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第八話 『コロッセウム――開幕――』
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しおりを挟む重力の魔法により、地面に叩きつけられ。
しばし動きを封じられていた精霊は。
ローリエとウィスタリアが、互いに顔を見合わせている間に。
その少しの隙に。
水で作られたその身体を霧散させる。
きめ細かい、水の粒に。
それは。
霧になり、露になり、雫になり、地から天へ。
逆流する雨のように。
上空へと昇りながら。
その身を再構築させていく。
さらに、その雨は、雪になり、霰になり、雹になり。
ウィスタリアとローリエを襲う猛吹雪と化す。
無論、それは攻撃力を有するモノであり。
「……特殊攻撃?」
ダメ―ジに気づいたウィスタリアが、腕や盾で顔や体を防御しつつ、呟いた。
その吹雪は、冷属性と水属性を帯びた物理攻撃で。
所謂、魔物側の魔法戦技のようなものだ。
真っ白な視界と打ち付ける無数の氷片に目を細める小柄。
そんなウィスタリアに影が差す。
それは。
作り出された【守護の石壁】と、エルフのシルエットによるものだ。
キツネ耳のメイドよりも、やや背が高いエルフと。
高さ2メートルはあろうかという、分厚い水晶の壁が、ウィスタリアを囲うようにして、冷気と水気から防衛する。
冷属性に半耐性を持ち、数々の強化に守られているローリエは。
防御動作も無く平然と佇んだまま。
空中で集結し、再び巨体の姿に戻りゆく精霊の姿を見据えていた。
やがて吹雪攻撃が終わり。
精霊が復帰し。
ウィスタリアが、ぽつりと尋ねる。
「で、一緒に、って。リクエストは?」
リクエスト。
そう聞かれて、ローリエは。
「……り、りくえすと?」
「オーダー、って言った方が良い? ウィスタリアの行動。作戦とか。そういうやつ」
「え、あぁ……」
そんな生返事には、迷いが感じられる。
レベル的にも、恐らくでの中の人の年齢的にも。
ウィスタリアからすれば、ローリエの方がリーダーシップを発揮すべきだ。
そう考えるからこそであり。
なんとなく、ローリエにはもっとしっかりしてほしい。
そう思うウィスタリアだから。
判然としない返事は気に食わない。
ちょっとムスっとしながら。
しかしながら。
ウィスタリアが見る、エルフの背中が。
手にした、黒曜石の短剣で、放たれた幾つもの【氷柱飛礫】を。
迷いなく、打ち払う。
エルフは悩む。
作戦?
そんなのあるわけない。
ずっと一人だったんだ。
誰かと共闘する方法や、セオリー等とは無縁だ。
攻略サイトの記事を読んだだけで、実践できるなら苦労は無い。
……。
だから。
「……私が、ひきつけますので、ウィスタリアさんは『がんがんいこうぜ!』で、どうでしょう?」
何その作戦。
ウィスタリアは思いつつ。
まぁでも無難なのかなと思い直し。
ランチャーに新しい弾を装填し。
魔工短機杖の弾倉を、『重属性弾』と『土属性弾』が半々に籠められた弾倉に交換する。
「良いけど。出来れば、敵との距離は維持したいかな」
宙に浮くシーラカンスのような巨大な精霊。
ウィスタリアは、その身体を見やる。
あんまり距離が開くと、武器の有効射程から遠ざかるからだ。
「――解りました。やってみます!」
そう言いつつ。
ローリエは、もう一度『効果時間延長』を施した【守護の石壁】を設置し、それを踏み台にして、宙に浮く精霊に飛び掛かっていく。
空中に立つことができ。
宙を踏みしめることができ。
空中ダッシュが可能で。
そんなローリエは、まるで天を駆けるかのように。
地上と同じ要領で、空を駆け上がる。
その間も、精霊からは間断なく水と冷の魔法が降り注ぐ。
それを、ウィスタリアはローリエが置いていった水晶の壁を遮蔽にしながら。
手にするサブマシンガンで、放たれる魔法ごと、宙の精霊を撃ちまくった。
秒間20発の魔法の弾丸は、精霊の魔法に接触すると、属性相関による法則に基づき、一方的に消し飛ばしながら、貫通し、少なくともその半数を精霊の身体にめり込ませる。
弱点属性であることと。元々魔工短機杖の一発が、純魔法使いの初級魔法クラスの威力であることから。
凄まじい秒間ダメージ量を叩き出す。
その結果、敵意が、あっという間にウィスタリアに向けられる。
身体を分裂させてローリエの白兵距離から逃れ。
ウィスタリアの元へ向かおうとする精霊。
だが。
「『宝石の誘導弾』!!――」
地中からVLSで発射される、6基の大きな結晶石が、超高速で飛翔し、精霊の分離体に次々と突き刺さる。
たまらずに、再集結した精霊に対し。
「――『牟礼崩震脚』!!」
空中を走り。
瞬足で追いついたローリエが、土属性の魔法戦技による蹴り技を叩きつけた。
精霊の身体が、大きく拉げ、吹き飛ばされ、宙をのたうち回る。
それで、ウィスタリアに近づいた分の距離が再び離される結果となって。
「……悪あがきには悪あがきで対抗です!――、『石化効果付与』!!」
ローリエの双剣に、石化効果が付与される――。
コモリガニのように、物理に傾倒した魔物は別として。
術をメインとする水属性の敵の殆どは、パッシブスキルの【オートリフレッシュ】によって、ワンサイクルで身体系状態異常の全てを治癒してくる。
だから、ローリエが得意とする毒はいつもの効力を発揮できない。
それは属性が云々というより、種族的な相性によるもので。
精霊は霊的な存在で、概念のような在り方だ。
故に、形は生物でも、その本質はまるで違う。
そんな相手に毒は使えない。
神経が無いから『神経毒』は使えず、臓腑が無いから『実質毒も使えず』、血が無いから『血液毒』も使えない。
実態があやふやなため、唯一効果がある腐食毒さえ、その効力は激減してしまう。
そんな敵に、ワンサイクルで効果を剥がされる毒を使う意味は薄い。
だが、毒よりはマシとはいえ、石化も似たような条件だ。
実は、弱点属性からの状態異常である『石化』も、【リフレッシュ】においては例外的に治療対象になっていて。
このタイミングで石化効果を付与したとしても、あまり効果的でないように見える。
端的に言って、この精霊を石化させるのは不可能だ。
でも。
ローリエの狙いはそこじゃない。
縦横無尽。
左右に握る、重力闘気を纏った黒曜石の双剣が、精霊の身体を切り裂くたびに。
その表面、あるいは傷口に石化が進行する。
ローリエのまるで剣舞のような攻撃速度ゆえに、その進行度合いは驚異的で。
さらに石化は弱点属性からの状態異常だけあってあっという間に精霊の全身に浸透する。
無論、それはすぐに治療されるのだが――。
度々、精霊は、思考を停滞させるようになった。
なぜなら――。
「……浮気はだめですよ。私とだけ、遊んでください」
……石化効果のせいで、身体を切り離すことが出来なくなっているからだ。
そんなローリエは、空の上でも。
地上と同じように、俊敏でテクニカルに、攻防を実行する。
総獲得SPから見れば火力は無いものの。
手数と、様々なスキル、魔法を織り交ぜ。
数多のスキルを駆使して、文字通り精霊の敵意を釘付けにする。
さらに。
太陽が差し込むこのコロッセウムならば。
【フォトシンセシス】という木属性のパッシブスキルで、HPもMPもスタミナも自動回復が発生する。
だから。
永遠に、精霊の相手をすることができるわけだ。
そこに、地上からのウィスタリアの高火力な機銃掃射と、ときどきローリエが放つ魔法戦技の高威力で、精霊のダメージは着実に累積し。
そしてついに。
その動きが、瀕死状態のモノに移り変わった。
テクスチャーも、満身創痍の状態だ。
Nの実況も木霊する。
「ローリエ選手、まさかの土属性ビルドです。これでは、水と氷の精霊では手も足も出ません!」
ザマァも、次々とスキルを放ち、空中でコンビネーションアタックを決める小柄なエルフから目が離せず。
「しかも空中戦とは……。このゲームであんなことできるなんて、初めて知りましたよ。いやぁ、綺麗に空コン決めますねえ。これこんなゲームですっけ?」
そして。
そんな戦況を粛々と凝視しながら。
ウィスタリアはずっと待っていた。
ずっと狙っていた。
自分の弾丸が、最高の威力を叩き出せる瞬間を――。
その時が来る。
最適の距離、最適のタイミング――。
それは、ローリエが。
「『魔法戦技……重殴撃覇衝!』」
強力な一撃を放った瞬間だ。
巨大な魚の口が、その威力を浴びて苦悶に大きく開かれた。
その時。
今だ!
そう直感したウィスタリアは。
地を走り、距離を詰め。
ランチャーから。
土属性の範囲魔法を込めた弾丸を撃ち出した。
弾丸が、開かれた魚の口の中に放り込まれる。
……これは恐らく。ゲーム上の穴なのだろう。
新設されて間もないマシジックというカテゴリだから。
ゲーム開発側の意図しない挙動なのかもしれない。
無論、仕様という線もあるだろう。
何にせよ、使用に後ろめたい状況には変わりなく。
だから、あまりこの手は使わないようにしているウィスタリアだが。
ローリエが言った作戦は、『がんがんいこうぜ』だ。
つまり。
まさしく。
これがウィスタリアが持つ、今の『がんがんいこうぜ』なのだった。
水気と冷気で出来た精霊の。
その体内で、それは発動する。
ウィスタリアが発見した、今できる最大火力。
それは。
榴弾に籠めた範囲魔法。
それを、魔物の身体の奥深くにめり込ませると。
そこを起点に発動する魔法は。
その一点に全ての威力をぶちまける。
本来なら、範囲上に満遍なく配置されるであろう攻撃力が。
たった一点に、その全てを注ぎ込むということだ。
だから。
ウィスタリアは、ローリエに魔法を込めてもらう時に言っていた。
出来るだけ範囲が広く、高レベルの魔法にしてほしい、と。
そして、その弾に籠められていた魔法の名は――。
「『大地大災害』!!」
その一撃で。
精霊の巨体は、木っ端みじんに吹き飛んだのだった。
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