上 下
1 / 8
コメディ

おじいさんの日常

しおりを挟む
目が覚めると私はネコになっていた。

まず声が違う。私はこんなに甘く高い声ではない。そもそも、産まれてこのかた。ニャアと言った事など無い。勿論、見た目もネコだった。

私は慌てて寝室へと戻り、ばあさんを叩き起こす。文字通り、いわゆるネコぱんちだ。
毎朝愛を込めて揺さぶり起こすのとは違う。今日はそれどころではない。
私は今とにかく焦っているのだ。それなのに、相変わらず出てくる言葉はニャア。

ばあさんはゆっくりと起き上がると私をギュッと抱き締める。

「はいはい。時間なのね。ありがとう。」

(…。おい。この状態で言うことはそれじゃないだろう!)

なぜだ。
なぜ、ばあさんは私がネコになっている事に気が付いていないんだ。

しかし、その答えは朝食をもって知ることとなる。
いつもの席につくと食事が用意されていたのだが…。

(ネ…ネコ缶だとっ!)

ば、ば、ば、ばあさん!!
これを置くという事は私がネコに見えているというのか?
しかもそれに疑問すら抱いてないではないか。
そこで私はようやく理解した。これは夢だと。

それならば全てが納得いく。ばあさんの反応も、このご飯も。先程から外で響く鳥の声に体がうずうずする事も。

そうか。私は今ネコになった夢を見ている。という訳だな。ふむ。
それなら今日は一日ネコらいふ…とやらを満喫してみるか。どうせ夢なら愉しめそうだ。何せ昔から、ネコは楽しそうだと思っていたのだ。

しかし、何からするべきか。
普段ならば朝食の後は近所の老人仲間と地域のみぃーてぃんぐがある。
午後は少し昼寝をして、起きたら家の周りを防犯も兼ねた散歩をし、時には庭の草も毟る。
ばあさんは虫が苦手なので害虫駆除も一緒にしておく。
そうやって機嫌をとっておくと夕飯が少し豪華になるのだ。

それにしても、ネコになると途端に暇なものだ。
太陽の光を浴びながら窓の外を見ていると、何だかとっても眠くなってくる。

しかし改めて窓に写る自分の姿を見ると気落ちする。いくら年とはいえ、あまりにも小汚い。毛がぼさぼさじゃないか。夢ならば、せめてもっと美しいネコになりたかった。

(おぉ!そうか。こんな時はあれだ。毛づくろいというやつだ。あれをやってみよう。)

これはなかなか良かった。始め出したら止まらなくなる。
一心不乱に舐め回していると一匹のネコが近付いてきた。目が合う。体がざわざわする。

威嚇しようとした瞬間、一言。

「集会。始まっとるぞい。」

…ぞい?

(こ…こいつ、まさか。太田さんか?)

太田さん。それは私のしるばー仲間の一人だ。
何ということか。この夢では太田さんもネコではないか。

ということは、その集会とやらには同じくネコになった他のめんばぁもいるのであろうか。

それにしても太田さんは相変わらず太っている。
何ですか、そのお腹は。地面についていますよ。このでかい体で網戸には絶対に伸し掛からないでいただきたい。

集会所はいつもの有田さん宅であった。
そして案の定、その有田さんもネコだ。というよりも。有田さんに限らずみんなネコ。

有田さんはお金持ちのせれぶ婆さん。ネコになっても品がある。首にはねっくれすの変わりに高級そうな首輪をつけている。
その横には神経質そうな細身のネコ。向井の爺さんだな。変わることなく気難しそうである。
その前には筋肉質で締まった体を惜しみなく見せつけているがっちりしたネコ。絶対にあの筋肉爺さん横尾さんじゃないか。

そして待っていました。
我らがあいどる婆さん、小野さん。
いやはや、ネコになっても美しい。白くなめらかな長い毛にきりっとした瞳。すたいるも文句なしの美魔女というやつだ。

私にはばあさんがいるが、小野さんは別である。本能的に目がいってしまう魔性をもっている。例えネコでも。ほんの少し、罪悪感が胸をちくりと刺す。まぁ毎度の事だ。

会合が始まる。話す内容はネコになっても同じだった。
ご近所とらぶる。ごみ捨て場のからす問題。若者たちの自治会加入案件。悩みはつきない。

話し合いはひとまず終了。ここからは楽しい、さろんたいむ。というやつだ。
有田さんは毎回、本日のおやつといっては普段滅多に口にできないような美味しいおやつを用意してくれる。
しかし、今日配られたもの。それは…。

(ねこ缶ではないか。)

がっかりだ。だが、このねこ缶。ただのねこ缶ではなく『ぷれみあむ』というものらしい。みんなが口を揃えて美味いと絶賛するものだから興味を唆る。
太田さんは仕方ない。しかし、あの小野さんまでもが物凄い食い付きである。

ごくりと喉が鳴る。
まぁ…、今はネコだし?朝も食べていないし??
私は遂に未知への第一歩を踏み出す。
その一口で雷に撃たれた。

(なんだこれはぁっ!)

今日一の収穫。ぷれみあむネコ缶は異常に美味い。

宴もたけなわ集会も解散となり、私は近所を散歩。
家に帰ると昼寝をしていたばあさんの隣に寝転がり一眠り。
起きてからは庭で遊ぶ。虫が楽しくて仕方がない。
揺れる葉が楽しくて夢中で遊んだ。庭は全てが玩具の世界だった。

(小野さんに見惚れてしまったからな。罪滅ぼしに害虫駆除でもしよう。)

ばあさんはそんな私の姿をにこにこしながら眺めている。
私がネコであっても、ばあさんは変わらない。

「今日の夜ご飯はあなたの好きなものよ。朝も食べていないし、楽しみにね。」

私はわくわくした。
が、出てきたのはやはりネコ缶だった。

先程ぷれみあむなるネコ缶を頂いたのだ。朝とは違う種類とはいえど、あれを食べてしまったら…。
私は意気消沈して夕飯を口にすることなく布団へと向かった。
ばあさんは悲しそうな顔をしていたが、なに。これは夢だ。起きたら元の生活に戻っているはずだ。

そうして私は深い眠りについた。

翌朝、目が覚めると。
私はいつも通りに戻っていた。自分の姿を確認して心底安心する。
ネコも悪くはなかったが、やはりこれが本来の私だ。

(なかなか面白い夢だったな。)

私はいつも通り優しくばあさんを起こす。

「あら、こんな時間なのね。いつもありがとう。」

私は満足気に頷くと食卓につく。今日はネコ缶ではないな。食事はこれに限る。
勢い良く食べる私を見て、ばあさんは泣いていた。

「良かったわぁ。昨日は全く食べなかったから…。心配したのよ?もう年だものね。病院はひとまず大丈夫かしら。単にいつもの『ドライフード』が良かったのね。」

私は食べるのをやめて、ばあさんの顔を見て聞いた。

「ニャオ?(昨日?)」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ぷちラブ、とラブる~臨床検査技師は辛いよ~

今晩葉ミチル
大衆娯楽
※月曜日以外に更新予定 ※完結しました!  勝河梨花は一流の臨床検査技師になりたいのだが、トラブル続きで七転八倒。  何度も泣いてくじけそうになりながら、橘光輝を初め個性豊かな人たちと共に脳外科勤務をこなそうと頑張る。  梨花は一流の臨床検査技師になれるのか。  それは神のみぞ知る。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

短編集

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
いろいろなお話BOX

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

愛した彼女は

悠月 星花
大衆娯楽
僕、世羅裕(せらゆたか)は、大手会社から転職したその日、配属された先で橘朱里(たちばなあかり)という女性と出会った。 彼女は大輪の向日葵のように笑う人で、僕の心を一瞬で攫っていってしまう。 僕は、彼女に一目惚れをしたのだ。 そんな彼女に、初めて会って30分もしないうちに告白をして玉砕。 当たり前だが……それでも彼女の側でいられることに満足していた。 年上の彼女、年下の僕。 見向きもしてくれなかった彼女が、僕に笑いかける。 いつの日か、彼女の支えとなるべく、今日も今日とて付き従う僕のあだ名は忠犬ワンコ。 彼女の笑顔ひとつを手に入れるため、彼女と一緒にお勤めしましょう。 僕は、考える。 いままでの僕は、誰にも恋をしてこなかったんじゃないかと…… 橘朱里が、僕にとって、初めての恋だったのだと。 初恋は実らない?いんや、実らせてみせるさ!必ず、彼女を振り向かせてみせる。 もう、振られているけど……そんなのは……ちょっと気にするけど、未来を想う。 朱里さんが、彼女が、僕を選んでくれるその日まで…… ずっと、ずっと、彼女を支え続ける。 気持ち悪いだって……?彼女が気にしてないから、僕からは口に出さない。 僕が朱里さんと出会って初めて恋を知り、初めて愛を知った。 彼女となら……永遠さえ、あるのではないかと思えるほどである。 最初の恋を教え、最後に愛を残していってしまった人。 赦されるなら……ずっと、側にいたかった人。 今は、いないけど、そっちにいくまで、待っていてくれ。 必ず、迎えにいくからさ……朱里。

処理中です...