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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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 満月の吸血鬼ジルシスは、大精霊メルクリエを圧倒できるほどに強い。 
 
 それというのも。 

 ジルシスの総SPは88Kと高く。 

 総SP100,000に達した時の種族ボーナスが、

 一般種族、合計『100』なのに対し
 吸血種、合計『180』と破格の値を誇る。

 ハイブリッドであるジルシスは、その一般種アンデッドと吸血種の双方からステータスボーナスを得ているというわけであり。

 それは一般種族の2.8倍のボーナス値で、これはドラゴン種に次ぐ値だ。 

 そのおかげでジルシスのステータスは6種のうち、3種は100を超え、残り3種も80近い。
 
 加えて、そこに今、満月による大幅な補正が加わっている。

 
 特に、種族の中には、その種族らしさを決定する『深度』を変更できる種族がいるが。
 それは種族の決定時に1度だけ行える(課金で再設定は可能)。
 
 そしてジルシスの種族深度は一番深いところにある。つまり、『吸血鬼らしさ』が最大なのだ。
 故に、抱える弱点は多く、それによるペナルティも生半可なものではない。
 

 だが、その分。
 好条件を得た時の爆発力。
 その時の強さは、竜種を凌ぎ、スフェリカで最強だと言われている。

 その満月時の補正係数は、全ステータス+200%(合計300%)に及ぶ。 


 ただし、今、コロッセウムの夜空は偽物で、浮かぶ満月も偽物。
 魔法で作り出したものに過ぎず、効果時間が終われば消える運命だ。
 そうして、魔法であるという所がその弱点であり――。


「く、あんなもの! 今すぐに消してあげるわ……『ディ……

「させるかいなぁ!」

 メルクリエは【満月作成クリエイト・フルムーン】を無属性魔法の【解呪ディスペル】で解除しようとするが。
 術式が完成するよりも早く、ジルシスの爪が迫りくる。
  
 なぜなら、【解呪ディスペル】は無属性魔法。
 精霊の所持属性である水や冷と違って、術式に魔力を充填するのに時間がかかるからだ。

 今のジルシス相手に、そんな時間など、とうてい与えてもらえない。

 メルクリエに迫る【月魔力放出ダーク・オーラ】を纏った【吸血鬼の爪ヴァンパイアリック・クロウ
 
 吸血鬼の膂力に、夜にのみ解禁される種族専用スキルが加われば――。

 もはや問答無用。

 メルクリエが発生させる水の防御も、氷の防御も。

 そのすべてを撃ち砕き。

 振るわれた爪は、容易く大精霊の身体に到達する。



 しかし紙一重で――

「くっ……!?」

 ――爪を辛うじて躱すメルクリエ。

 しかし、同時に発生する紅蓮の血刃に切り裂かれる。

「がッ――!!」


 そうして、その瞬間にはもうジルシスはメルクリエの視界には居ない。
 ひとたび吸血鬼の姿を見失えば、その瞬間には既に背後から攻撃が迫っている。

「――はッ!?」

 メルクリエの背中から、爪と血の斬波が強襲し、その身を切り刻んだ。


 メルクリエは歯噛みし。 

「……鬱陶しい!」

 四方八方に、水の壁を撃ち出して追い払おうとするが、無駄だ。 
 

 黒霧化による瞬間移動。
 黒コウモリ化による散開回避。
 黒狼化による突進力と咬合力。
 それらの『変身』と『分裂』を合わせた欺瞞。
 
 今のメルクリエに、それらに対処するだけの速度も用意も無く。
 想像を絶する相手の能力に、まだ慣れない身体は翻弄されるばかりであり。

 受け身さえとる暇も与えてもらえない。
 

 そして。

「いくで、あたしの必殺技! ウイスをやってくれた分、返させてもらう!」


 メルクリエの矮躯が、ジルシスの片手に掴まれる。
 そうして無造作に、上空に放り投げられた。

ッ!?」

 
 あまりのパワーに、一直線にコロッセウムの天井に向かうメルクリエに。
 そこに、吸血鬼の種族スキル【宵闇の翼ミッドナイトウィング】で生じさせたコウモリのような翼で、飛行し、瞬く間に追いつくと。

 上空から、渾身の一撃で叩き落とす。


 そのまま空中で縦横無尽に殴りかかり。


 最後に、そのメルクリエの矮躯を、300オーバーの筋力値でホールドする。


「な、なにを!?」

 
 ジルシスの習得している格闘マスタリは。
 ローリエのような蹴りでも。
 メルクリエのような拳でもない。


 闇と邪と死の魔力を乗せて、

 螺旋を描く高速きりもみ回転で、まるで隕石のように落ちていく。 

 そうして――。
 

「――魔法戦技コーディネート『グトルフォスバスター』!!」

「――ッ!?」

 魔力を乗せ、地面に頭から真っ逆さまに叩きつける。

 打ち付けたところから、黒い高波のようなエフェクトが生じ、派手な演出が付け加えられた。
 それで、メルクリエからうけたジルシスの氷結化部分も砕け散り、周囲に氷片の輝きが舞い踊る。


 それは、『投げ』に種別される格闘スキルであり。 

 物理攻撃力3057に、魔法攻撃力4588を乗せた、やみ魔法戦技コーディネートが、メルクリエを、痛めつける。


 くるりと、宙返りで軽快に着地を決める吸血鬼と。

 ふらりと、起き上がる精霊。

 グトルフォスバスターに付属していた、めまい、の状態異常もすぐに【リフレッシュ】され。

 歯がみしてジルシスを睨み付けるメルクリエ。
 そのボロボロの身体が、再び綺麗に整っていく最中。

「……どや。あたしと遊ぶのも、面白かろ?」
 
 それにメルクリエは返事をしない、出来ない。
 余裕もなく、絶対者たる強者の風格も、吸血鬼に売り渡してしまった。

 だから、その言葉には皮肉が混じる。

「あんたは、面白いでしょうね。鍛え上げた力で、強者をいたぶるのだから……」
 

 ジルシスは柔和に微笑む。
 その声は諭すような優しさで。

「当然やろ。面白いにきまっとる。これはゲェムや? あたしに新しい人生をくれた遊び道具やで。面白なかった瞬間なんて、一時もあらへん」

「そんなに強いのなら、それはそうでしょ?」

「ほんに失礼な子やねぇ。あんたは強さでしか、面白いかどうか判断できへんの? あたしはあんたを虐めるのが面白いなんて、これっぽっちも思てへん。でも――」

 相手がNPCであることを思い出し。
 その裏側に『人間』が居ないのだと思い。
 ジルシスは続けた。

「そうか。あんたには解らんのかもしれんね。一歩先に行きとうても、半歩しか進めへん、そんなときがやってきた時の辛さ。……たった10メートル先のトイレに行くことすら――苦痛になるんや。普通の人が5歩でたどり着ける先に、30歩もかかってしもうて。10秒で行ける先に、1分もかかってしまう。……好きでそないなるわけちゃうのに……あたしらは、いつかそうなるんや……あんたと違ごてな」

「何を言ってるの……?」

「……でも、このゲェムなら、うちは自由に動ける。また、走れる。一歩先に行ける、ううん、一歩でええのに、身体が勝手に三歩分も進んでしまうんや。――これが、楽しないわけない。そやろ?」


 
「じゃあ、負けても楽しいってわけ?」


「そうや。あたしが好きなのは勝負であって、ウイスと過ごす、この世界の毎日であって、勝つのが好きなんと違うよ? ……でも、あんたが負けたら、あんた以外が幸せになるみたいやから、そうさせてもらうけど」

 そして問う。

「あんたはどうなんや。遊ぶのが好きなんか? 勝つのが好きなんか?」と。


「――そんなの、答えるまでも無い!」

 そして突然メルクリエが消えた。

 いや違う。

 霧に姿を変える。【ミストハイド】と言う魔法だ。
 それで、メルクリエはジルシスとの距離を離し。

 水属性魔法を行使する――。

「『豪雨の暗雲レイニークラウド』」

 これは、上空に雨雲を作り出す天候操作用の魔法で。

 それによって、月光が遮られる――

 そうして、メルクリエの水属性魔法の詠唱速度は一瞬だ。

「なっ!? ……そないなスキルがあるやなんて……、考えたな?」

 話をしながら、時間を稼ぎながら、メルクリエは考えていたのだ。
 【解呪ディスペル】以外で、満月を消す方法を。

「……答えるまでも無い。――両方よ」




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