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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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「さて、今大会、最高レベルのキャラクター、ローリエ選手の登場です!」


 実況が、そんなことを言う物だから。

「うぐぅッ!?」
 
 言葉によるプレッシャーと、さらに沸く歓声によるプレッシャーが、ローリエに襲い掛かる。

 そしてザマァも。

「おや、手に日傘でしょうか。それに目隠しをしているように見えますが? 何かすごい装備なのでしょうか?」

「ううっ!?」

 実況と解説が何かを言うたびに。
 
 眼に見えなくても。
 注目されている、ということが肌身に感じられる。
 それに、【完全なる方向感覚ディレクションセンシング】というパッシブスキルは、あらゆるキャラクターの向きを知らせてくれるスキルだ。
 皆が、ローリエを見ている、ということがさらにそれで伝わってくる。




 想像してみてほしい。

 他人という物がとことん苦手で。
 今までに注目されるようなことから逃げ続けてきた人間が。

 初めて立つ舞台が、満員御礼のドームのマウンドだったら。

 果たして正常な精神でいられるだろうか?



 きっと、そんなわけないのである。

 

 あがががが。

 ガクガクというかブルブルというか。

 ローリエは緊張やらなにやらで、完全に誤作動を起こし始めていた。

 
 目隠ししていなかったら酷い顔がもっとひどい有様で、大型のディスプレイで中継されていたことだろう。

 隣のウィスタリアがその様子を呆れて見つめる。

「もう、情けない」
 
 しかし。
 キャラクターの状態異常の治療は可能でも。
 プレイヤーの状態異常の治療はさすがにできぬ。

 
 そんな中。

「――そして、ローリエ選手の相棒は、獣人族の少女、ウィスタリア選手です」

 実況N氏が、ウィスタリアの紹介を終えてしまった。

 状況は問答無用で、無慈悲に進行していく。

 
 今はもう、戦闘準備を行う時間だ。


 ウィスタリアは、左手にエレメンタルガードという名の小盾を。
 右手に魔工短機杖マシジックオートワンドを。
 肩からは、小型のランチャーのようなものを提げ。


 準備を終える。

 その隣で、ローリエは日傘を持ったまま動かない。

「ローリエ? 武器それでいいの? 防具は? 道具は? カバンは?」

 お出かけ前の子供のママか。

 という感じで心配するウィスタリア。

 だが。

 時間はまってくれず。

 与えられた準備時間が終わって。


 精神を妄想のお花畑に逃げ込こませてしまったローリエをしり目に。


 
 倒すべき魔物が召喚される。



 


 大量の水が渦巻き。

 冷気が舞い踊り。


 周囲一帯に、水気と冷気。すなわち――水と冷の現象核オリジンが、満ち溢れる。
 
 
 そうして。


 現れたのモンスターは。

 一体だけだった。


 だが。



 その姿に、会場はおろか。
 実況も、猫ミミのメンバーも驚く。

 言葉を失くすほどに。


 数テンポ遅れて実況が響く。

「なっ、これは……なんというモンスターでしょうか!?」

 ザマァが叫ぶ。

「ま、まさか、これは、エスペクンダの湖にあるメルクリエ湖底神殿の――!?」
 
 
 フェルマータも。
「あ、あいつは!?」

 マナも。
「……こんなところで再会するなんてね」
 
 





 召喚されたその魔物は。
 
 まるで巨大な魚。


 シーラカンスのような見た目の魚類の姿形で。 

 小型のクジラほどの大きさを持つ巨体。

 それが、水中を往くかのように、空宙を泳いでいる。



 しかし。


 そいつは、魚じゃない。



 『精霊』だ
 


 メルクリエ湖底神殿の、最奥で挑戦者を待ち受ける。


 そんな、大ボスなのだった。





 ◆ ◆ ◆ ◆



 そんな戦闘領域の様子を、ギルド員専用のVIP観覧席で眺めてる一人の老人が居た。
 正しくは、老人の姿をしたキャラクターだ。

 あえてそういう老いたキャラクタークリエイションの施された見た目で。

 和装のような外見に。
 カタナを一本差したスタイル。

 白髪に、白髭。

 しわのある顔。

 その老人が、傍にいる、ムキムキマッチョの大男に話しかける。

「――のう。弟子よ」 

「なんです、師匠?」

「お主は、あやつのことをどう見る?」

「ローリエ選手のことですか?」

 ローリエ。
 その名を少し噛み締める時間をおいて。
 老人は「うむ」と頷いた。

「……まだ一太刀も見ておりませんので、なんとも。ただ……」

「ただ?」

「普通の者より、苦労はしているかと」

「なぜそう思う?」

「あの者が身に着けている装備では、通常よりも1.4倍ほどの敵を倒さねばなりません。その条件で99Kまでとなると、相当頑張らねばなりませんから……」

 つまり、弟子はローリエの事を強いと思っているという事だ。

 それに老人は、ふむ、と頷き。

「数字の上では、そうかもしれぬな」

「では師匠は、あの者が、見かけより●●●●●弱いとお考えで?」

 それに、ふッ、と老人は笑った。
 そして、長身の弟子の顔を横目で流し見る。

「その見かけが、あんなに弱っちょろいのだがな?」

「……まぁ、確かに。歴戦の戦士というよりは、まるでどこかの箱入りのご息女のようにも見えますが……」

 だが。
 と老人はつぶやく。

 ああいうヤツほど、油断は出来んのだがな、と。
 
 そんな折。
 観覧席にスタッフが入ってくる。

「ギルマス、……と、剣聖どの。こちらにおられましたか」

 大男が振り返る。

「どうした? 何か問題か?」

「いえ。アシュバフのギルドマスターに少しご相談したいことがある、と申し出ている者がおりまして」

「その者は?」

「今、裏門の前に」

「そうか、今行くと伝えろ」

「了解です」

 そうして、ギルドマスターは出て行った。

 残された老人は、それを見送ると。

 再び、戦闘領域に目を向けるのだった――。


  ◆ ◆ ◆ ◆



 そしてローリエは、今も、動作不良中だった。


 

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