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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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 巨大な魚型の精霊は、ウィスタリアが放った榴弾を受け。
 体内で解き放たれた土属性の上級広範囲魔法。
 【大地大災害アースクエイク】の魔法の威力。
 その威力の全てを浴びて、無残に砕け散った。

 上空から。

 飛び散った水滴、氷片、それが降り注ぎ。

 太陽の光にキラキラと輝きながら。

 その存在を消失させていく。

 アシュバフの審査員も、当然の勝利判定を出し。

 実況が木霊する。

「勝利です! ローリエ選手と、ウィスタリア選手。強大な難敵を見事打ち取りました!」
 
「良い相性の敵だったとはいえ、あの膨大なHPを良く減らし切りましたね」


 会場も大歓声に沸き。

 ウィスタリアとローリエは、勝利の余韻を感じ。



 ベンチでは。

「先輩、めっちゃカッコよかった……」

 ユナがローリエに熱いまなざしを送り。 


 フェルマータは感心し、マナは笑みを浮かべて。
「凄いわ。こんな短時間で……」

「私達だと、この段階で殆ど死闘なんだけど。余裕のある戦いだったわ。ロリが完全に抑え込んでいたわね」

「そういえば、先生はロリちゃんの全力見るの初めてだっけ?」

「ええ。普段の人見知りからは、考えられないくらい勇猛なのね。まさかこれほどだなんて」

「でしょう? 私良い掘り出し物見つけたと思わない?」

「でかしたわ、フェル」

 やった先生に褒められた。
 と喜ぶフェルマータ。

 そして。

「あぁ、ウイス、こんな公衆の前で奥の手使つこうて、BANされへんとええけど」

 ジルシスはこっそり呟いていた。




 誰もが知りえる難敵を、打倒した。

 そんな二人組に対し、会場は盛り上がり。

 称賛と歓声で満ち溢れていた。


 

 そんな会場の中央に。


 新たな、渦が巻き起こる。

 冷気と水気を孕んだそれは。

 さきほどの巨体よりも、地味で小さな渦で。

 しかし、そこに籠められたオリジンの濃度は色濃く。
 
 それがひと時、竜巻のようになって。

 
 
 今だ上空に佇むローリエが見下ろす先。

 その地面にそれが現れる。



 小さな人型。


 アクアマリンのような長い髪。

 青と水色を基調としたドレスを纏い。

 随所の半透明なヒラヒラのレースはまるで、魚のヒレのようで。
 
 そんな青いカラーリングの小柄な少女が。


 戦闘領域に新たに出現した。



 その様子に気づいた者達が騒めき出す。


「こ、これはどういうことでしょうか? 新たな……敵?」

「えっと……どういう状況ですか? これはちょっと……?」

 実況と解説も狼狽えていることから。
 さらに、運営スタッフが慌ただしく動き始めたことから。
 この状態は、闘技大会としてもイレギュラーなのだと、皆が理解し始める。


 そして――。

 マナが、珍しく声を張った。

「あ、あれは――……『メルクリエ』だわ」

  
 そう、その少女は。
 マナが目指すべき敵。
 何度挑んでも蹴散らされた宿敵。
 大精霊――『蒼海冷姫メルクリエ』と言う。


 本来ならば。

 各々の守護する神殿の最奥で、『幻影』を倒した後に出現する真のボスという位置付けで。

 『真・メルクリエ』とも呼ばれている。
 
 だが、今までに神殿の外へ出たという報告がされたことなど無い。
 
 常に神殿でしか、出会えない敵の筈だった。

 
 そう――。

 つまり。

 ローリエ達が倒したのは、『メルクリエの幻影』という、大精霊と戦う実力があるかどうかを確かめる門番のようなモノで。
 最強レベルであり、1匹しか出現しないワンオフ品のため、一般的にボス的なイメージを持たれているが。
 内部データ的には雑魚的の一種なのだ。

 
 闘技イベントの敵として出現はしたのだが。
 神殿でない所で幻影を倒しても、真ボスは出ない筈なのに――。 




 巨大な幻影から。

 打って変わって現れた小柄な少女の精霊は、会場を見渡し。

 やがて、すぐそばに立つウィスタリアに視線を向ける。


 そうして徐にその掌が向けられた。


 咄嗟に、空に居たローリエが割って入ろうとするが。

 ほんの少し間に合わない。

 投擲マスタリで投げつけた2本の黒曜石短剣も、その身体に届くには足らず。


 撃ち出された一本の【氷柱飛礫クールビレット】が、ウィスタリアの身体を貫いた。


「うぐっ……!?」

 咄嗟に、エレメンタルガードで【盾防御シールドガード】を行ったウィスタリアだが。
 防御で半減、盾の特殊効果で全属性耐性10% 

 その防御をもってしても、その威力に耐えることはできなかった。

 どさり、とキツネ耳の少女が倒れ伏す。

 パーティメンバーに表示されているウィスタリアのHPは『0』。
 即死だ。

 【氷柱飛礫クールビレット】は冷属性の初級魔法なのに。


 そして、メルクリエは言葉を話す。

「あら、歯ごたえの無い。せっかく面白そうだから来てあげたのに……」

 なぜなら、メルクリエは『人格』のある魔物。NPCでもあるからだ。

 故にヘイト管理などと言うシステムは通用しない。

 心の赴くままに、その魔物は行動する。

「ウィスタリアちゃん!?」

 叫ぶローリエ。
 悔しみに染まるその表情。

「――でも、そっちのあなたは、楽しめそうね?」
 
 肘から先が無くなった状態のメルクリエは、そう言って笑った。
 ローリエの姿を見て。

 黒曜石の短剣で、斬り飛ばされた、自分の腕を見て。

 だが、精霊に肉体は飾りのようなモノ。
 すぐに部位破壊その腕は再生される。
 

 自分の不甲斐なさを、怒りに変えて。

 ローリエは、正対する水と氷の精霊を睨めつける


 ――ウィスタリアさんは、あとでエリクシルで復活させる。
 でもその前に――。

「あなたが邪魔です!」
 
 その両の手に、ローリエは再び黒曜石の双剣を作り出す。

 その言葉を合図に。
 

 機銃掃射のように撃ち出された、何本もの【氷柱飛礫クールビレット】を。

 ローリエは――。

 風の守り、重力の守り、宝石の盾の効果で、すり抜け。

 両手の短剣を同時に叩きつける。

魔法戦技コーディネート――『重双撃破』!!」

 それには、冷属性の防御は一切効果を発揮せず。
 土属性の武器であることから、水属性の防御も意味を持たない。


 ローリエの渾身の魔法剣が、メルクリエの身体に深く到達する。

 しかし。

 その威力は、完全ではなかった。


「――『魔障楯イモータルシールド』……?」

 なぜなら、無属性の、一点集中で防御力を発揮する、小さく分厚い障壁に威力をかなり削られていたからだ。

 そして驚いている隙に。

精霊権限マスターフォース……『器用度/動作精度上昇センス・オブ・ウォーター』、『状態中立化ニュートラライズ』、『ヴァーティカルクロスボルト』!!」

 ローリエは、大精霊の素早いダッキングによるアッパーカットで吹き飛ばされる。

 その『拳』は、属性を持たない、格闘マスタリの攻撃であり。
 精霊権限によって効力を倍増された基本強化で、命中精度を超強化された攻撃であり。
 さらに、無属性魔法の【状態中立化ニュートラライズ】で、ドグルスキル以外の、基本強化を含む強化の全てをリセットされたローリエは。

 ほぼ無防備な状態でそのアッパーカットを受けた。

 
 宙を舞っていたエルフの小柄が、地面に落下する。
 地面に激突する瞬間、ローリエは身軽に受け身を取り――。

 再び消失した、黒曜石剣を作成し。

「『信仰力/魔法攻撃力減少ビトレイ・オブ・ウッド』、『敏捷度/身軽さ減少ディプレシング・オブ・グラヴィティ』『器用度/動作精度減少リジット・オブ・ソイル』」

 お返しとばかりに、怒涛のデバフを行使しながら、メルクリエを抑えにかかる。

「くっ、バフは無駄と踏んでデバフに切り替えるなんて! 判断が早い!」

 
 そうして、ローリエと、メルクリエは、ほぼ互角の攻防を開始するのだった。
 



 当然ながら。

 
 もはや、この状態は計画上のモノでは無い。
 つまり闘技イベントではない。

 だから。

 観客たちも、不安や焦燥に見舞われ。
 どうしていいか解らないまま、戦闘領域を見守っている。


 そんな中。
 ベンチのフェルマータ達の所に運営スタッフが駆けこんできて。

「大変申し訳ありません。メルクリエの出現はこちらの手違い……というか意図しない状況で。現在急ぎ対策を検討中ですので――」

 スタッフが言いきらないうちに。
 マナが、やや強めの口調で受ける。

「つまり、イベントのルールとはもはや無関係。そういうことでいいわね?」

「え? は、はい……?」

 言葉を止め、狼狽えるスタッフに、マナの言いたいことを察したフェルマータが代弁する。

「……私達も、あのレイドボスの討伐に加勢しても問題ないかしら?」 

「え、えっと……すぐに確認を取ります、少し待ってください」

 そうしてフェルマータは、ヤクザ熊のほうに申し訳なさそうな顔を向け。

「すいません、ジルシスさん。もう少しだけ私達に協力してくれませんか?」


 そんなフェルマータの言葉に。
 ジルシスは『YES』と答える代わりに、太陽と青空の垣間見えるコロッセウムの天井を見上げ。
 
 スタッフに対して言葉を挟む。

「なぁ、スタッフさん? できれば、あの天井閉めてほしいなぁ? できるんやろ、このコロッセウムの天井って開閉できるって聞いたんやけど?」 

「え、はい、それも聞いてみます」

 スタッフが、メッセージをやり取りしはじめ。

「――協力も何も。あそこにうちにウイスが倒れとるんやで? ますたぁは、めんばーを助けに行かなあかへん。そうやろ?」


 フェルマータはそんなジルシスに微笑みで返した。
 こっちだって、パーティメンバーであるローリエを助けに行くのだ。
 状況は同じ。
 理由も同じ。 

 そしてユナも。


「あ、あの……私――、私たちも、行って構いませんか?」

「当然でしょ。ユナちゃんはうちのメイン火力なんだから!」

 その言葉を理解したのか。
 狭いスペースに収まっていたヒューベリオンが動き出す。


 そうして
 運営スタッフから、返答が得られた。

「大丈夫です、こちらでも討伐準備をするとのことです。先に、行って頂いて問題ありません」

 それと同時に。
 コロッセウムの天井が動き始める。

 開 から 閉 へ。

 真昼間の太陽が、少しづつ遮られていく。


「よっしゃ、じゃ、悪いんやけど背中のチャック外してくれへん?」

 ユナに背を向けるジルシス。

「解りました……って、アレ?」

 ユナの指先は、いくら頑張ってもチャックを抓めない。
 当然だろう。
 いくらVRだからって、着ぐるみのチャックが抓めたり開けたりするものか。

「なんちゃって!」

 自力で装備を外し。

 着ぐるみから出てきたジルシス。
  

 
 そんな中。

 会場に、アシュバフのギルドマスターの声が轟く。

「大変申し訳ない。現在の事態は、アシュバフの計画にないモノで、イベントと無関係な状態だ。メルクリエの幻影を神殿の外で討伐しても、『本体』は現れないと思っていた。そんな前例がないからだ。それがまさかこんなことになるとは。重ね重ね大変申し訳ない。万が一のことを想定しなかった当ギルドの責任だ。――そこで」


 放送席に駆け込んできて、マイクを拝借したアシュバフのギルドマスター。
 そして、その横に控える剣聖と呼ばれるの老人。

 老人は放送席から、メルクリエを一人で抑え込んでいる猛者を見やる。

 その剣裁き、脚運び、気概、威勢、判断力。


「……あやつ……」

 そんな呟きの中。

 アナウンスは響く。

 ――そこで。

「――大変身勝手な事と思うが、レイドボス討伐に協力して頂ける面々を定員30名までで募集したい。参加できるものは、スタッフに申し出てほしい。また、この討伐でのドロップ品、ならびにMVP報酬獲得選定の権利のすべては、ローリエ選手に帰属する。参加する者は、それを考慮の上申し出てほしい! それに加えて、迷惑をかけた『ミミズクと猫』のパーティの方々には、ギルドの方からなにかしら保障を考えるつもりだ。何卒、ご容赦願いたい。当ギルドからは以上だ! よし、次!」


 慌ただしく放送席を出ていくギルドマスターを見送って。
 
 悠長に佇む、老人は笑み。

「ふふ、面白くなってきおったわ……」

 ゆるりと、後を追いかけて行ったのだった。 



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