【完結】名もなき侍

MIA

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歴史を知る

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山での遭難騒動から数日。
巴衣はようやく、明が買った『木曽義仲』の本を読み終えたところだった。

なるほど。あの時に姫乃が言わない選択をした意味がわかった。

巴衣は今、職員室で歴史の先生を捕まえている。
話を聞いてみたかったのだ。
六郎から聞く義仲と、本の中の義仲には違和感がある。違う人のような気になるほどに。

「源平時代?小林さんがわざわざ歴史を聞くと思ったら。また渋い時代ねぇ。今まで全く関心なかったのに。あ、もしかして…。六郎君の影響だったりして?あの子佐野君の親戚でしょ?何でも侍かぶれだとか。」

「そんなんじゃないですよ。ただ、歴史とちゃんと向き合ってみようって。平家物語って何か悲しいじゃないですか?その流れで、その時代を調べてたら『木曽義仲(キソ ヨシナカ)』を見つけて。どんな人なのかって無性に気になっちゃって。」

「義仲ねぇ。これまたコアな人物だこと。あの時代のピックアップが義経(ヨシツネ)じゃないのって面白いわ。何より。歴史嫌いが興味を持ってくれるのが先生も嬉しいわぁ。」

歴史に対しての気持ちはバレていたか。
でも今は違う。知りたい、そう思えるようになった。

「義仲は幼名でいうと『駒王丸(コマオウマル)』。正式名称は本当は『源義仲(ミナモトノ ヨシナカ)』って言うのよ。」

六郎みたいなものか。でも、源の姓だったとは。

「あの時代、『源(ミナモト)』なんて各所にいたからね。義仲は木曽にいたから、今の呼び名がついたの。彼は幼い頃に身内の手によって死にかけたのよ。それを何とか生き延びて大人になっていくんだけどね。
そのうちに上からの命令で、源氏として平家討伐を託されるの。」

今の世では考えられない壮絶な世界。それが日常だった時代。

「きっと彼が一番輝いたのは、この時だったんじゃないかな?
当時、平家が都を支配していてね。平民たちも苦しい生活を強いられていた。それを見事に追い払ったのが、この木曽義仲よ。まさに快進撃ね。
都の人たちにしてみたら救世主のはずだった。でもそうはならなかった。そこから彼の転落が始まるのよ。最終的には討伐される側にまでなってしまった。そして最後は『源義経(ミナモトノ ヨシツネ)』に殺されてしまう。ざっと説明するとそんな感じね。」

ここまでは本と同じだ。今語られてるのは彼の人生の流れでしかない。

「私、思うんです。何で義仲は、同じ志をもった義経に殺されてしまったのかって。平家を追い出した瞬間は確かに英雄だったはずなのに、今では悪者扱い。どうしてそうなったんでしょうかね。」

「うん。そうね。それが歴史の残酷なところよ。所詮、勝った方が正義。新しい時代を作った人が正解になる。
源の一族は元々身内争いが激しかった。皮肉じゃない?
源の名の為に生きた義仲は、源の名のもとで命を落としたのよ。なぜかしらね。
ここからは私が思うところなんだけど。
義仲は強すぎたんだと思うの。木曽の軍勢はそうやって個々の武力も高かったのに加えて、団結力が並外れて強かった。それは当時のトップからすれば脅威で恐怖にしかならなかったんじゃないかって。
都に入ってすぐ。義仲は、平家によって荒された地を修復、再構築せよって命じられてる。
でもね、これって無理だったのよ。だって、都の人たちは平家にずっと押さえ付けられていた。その枷が外れて再び何かに支配されるなんて、耐えられないでしょう?
つまり、何とかしようとすればするほど反発を受ける構造になっていたの。
それは彼を葬るための理由になったわ。
出る杭は打たれる。義仲はまさにそれだったのよ。」

そうか。だから六郎から聞く義仲が別人に感じたのか。結局は結果だけ見た上での後付でしかない。
それもそうだ。
だって私たちは本人を知らないのだから。

「さぁ、せっかく興味を持ってくれたけど。残念ながらここでタイムオーバーよ。また気になることがあれば聞きにいらっしゃい。
あ、そうそう。六郎君、明日の試合出れるそうね。なんでもかなりの強豪校との団体戦だって?応援してるわね!」

そう言いながら、次の授業の準備をし始める。
巴衣はお礼を言うと職員室を後にした。

頭に巡る義仲の人生。
決して、報われたとは言えないだろう。悲劇の男。

いや、みんなそうだったのかもしれない。ただ、誰にスポットライトが当たるのか。それだけの違い。
誰もがきっと、正しい事をしてると信じて進んだ。そうやって戦って戦って、今がある。

私たちはもっと歴史を知るべきだ。
過去があって今に繋がるのだから。

そして六郎はその過去から来た人。
義仲の最後に関わるかもしれない人。
いずれは…帰ってしまう人。

歴史を知って、胸が傷んで。
一人の男を思って、胸が苦しくなった。
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