【完結】名もなき侍

MIA

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命がけで

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「山を駆け抜けたいのぉ。」

最初はある男の一言からだった。
その6時間後。まさか、巴衣が居なくなるとは。
今は明と六郎が探しに出ている。姫乃は山小屋でその帰りを待つ。

お願い。無事でいて。

そもそも、なぜこんな事になったのか。
時を巻き戻す。

きっかけは山登りだった。六郎の提案を元に、たまには外にお出かけも良いと山へとやってきた四人。
順調に登山をしていたはずだった。休憩所の山小屋に着く頃までは…。

「巴衣、おせぇな。」

最初こそ気長に待っていた明だったが流石に焦りだす。
姫乃に至っては初めから嫌な予感しかしていなかったが。
六郎はというと山をジッと見据えるだけの有様。
一体いつ、はぐれたのか。どこまで一緒にいたのか。
…なぜ気付けなかったのか。

巴衣がいない。何かあったら。そう思うと姫乃は耐えられなかった。その不安が極限まで達する。

「拙者、見て参る。」

六郎が動く。

「私も。一緒に行く。」

「なりませぬ。」

「でも…。」

「姫。」

有無も言わせない強い眼差し。そこに宿るのは不安。六郎もまた巴衣の身を案じている。

「山は不得意ではない故、拙者にお任せ下され。必ず連れて帰ります。姫はここでお待ちを。」

姫乃は焦りからイライラを抑えきれない。自分だって不安なくせに。

「嫌よ。じっと待ってるなんて出来ない。」

私は本物の姫じゃない。守られてるだけなんてごめんだ。すると明も口を挟む。

「いや、姫。六郎の言う通りだ。姫は危ない。ここにいろよ。巴衣だってここに来るかもしれないんだ。誰かは残ってないと駄目だ。」

「置き手紙を置いて行けば良いじゃない。何よ。お荷物扱いしないでよ。私だって探せるわよ。女だからって見くびらないで。」

「なりませぬ!」

六郎は声を張り上げる。初めてだった。あまりの剣幕に思わず怯む姫乃。

「拙者はおなごだからと申しているのではござらん!姫には姫の役割があろう!心乱して判断を見誤っては事は更に大きくなりますぞ。普段の姫ならわかっておろう!」

言葉が詰まる。冷や水を浴びせられた気分だった。

「今自分が出来る最大の事が何か。聡明な姫ならわかりますな?」

そうだ。自分が一緒に行って出来る事は無い。むしろ二人の足を引っ張ってしまうだろう。

「何卒。お待ち下され。ここは耐えて頂きたい。」

待つしかない。

「わかったわ。ここで待ってる。絶対に気を付けて。…巴衣を、お願い。」

六郎は大きく頷くと明を連れて小屋から出ていく。残された姫乃は祈るばかり。



どのくらいの時間外経っただろう。未だ誰も戻らない。
以前巴衣に話していた内容を思い出す。

昔の女は強い。
こんな思いを毎日していたのか。大切な人の帰りを待つ。それは想像以上の苦しさだった。
いつ別れが来るとも知れない日々を生きる。何と刹那的なのだ。
その精神の強さたるやいなや。
自分にはとても耐えられない。今だってこうしている時間がもどかしくて仕方がない。
不安が募る。

巴御前は…。一緒に戦うだけの力があった。
それでも義仲の最後の戦いには出させて貰えなかった。というエピソードが残されている。
共に戦って散る事を許されなかった巴。生きろ、と残された側。
そして、義仲の意を組んで去る。最後まで側にいれなかった苦しさを飲み込み、愛しい男の願いを叶えた。自分のやるべきことを、その場その場でわかっていた巴御前。
何と格好良い女なんだろう。その強さを羨ましくも思う。

すると、ようやく明が戻ってきた。隣には六郎。そしてその背中には、巴衣の姿。

良かった…。本当に、良かった。

六郎と巴衣は何やら言い争いをしているが、二人の顔は安心の表情を浮かべている。
揉めながらも、六郎のその手はしっかりと巴衣を支えていた。
今まで見たことの無い顔を見せる六郎。
あぁ、彼はそんなにも優しい顔もあるのか。

何だろう。やり取りは変わらないはずなのに。目が語っている。
失いかけて、取り戻せた安堵。それから…大切だ。と。

姫乃は納得がいった。
六郎はずっと巴御前が好きなのかと思っていたが、どうも違う気もしていたのだ。
それは憧れ。彼が好いて止まない男を愛した女。共に命を張り、己の人生を捧げた女武者に強い憧れを抱いていたのだろう。

しかし、巴衣は違う。
思い返して見れば、最初からずっと彼女だけが『特別』だった。
素の自分でいられる相手。飾ることなく、ありのままでいられる人。

そう言えば。巴衣の印象を聞いたときに言っていた。顔は美しい。と。巴御前に似ているとも言っていたが、そこが入口だったのかもしれない。

「姫ー!ごめんねー!」

巴衣の一言でやっと気が抜けた。

「もう、六郎!大丈夫だって、降ろしてよ。」

「ならぬ!怪我をしておるかもしれぬぞ?!今日は大人しくおぶられておくのじゃ!」

巴衣と六郎のやり取りは楽しそうだ。小学生みたいなところがあるけれども。
それにしても、巴衣は巴衣で最近様子がおかしいと思っていたが…。なるほど。
まさか自分の気持ちに気づいてやしないだろうか。

私は二人とも好きだ。だけど、やはり巴衣が大事である。今回の件で、巴衣の大切さを改めて実感した。

傷付いて欲しくない。
泣いて欲しくない。
いつだって笑っていて欲しい。

けれど想いがわかり合ってしまったら?
待っている現実は苦しみしかない。
だって、六郎は好いた女の為に義仲を捨てれるわけがない。

だからせめて。気付いてくれるな。
巴衣の気持ちにも。自分の気持ちにも。姫乃は願う。

あなたを憎みたくないのよ。六郎。

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