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第五章

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【五】
 
「ふんふ~ん♪」
 聞いてくれ。
「俺は自由だぁぁぁぁ!」
 篭を持ってルンたった。ボヤージュ市場で一人でお買い物だ。
「ヒッ」
 一人じゃなかった。本物のレンから移動した俺個人の護衛が俺を見張っているぅ!
 先日、レンが戻ってきた。
 熱い抱擁を交わし、本当のレンの任務を教えて謝罪してくれた。表向き芸能人のレン・クジョウの顔があるから中々こういった裏任務はこなせないと。それで俺に白羽の矢が立ったわけだけど、レン・クジョウのイメージが俺のせいで少し変わってしまったことを謝った。笑い飛ばされて頑張るわと胸を張って言っていた。なんて彼は心も体も強いのだろう。
 取り合えずレンは無事レディアンの元に戻り、一週間ほど城に引き籠るらしい。まぁ、そうだよね、別の雄の匂いがついてたらそりゃ嫌だし、よくもまぁ耐えたなぁ王は。ディラン曰く、王だから何事も平然を取り繕う表情の練習をしているけど、内心嫉妬で煮えくり返って、さすがのレンでも心配だという。
 今はまだ非正規受胎の実事件の解明中だけど、俺はようやくリョウ・リンドウに戻ることができた。髪色も元の栗色に戻して、長さも長いから髪を結べる程度にカットしてもらって、すっぴん生活に喜んでいたけれど。
『だめよ? また頼むかもしれないから、肌の手入れや化粧はもってのほか、サロンにエステも今後とも通いなさい。ボクの行きつけのお店にね? ちゃんと行ってるか確認するからね?』
 実はレンの双子の弟という偽設定で根回しするらしい。
「あ、じゃがいも。3つで250ゼニー・・・、うん、おじさん、じゃがいも6つ下さい。あと、紫カボチャ一つもお願いします」
「あいよー」
 実はまだ朝の5時で、ディランはぐっすり寝ている。今日の朝食はカボチャのスープとおかかおにぎりを作りたい。お昼はサーモンサラダと鮭おにぎりにじゃがバター。夜はディランと外食なので楽しみだ。
「よしよし」
 俺は引き続き、ディランの隠れモデルとして仕事をする。勿論、そのお給料は貰える。ディランの家に住み込みモデルバイトだ。
「はいよ、またよろしくな嬢ちゃん」
「うん、またね。あ、桜大根はいつ入る?」
 お気に入りの小さい赤い大根のことだ。サラダに彩を与えながらも栄養素の高い、寒い領土つまり西の大陸でしか育たない希少な野菜だ。
「来週の火曜日あたりだ。取り置きするかい?」
「うん! いつもの20個お願い」
「はいよー」
 よし。後は包丁だ。金物屋さんに入ろうとした時だ。
「わっ!?」
 突然、あの熊忍者が俺の行く手を遮った。
「何故ここに入るのだ」
 声渋い、でもいい声!
「えっ?」
「ここは危険物を取り扱う店だ、何用か」
 な、なるほど? 俺の身を案じてくれているということ?
「料理で使う包丁を買いたいんだ。魚と野菜を切る包丁は変えた方が良くてな? 大きい魚も切れる出刃包丁で刃渡りが15センチ以上で素材はステンレスの方が扱いやすいかな、柄は俺木製がいいんだ」
「・・・・・・そ、そぅか」
 そっと俺の前から退いてくれた。
「護衛ありがと」
 気がついたらもういなかった。ほんとに忍者だ。朝5時なのに大変だな? 店内に入って、ちょうどいい値段の持ち心地のいい出刃包丁をゲットできた。
 後はディランの好きなハチミツを買って、というか熊人は皆好きだから。必需品と言っても過言ではないので、いつも最大サイズの5kgを買って行く。
「やぁ嬢ちゃん」
「おはよう店長。入荷した~?」
 雑貨屋さんのツキノワグマの熊人の店長だ。
「あぁ、勿論。いつも最大サイズを買ってくれるなんて嬉しいよ。ハンドクリーム、おまけに付けといたから」
 チャキーン。買い物はいつもディランのブラックカード。
「こちらこそいつもありがと。おまけもほんとに嬉しい」
 購入後は俺の怪力が役に立つ。
「わっ!」
 店長がいきなり声をあげた。無理もない。いきなりまた忍者熊君が現れたのだ。
「ご、ごめんね店長。物騒だからって、ダーリンが護衛つけてくれてさ」
 蜂蜜を持とうとしたら、その手と止められた。
「無理にも程がある」
 もしかして、荷物係しようとしてくれたのか。
「大丈夫大丈夫、ほら」
 いつも通り蜂蜜を右手で担ぐ。篭は左手。
「っ!?」
 顔は仮面で見えなくても、たじろでいるとは分かった。
「俺のギフトは怪力なんだ。気を使ってくれてありがとな、大丈夫だから」
「・・・・・・」
「店長、またよろしく」
「あぁ、またねえ」
「・・・・・・」
 忍者熊は今度はまた消えたりはしなかった。一緒にお店を出る。
「・・・? どうかした?」
 なんか様子がおかしい気がする。
「・・・そなたの名は、リョウ、と言ったか?」
 そなた。ちょっと鳥肌。
「うん。リョウ・リンドウだよ」
「っ!? い、いやそんな、しかし・・・」
 急に動揺し始めた。こんなにしどろもどろしているのは初めて見た。普段クールで寡黙なのに。必要なことしか話さないのに。
「もしや、オラクル孤児院にいたか?」
「!? えっ!? 何で知ってんの!?」
 オラクル孤児院を知っている、だと!?
「・・・オレだよリョウ」
「・・・え?」
 忍者熊君は仮面とフードを外した。
 中身は赤い目のグリズリー種の熊人だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの? どちら様?」
「オレだって! エリック! 孤児院で仲良しだったろうが!」
「・・・・・・」
 エリック?
「・・・エリック? エリックってあの?」
 あのもふかわ目ぇうるうる激かわの?
「・・・・・・」
 目を細めて凝視をする。
「な、なんだよ!? 覚えてねぇのかよ!」
「嘘だ。俺の知ってるエリックは天使のようにもふもふしてて可愛かった! こんないかついもふおになるわけがない!」
「ばっかおめそれ昔の話だろうが。お互い色んなことがあっただろうに。おめぇだって気がついたらまさか、ディラン様の恋人だったなんて!」
「それについては俺が一番驚いている。というかエリックはそんな人のことおめぇなんて言わない! 舌足らずでもっともじもじして上目遣いでリョウちゃんって呼んでくれたし!」
「どんだけ幼少時の話してんだよ。別れる時は男らしくなってただろうが」
「いっちょ前に人の姿になれて? 俺は熊の姿の方が好きだった! ・・・そう言えば獣姿だね? ハイブリッド種じゃないんだ?」
「訓練の一貫だ。獣姿でいることで、精神を鍛えてる。獣姿でいるのが当たり前の種と違って、人型とどちらでもなれるハイブリット種にはキツイ。でも命令だ」
「ディランの?」
「あぁ」
 本当にエリックなのか? このムキマッチョ熊が。
「じゃぁ俺とエリックしか知らない話して」
 忍者熊はにやりとほくそ笑む。
「忘れもしない。怖い夢見ておねしょして、怒られるのが怖くて寝ているオレの布団とすり替えたなぁ? あぁ?」
「っ!?」
 な、なんだと!?
「もふもふが好きだと、オレの布団に入り込んでは抱きついて寝やがるし、右のお尻にほくろが三点、三角形に」
「まっ、分かっ分かった! おまえはエリックだよ!」
「ふん、分かればいい」
 俺のお尻のほくろのことまで知ってるとは。
 俺は蜂蜜をエリックに渡した。
「は?」
「荷物持ちしてくれるんだろ? 頼むよ」
「はぁっ!? 切替はえぇなおい!?」
「別に隠れて護衛する必要ないじゃん。堂々と盾してくれれば。あとその仮面ダサイよ。そんなにカッコい顔してんのに隠すのは勿体ないんだから」
「貶すか褒めるかどっちかにしろよ」
 大きなため息をついてエリックは俺を見やった。
「エリックなんて、久しぶりに呼ばれたな」
「あぁ、そっか。名前、変わった?」
「あぁ、グロウ。グロウ・ジェルスター。ま、裏家業の家柄だ。そこに引き取られて鍛えられた」
「あぁ、そうか。あんな可愛かったのに、こんなムキマッチョで可愛げのない熊男になって・・・」
「っせーよ。生きていくためには好都合だった。弱いままじゃ生きていけなかったし」   
 そうだった。
「・・・やっぱエリックだな。おまえはいつも先を見てたし、前向きで・・・可愛かった・・・ううっあんな天使が・・・」
「そのネタいつまで引きずるんだ馬鹿が」
「いやぁでも良かった、まさか会えるなんて思って無かったし。ったく、迎えに来るからって言われて待ってたのにさ」
 ピタリとエリックの足が止まった。
「あん時は自分の世界がエリックだけだったから、本気にしてたんだよな」
「オレだって! その迎えに・・・」
 言いかけに急にエリックは片膝を立てて、大きく頭を垂らした。
「リョウ」
 目の前にディランがいた。
「ディラン!? 起きたのか? 早いな」
「・・・・・・」
 ディランがまじまじと無表情でエリックを見つめている。
「あ、あのディラン実は」
 ディランにあの親友のエリックだと話した。
「今はただの護衛だ、任務に戻れ」
「・・・御意」
 エリックはまた消えてしまった。
 はぁとディランに大きなため息をつかれた。蜂蜜を担いで片方の手で俺の手を握る。
「変な気を起こすなよ?」
「変な気?」
「君はあいつのこと好きだったんだろ? 十年待ってたって」
 嫉妬だ。好意を向けられていることが自覚できるとそうか、色々分かって来る。
「元気そうで良かったけど、あんなに可愛かったのに、あんなむきマッチョになって俺はそれが悲しい」
「はぁ・・・、これから必要以上にコンタクトを取るな」
「え」
 ギッと睨まれた。
「嫉妬し過ぎて君をどうにかしてしまいそうだよリョウ。いっそのこと受胎の実を貰いに行って孕ませるか?」
 おや? 子供、もう欲しいのか。
「え? 別にいいけど」
「・・・・・・」
 ディランの足取りが止まる。
「ディランが今非正規の受胎の実事件と今大きなデザインのプロジェクトを計画してるから、子供は先かなって思ってただけだし」
「・・・・・・」
「ディランが欲しいならいいよ? バレたと思うけど、俺重度のもふフェチだから。それに・・・」
 ディランの手を繋いだ。
「俺、本当の家族が欲しい。親になってみたい。子供には、悲しい思いをさせたくないんだよね」
 もしも俺が子供を産んだら、どういう気持ちになるのだろう。
「・・・・・・はぁ、ほんと君は」
「毎日本当はディランのしろくまボディみたいのに」
 ふんわり優しく抱き締められた。なんか、空気感が変わった。
「・・・その君の純粋な愛が心地よくて好きだよ、愛してる」
「ぐっ」
 最近好き好きアピールがド直球の顕著に当然にしてくるようになった。
「あ、顔赤いね」
「んもぅ! 慣れてないって言ってる!」
「可愛いなぁもぅ」
 グリグリと頬を擦りつけてくる。
「でも君は無意識に人をタラシ込む。お仕置きエッチが増えるな、次は何をしようかな」
「ふぐっ」
 ディランのこの優しい微笑みが好きだ。
「・・・おれの子を産みたい、そう君は言った、よね」
「う、うん・・・」
「よし、言質は取った」
 ってか恥ずかしいから繰り返して言わないで欲しい。
 また手を握られ、引っ張られる。
「さ、お腹空いた、行くよ」
「・・・・・・」
 舌なめずりするディランだ、これは俺の身が危ない。はぁ、ただエリックと話したいだけだったのに。
「・・・家族、か」
「・・・うん?」
 まじまじとディランが俺を見つめる。
「・・・画集を出してから、どうやら君を探している輩がいるらしんだ」
「え? 俺を?」
 そういう情報は一体何処から? というのは置いておいて。
「・・・おれも君の素性を知りたいが、君自信が一番自分を知りたがっていただろう?」
「うん」
 孤児院より前の記憶がない。俺が何処の誰か、少しでも分かれば嬉しい。ディランの奥さんが何処の馬との分からないやつなんて、世間様が許さない。
「画集の表紙と、その君の本当の絵を書いたページがあっただろう」
「あ、あぁあったね」
 微妙に斜めから俺の素の姿、右眼が翡翠色で左目が黒い目ののすっぴんでモデルをやった。
「でも、あれは美化し過ぎ。俺、あんな美人じゃない」
「いんや、君の目にそう見えても俺と世間の目は誤魔化せない。君はもっと自分の魅力を自覚すべきだ」
「・・・別に、ディランにだけでいいし」
「・・・・・・」
 隣でディランが震えていた。
「何であれを書いたの?」
「メッセージだよ」
「メッセージ?」
「そう。これは賭け。この絵の子に見覚えのある者はいないかって」
「・・・じゃぁ・・・」
「そう。君を探している者達がいる。つまり、君を知る存在、肉親かもしれない」
「!」
 ディランは歩みを止めて俺を見た。
「・・・違うかもしれないし、もし仮に肉親だとしても、君は辛い現実を突き付けられるかもしれない」
「・・・そうだね、捨てられたんだもんね」
「・・・それは違うようで違わない、か?」「え?」
「情報に寄ると血眼になって探しているらしい、君を知る者が必死で君を探してる」
 俺を探してくれてる人がいる。
「・・・会いたい?」
「・・・怖い、けど会いたい、会ってみたい。腹を割って話したい」
 ディランは頷いた。
「グロウ」
 その一声で、すぐにエリック・・・じゃない今はグロウか、現れた。
「は」
「彼らに接触してやれ」
 ディランが一枚の金の刺繍が施された白い封筒をグロウに差し出した。
「これを渡せ」
「御意」
「おまえは常におれじゃなくリョウを護れ。その意味を分からないおまえではないだろう?」
「は」
「行け」
 忍者グロウが消えた。
「さて、こっちも準備だ」
「・・・うん?」
「準備が出来たら婚前旅行だな」
「婚前旅行っ!?」
 う、嬉しいけど婚前・・・結婚を、将来を考えてくれてるってことだけど、急な進行。
 まぁ、ディランの思い付き行動には慣れてきた自分が怖い。
「なんだ、嬉しくないのか」
「そっ、そりゃ嬉しいけど」
「けど、何?」
「・・・何処の誰か分からない俺とじゃ、その、ディランのご両親・・・とかその・・・もにょもにょ」
「だから婚前旅行だ。これから行く先におまえの知りたい答えがある」
 何でそんな自信ありげ?
「何その俺のこと知ってますみたいな? つか何処行くのさ」
「鬼宮島」
「おにみやじまぁ?」
 ディランは剣呑な表情を浮かべる。
「・・・あぁ、地図にない島さ」
「えっ」
 止めてよ。そういう冒険心くすぶる言い方をよ。わくわくしてしまうだろうが!


=伝記=
 これは昔話。
 とある樹の女神が人の世界を嘆いた。
 彼らは自然を怖い、最後には機械という心の無い器だけの戦士に負けた。その勢いは絶える一方だった。
 そこで樹の女神は新たに獣人族を創った。そしてその獣人族にこそ愛し愛される、純人なヒト族を創り出した。どうか、ヒト族も獣人族も仲良く暮らせますように、と。
 でも実は、その世界には、ヒト族に近い種族がいた。
 彼らは鬼人族。そう呼ばれる者だった。
 彼らを作ったのも神の一人鬼神。
 鬼人族は頭部に二本の角と尖った耳、そして鋭利な犬歯がある頑丈なヒト族だった。
 慌てた樹の女神だったけれど、鬼神は新たな種族に大いに喜んだ。
 けれど、樹の女神は頭を抱えた。
 ヒト族、獣人族、そして鬼人族。これら三つの異なる種族が争ってしまうのはないか、と。
 鬼神は笑って答えた。
 己が領分を護り、なるべく干渉せねば良い、と。
 そこで鬼神は樹の女神に一つの島を請うた。 鬼神率いる鬼人族はその新たな島を鬼宮島と名乗り、ひっそりと隠れて暮らしているという。

==
 
「・・・で、読めたか?」
「いつきのめがみ? おにびとぞく? おにがみさまぁ?」
 俺達はヒト族の領土のさらに中枢部に向かっていた。
 なんと本当に地図に無い島らしい。
 そこにはただ河があっただけだけど、さらにその先に用事があるということで、今船に乗っているのだけれど。
 いきなりクルーズに乗って、このよく分からない巻物渡されて読めって読んだけど。
「・・・読んだけど、え? この鬼宮島ってのが、その今から向かう地図に無い島とか。・・・嘘、本当にあんの?」
 古すぎて今にも破れそうな巻物を巻き直した。
「・・・読めたのなら確証だ、違ったらどうしようと思ったけど、まぁ念の為だ」
「・・・はい?」
 ディランは俺から巻物を取ると首を傾げる。
「おれは鬼人の話は両親から聞いていたし、行ったことがあるから知っているけど」
「!? 行った、こと、ある!?」
「あぁ、それにおれにはこの文字は読めないからね」
「・・・? 文字?」
「あぁ、君はこの鬼人固有の鬼文字を読めたということだ」
「・・・・・・え」
 何も意識してなかった。
「・・・俺、読めた・・・?」
「あぁ。これで分かった」
「!?」
 え、や、つまり・・・。
「もうすぐ、本当の君を知る場所へ行く」
 俺が、鬼人族!?
「そんな、え、でも・・・」
 でも俺、この文字、読める。何で?
「記憶が無いのも、おれが君とここへ来ることも、全ては鬼神様繋がりだ」
「!?」
 うっすらと霧が立ち込め、段々色濃くなっていく。
「・・・あれが鬼宮島だよ」
「・・・・・・」
 この空気、知ってる。懐かしい香りだ。
 クルーズの行く先はまっさらな綺麗な浜辺だった。
「・・・さすが、もうお見えか」
「え?」
 浜辺には真っ赤な装束の人が立っていた。
 クルーズが浜辺に到着する。
「ようこそ、お待ちしておりました」
「あぁ」
 ディランは俺の手を取り、浜辺に下ろしてくれた。ブーツ履けってこういうことな。
「鬼神巫子様がお待ちですどうぞ」
 鬼神巫子。
 ほ、本当に大丈夫なのだろうか。鬼の絵が書かれていたけど、誰からどう見てもおっかない種族だろ。そもそも俺が鬼人だとして、角とか牙ないぞ?
「行こう」
「・・・あ、うん」
 気遣ってか、ディランは俺の手をそのまま握って引っ張ってってくれる。
 歩いて行くと、やっぱり霧が相変わらず怪しさを醸し出しているし、草木しか見えないし。
「・・・懐かしいな」
「え?」
 ディランの視線の先に、真っ赤な大きな鳥居のある洞窟が現れた。
「鬼神巫子に会うにはあちらからの引導がないと来られない、例え鬼人族であってもだ」
 どうしてこうなった!?
「な、なんでぇ? なんで鬼神様が?」
「・・・まずは当主、の段取りがいきなり神巫子自らが向こうから接触してくれるとは」
 赤い装束の人が深く頭を垂らす。
「鳥居の先は神の鬼神様の展開領域となっております。お気をつけて」
「ひぃっ!? なぁなぁ俺ら生きて帰れるわけぇ!? なぁっ!」
「痛い痛いって。行くしかないってことだろう、行くぞ」
「うひっ」
 ディランと一緒に鳥居をくぐった。
 ふわっと体が軽くなったと思ったら。
「・・・へ?」
 はて? 洞窟じゃなかったっけ?
 俺達は何処かの平屋の和室一室の、ちゃぶ台を囲んで座っていた。
「よぉよぉようやく来たかのぅ」
「っ!?」
 目の前の襖がシャッと自動で開いた。
 そこには煌びやかな存在が座椅子にゆったりと座っていた。
 長過ぎるほどの紫色の髪に二本の角、水色の紅でにかっと笑う微笑みに見える牙、金色の瞳が鋭利に光らせる子供が現れた。紅白の少し変わった和服を着ている。
「・・・お久しぶりです鬼神巫子」
「うぅむ、大きくなったのぅディラ」
 ディラン知り合い!?
 鬼神巫子の視線が俺に映る。
「お主も、久しいなと言いたいところだが、そうさな、覚えとらんじゃろうな」
 とりあえず頭を下げた。会釈、大事。
「如何せん、おまえの記憶を消したのは何を隠そうわらわじゃからのぅ」
「っ!? えっ!?」
 鬼神巫子はお茶をすすり、ゆっくり話を始める。
「・・・十年に一度、樹の女神の守護者、獣人の王達と言葉を交わす宴がある。無き樹の女神に変わって、この世界を守護するのがわらわの役目だからじゃ。それを知るのは獣人王達のみ」
 鬼神巫子様が指を鳴らすと、お茶がちゃぶ台に現れた。
「ま、その宴ではわらわの子孫達が獣人王達を迎えるのだが、熊人の王が体調が優れんきてな、付き添い人に息子のディラン、こやつが来たのじゃ」
「・・・・・・」
 ん?
「? え? ん? レディアンは?」
「・・・レディアンは俺の影武者王。熊人の真たる王族は俺だ」
「・・・・・・」
 また影武者。え? ディランが本当の王様だと!?
「ん? なんじゃ、知らんかったのか」
「っはぁぁぁぁぁ~っ!? どどどどどどどうしてそんんな大事な事!?」
「その話は後で。巫子様、続きを」
「なっ」
「うむ。で、その宴にディランとお主が出会った」
「えっ!?」
 俺達は既に出会ってたのか。
「だがのぅ、運命というものはまっこと恐ろしいものでな。何の因果か、まだ十代という若さでお主らは隠れてまぐわっておってな」
「ブッ!」
「獣のように盛りに盛りまくって、さすがにわらわが引き留めたのじゃ。生憎と、鬼人は獣人の子を成せないが、お主らはそういうもんじゃない、本能で愛し合っとる感じじゃったのぅ」
「・・・え」
 今、なんて?
「樹の女神のヒト族の子らは、獣人族の子を成せるよう”受胎の実”なるものがあるのは知っておろう? それさえあれば異性に同性でも子が孕める。だが、リョウ、おまえは鬼人じゃ。しかも、我が真祖に連なる鬼子、それこそ忌み子と言われたその黒い目が証」
 忌み子が鬼子?
「鬼子はこの島で鬼巫女と呼ばれ、鬼の血を絶やさぬよう鬼人の子を作る母体じゃ。悪いがのぅ、それがおまえの役目、じゃ」
「・・・・・・」
 声が出なかった。
 鬼神巫子はほくそ笑む。
「・・・あの時の同じ顔を、また見るとはのぅ。だがな、そこのディランがのぅ、このわらわに賭け事を申し込んで来てのぅ?」
 賭け事?
「わらわの提示した賭けに勝ったら、婚姻を許そうと。それでわらわがお主の記憶を消し、ただのヒト族として獣人領土に身を置かせる。もしも何も覚えてないリョウを見つけることができ、今一度と再び一緒になりたいと言うたなら、この島へ戻って来る。そうしたらネタばらし、ということじゃ」
「そっ!?」
「見事、お主のよすがを辿って、ここまで来れたのぅ。褒めてやる」
 記憶を消したのはまさかの鬼神巫女!?
「記憶を消す必要が何処にあるのさ!?」
「その方が真実の愛に燃えるじゃろうて」
「~っ!」
「ふはは、怒っとるのぅリョウ」
「当たり前です!」
「わらわもお主が大事なんじゃ。先祖返りというわらわに近い子が生まれるのは数百年にあるかないかなのじゃ。お主のことをずっと見守ってきた、愛しくて仕方が無いのは親心じゃ」
「・・・・・・」
 俺何も覚えてないんだけどね。
「じゃが、そこのしろくまは本当にようやって見せた」
「っ! なら、認めて下さるんですね?」
「・・・あぁ、そうじゃな。賭けはディラン、おまえの勝ちじゃ、だが・・・」
 鬼神巫子が俺を見据える。
「・・・リョウ、おまえはそれでいいのかのぅ?」
「え?」
「鬼人は獣人の子は孕めぬ。このしろくま種は絶滅危惧種じゃったか? しかもこやつはその最後の末裔じゃろうて」
「!?」
 思わずディランを見た。
 最後、しろくまの最後の一人!?
「最後ではありません、各地に散っているだけで血はまだ耐えてません」
「・・・ほぅ?」

 ズキン。

 急に頭が痛くなった。
『・・・あやつはそうは言っておるがのぅ、まことあやつで最後、それは調べておる。お主は本当にしろくてもふもふのくまに愛を抱いておったのぅ?』
 頭に直接会話が入って来る。
『・・・お主の大事な種を、お主で途絶えてしまっていいのじゃろうかのぅ?』
 そんなのはダメに決まっている!
「リョウ、思い悩むことはないよ。方法があるかもしれないし、他の仲間が血を引き継いでくれるからね」
「でも、ディランは王だろ? 王族の血を絶やすなんて、俺にはできない」
 ディランが初めて眉根を寄せた。
「そんなことはどうでもいい。おまえは、おまえだけは王じゃない、ただのおれ自身を見てくれると思ってた」
「だからだよ! 大好きなおまえを産んでくれた血筋を、俺が・・・」
 そうだ。
 大好きだ、愛しているから、護りたい。
 ポフッと俺の頭にディランの手が乗る。向けられたのは凄く穏やかな余裕のある笑み。
「鬼人と子が成せないのはとっくに知ってた。だからおまえと離れてからずっと探し続けて来た。研究者の話だと望みがないわけじゃないらしい。だからおれは諦めない、諦めたくないだよ」
「・・・ディラン」
 本当に俺との未来を、きちんと考えてくれてたんだ。どうしよう、凄く嬉しい。
「だから、君も諦めないで欲しい。おれのことも、種族のことも」
 俺は深く頷いた。
「うん!」
 バサッと金色の扇子を鬼神巫子は取り出した。
「のぅディランよ。おまえは本当にわらわの子に愛されておるのぅ」
 ディランはほくそ笑む。
「おれの方が愛してますから」
「・・・左様な、よう見つけ出したものじゃ。だが」
 金色の扇子がディラに向けられる。
「!? 何を」
「・・・認めはするが、おまえの元にリョウはやらんよディラン」
「っ!」
 何が起きたのか何をされたのかは分からない。
「リョウっ!?」
 ただ、嫌な予感がして、扇子から放たれる閃光を前に体が動いていた。
「リョウっ!」
 激しい頭痛に、俺は耐えきれなかった。

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