その強い感情への感覚は、まさにあの日と同じ。
頭を過る友を見送った、あの場所。

今なら帰れる。

六郎は直感していた。
思念と場所の一致。これが元の時代に帰るための必要条件だったのだと。

ならば早速。と思い足を進めるが、頭に浮かぶものがその足を止めた。

剣道部の仲間たち。試合。竹刀。稽古。
稔。父親。仏壇。
明。Tシャツ。目玉焼き。暖かい家。
姫乃。辞典。勉強。涙。

巴衣…。

まだか。
まだ拙者の心は揺れるというのか。心はここに残るというわけか。

この思いを昇華した時、自分はきっと帰るだろう。本当の居場所は、ここではない。



試合が終わると、六郎は色々な場所に行きたがった。映画館。動物園。水族館。
そして、今日は遊園地。

どこも見るもの全てが新しく、素晴らしい場所だったが。
ここは一番驚いた。
異世界かどこかなのか。
華やかで、賑やかで、輝かしい場所。
六郎はなぜか無性に心が踊る。この場にいるだけで、ワクワクと心が弾む。

おや、あれはいつぞやの人の列。

六郎は不意に行列を見つける。ずっと気になっていた。あの先には何があるのだろうと。

「あきら殿。前々から思っていたのだが、あの人の列は何でござるか?拙者、辿り着いた事がない故いまだに謎でござる。」

明は思い出して笑う。

「あぁ、そうだった。六郎、気付くと並んでたんだよな。よし、じゃあ答え合わせといくか!」

そうして手にしたものを見て、期待に胸を弾ませる。

「おぉ。何でござるか…。これは食べるものか?」

「クレープっていう食べ物だ。食ってみ?」

クレープはとても美味しかった。この時代は本当に色々な食べ物がある。

六郎が食べ終わると、明が乗り物に誘う。
誘われるがままに乗ったものは、電車とは桁違いだった。
何と狂気的で乱暴な乗り物だ。感じたことのない恐怖が六郎を襲う。

「お、降ろして下されっ!!!」

明としては終始、笑いが止まらない。こんなに動揺している六郎は初めて見た。
癖になった明に連れ回され、次から次へとあの変な乗り物に乗せられる。
それは全て、六郎に命の危険を感じさせるものだった。

「あきら殿は拙者に何か恨みでもござるのか?」

となりで姫乃が笑う。

「ジェットコースターっていうんだよ。遊園地じゃ乗らないと始まらないぜ?じゃあ、次はあれだ。」

指を指した先には謎の塔。
その外側に椅子が付いていて、そこに人が座っている。
その椅子はどういう仕組みか、塔の一番上まで動き。そこから落ちる。
しかも物凄い速度でだ。

危ないではないか!何てものに拙者を座らせようとしているのだ!

流石に可哀想だな、と姫乃が声をかける。

「フリーフォールは巴衣と明で乗ってらっしゃい。六郎はあれ。一緒に入りましょう?」

姫乃が指を指したのは、これまた身の毛がよだつ不穏な空気を醸し出す建物。

「お化け屋敷よ。」

「お化け…?いや、あの、拙者は陰陽の力はござらぬ故。妖かしの類には滅法弱く…」

姫乃は言葉を遮って、六郎を叩き落とす。

「六郎には守ってもらわないとなぁ。…お願いね?」

これはズルい。姫という職権乱用だ。そう言われてしまえば六郎は言わざるを得ない。

「…御意。」

お化け屋敷なるものは、玉が縮み上がるほどに恐ろしい場所だった。
姫乃はずっと笑いっぱなしで、六郎は守るどころか守られる有様。
物の怪は苦手なのだ。
それにしても何とも不甲斐ない。



一通り乗り終える頃には、六郎はグッタリしていた。
その憔悴しきった姿に同情した巴衣は二人へ漏らす。

「姫も明もどうしたっていうのよ。流石に可哀想じゃん。」

明と姫乃は顔を見合わせて含み笑いをする。

「これくらいしないと気がすまなかったのよ。でももう意地悪はここまで!巴衣、あれ乗っておいで。私たちはここで待ってるわ。」
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