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第一章
第四話 『攻略キャラとはじめまして』
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家庭教師として、初めてマティアス伯爵家へと赴く日の朝。
御師様の研究所の前には、黒と金で豪華に装飾された、二頭立ての馬車が停まっていた。
扉の表面には伯爵家の紋章。迎えに来てくれたことはありがたいが、豪奢すぎてたじろいでしまう。
「シャルティーナ様、マティアス伯爵の命によりお迎えにあがりました」
馬車の中から現れた年嵩の使用人が、うやうやしく頭を下げ乗り込むよう促してくる。御者の他に使用人まで迎えに来てくれるなんて、さすが伯爵家だ。
「それでは御師様、いってまいります」
「ああ。……シャル、これを君に渡そう」
御師様がローブの下から銀の腕輪を取り出した。細身で、花や紋様が刻まれている。見た目は美しい腕輪だけど、強い魔力がこもっている魔道具だ。
「まだ見習いとはいえ、この仕事が魔法士としての第一歩だ。魔法の触媒としても使える。きっと役立つだろう」
そう言ってわたしの掌の上へ乗せる。左手首にはめれば、花と土の香りがふわりと鼻先を掠めていった。これには春の息吹が込められている。御師様を見遣ると小さく頷かれた。
「ありがとうございます、御師様」
「がんばっておいで」
笑顔で見送ってくれる御師様に後押しされ、わたしは馬車に乗り込んだ。
そういえば今日の御師様は老齢の男性だった。あのお姿は久しぶりだなと思い、それでも笑った表情はいつも同じであることに改めて気づく。
馬車の中で、使用人に伯爵家での決まり事を簡単に説明してもらう。
上流階級の屋敷では、主人である伯爵の生活にあわせ、時間単位で決まっている行動や日課が多い。家庭教師による勉強の時間も、令嬢たちの日課としてきっちり決まっているのだ。
あらかじめ契約書で交わしていることに加え、屋敷内での規制も教えてもらった。下級男爵家の娘とはいえ、家庭教師は使用人よりも少し上の立場。敷地内での勝手は許されない。
今日は伯爵家の方々との顔合わせと、侵入防止魔法への登録が主になる。入った途端に魔法が発動しないよう登録は必須だ。ある程度の時間もかかるため、本格的な授業は次回からとなる。
そうこうしているうち、窓の外に堅牢な壁が現れた。
伯爵家周囲に建てられている長い長い防御壁。この先に一歩足を踏み入れたなら、登録者以外は強制排除、最悪の場合は命を落とすこともある。マティアス伯爵家ともなれば、そのくらい強力でなければならない。
馬車でしばらく走ったのちにようやく見えてきた、大きな鉄の門扉が音を立てて開かれていく。一瞬ちりりと肌に刺激が走った。これは侵入防止魔法が発動した証。だが、決められた手順どおりに訪問しているため、何事もなくとおることができたのだ。
窓から見える丁寧に手入れされた花々の向こうには、大きな木々が青々とした葉を茂らせていた。まだまだ屋敷の影も形も見えない。敷地内だけで、どのくらいの広さがあるのだろう。
美しい庭園に見惚れている間、ようやく屋敷が見えてきた。
城かと見まごうばかりの豪勢で大きな建物。輝くような白い壁と柱。屋根に使われている深い青は伯爵家の色だ。馬車がたくさん停まれるほど広い表玄関。その前にある噴水では、麗しい乙女たちが持つ杯から溢れる水が輝いている。
さすが大公家に次ぐマティアス伯爵家。壮観さにただただ溜め息が漏れるばかりだ。
従僕の手を借り馬車を降りると、老齢の執事が待っていた。
「お待ちしておりました、シャルティーナ・グランツ様。家令のダストンと申します。どうぞお見知りおきを」
「はじめましてダストンさん。よろしくお願いいたします」
流れるような仕草で頭を下げるダストンさんに、スカートを摘んで礼を返す。
「ご足労いただいて申し訳ありませんが、現在旦那様は来客への応待中なのです。しばし応接室にてお待ちください」
「わかりました。どうぞお気遣いなく」
ダストンさんの案内について行きながら微笑むと、灰色の髭の下で、厳しそうな口許が少し緩んだ。伯爵家の家令を勤めるだけあって、渋さに磨きがかかっているだけではなく、有能さが端々に見て取れる。
「こちらが応接室でございます」
飴色の美しい扉を開き、ダストンさんが中へと案内したそのとき。
「やぁ、ちょうどいい時間だったかな」
低すぎず高すぎず、心地よく響く声がわたしを呼び止めた。振り返れば、わたしとさほど変わらない歳の青年が、微笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくる。わたしは声を上げそうになったが、必死にそれを飲み込んだ。
この方は、コートナー伯爵……? よね……?
コートナー伯爵。本名はリヴィエール・エイン・バートハル様。お父上を亡くし、若くして爵位を継いだ美青年。明るく調子がいいけれど、どこか計算高く不穏な部分もあるところが魅力の、伯ネス攻略キャラのひとり。
癖のある明るい茶色の髪。この世界では男女問わず長髪だ。慣習に従い束ねられた長い髪が、動きにあわせて揺れている。薄い茶色の瞳は、光の加減で金色に見えた。
その方がどうしてここに……? ゲーム内で出会うのは、主人公が家庭教師になってしばらくしてからのはずなのに。
「失礼、お嬢さん。待たせてしまったかな」
「いいえ。今到着したばかりです。お気になさらないでください」
コートナー卿は柔和な笑みを浮かべ、真っ直ぐわたしを見つめてきた。どうやら来客とは卿のことだったらしい。
態度に出ないよう冷静に礼をしてはいるけれど、正直、イケメンの視線は心臓に悪い。
彼のルートはクリアしたから尚更だ。薄っすらとしか覚えていないけれど、エンディングで甘い愛の告白をイケボで囁かれたことだけは記憶にある。
そう内心で困惑していると、ふ、とコートナー卿が吐息だけで笑った。
「君がシャルティーナだね。グランツ男爵家の」
「……え?」
思いがけない言葉に顔を上げる。まだ名乗ってもいないのに。それとも伯爵から聞いたのだろうか。
コートナー卿はわたしの手をそっと取り、指先にくちづけた。声にならない声が喉奥で詰まる。
「僕はコートナー伯爵家のリヴィエール。かわいらしいお嬢さん、また会おう。今度は是非、邪魔の入らないところで。――それでは失礼」
ゲーム画面なら間違いなくきらきらのエフェクトがかかっているだろう微笑みを浮かべ、コートナー卿は明るい髪を揺らし踵を返した。
美しい歩き方で玄関へと向かう卿の背中を呆然と見送る。
ただただ「イケメンってすごい」という感想しか思い浮かばなかった。
御師様の研究所の前には、黒と金で豪華に装飾された、二頭立ての馬車が停まっていた。
扉の表面には伯爵家の紋章。迎えに来てくれたことはありがたいが、豪奢すぎてたじろいでしまう。
「シャルティーナ様、マティアス伯爵の命によりお迎えにあがりました」
馬車の中から現れた年嵩の使用人が、うやうやしく頭を下げ乗り込むよう促してくる。御者の他に使用人まで迎えに来てくれるなんて、さすが伯爵家だ。
「それでは御師様、いってまいります」
「ああ。……シャル、これを君に渡そう」
御師様がローブの下から銀の腕輪を取り出した。細身で、花や紋様が刻まれている。見た目は美しい腕輪だけど、強い魔力がこもっている魔道具だ。
「まだ見習いとはいえ、この仕事が魔法士としての第一歩だ。魔法の触媒としても使える。きっと役立つだろう」
そう言ってわたしの掌の上へ乗せる。左手首にはめれば、花と土の香りがふわりと鼻先を掠めていった。これには春の息吹が込められている。御師様を見遣ると小さく頷かれた。
「ありがとうございます、御師様」
「がんばっておいで」
笑顔で見送ってくれる御師様に後押しされ、わたしは馬車に乗り込んだ。
そういえば今日の御師様は老齢の男性だった。あのお姿は久しぶりだなと思い、それでも笑った表情はいつも同じであることに改めて気づく。
馬車の中で、使用人に伯爵家での決まり事を簡単に説明してもらう。
上流階級の屋敷では、主人である伯爵の生活にあわせ、時間単位で決まっている行動や日課が多い。家庭教師による勉強の時間も、令嬢たちの日課としてきっちり決まっているのだ。
あらかじめ契約書で交わしていることに加え、屋敷内での規制も教えてもらった。下級男爵家の娘とはいえ、家庭教師は使用人よりも少し上の立場。敷地内での勝手は許されない。
今日は伯爵家の方々との顔合わせと、侵入防止魔法への登録が主になる。入った途端に魔法が発動しないよう登録は必須だ。ある程度の時間もかかるため、本格的な授業は次回からとなる。
そうこうしているうち、窓の外に堅牢な壁が現れた。
伯爵家周囲に建てられている長い長い防御壁。この先に一歩足を踏み入れたなら、登録者以外は強制排除、最悪の場合は命を落とすこともある。マティアス伯爵家ともなれば、そのくらい強力でなければならない。
馬車でしばらく走ったのちにようやく見えてきた、大きな鉄の門扉が音を立てて開かれていく。一瞬ちりりと肌に刺激が走った。これは侵入防止魔法が発動した証。だが、決められた手順どおりに訪問しているため、何事もなくとおることができたのだ。
窓から見える丁寧に手入れされた花々の向こうには、大きな木々が青々とした葉を茂らせていた。まだまだ屋敷の影も形も見えない。敷地内だけで、どのくらいの広さがあるのだろう。
美しい庭園に見惚れている間、ようやく屋敷が見えてきた。
城かと見まごうばかりの豪勢で大きな建物。輝くような白い壁と柱。屋根に使われている深い青は伯爵家の色だ。馬車がたくさん停まれるほど広い表玄関。その前にある噴水では、麗しい乙女たちが持つ杯から溢れる水が輝いている。
さすが大公家に次ぐマティアス伯爵家。壮観さにただただ溜め息が漏れるばかりだ。
従僕の手を借り馬車を降りると、老齢の執事が待っていた。
「お待ちしておりました、シャルティーナ・グランツ様。家令のダストンと申します。どうぞお見知りおきを」
「はじめましてダストンさん。よろしくお願いいたします」
流れるような仕草で頭を下げるダストンさんに、スカートを摘んで礼を返す。
「ご足労いただいて申し訳ありませんが、現在旦那様は来客への応待中なのです。しばし応接室にてお待ちください」
「わかりました。どうぞお気遣いなく」
ダストンさんの案内について行きながら微笑むと、灰色の髭の下で、厳しそうな口許が少し緩んだ。伯爵家の家令を勤めるだけあって、渋さに磨きがかかっているだけではなく、有能さが端々に見て取れる。
「こちらが応接室でございます」
飴色の美しい扉を開き、ダストンさんが中へと案内したそのとき。
「やぁ、ちょうどいい時間だったかな」
低すぎず高すぎず、心地よく響く声がわたしを呼び止めた。振り返れば、わたしとさほど変わらない歳の青年が、微笑みを浮かべながらこちらへ歩いてくる。わたしは声を上げそうになったが、必死にそれを飲み込んだ。
この方は、コートナー伯爵……? よね……?
コートナー伯爵。本名はリヴィエール・エイン・バートハル様。お父上を亡くし、若くして爵位を継いだ美青年。明るく調子がいいけれど、どこか計算高く不穏な部分もあるところが魅力の、伯ネス攻略キャラのひとり。
癖のある明るい茶色の髪。この世界では男女問わず長髪だ。慣習に従い束ねられた長い髪が、動きにあわせて揺れている。薄い茶色の瞳は、光の加減で金色に見えた。
その方がどうしてここに……? ゲーム内で出会うのは、主人公が家庭教師になってしばらくしてからのはずなのに。
「失礼、お嬢さん。待たせてしまったかな」
「いいえ。今到着したばかりです。お気になさらないでください」
コートナー卿は柔和な笑みを浮かべ、真っ直ぐわたしを見つめてきた。どうやら来客とは卿のことだったらしい。
態度に出ないよう冷静に礼をしてはいるけれど、正直、イケメンの視線は心臓に悪い。
彼のルートはクリアしたから尚更だ。薄っすらとしか覚えていないけれど、エンディングで甘い愛の告白をイケボで囁かれたことだけは記憶にある。
そう内心で困惑していると、ふ、とコートナー卿が吐息だけで笑った。
「君がシャルティーナだね。グランツ男爵家の」
「……え?」
思いがけない言葉に顔を上げる。まだ名乗ってもいないのに。それとも伯爵から聞いたのだろうか。
コートナー卿はわたしの手をそっと取り、指先にくちづけた。声にならない声が喉奥で詰まる。
「僕はコートナー伯爵家のリヴィエール。かわいらしいお嬢さん、また会おう。今度は是非、邪魔の入らないところで。――それでは失礼」
ゲーム画面なら間違いなくきらきらのエフェクトがかかっているだろう微笑みを浮かべ、コートナー卿は明るい髪を揺らし踵を返した。
美しい歩き方で玄関へと向かう卿の背中を呆然と見送る。
ただただ「イケメンってすごい」という感想しか思い浮かばなかった。
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