11 / 24
第一章
第十一話 『事情聴取はじまりました』
しおりを挟む
翌日、伯爵家には昨夜の襲撃と、今日は騎士団の事情聴取となる旨を、朝一番で連絡を入れた。
誰かに護衛を頼むことも考えたが、やはり帰り道が気がかりとなる。
御師様にも一言添えていただいたおかげか、伯爵家からの返事もこちらを気遣ってくださる丁寧なものだった。
そして、荷馬車で昨日の荷物を運んでくれたおじ様が、無事でよかったと涙ながらに喜んでくれた。
どこから広がったのかわからないが、朝には商店街中に話が回っていたらしい。
多分、実家にも届いているだろう。わたしは慌てて実家とおば様宛に手紙をしたため、おじ様へ託した。
荷馬車と入れ替わりでやってきたのは、赤竜隊ではなく白烏隊の隊員たちだった。
白烏隊とは、主に防御、回復魔法を担当する魔法士たちの部隊だ。王国専属魔法士である御師様は、白烏隊と、攻撃魔法部隊の黒鷹隊を預かる立ち位置にいらっしゃる。とはいえご本人は、「名誉顧問という名ばかりの立場さ」とうそぶいているけれど。
てっきり聴取には昨夜の騎士様がいらっしゃると思い緊張していたのだけれど、当てが外れて肩から力が抜けてしまった。同時に残念だと小さく息を吐く。……どうして残念だと感じているのだろう。
「今、赤竜隊も青狼隊も、王都や地方の警備に駆り出されていてね。人手が足りなくて。だから我々が代わりに伺ったんだよ」
「魔法士隊も忙しいんだけど、そんなことも言ってられない状況なんだ」
白いローブを羽織った白烏隊の方々が、困ったように微笑みながら説明してくれる。警備ということは、昨夜の事件も関係しているのかもしれない。
「王都内でも不審者が頻出している。君を襲ったやつらも、そのひとつかもしれないからね。詳しく話を聞いてもいいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
「では早速だけど――」
御師様同席の元、白烏隊の方に昨日の行動をすべてお話しする。襲われた状況を話したときは少し恐怖が湧き上がってきたけれど、御師様が肩に手を置いてくださったので身震いは収まった。
聴取は小一時間ほどで済み、白烏隊の方々は御師様とお話ししたい気持ちを堪え(とは言え口に出している時点で堪えきれていないのかもしれない)、慌しく去っていった。
「きな臭いな。……わたしは少し出てくる。タニアを呼んでくるから、戻るまでは彼女といるように」
「わかりました、いってらっしゃいませ」
難しい表情で庭を眺めていた御師様が、突然そう言って出て行った。とはいえ、よくあることなので素直に頷く。
それに、来てくれたタニアさんは、女性騎士として数々の功績を挙げ、下級男爵位を賜った経歴の持ち主だ。
今は引退し、娘夫婦と孫とともに、研究所の近くに住んでいる。だが剣の腕は衰えず、近所の子どもたちに指南していた。信頼できるご近所さんである。
「シャル、あたしが来たからには安心しな。騎士だろうが魔法士だろうがならず者だろうが、ここに入る前にぶった斬ってやるからね」
「いつもありがとう、タニアさん」
「なに、こっちも助けてもらってんだ。お互い様だよ」
剣を腰に下げ、真っ直ぐ背を伸ばし豪快に笑うタニアさんはとても格好良い。目尻や口許の笑い皺が、彼女の強さの証なのだと思う。
「タニアさん、お茶を入れますね」
「ありがと。シャルが入れてくれる茶はおいしいから役得だ。あ、やりたいことがあるなら気にせずやっておくれよ」
のんびり椅子に腰をかけたタニアさんから余裕と自信が感じられて、わたしはまた格好良いなと思うのだった。
タニアさんの言葉に甘え、わたしはリヴィ様にお会いしていない間のことを連絡することにした。情報共有はしておいた方が良いだろう。
魔法で青い小鳥を発現させ、したためた手紙をコートナー伯爵家まで飛ばす。今のところこれが一番早い伝達方法なのだ。
マティアス伯爵家と関係はないのかもしれないが、王都内に不審者出没という危険は知らせておくに越したことはない。
返事はすぐに、夕方の早馬の便で届いた。
『親愛なるシャルティーナへ
少し顔をあわせていない間に、大変な目にあったのだね。
怪我はなかったかい? 眠れている?
君が魔法士見習いで、素晴らしい人だということは知っているけれど、危険な目にはあって欲しくないよ。
ところで、王都内の不審者の話は僕も聞いている。
君が襲われた原因は色々と推測できるが、今はなによりも身を守ることを優先して欲しい。マティアス伯爵家でも、外でもだよ。
こちらからも探ってみるから心配しないで。一応僕、伯爵なんだよね。知っていると思うけれど。
気がかりなことがあったら、また必ず連絡して欲しい。
なにがしかの対策ができるかもしれないだろう?
せめて君の身に災いが降りかかる前に、僕のマントで庇うくらいはさせて欲しいな。
魔法が使えない僕は、君の元へ飛んでいくことも、傷を治すこともできないのだからね。
歯痒いけれど、今夜は君の無事を願いながら眠るよ。
おやすみ。良い夢がシャルの上へ降り注ぐように。
未来の魔法士の友 リヴィエール・エイン・バートハル』
手紙からも香り立つイケメンさとはこれか……、と目が眩みそうになった。
リヴィ様、普通の手紙でもイケメンさが溢れ出てしまうお方なのかしら。
優しく気遣ってくださる文面。真面目な中に、くすりと笑ってしまうところや、心ときめかせる言葉が含まれている。
美しい文字、文章は貴族のたしなみとはいえ、連絡用の手紙までこうだとは思わなかった。さすがリヴィ様。
感心していると、御師様が帰ってきた。宵闇の手前、完全に暮れてしまう間際の中、ゆったりとした足取りで門を潜る御師様の姿に、知らずほっと息を吐く。
「おかえりなさい、御師様」
「ただいま。何事もなかったようだね」
「はい。タニアさんがいてくれたので大丈夫でしたよ」
そう言って、帯剣しながらものんびりと足を組んで座っているタニアさんを振り返る。
「ルディ様おかえりなさい。シャルには虫一匹寄せ付けてないから安心してくださいよ」
「そうか、やはりタニアに頼んで正解だった。ありがとう」
和やかに言葉を交わすおふたりを、目を瞬かせて見遣る。『虫』って本物の虫のことよね? なんて一瞬考えてしまった。
「それじゃあたしは帰るかな」
「タニアさん、ありがとうございました。これ、皆さんで食べてください」
「ありがと! 茸の包み焼、孫が好きなんだよねぇ」
立ち上がったタニアさんに、今日届いた食材で作った料理をいくつか手渡す。
「これも持っていくといい。傷薬だ」
「助かります、うちの子たち生傷絶えなくて」
「突然無理を言ったのはこちらだ、助かったよ」
「いいえ、またなにかあったら言ってください。すぐに駆けつけますからね」
御師様が差し出した薬瓶を一緒に抱え、タニアさんは笑顔を浮かべて戻っていった。
真っ直ぐ伸びた後姿を見つめ、わたしもあんな風に年齢を重ねていきたいと思う。
その前にまず、しっかりと学んで、家庭教師もきちんと努めなければ。無法者に襲われたくらいで弱気になっている場合じゃない。
まだまだ頼りない自分の掌を見つめながら、わたしは決意を新たにした。
誰かに護衛を頼むことも考えたが、やはり帰り道が気がかりとなる。
御師様にも一言添えていただいたおかげか、伯爵家からの返事もこちらを気遣ってくださる丁寧なものだった。
そして、荷馬車で昨日の荷物を運んでくれたおじ様が、無事でよかったと涙ながらに喜んでくれた。
どこから広がったのかわからないが、朝には商店街中に話が回っていたらしい。
多分、実家にも届いているだろう。わたしは慌てて実家とおば様宛に手紙をしたため、おじ様へ託した。
荷馬車と入れ替わりでやってきたのは、赤竜隊ではなく白烏隊の隊員たちだった。
白烏隊とは、主に防御、回復魔法を担当する魔法士たちの部隊だ。王国専属魔法士である御師様は、白烏隊と、攻撃魔法部隊の黒鷹隊を預かる立ち位置にいらっしゃる。とはいえご本人は、「名誉顧問という名ばかりの立場さ」とうそぶいているけれど。
てっきり聴取には昨夜の騎士様がいらっしゃると思い緊張していたのだけれど、当てが外れて肩から力が抜けてしまった。同時に残念だと小さく息を吐く。……どうして残念だと感じているのだろう。
「今、赤竜隊も青狼隊も、王都や地方の警備に駆り出されていてね。人手が足りなくて。だから我々が代わりに伺ったんだよ」
「魔法士隊も忙しいんだけど、そんなことも言ってられない状況なんだ」
白いローブを羽織った白烏隊の方々が、困ったように微笑みながら説明してくれる。警備ということは、昨夜の事件も関係しているのかもしれない。
「王都内でも不審者が頻出している。君を襲ったやつらも、そのひとつかもしれないからね。詳しく話を聞いてもいいかな?」
「はい、よろしくお願いします」
「では早速だけど――」
御師様同席の元、白烏隊の方に昨日の行動をすべてお話しする。襲われた状況を話したときは少し恐怖が湧き上がってきたけれど、御師様が肩に手を置いてくださったので身震いは収まった。
聴取は小一時間ほどで済み、白烏隊の方々は御師様とお話ししたい気持ちを堪え(とは言え口に出している時点で堪えきれていないのかもしれない)、慌しく去っていった。
「きな臭いな。……わたしは少し出てくる。タニアを呼んでくるから、戻るまでは彼女といるように」
「わかりました、いってらっしゃいませ」
難しい表情で庭を眺めていた御師様が、突然そう言って出て行った。とはいえ、よくあることなので素直に頷く。
それに、来てくれたタニアさんは、女性騎士として数々の功績を挙げ、下級男爵位を賜った経歴の持ち主だ。
今は引退し、娘夫婦と孫とともに、研究所の近くに住んでいる。だが剣の腕は衰えず、近所の子どもたちに指南していた。信頼できるご近所さんである。
「シャル、あたしが来たからには安心しな。騎士だろうが魔法士だろうがならず者だろうが、ここに入る前にぶった斬ってやるからね」
「いつもありがとう、タニアさん」
「なに、こっちも助けてもらってんだ。お互い様だよ」
剣を腰に下げ、真っ直ぐ背を伸ばし豪快に笑うタニアさんはとても格好良い。目尻や口許の笑い皺が、彼女の強さの証なのだと思う。
「タニアさん、お茶を入れますね」
「ありがと。シャルが入れてくれる茶はおいしいから役得だ。あ、やりたいことがあるなら気にせずやっておくれよ」
のんびり椅子に腰をかけたタニアさんから余裕と自信が感じられて、わたしはまた格好良いなと思うのだった。
タニアさんの言葉に甘え、わたしはリヴィ様にお会いしていない間のことを連絡することにした。情報共有はしておいた方が良いだろう。
魔法で青い小鳥を発現させ、したためた手紙をコートナー伯爵家まで飛ばす。今のところこれが一番早い伝達方法なのだ。
マティアス伯爵家と関係はないのかもしれないが、王都内に不審者出没という危険は知らせておくに越したことはない。
返事はすぐに、夕方の早馬の便で届いた。
『親愛なるシャルティーナへ
少し顔をあわせていない間に、大変な目にあったのだね。
怪我はなかったかい? 眠れている?
君が魔法士見習いで、素晴らしい人だということは知っているけれど、危険な目にはあって欲しくないよ。
ところで、王都内の不審者の話は僕も聞いている。
君が襲われた原因は色々と推測できるが、今はなによりも身を守ることを優先して欲しい。マティアス伯爵家でも、外でもだよ。
こちらからも探ってみるから心配しないで。一応僕、伯爵なんだよね。知っていると思うけれど。
気がかりなことがあったら、また必ず連絡して欲しい。
なにがしかの対策ができるかもしれないだろう?
せめて君の身に災いが降りかかる前に、僕のマントで庇うくらいはさせて欲しいな。
魔法が使えない僕は、君の元へ飛んでいくことも、傷を治すこともできないのだからね。
歯痒いけれど、今夜は君の無事を願いながら眠るよ。
おやすみ。良い夢がシャルの上へ降り注ぐように。
未来の魔法士の友 リヴィエール・エイン・バートハル』
手紙からも香り立つイケメンさとはこれか……、と目が眩みそうになった。
リヴィ様、普通の手紙でもイケメンさが溢れ出てしまうお方なのかしら。
優しく気遣ってくださる文面。真面目な中に、くすりと笑ってしまうところや、心ときめかせる言葉が含まれている。
美しい文字、文章は貴族のたしなみとはいえ、連絡用の手紙までこうだとは思わなかった。さすがリヴィ様。
感心していると、御師様が帰ってきた。宵闇の手前、完全に暮れてしまう間際の中、ゆったりとした足取りで門を潜る御師様の姿に、知らずほっと息を吐く。
「おかえりなさい、御師様」
「ただいま。何事もなかったようだね」
「はい。タニアさんがいてくれたので大丈夫でしたよ」
そう言って、帯剣しながらものんびりと足を組んで座っているタニアさんを振り返る。
「ルディ様おかえりなさい。シャルには虫一匹寄せ付けてないから安心してくださいよ」
「そうか、やはりタニアに頼んで正解だった。ありがとう」
和やかに言葉を交わすおふたりを、目を瞬かせて見遣る。『虫』って本物の虫のことよね? なんて一瞬考えてしまった。
「それじゃあたしは帰るかな」
「タニアさん、ありがとうございました。これ、皆さんで食べてください」
「ありがと! 茸の包み焼、孫が好きなんだよねぇ」
立ち上がったタニアさんに、今日届いた食材で作った料理をいくつか手渡す。
「これも持っていくといい。傷薬だ」
「助かります、うちの子たち生傷絶えなくて」
「突然無理を言ったのはこちらだ、助かったよ」
「いいえ、またなにかあったら言ってください。すぐに駆けつけますからね」
御師様が差し出した薬瓶を一緒に抱え、タニアさんは笑顔を浮かべて戻っていった。
真っ直ぐ伸びた後姿を見つめ、わたしもあんな風に年齢を重ねていきたいと思う。
その前にまず、しっかりと学んで、家庭教師もきちんと努めなければ。無法者に襲われたくらいで弱気になっている場合じゃない。
まだまだ頼りない自分の掌を見つめながら、わたしは決意を新たにした。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
欲に負けた婚約者は代償を払う
京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。
そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。
「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」
気が付くと私はゼン先生の前にいた。
起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。
「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」
神託を聞けた姉が聖女に選ばれました。私、女神様自体を見ることが出来るんですけど… (21話完結 作成済み)
京月
恋愛
両親がいない私達姉妹。
生きていくために身を粉にして働く妹マリン。
家事を全て妹の私に押し付けて、村の男の子たちと遊ぶ姉シーナ。
ある日、ゼラス教の大司祭様が我が家を訪ねてきて神託が聞けるかと質問してきた。
姉「あ、私聞けた!これから雨が降るって!!」
司祭「雨が降ってきた……!間違いない!彼女こそが聖女だ!!」
妹「…(このふわふわ浮いている女性誰だろう?)」
※本日を持ちまして完結とさせていただきます。
更新が出来ない日があったり、時間が不定期など様々なご迷惑をおかけいたしましたが、この作品を読んでくださった皆様には感謝しかございません。
ありがとうございました。
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
転生エルフさんは今日も惰眠を貪ります
白波ハクア
ファンタジー
とある真っ黒な会社に入社してしまった無気力主人公は、赤信号をかっ飛ばしてきた車に跳ねられて死亡してしまった。神様によってチート能力満載のエルフとして、剣と魔法の異世界に転生した主人公の願いはただ一つ。「自堕落を極めます」
どこまでもマイペースを貫く主人公と、それに振り回される魔王達の異世界ファンタジーコメディー開幕です。
虐げられて人間不信に陥った悪役令嬢を拾ったので、心ゆく迄愛でていこうと思います
中村青
ファンタジー
異世界転生した俺は、無実の罪で虐げられてボロボロになった元悪役令嬢を助け出した。
彼女アリアは様々な拷問の末、酷い人間不信に陥っていたので、俺は誠意を尽くして彼女を愛したいと思います。
クリスティアンはありのままの婚約者と結婚したい
真朱マロ
恋愛
政略結婚をする相手との顔合わせを前に、クリスティアンは覚悟を決めた。
一年、手紙でやり取りを続けてきたが、マルグリットに「ありのままの貴女と結婚したい」と直接告げるのだ。
「マルグリットは婚約を破棄してもらいたい」のクリスティアン側のお話。
別サイトにも重複投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる