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コメディ
おじいさんの日常
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目が覚めると私はネコになっていた。
まず声が違う。私はこんなに甘く高い声ではない。そもそも、産まれてこのかた。ニャアと言った事など無い。勿論、見た目もネコだった。
私は慌てて寝室へと戻り、ばあさんを叩き起こす。文字通り、いわゆるネコぱんちだ。
毎朝愛を込めて揺さぶり起こすのとは違う。今日はそれどころではない。
私は今とにかく焦っているのだ。それなのに、相変わらず出てくる言葉はニャア。
ばあさんはゆっくりと起き上がると私をギュッと抱き締める。
「はいはい。時間なのね。ありがとう。」
(…。おい。この状態で言うことはそれじゃないだろう!)
なぜだ。
なぜ、ばあさんは私がネコになっている事に気が付いていないんだ。
しかし、その答えは朝食をもって知ることとなる。
いつもの席につくと食事が用意されていたのだが…。
(ネ…ネコ缶だとっ!)
ば、ば、ば、ばあさん!!
これを置くという事は私がネコに見えているというのか?
しかもそれに疑問すら抱いてないではないか。
そこで私はようやく理解した。これは夢だと。
それならば全てが納得いく。ばあさんの反応も、このご飯も。先程から外で響く鳥の声に体がうずうずする事も。
そうか。私は今ネコになった夢を見ている。という訳だな。ふむ。
それなら今日は一日ネコらいふ…とやらを満喫してみるか。どうせ夢なら愉しめそうだ。何せ昔から、ネコは楽しそうだと思っていたのだ。
しかし、何からするべきか。
普段ならば朝食の後は近所の老人仲間と地域のみぃーてぃんぐがある。
午後は少し昼寝をして、起きたら家の周りを防犯も兼ねた散歩をし、時には庭の草も毟る。
ばあさんは虫が苦手なので害虫駆除も一緒にしておく。
そうやって機嫌をとっておくと夕飯が少し豪華になるのだ。
それにしても、ネコになると途端に暇なものだ。
太陽の光を浴びながら窓の外を見ていると、何だかとっても眠くなってくる。
しかし改めて窓に写る自分の姿を見ると気落ちする。いくら年とはいえ、あまりにも小汚い。毛がぼさぼさじゃないか。夢ならば、せめてもっと美しいネコになりたかった。
(おぉ!そうか。こんな時はあれだ。毛づくろいというやつだ。あれをやってみよう。)
これはなかなか良かった。始め出したら止まらなくなる。
一心不乱に舐め回していると一匹のネコが近付いてきた。目が合う。体がざわざわする。
威嚇しようとした瞬間、一言。
「集会。始まっとるぞい。」
…ぞい?
(こ…こいつ、まさか。太田さんか?)
太田さん。それは私のしるばー仲間の一人だ。
何ということか。この夢では太田さんもネコではないか。
ということは、その集会とやらには同じくネコになった他のめんばぁもいるのであろうか。
それにしても太田さんは相変わらず太っている。
何ですか、そのお腹は。地面についていますよ。このでかい体で網戸には絶対に伸し掛からないでいただきたい。
集会所はいつもの有田さん宅であった。
そして案の定、その有田さんもネコだ。というよりも。有田さんに限らずみんなネコ。
有田さんはお金持ちのせれぶ婆さん。ネコになっても品がある。首にはねっくれすの変わりに高級そうな首輪をつけている。
その横には神経質そうな細身のネコ。向井の爺さんだな。変わることなく気難しそうである。
その前には筋肉質で締まった体を惜しみなく見せつけているがっちりしたネコ。絶対にあの筋肉爺さん横尾さんじゃないか。
そして待っていました。
我らがあいどる婆さん、小野さん。
いやはや、ネコになっても美しい。白くなめらかな長い毛にきりっとした瞳。すたいるも文句なしの美魔女というやつだ。
私にはばあさんがいるが、小野さんは別である。本能的に目がいってしまう魔性をもっている。例えネコでも。ほんの少し、罪悪感が胸をちくりと刺す。まぁ毎度の事だ。
会合が始まる。話す内容はネコになっても同じだった。
ご近所とらぶる。ごみ捨て場のからす問題。若者たちの自治会加入案件。悩みはつきない。
話し合いはひとまず終了。ここからは楽しい、さろんたいむ。というやつだ。
有田さんは毎回、本日のおやつといっては普段滅多に口にできないような美味しいおやつを用意してくれる。
しかし、今日配られたもの。それは…。
(ねこ缶ではないか。)
がっかりだ。だが、このねこ缶。ただのねこ缶ではなく『ぷれみあむ』というものらしい。みんなが口を揃えて美味いと絶賛するものだから興味を唆る。
太田さんは仕方ない。しかし、あの小野さんまでもが物凄い食い付きである。
ごくりと喉が鳴る。
まぁ…、今はネコだし?朝も食べていないし??
私は遂に未知への第一歩を踏み出す。
その一口で雷に撃たれた。
(なんだこれはぁっ!)
今日一の収穫。ぷれみあむネコ缶は異常に美味い。
宴もたけなわ集会も解散となり、私は近所を散歩。
家に帰ると昼寝をしていたばあさんの隣に寝転がり一眠り。
起きてからは庭で遊ぶ。虫が楽しくて仕方がない。
揺れる葉が楽しくて夢中で遊んだ。庭は全てが玩具の世界だった。
(小野さんに見惚れてしまったからな。罪滅ぼしに害虫駆除でもしよう。)
ばあさんはそんな私の姿をにこにこしながら眺めている。
私がネコであっても、ばあさんは変わらない。
「今日の夜ご飯はあなたの好きなものよ。朝も食べていないし、楽しみにね。」
私はわくわくした。
が、出てきたのはやはりネコ缶だった。
先程ぷれみあむなるネコ缶を頂いたのだ。朝とは違う種類とはいえど、あれを食べてしまったら…。
私は意気消沈して夕飯を口にすることなく布団へと向かった。
ばあさんは悲しそうな顔をしていたが、なに。これは夢だ。起きたら元の生活に戻っているはずだ。
そうして私は深い眠りについた。
翌朝、目が覚めると。
私はいつも通りに戻っていた。自分の姿を確認して心底安心する。
ネコも悪くはなかったが、やはりこれが本来の私だ。
(なかなか面白い夢だったな。)
私はいつも通り優しくばあさんを起こす。
「あら、こんな時間なのね。いつもありがとう。」
私は満足気に頷くと食卓につく。今日はネコ缶ではないな。食事はこれに限る。
勢い良く食べる私を見て、ばあさんは泣いていた。
「良かったわぁ。昨日は全く食べなかったから…。心配したのよ?もう年だものね。病院はひとまず大丈夫かしら。単にいつもの『ドライフード』が良かったのね。」
私は食べるのをやめて、ばあさんの顔を見て聞いた。
「ニャオ?(昨日?)」
まず声が違う。私はこんなに甘く高い声ではない。そもそも、産まれてこのかた。ニャアと言った事など無い。勿論、見た目もネコだった。
私は慌てて寝室へと戻り、ばあさんを叩き起こす。文字通り、いわゆるネコぱんちだ。
毎朝愛を込めて揺さぶり起こすのとは違う。今日はそれどころではない。
私は今とにかく焦っているのだ。それなのに、相変わらず出てくる言葉はニャア。
ばあさんはゆっくりと起き上がると私をギュッと抱き締める。
「はいはい。時間なのね。ありがとう。」
(…。おい。この状態で言うことはそれじゃないだろう!)
なぜだ。
なぜ、ばあさんは私がネコになっている事に気が付いていないんだ。
しかし、その答えは朝食をもって知ることとなる。
いつもの席につくと食事が用意されていたのだが…。
(ネ…ネコ缶だとっ!)
ば、ば、ば、ばあさん!!
これを置くという事は私がネコに見えているというのか?
しかもそれに疑問すら抱いてないではないか。
そこで私はようやく理解した。これは夢だと。
それならば全てが納得いく。ばあさんの反応も、このご飯も。先程から外で響く鳥の声に体がうずうずする事も。
そうか。私は今ネコになった夢を見ている。という訳だな。ふむ。
それなら今日は一日ネコらいふ…とやらを満喫してみるか。どうせ夢なら愉しめそうだ。何せ昔から、ネコは楽しそうだと思っていたのだ。
しかし、何からするべきか。
普段ならば朝食の後は近所の老人仲間と地域のみぃーてぃんぐがある。
午後は少し昼寝をして、起きたら家の周りを防犯も兼ねた散歩をし、時には庭の草も毟る。
ばあさんは虫が苦手なので害虫駆除も一緒にしておく。
そうやって機嫌をとっておくと夕飯が少し豪華になるのだ。
それにしても、ネコになると途端に暇なものだ。
太陽の光を浴びながら窓の外を見ていると、何だかとっても眠くなってくる。
しかし改めて窓に写る自分の姿を見ると気落ちする。いくら年とはいえ、あまりにも小汚い。毛がぼさぼさじゃないか。夢ならば、せめてもっと美しいネコになりたかった。
(おぉ!そうか。こんな時はあれだ。毛づくろいというやつだ。あれをやってみよう。)
これはなかなか良かった。始め出したら止まらなくなる。
一心不乱に舐め回していると一匹のネコが近付いてきた。目が合う。体がざわざわする。
威嚇しようとした瞬間、一言。
「集会。始まっとるぞい。」
…ぞい?
(こ…こいつ、まさか。太田さんか?)
太田さん。それは私のしるばー仲間の一人だ。
何ということか。この夢では太田さんもネコではないか。
ということは、その集会とやらには同じくネコになった他のめんばぁもいるのであろうか。
それにしても太田さんは相変わらず太っている。
何ですか、そのお腹は。地面についていますよ。このでかい体で網戸には絶対に伸し掛からないでいただきたい。
集会所はいつもの有田さん宅であった。
そして案の定、その有田さんもネコだ。というよりも。有田さんに限らずみんなネコ。
有田さんはお金持ちのせれぶ婆さん。ネコになっても品がある。首にはねっくれすの変わりに高級そうな首輪をつけている。
その横には神経質そうな細身のネコ。向井の爺さんだな。変わることなく気難しそうである。
その前には筋肉質で締まった体を惜しみなく見せつけているがっちりしたネコ。絶対にあの筋肉爺さん横尾さんじゃないか。
そして待っていました。
我らがあいどる婆さん、小野さん。
いやはや、ネコになっても美しい。白くなめらかな長い毛にきりっとした瞳。すたいるも文句なしの美魔女というやつだ。
私にはばあさんがいるが、小野さんは別である。本能的に目がいってしまう魔性をもっている。例えネコでも。ほんの少し、罪悪感が胸をちくりと刺す。まぁ毎度の事だ。
会合が始まる。話す内容はネコになっても同じだった。
ご近所とらぶる。ごみ捨て場のからす問題。若者たちの自治会加入案件。悩みはつきない。
話し合いはひとまず終了。ここからは楽しい、さろんたいむ。というやつだ。
有田さんは毎回、本日のおやつといっては普段滅多に口にできないような美味しいおやつを用意してくれる。
しかし、今日配られたもの。それは…。
(ねこ缶ではないか。)
がっかりだ。だが、このねこ缶。ただのねこ缶ではなく『ぷれみあむ』というものらしい。みんなが口を揃えて美味いと絶賛するものだから興味を唆る。
太田さんは仕方ない。しかし、あの小野さんまでもが物凄い食い付きである。
ごくりと喉が鳴る。
まぁ…、今はネコだし?朝も食べていないし??
私は遂に未知への第一歩を踏み出す。
その一口で雷に撃たれた。
(なんだこれはぁっ!)
今日一の収穫。ぷれみあむネコ缶は異常に美味い。
宴もたけなわ集会も解散となり、私は近所を散歩。
家に帰ると昼寝をしていたばあさんの隣に寝転がり一眠り。
起きてからは庭で遊ぶ。虫が楽しくて仕方がない。
揺れる葉が楽しくて夢中で遊んだ。庭は全てが玩具の世界だった。
(小野さんに見惚れてしまったからな。罪滅ぼしに害虫駆除でもしよう。)
ばあさんはそんな私の姿をにこにこしながら眺めている。
私がネコであっても、ばあさんは変わらない。
「今日の夜ご飯はあなたの好きなものよ。朝も食べていないし、楽しみにね。」
私はわくわくした。
が、出てきたのはやはりネコ缶だった。
先程ぷれみあむなるネコ缶を頂いたのだ。朝とは違う種類とはいえど、あれを食べてしまったら…。
私は意気消沈して夕飯を口にすることなく布団へと向かった。
ばあさんは悲しそうな顔をしていたが、なに。これは夢だ。起きたら元の生活に戻っているはずだ。
そうして私は深い眠りについた。
翌朝、目が覚めると。
私はいつも通りに戻っていた。自分の姿を確認して心底安心する。
ネコも悪くはなかったが、やはりこれが本来の私だ。
(なかなか面白い夢だったな。)
私はいつも通り優しくばあさんを起こす。
「あら、こんな時間なのね。いつもありがとう。」
私は満足気に頷くと食卓につく。今日はネコ缶ではないな。食事はこれに限る。
勢い良く食べる私を見て、ばあさんは泣いていた。
「良かったわぁ。昨日は全く食べなかったから…。心配したのよ?もう年だものね。病院はひとまず大丈夫かしら。単にいつもの『ドライフード』が良かったのね。」
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