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お気に入りの扇子
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その日の夜遅く、ルイス様から手紙が届いた。
『急なことでしばらく家を空けるが心配はしないで欲しい。明日の朝早くに発つので、今夜は帰れない。出発前に顔を見られないのが残念でならないよ。月を見上げながら君を想っている。アメリア、愛しているよ』
簡潔な手紙であったが、私のことを想ってくれているのがよく分かった。
あのプロポーズから一か月ほど。月はまた満月になろうとしている。私が本当に月の女神であれば、ルイス様が危険に晒された時助けてあげられるかも知れないのに。こうして無事を祈ることしかできない。月を見上げながら大事な指輪にそっと口づけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アメリア様。扇子の染み抜きがようやく終わりましたのでお持ち致しました」
あれから一週間経った。ルイス様からの手紙は毎日届く。短いものだが私の心は十分に温まり、会えない寂しさを埋めてくれる。ルイス様に手紙の返事を書いていると、ヘレナが部屋に扇子を持ってやってきた。
この扇子は夜会の時ルイス様に購入して頂いたもので、骨の部分は象牙で作られており、扇面は黒のレースで細かな模様が織られていて言わずもがな高価なものである。思い出すのも鬱陶しいが、あの夜会のハプニングで汚れたものだ。
ルイス様は新しいものを買っていいとおっしゃった。だが、私がその扇子を気に入っていたので、どうにかならないかとヘレナにお願いしたのだ。
「時間がかかりまして、申し訳ありません。色が黒なので染みはすぐに目立たなくなったのですが、匂いがなかなか取れなかったのです」
「そんなのいいのよ。無理を言ってごめんなさい。それにしても匂いって?」
何かが引っ掛かった。
「ランドリーメイドが一人、体調不良になったのです。汚れを確認しようと顔を近づけたところ、吐き気を催したようでして」
「大丈夫なの!?」
「はい。調子が悪かったのは一日だけで、今は元気に働いております」
その言葉を聞いてほっとした。
「詳しい話を聞きたいのだけど、その女性に会わせてくれる?」
「え……ええ。それは構いませんが……」
なにか扇子に不具合でもありましたでしょうか、と心配するヘレナを宥め、メイドを部屋に連れてきてもらった。
メイドの話では、扇子を開き染みを確認しようとしたところ強い香りが鼻を襲い、気持ちが悪くなったとのこと。吐き気があったのでその後仕事を休み横になっていた。夜中に軽い頭痛があったが、その後は徐々に楽になっていったのだそうだ。
後を引き継いだメイドは、口を布で覆いながら作業をしたらしい。匂い消しの薬草を使い、陰干しを繰り返して何とか元の状態に戻ったようだった。
そんな苦労をかけて申し訳ないと思った私は、自ら現場へ行きお礼を言った。いきなり現れた公爵夫人にメイドたちは恐縮しっぱなしだったので、逆に迷惑だったかもしれない。
改めて扇子を確認してみたが、優秀なランドリーメイド達によって匂いは綺麗に消されていた。
「ヘレナ。ノックス団長に先触れを出して。騎士団へ行くわ」
『急なことでしばらく家を空けるが心配はしないで欲しい。明日の朝早くに発つので、今夜は帰れない。出発前に顔を見られないのが残念でならないよ。月を見上げながら君を想っている。アメリア、愛しているよ』
簡潔な手紙であったが、私のことを想ってくれているのがよく分かった。
あのプロポーズから一か月ほど。月はまた満月になろうとしている。私が本当に月の女神であれば、ルイス様が危険に晒された時助けてあげられるかも知れないのに。こうして無事を祈ることしかできない。月を見上げながら大事な指輪にそっと口づけた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アメリア様。扇子の染み抜きがようやく終わりましたのでお持ち致しました」
あれから一週間経った。ルイス様からの手紙は毎日届く。短いものだが私の心は十分に温まり、会えない寂しさを埋めてくれる。ルイス様に手紙の返事を書いていると、ヘレナが部屋に扇子を持ってやってきた。
この扇子は夜会の時ルイス様に購入して頂いたもので、骨の部分は象牙で作られており、扇面は黒のレースで細かな模様が織られていて言わずもがな高価なものである。思い出すのも鬱陶しいが、あの夜会のハプニングで汚れたものだ。
ルイス様は新しいものを買っていいとおっしゃった。だが、私がその扇子を気に入っていたので、どうにかならないかとヘレナにお願いしたのだ。
「時間がかかりまして、申し訳ありません。色が黒なので染みはすぐに目立たなくなったのですが、匂いがなかなか取れなかったのです」
「そんなのいいのよ。無理を言ってごめんなさい。それにしても匂いって?」
何かが引っ掛かった。
「ランドリーメイドが一人、体調不良になったのです。汚れを確認しようと顔を近づけたところ、吐き気を催したようでして」
「大丈夫なの!?」
「はい。調子が悪かったのは一日だけで、今は元気に働いております」
その言葉を聞いてほっとした。
「詳しい話を聞きたいのだけど、その女性に会わせてくれる?」
「え……ええ。それは構いませんが……」
なにか扇子に不具合でもありましたでしょうか、と心配するヘレナを宥め、メイドを部屋に連れてきてもらった。
メイドの話では、扇子を開き染みを確認しようとしたところ強い香りが鼻を襲い、気持ちが悪くなったとのこと。吐き気があったのでその後仕事を休み横になっていた。夜中に軽い頭痛があったが、その後は徐々に楽になっていったのだそうだ。
後を引き継いだメイドは、口を布で覆いながら作業をしたらしい。匂い消しの薬草を使い、陰干しを繰り返して何とか元の状態に戻ったようだった。
そんな苦労をかけて申し訳ないと思った私は、自ら現場へ行きお礼を言った。いきなり現れた公爵夫人にメイドたちは恐縮しっぱなしだったので、逆に迷惑だったかもしれない。
改めて扇子を確認してみたが、優秀なランドリーメイド達によって匂いは綺麗に消されていた。
「ヘレナ。ノックス団長に先触れを出して。騎士団へ行くわ」
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