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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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「しまった!」

 フェルマータが叫ぶが、すでに遅く。


 迫る超常現象クラスの高波は、無慈悲にプレイヤ―達を飲み込んでいく。





 水の大精霊による、選定の大魔法。

 プレイヤーのその認識は正しい。






 土属性魔法を完備している『ミミズクと猫』は、辛うじて全員無事に切り抜けることができるが。

 たった今駆け付けた30名の戦士たちはそうはいかない。

「開幕から、この大魔法。さすが大精霊と言ったところでしょうか」

「ええ。その効果は絶大です。しかしそれはそのはずでしょう。メルクリエの大魔法は、物理防御と魔法防御「0」で食らうと2800ものダメージだそうですから」

 Nとザマァの実況の通り。

 ローリエ達が布陣するその後方は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 ローリエが戦闘中に維持していた【信仰力/魔法攻撃力減少ビトレイ・オブ・ウッド】のデバフ。
 その効果で魔法攻撃力がダウンしている今であっても、何の対策も無いのならば1400ものダメージを追う大魔法だ。
 そして、HP1400といえば、防御重視のフェルマータのHPで同等という事になる。
 つまり、攻撃力偏重タイプの戦士は軒並み耐久出来ない。
 
 水属性対策していないならなおさらのこと。

 
 しかし。

 そんな中。
 
 鞘から放つ一刀で、高波を切り裂き。

 まるでモーゼのようにその魔法に活路を描き出す剣士が居た。

 その者は、やがてローリエ達のすぐそばまでたどり着き。

 作られた活路に続いた3名の戦士も、辛うじて生き延びることが出来ていた。

 その様子を見ていたフェルマータは

「……魔法を、斬った?」

 ゲームの仕様上、相応のスキルさえあれば、魔法を剣で弾くことはできる。
 解呪効果付与エンチャントディスペルを武器に付与して、魔法を消すこともできる。

 けど、消せたとしても、剣の届く範囲までだ。

 一直線上の全ての効果を切り開くなんて、それこそローリエが所持している風属性の【空域断絶ディヴィジョナル・エア】のような魔法でなければ難しいだろう。

 フェルマータは、今も『赤の眼鏡』を装備している。
 それでその剣士の武器を注視してみると。

「――ネームドオプション……!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 『解式の闘気マナベイン・オーラ』:ドグルスキル。スタミナを持続消費することで、この武器のダメージが及ぶ全範囲の魔法を、両断する
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
 
 剣士はこの効果を、何らかの範囲スキルに乗せて放ったらしい。


 そしてそのネームドオプション付きの刀の持ち主は。


 老人の姿のキャラクターだった。

 着物のような外見に。
 カタナを一本差したスタイル。

 白髪に、白髭。

 しわのある顔。

 今はそこに、フード付きのローブのようなモノを纏っている。

 その眼深にかぶったフードからのぞく顔に、フェルマータは見覚えがあった。

 その名を口にするよりも前に。

 ローリエの真横に立った老人は、メルクリエに向けて言う。

「……さ、宴もたけなわぞ、そろそろ観念してもらおうか」
 
 それにメルクリエは、笑って。

「笑わせないで貰おうかしら? 何人連れて来たか知らないけど、残ったのはあんたを含めて5人だけ。とるに足らない輩を大勢引き連れて来て、私の手を煩わせるなんて、腹立たしいにもほどがある。私はそこの『緑』以外に興味は無いのよ。さっさと消えてもらうわ」

 『緑』と指で示されたローリエが、うっ、と怯み。

 老人は目を伏せ、しみじみと言った。
「……耳が痛い話よ」と。

 老人が一瞬振り返る後方では、生き残ったヒーラー2名が、懸命に倒れた戦士の蘇生を急いでいる。
 
 そしてその中には、先頭を走っていたギルドマスターも含まれているのだ――。

 あ~あ、とさらに老人は嘆き、小さく呟く。

「――あのバカ弟子め。弱点なのだから、来んで良いと言ったのだがなぁ」

 なにせ、アシュバフのギルドマスターは、火と熱の属性使いなわけで。
 水属性の魔法に耐久出来るはずなかった。むしろ真っ先に消し飛ばされていたのだ。

 今は、哀れにカッコ悪く、無様に倒れたままだ。
 どうせ死ぬし、火属性はメルクリエに無効で、役立たず筆頭なので。
 ヒーラーも起こす素振りが全くない。


 ギルドマスターがやられた事で。
 よくもギルマスを、と剣聖についてきて生き残っていた3人が、メルクリエに突っかかっていく。
 
 それに、うっとうしい、と言いながらも。
 メルクリエは再び戦闘に巻き込まれていった。 
 

 
 ギルドマスターのことを、弟子と呼ぶ。
 それで、そうか、とマナは気づく。

「……あなた、アシュバフの剣聖って言われている……?」

「おお? ……ああ。――ワシはそんな気はさらさらないのだがな。皆はそう呼んでおる……」

 そしてフェルマータが言う。

「もしかして、剣聖ゼナマ!?」

「いかにも」

 頷くこの老人の名は、ゼナマ・クラインと言う名で通っている、アシュバフの有名人だ。
 
 そしてゼナマは、とあるキャラクターに視線を向ける。
 それは、青色でも、緑色でもなく、黒色で。
 
 わずかな機微ではあるのだが。 

 その者の、全身からは焦燥がにじみ出ていた。
 
 話している場合ではないのだ。
 はやく大精霊を倒さなければ、と。

 そんな雰囲気を感じて。

 ゼナマはユナに声をかける。

 
「ところで……。そこのお主、もしや何か焦っておるのか?」
  
「え、あ……はい。えっと…………、私、そろそろ時間が……!」
 
 それに、パーティメンバーはそろって『えっ?』と驚く。
 そりゃそうだ。今ユナにぬけられたら困るからだ。
 しかし一方で、誰もが致し方ないとも思った。

 だって、ネットでプレイするゲームとはそういうものだからだ。
 キャラクターの裏には生身の人間プレイヤーが居て、皆それぞれ現実の事情を抱えている。
 特に、ユナが習い事で忙しいことは、今はもうパーティの誰もが知っているし、今日この日この時間も、なんとか奇跡的に合致した自由時間だっただけで。
 
 その時間も、いつまでも有るわけではなかったのだから。


 大人であれば、その致し方なさは、痛いほどよくわかる。



 だからフェルマータは、スパっという。

「落ちて、ユナちゃん。リアル最優先なのはこの手のゲームの常識よ」

 マナも。
 ええ、と快く頷き。さらに元々真面目にしか見えない顔でさらに真面目に。
 むしろ厳しめに断ずる。

「行きなさい、ユナ。あなたにはあなたの現実があるわ」

 年齢的に。そして抱える現実に共感するウィスタリアも促す。

「パパとかママに怒られるんでしょ? 早く」

 
 そして当然、ローリエもだ。

「うん。あとは任せて、ユナちゃん●●●●●

「先輩……」

(いいのかな?)と、ユナは少し逡巡する。
 この大事なタイミングで抜けるなんて、と。
 責任感や、罪悪感のようなもので後ろ髪惹かれるユナだったが。



「――仲間に申し訳ない、と思うのなら、安心せい。お主の抜けた穴は、ワシがしっかり埋めてやる」
 ユナが、老人の顔を見る。
 そのあえてしわくちゃで、白髭に覆われて作られたキャラクターの顔を。
 老人は、まだ不安そうなユナの眼を見て。

「ワシのエスピーは10万ポイント。現実でも、剣術の道場主をしておる。そのワシでは不服かね?」
 

 剣聖の放ったその一言。
 特に、ユナの代わりを務めるという言葉に、フェルマータやマナは驚き。

「良いんですか? ゼナマさん?」と、フェルマータが聞き返す。
 
 ゼナマは、視線で、後方を示し。

「ああ、構わぬとも。ワシの居たパーティは既に全滅しておるしな。それに……ワシもそこの『緑』の戦いぶりには興味があるからのう。間近で見れるならば、ワシにも利はある」

「へ!?」

 そして、驚くローリエをしり目に、老人はユナをせかす。
 
「急ぐのだろう? お主はさっさと行け。そしてお主らはワシをさっさとパーティそっちに入れよ!」

 それで、ユナは心を決めた。

「解りました、ありがとうございますゼナマさん。ごめんなさい、皆さん」

 そうして、剣聖ゼナマがパーティに加わり。
 ユナはログアウトして、消えていった。


 去り際に。

「……戻ってきたら、また『ユナちゃん』で呼んでくださいね、先輩」

 そう一言いい残しながら。
 
 完全に初対面のゼナマに、興味があると言われ。
 次もちゃん付けで呼んで欲しい、と言われ。

 ローリエはしばし。

 え? え?

 と言う感じで、狼狽え続けた。
 

 
 ◆ ◆ ◆ ◆


  
 そんなひと悶着の間。



 メルクリエは、ギルマスの仇を撃とうと突っかかった戦士3人と戦っていた。
 暫くは実況もそちらをアナウンスしていた。

 しかし急造パーティとはいえ、その3人も結構な手練れだった様子で。

 メルクリエがデバフを解除してHPを回復するような隙は与えなかったらしい。
 

 だが。

 その戦士3人も、とうとう今しがたメルクリエの範囲魔法の直撃で崩れ去った。

 そしてメルクリエはその隙に乗じて。

解呪ディスペル】で、頼みの綱である【被/与・回復量減少ペイン・オブ・ライフ】の効果を解除する。

 さらに。

 「『清涼なる癒しの雫クーリング・ヒールウォーター』」
  

 と、ほとんど同時。
 か、それよりもやや早いタイミングで。
 強烈な赤黒い冥界の業火が、吹き荒れる砂塵の如く、メルクリエに届き。

 メルクリエの身体に闇のエネルギーが吹きすさぶ。

「この、いったい誰が……!?」 


 そこに飛び掛かるのは、巨大なシルエットで。
 巨体が、大精霊に組みかかる。


 ヒューベリオンだった。
 騎手の居なくなって、自由を手にした、小さなドラゴンゾンビだった。

 そして、その業火は【邪恨呪殺獄竜息インフィニットゲヘナブレス】であり。

 その真なる効力は、
(死属性以外の)回復効果(自動回復含む)を反転する死属性の「呪い」+
 クリティカル耐性とクリティカル防御を0にする邪属性の「恨み」+
 やみ属性の魔法ダメージ

 という物で。

 ボス特性で回復量の反転こそ起こらない物の。
 被回復量が『0』に固定され。

 結果的に、【被/与・回復量減少ペイン・オブ・ライフ】と同じ効果を引き起こす。


「……く。あんた! ……言葉が無いだけで、『人格』……が!?」

 またも、HPの回復が出来なかったメルクリエは。
 ヒューベリオンにじゃれ付かれ。
 巧みなスキル選びと、動きの緻密さ。
 その高度な思考に、驚いていた。


 そうして。


「――じゃあ、改めて行くわよ! ベリちゃんに続くわ!」

 ――新生『猫とミミズク』は、メルクリエに追撃を開始した。
 

 





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