【完結】名もなき侍

MIA

文字の大きさ
上 下
9 / 17

芽吹く想い

しおりを挟む
ここは巴衣達の通う高校、剣道部の練習場。

「しかし驚いたわね。まさか外部入部を許可するなんて。」

巴衣は部長と話している六郎を見やり、明へと向き合い直す。
姫乃はバイトでこの場にはいない。

「あぁ。俺が部長に聞いてみたんだよ。親戚が暇してるんだけど。って。剣道めちゃくちゃ強い奴だって話したら、丁度大会前に欠員が出たって事で先生に相談してくれたみたいだ。学校側も小さい大会くらいならって許可してくれたらしい。」

何事もなくさらっと言いのける明。

「え?ちょっと。剣道強いって。何無責任なこと言ってんのよ。あいつは実戦でしょ?!竹刀で殺しちゃったりしない?素人も良いところじゃん!大丈夫なの?」

吠える巴衣を制すると、顎で六郎を指す。

「まぁ、良いから見てろって。」

竹刀を渡され畳の上に上がる六郎。一礼。

その瞬間、巴衣の胸が大きく高鳴った。
練習をしていた部員たちもその手を止めて思わず見入る。

空気が変わる。
目が離せない。

構え。
上段から一気に振り下ろす。

風を斬る音。洗練された呼吸。静かな空間に一瞬の緊張感が駆け抜けた。
全員が息を飲む。

見事。
この一言に尽きる。何も知らない自分が見て、息が止まるほどの一振り。

遅れて拍手が湧き上がる。六郎は、晴れて剣道部の仲間入りを果たした。

「な?」

明はしたり顔をして向けてくるが、顔を見れない。頷きだけで返事をする巴衣。
どうしたというのだ。私は。
熱くなる顔と、依然鳴り止まぬ心臓の鼓動を必死に隠す。
初めての現象に戸惑う巴衣だった。

あの時間。六郎の顔付きが変わった。
前を見据えて逸らさない真っ直ぐな瞳は、きっと戦いのそれ。
あれが、本来の六郎。
なぜ竹刀を手にした時に、迷いのない、熱い眼差しになったのか。そこにはきっと命がかかっているのだ。
一瞬一瞬が真剣。あれは覚悟の目。

侍とはみなこうであったのか。
戦場という場は人を殺める場所。
不謹慎だったが、その姿はただ『美しい』。



その日から六郎は放課後になると剣道部へやってきた。
昔とは所作の違いはあれど、やはり元祖剣士である。
六郎はみるみる上達していく。

そうして時は流れ一週間。
この頃には部員はおろか、部長すらも六郎には勝てなくなるほどになっていた。

今日は明も姫乃もバイトだ。合鍵を受け取り、六郎の食事を頼まれていた巴衣は教室で一人待つ。

あいつが格好良いんじゃない。剣道してる姿が格好良いんだ。
巴衣は六郎の練習している姿を見ると動揺してしまう。
しかし、それは六郎にではない。そう必死に言い聞かせる。
が、巴衣はあれから六郎との会話に調子が出ないでいた。なぜだか上手く話せない。

二人か。気まずいな、何か。

巴衣は小さくため息を吐く。
何だかんだで今日まで二人にはなることが無かった。常に明や姫乃がいたため、久しぶりの二人きりにソワソワしてしまう。

「待たせたな。」

急に声がかかり、心臓がドキンッ!と大きく跳ね上がった。違う、これは本当に驚いた時のドキンだ。
振り向くと稽古を終えたばかりの六郎の姿。

やだ、かっこいい。

と思った瞬間、巴衣は猛烈に頭を振った。

いや、違う。道着が格好良いんだ。そうよ、それよ!と思考が目まぐるしく変換されていく。

「偽巴の飯は美味いからのぉ!楽しみじゃ!あきら殿には叶わぬがな。姫よりは…ここだけの話。姫は苦手のようじゃな。まぁ、姫君ゆえ当然よのぉ!」

ガハハと豪快に笑う。いつもの六郎だ。
変に意識しているのは私だけ。
巴衣は一緒に笑う。

「まさか姫にも苦手なことがあったとはねぇ。明には内緒にしておきなさいよ?」

「当たり前よ。あきら殿は姫に『ぞっこん』故。知らぬ方が姫の為じゃ!」

現代の言葉を覚え、現代の人と交わる。そうやって少しずつ染まっていく六郎。
巴衣は不意に考えてしまう。

このまま。ここに居たら?

でも、六郎はそれをきっと望まない。
巴衣はやるせない気持ちを押し込めて、誤魔化すように言う。

「明はどんな姫にも『ぞっこん』よ。さぁ帰ろ。」

それもそうだ!とまた豪快に笑う声。いつもの笑い方。六郎だけの笑い方。



食事を終え二人でお茶を飲んでいると、六郎がポツリと溢す。

「茶を飲むと、巴殿を思い出す。」

あぁ。愛しの巴御前…ね。

巴衣は最初から六郎の気持ちに気付いていた。
いたはずなのに、今は少しだけ胸が痛む。
巴を語る時の六郎の目は、ちょっと嫌だ。

「初めて間近で見たのだ。あれは戦の最中。兵士達の労いと巴殿が配ってくれたのは茶であった。士気を高める時は酒であろう?それを、茶。とな。いやはや、何とも洒落のあるお方よ。偽巴の茶はあの時飲んだ茶に何故だか似ておる。」

ばか。
偽って言うな。
比べてくれるな。
私は巴衣だ。私は…私なんだから。

「あんたさ…。それは『ぞっこん』ってやつでしょ。」

お茶を盛大に吹き出す六郎。あからさまに狼狽えている。
本当に、嫌になるほどわかりやすい。

「でも。義仲の…。だよね?」

我ながら意地の悪い事を言ってしまう。

「大事なお人よのぉ。何、元より身分違い。拙者には遠いお方よ。
今の世は良いの。好いた者同士で添い遂げられるのであろう?…偽巴は、そういった殿方がおるのか?」

ぎくりとした。
あぁ、そうか。もう誤魔化せない。

私は今。身分違いの恋をしている。
この変な男に。
だけど時々どうしようもなく格好良い侍に。
恋をしてしまったんだ。

「私の事はどうでも良いでしょ。それより巴御前の話聞かせてよ。どこが良いの?」

見えない振りをしなくては。
巴の話をして欲しい。そして私に、敵わない。そう思わせて欲しい。

「巴殿の話か。うむ。一言で言うならば『強い』に尽きる。武力そのものもお強いお方での、戦場に出陣致せばまさに一騎当千。今までも平家の者を何十人と葬ってきたぞ。
しかし巴殿の真の強さは心にあり。おなごが戦場に出るなぞ、よほどの覚悟じゃ。それだけ義仲殿と共に戦う事を、義仲殿の背中を守る事を、貫き通す芯がお有りなのだ。」

姫乃が言っていた。自分でも調べてみた。
昔の女は強い。
自分の旦那が、子どもが、いつ死ぬかもわからない中で帰りを待ち続ける。いざとなれば自害をする覚悟で家を守る。
巴のように戦場に出ていた女武者もいる。

共に命をかける事は、怖くは無かったのか。
いや、きっと。
男たちだけではなく、女たちも全力で毎日を駆け抜けていたんだ。
信念は侍だけのものではなく、誰もが何かしらを強く心に持ち、今を生きていた。

あぁ、敵わない。
私たち現代の人間は、何と弱くなってしまったのか。

「拙者は巴殿と同じ場所で戦いたいのだ。志は同じ。拙者も巴殿も、ただ義仲殿のために。源氏のために、戦場へと参る。故に早く帰らねばならぬ。」

やはり六郎は帰りたがっている。
巴御前は凄い人だ。その人が命をかけるまでに惚れた男。

木曽義仲(キソ ヨシナカ)。

その信念の大きさはどれほど大きいのだろうか。
だって、好きな女が愛してる男だというのに。
六郎はその男に惚れている。

巴のために帰りたいんじゃない。義仲のために、己の信じた心のために帰りたいんだ。
ぶれない、折れない、何と真っ直ぐで太い芯。

「そっか。早く帰れる方法。見つけないとね。」

その言葉は何となく嘘くさく、自分でも驚くほどに熱が無かった。

巴衣は今、嫉妬している。
六郎を強く惹き付け、離さない。
巴御前よりも、もっと大きな存在の男に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

側室は…私に子ができない場合のみだったのでは?

ヘロディア
恋愛
王子の妻である主人公。夫を誰よりも深く愛していた。子供もできて円満な家庭だったが、ある日王子は側室を持ちたいと言い出し…

夫に隠し子がいました〜彼が選んだのは私じゃなかった〜

白山さくら
恋愛
「ずっと黙っていたが、俺には子供が2人いるんだ。上の子が病気でどうしても支えてあげたいから君とは別れたい」

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜

k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」 そう婚約者のグレイに言われたエミリア。 はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。 「恋より友情よね!」 そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。 本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

婚約者に忘れられていた私

稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」  「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」  私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。  エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。  ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。  私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。  あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?    まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?  誰?  あれ?  せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?  もうあなたなんてポイよポイッ。  ※ゆる~い設定です。  ※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。  ※視点が一話一話変わる場面もあります。

処理中です...