上 下
111 / 119
第九話 『闇の領域』

111

しおりを挟む
 ギルド『ギムダル』の領地にて。


 仮想で出来た快晴の空に。

 暗雲が到来する。 


 それは、雪で覆われた山岳地方からで。


「……?」

 その様子を、ローブを着たスケルトンメイジが見上げていた。


 なんだろうか、あれは?

 
 そんな抱く疑問は、少しづつ明らかになる。


 響き始める大音響は。


 震える翅音の重なりで。

 
 雲だと思っていた物は。


 大量の虫の魔物の群れで。
 それは、ギルド『ミウラケ』が使役する昆虫兵達だった。 

「む、虫ィ……ッ!?」


 やがて


 その昆虫兵達が、領地唯一の街の。
 ひときわ大きな館の前に降り立った。


 つまり、ギムダの目の前だ。
 

 飛行型のトンボやハチ型の魔物に、抱きかかえられていたムカデ等の地上型昆虫が解放され。
 周囲の地面を這いずりまわる。 

「うえ…ッ」

 ちょうど外に出ていたギルドマスター、ギムダは。
 そのあまりの気色悪さに。
 口元を抑えた。
 
 まぁ、ギムダはアンデッド種族なので、吐き出す物もなければ、頬肉もなく。
 と言うか内臓も無ければ筋肉も無く。
 なんなら、ギムダのほうが気色悪さでは勝ってるまである。


 だが隣の芝はなんとかだとか、灯台下暗し的な感じで、ギムダは自分の気色悪さを棚に上げて。

「私、虫苦手なんですよね、うええ」

 なんて言う。

 そうして、屋敷から出てきた小柄な人物。
 『ギムダル』の同盟ギルド、『ミウラケ』のマスター、イルルカも賛同し。

「……私も。虫苦手なのよね」
 
 などと言う。
 そんなイルルカは、顔や体型は少女な見た目だが、スズメバチ型の甲殻人種インセクティアであり。
 ギムダよりはずいぶんマシな姿形をしている。

 しかし仮にも昆虫種だ。
 自分の種族、ギルドの在り方、方向性、ギルド兵士の種族。
 そのすべてを決めたのはイルルカ自身のはずで。

 ギムダは、ええっ!? と意外そうな声を上げてイルルカを見る。
 
「嘘でしょう? 昆虫ギルドのマスターなのにですかァ!?」

「そうよ! 言っとくけどこの世の中に、虫が好きなヒトなんてこれっぽっちもいないわよ」

「ええ、確かに……! それは大いに同意です。しかぁあし! それならなぜその種族を……?」

 ギムダは。
 骨と皮しかない不気味な自分と、イルルカのあくまで個人的な感想をさておき。
 その窪んだ眼窩でイルルカの姿を舐めるように見る。

 黄色と黒のボーダーが入ったニーハイちっくな脚部の外骨格アーマー 
 同様の黒い外骨格アーマーで覆われた細い腕。
 背中には、透明な二対の翅がマフラーかスカーフのように折りたたまれて垂れ下がり。
 頭にはヘルムと触覚。

 ムカデやクモに比べたら、気色悪さは少ないかもしれないが。
 妖精種族にしておけば、イメージも可愛らしいだろうに。
 あえて昆虫種族にした意味がギムダには解らない。

 イルルカは、なぜ昆虫種族を選んだのか、という問いに答える。

「ほら、昔ニチアサにやってた『仮免ライダーGP』ってあったじゃない。知らない?」
 
「え? ああ! あの試作2号機が強奪されるところから始まる改造人間の話ですよね?」

「そうそう、太陽パワーで、バッタ顔のスーツに変身するやつ」

「あれって、確か途中で主人公を助けにやってきた歴代ライダーが集まってるところに、2号機の『超新星爆発圧縮弾バスターサンシャイン』撃たれて全滅してませんでした?」

「してたしてた。でもその時の怒りを切っ掛けに、主人公の1号が特異点崩壊しちゃってブラックホールエネルギーに目覚めるって言う……」


 いや、そんな話はどうでもいい。
 と、二人は気づく。

「えっと……?」



「……ところで何の話してたんでしたっけ?」

「あれ? なんだったっけ?」


 そんなギムダの脚にいつのまにか、人懐っこいオオムカデがすり寄ってきていて。
 無数の節足がへばりつく感触に。

「ひぃぃぃ!?」

 骸骨ギムダが、逃亡し走り回る。

 
 その途中。
 横たわる包帯男マミーのように真っ白で大きな繭――。
 ――ただしくはそいつから突き出ていた長い棒キレにギムダは躓いてすっころぶ。

「ふぎゃ!」

 ギムダが脚を引っかけた拍子に、マユがやぶけ。
 中に入っていた物が露になった。

 ギムダを追ってやってきたイルルカがそれに気づく。
  
 
「え? ヒト!?」


 中には真っ黒な鎧をきた少女が入っていた。
 手にしていた槍ごと。
 しかもあちこち傷だらけで。

「あいたたた、一体なんですかもう、ヒトォォォォ!?」


 起き上がって気づいたギムダも驚き。

 一度、目を背けて、二度見する。

「え? ヒトがぁ!? どうしてですか? なぜここに!? そちらのメンバーですか?」

 イルルカは答える。

「違う……けど」

「けど?」


「たぶん、ギルド兵の群れから出て来たってことは、兄貴……じゃなくて、ヴィルトールの仕業ね?」

「ヴィルトールって、あの、白い……人型の?」

「そう、カブトムシの」

「なぜ?」

「う~ん、……人質……かな?」

「ひ、ひとじちぃ!? なぜええぇ!? そんなことしてどうするつもりですか! 見知らぬ方にご迷惑をぉ!?」

「それは闇の種族なんだから、他人に迷惑かかるのは多少はしょうがないでしょ」

「まぁ、そうですけど?」

「……でも確かに……、真っ向から戦争するよりも、交換条件で交渉したほうが早いかもしれないわね?」

「え?」

 ギムダとイルルカがそんな話をしていると。
 黒い甲冑の少女――ユナが目を覚ます。

 家庭の事情で少し席を離れていたのが戻ってきたのだ。

 
「はっ!?」

 そうして、反射的にユナは器用に、アクロバティックに起き上がると。
 バックステップで距離を取る。

 槍を構えて、憤る。 

「……ここどこですか!? あなた達は何者ですか!?」

 それに対しギムダが答える。

「あ、あぁ、すいません! ここは闇の領域の『ギムダル』というギルドの領地でして……」

 ローブを着た骸骨が、弱気なリアクションで説明する。
 スフェリカはなぜか、気色の悪いモノやホラーチックなもののCGに力を入れている傾向があって。
 以前のユナなら、ギムダのあまりのグロさに目を背けていただろう。

 けど。

 そこはヒューベリオンで鍛えられている。

 ざわつく不快感をねじ伏せて。
 ユナは聞き返す。

「ギムダル……? 闇の領域……? じゃあ、あの白い剣士の知り合いですか?」

 それには、イルルカが答える。

「ええ、そのとおりです。――って、ヴィルトールは?」

 そう言いながら、黄色と黒の警戒色で目立ちまくる外観の少女がきょろきょろする。
 しかし見当たらない。
 なぜなら、ヴィルトールはまだ光の領域に居るからだ。
 管理上完全に隔たれている闇の領域からでは、イルルカのフレンドリストでもその居場所は解らない。

 ユナはさらに問う。

「私をどうする気ですか? これはゲームですよ? 人質だとしても、何の意味があるんです?」

「意味?」

 それにイルルカは、そうですねえ、と考える素振りのまま。


「たぶん……戦争の早期終結への交渉材料ってところですか。――闇の領域と光の領域はゲートで行き来出来ないんで、あなたをこっちに閉じ込めておけば、あなたは楽しくゲームが出来ないでしょ? だから、あなたを開放するかどうかを交渉材料にして、『ブラッドフォート』に降伏してもらおう……ってことだとおもいます」

 たぶん、や、~と思います。なんていうのは、イルルカがヴィルトールの思い付きを予想したに過ぎないからで。
 勿論その計画は、ギムダは初耳で。

「ええ? そんな話聞いてませんよ!?」

 そこで致し方なく。
 イルルカは、『ミウラケ』の本当の計画を話す。

「――まぁ、ギムダあなたのやり方が下手で見てられなかったのも本当で、同盟を組んだ理由の一つではあるんだけど。でも本当は、こっちにはもう一つ目的があるのよ」


 目的? とギムダは聞き返し。
 そしてイルルカは甲冑少女に尋ねる。

「ええっと……あなた名前は?」

「ユナですけど?」

「そう、じゃあユナ。あなたも『ブラッドフォート』のメンバーなら解るでしょう? ――『お城』ってのは、建てるのに物凄い資金と素材が必要なのよ?」

 そのことは、ギムダも骨身に染みているので(骨だけに)。
 うんうん頷く。
 ユナは、本当は『ブラッドフォート』のメンバーではないのだが。
 違うと解れば、ウィスタリアがまた狙われかねないと思い。
 あえて否定はせず――。

「……ええ、それはそうですけど?」
    
「じゃあ、変だと思わなかった? あなたの所のお城は、ギルドとして領地を買い取った瞬間から建設されてたでしょう? つまり、最初からあの膨大な資金と素材を持ってたってことよね?」

「わ……私は入りたてですから……。それにあのお城すごく古そうですけど?」

 確かに。カイディスブルム城は古臭く、ひび割れだらけで悪魔の城のようだ。
 でも。

 イルルカは言う。

「それは、最初からそう言うデザインで建てたからよ。ゲームなんだからお城の見た目くらいは自由にいじれる。――でも、本題はそこじゃない。あなたのギルドが領地を手に入れたのと同時に、市場にすごいレア素材が一気にたくさん出回ったの……。そして、すぐに『ブラッドフォート』にあの広大で立派な古城の建設が開始された。だから、その二つは何か関係があるって、噂されてるわけ」

「でも、それと戦争を起こすことと何の関係が……?」


「私の見立てだと、あなたの所のお城には、宝物庫にまだ素材が眠ってる気がするのよ。――だから『ブラッドフォート』を落とし、城の宝物庫の中身をいただく。もし当てが外れても、お城もゲットできる……そういう寸法なわけ」
 

「……その交渉に私を?」
 
 ユナに睨まれたギムダは、私初耳なんですけど、とでも言いたげに。
 手をパタパタと振って、私知りませんアピールをする。

 代わりに、イルルカはさらりと肯定する。

「そぉよ?」と。




 つまり。

 このままだと、ユナはまた一番恐れている足手まといになるという事だ。


「――そんなこと、意地でもさせません!」


 再び、気迫を持ってユナはハルバードを構える。

 無論、周囲にはまだ昆虫兵が多数待機し。

 目の前のイルルカは、その気迫に応じるかのように。
 腰から生えている短く太い、キツネ尾のような部分から。
 針のような形状の細剣――ヴェスパインスティングを1本引き抜いて装備する。


「そう? じゃあ、ここからは闇の領域の住人らしくいかせてもらう」


 そしてギムダは、

「え? あの? ちょっと……? やる気ですか!? おひとりで?」

 おろおろしつつ、どちらかといえばユナの心配をしていた。



 イルルカはギムダに賛同する形で言う。

「まったくです。……無謀ですね。たった一人で無双できるほど、このゲームは甘くありませんよ」   

 
「……別に、勝とうなんて思いませんよ」


「時間稼ぎ?」


「……自分だけで何とかできないのは、ちょっと癪ですけど。でもきっと、助けに来てくれますから」



 それに対し。
「へェ、久しぶりに顔出しに来たら、なんか面白いことやってんネェ?」


 どこからか声が。

 それはユナには聞き覚えがある声で。

 『ギムダル』のもう一人のメンバーで。

「その声は……!」
「その声は……!」

 ユナとギムダの声が重なる。

 そうして。

 ユナは
 
「ナハト……!?」
「闇に潜みし刃と書いてナイトブレードさん!?」
 
 ギムダの傍に姿を現した、仮面にシルクハットの暗殺者は。

 とりあえず、ギムダの頭にくっついているシャレコウベを叩いた。

「マジな方で呼ぶな、この骨っ子ッ!」

 
 そんな感じで、闇の領域で、ユナの四面楚歌な戦いが始まろうとしていた。

 
しおりを挟む

処理中です...