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第六話 『鮮血の古城にて』

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 今、ゲーム内の時間は夜だ。
 それも、もう少しで夜が明けようかと言う時間になる。

 そんな、満月が浮かぶ夜空を往くのは、いくつかのコウモリの群れ。

 キィキィと鳴きわめき。
 羽ばたく黒いコウモリは、北方の村を目指していた。

 ちなみに。
 北方地方で、首都から一番近い村は3つあって。
 どこも同じような距離にあり。
 特に、真北と、北東に位置する街は、比較的栄えている。

 だが、北西にある村は、全く持って人気も活気もない。

 村も小さく、いつ行っても誰も居ない。
 居たとしてもNPCしか居ない。
 その村の名は、ゼセ。

 首都から徒歩で行こうとすると、霧で包まれた迷いの森を抜けないとたどり着けず。
 村に来たところで特段何の見どころもない。
 それどころか、ゼセより北にある『ブラッドフォートの城下街』から、度々吸血種族ノスフェラトゥの襲撃を受けるので、その点も面倒くさく。
 なんなら、縦に長い土地を持つゼセ村の、北端の墓地は、そのような低位の魔物が常駐している。

 ゲーム的には、廃村をイメージしたのでは。
 そう思えるこの村は、当然のように今日も、無人だ。

 と、思いきや。

 空を行くコウモリの群れが、ゼセ村の墓地に集結し。

 人型のシルエットを作り上げたかと思えば。

 金髪ウェーブなショートボブの少女に変貌する。
 伯爵服に、裏地が赤の外套を纏う姿は、どこからどうみても吸血鬼。


 そして、なぜその少女が墓地に降り立ったのかと言えば。

 そこであまり見ない大型のアンデッドが暴れていたからだ。
 少女は遠目に血のように赤い瞳で、そいつを見つめながら、つぶやく。

「なんやいな、あれ……?」

 馬のような大きさで。
 全身は骨と皮のゾンビ。
 そこに、黒い鋼鉄製の重装甲甲冑馬具を身に着けた、イカツイ見た目で。
 一見はグロテスクなのだが。
 甲冑と相まって、どこかダークなかっこよさを醸し出している。

 そいつが、気分のままに、墓地の低位の吸血種を玩具にしていた。
 そのアンデッドの名は、『ヒューベリオン』と言う。
 帰属されるマスターがログアウト時でも、消えることなく存在し、収納アイテムに居れっぱなしにしておくとすこぶる機嫌が悪くなるため、この辺境の地に置かれているのだ。
 
 首都なんかに置いておいたら、目立ってしょうがないからだ。

 そして、うまやの無いゼセの村だから。
 代わりに、墓地の枯れた大木に、『ヒューベリオン』はロープのような道具で、繋がれていて。
 行動範囲を制限されている。

 ただじっとしているのも暇すぎて。

 だから、近場の吸血種+不死種族ノスフェラトゥで遊んでいる。猫のように。
 

 少女は、もっと間近で見ようと、ヒューベリオンに歩み寄っていく。

「なんや恰好が良いなぁ。いったいナニモンなんや?」

 近づく気配に気づいたヒューベリオンが、大きく咆哮し、威嚇スキルを使用するが、少女には効果が無い。
 意図的にPKモードをオフに固定されているヒューベリオンは、キャラクターに『先制攻撃』を仕掛けることはできず。警戒心をあらわに身構えるのみだ。

 構わずに。
 間近に来た少女は、能力看破エンサイクロペディアのスキルを使用して、その巨体のステータスを覗き見る。

 そんな両者のを照らす、夜空の満月。
 月明かりの中。 
 竜の骸と、それを見上げる吸血鬼の少女。

 そのビジュアルは、枯れた大木に墓場という背景も相まって。
 ダークな雰囲気に統一されていて。
 とても幻想的な雰囲気を醸し出す。

 だが、
「どらごん、ぞんび……? どらごん!? このゲェムにこんなのがるんや。すてぇたすも強いなぁ」

 少女の言葉は訛っていた。
 イントネーションが普通と少し違う。
 声は可愛らしいけれど。

 そして少女は、その竜の骸に心を奪われていた。
 じっと見つめて。
 どこで貰えるんかいな?
 
 そんなことを考え始めていた。
 


 しかし暫くした時。
 近づくキャラクターの気配を察した吸血鬼は。

 黒い霧となってその場から消え失せた。

  

 ―――― 一方その頃 ――――



「ペットと仲良くなる方法?」

 170行くかどうかの背丈を、見上げて。
 140のローリエは『ミミズクと猫・亭』のマスターにそんな話をしていた。

 蝶ネクタイに、燕尾服という、執事コーデの黒髪ショートカットに、中性的な顔つき。
 その男性とも女性とも取れない声で、マスターは答える。
 笑みを浮かべて。

「あぁ、うちの子達にいつも毟られるからかい?」

「いえ、そうでは、なく」

 今日もローリエの姿はボロい。
 ワシミミズクと黒猫の大歓迎を受けた所だからだ。
 そのミミズクは今、ローリエの頭に留まり、黒猫は足元をうろついている。

「では、一体どういう風の吹き回しだい?」 
 
「ちょっと、ご機嫌を取りたいペットさんがいまして……」

「ふぅん……」

 マスターはちょっと考える仕草になる。
 ちなみに『ミミズクと猫・亭』のマスターも中にプレイヤーが居るキャラクターで。
 ログアウト中はNPC化する。
 これはお店を持つプレイヤーの特殊仕様だ。
 
 今はたまたま、ログイン中というわけで。
 チャンスと見てローリエは質問をした。

 誰かに話しかけるのが、本当に苦手なローリエなのに。
 少しだけ勇気を出したのだ。ユナのために。

 マスタ―が口を開く。
「このゲームは、ペットに忠誠度っていう隠しステータスがあるからね? まずはそれを上げないといけないかな……?」

 そのペットは、ローリエさんのかい?
 とマスターが尋ねる。

「いえ、私のじゃ、ないんです、けど……」

 やっぱり他人のペットの話は、失礼だったかな。
 身長差ゆえ、自然にローリエは上目遣いになって、様子をうかがう。

「そうか。……本当は本人に頑張ってもらうべきだけど。ペットの主人の友人でも、仲良くすることが出来たら、主とペットの忠誠度に少しだけいい影響があるよ」

「本当ですか?」
 
 うん、とマスターはいい笑顔で頷いた。

「友達の友達は友達、って感じなのかな? 良かったら、ボクが使っている魔法のアイテムを進呈しようか?」
 有料だけどね、とウィンクされる。
 
 つまり、販売だ。

「ぜひともです、買います!」
 
「じゃあ、これ」

 取り出されたアイテムは、ペット用の食べ物だった。

 その商品名は。

「『にゅうる』……!?」

「ペットとと仲良くなるのは、ゲームの中でも、ご飯ってことだね」
 まぁ、ボクは、自作のペット用飼料も使ってるんだけど。
 マスターはそんな一言も追加して。

 ローリエは、お金と引き換えに、『にゅうる』をゲットした。

「ありがとうございます、さっそく試してきます」  

 たたたた、と走ってお店を後にするローリエを、マスターは笑顔で見送って。
 30秒もしないうちに。

 ドアベルが鳴る。

 姿を見せたのは、ウサミミのドワーフと、漆黒ピエロ帽魔法使いだ。 
 ローリエと共に、上階の宿を拠点にしている常連客である。

「やぁ、いらっしゃい……いや、お帰りだね?」

「こんにちは、マスター」

「珈琲でいいかい?」

「今日は、紅茶でお願いします」

「心得た。ミルクとお砂糖はいつも通りだね」

 そんなやり取りもいつも通りで。

「ところで、マスター、ちょっと話があるのだけど――」



 
 ―――― 一方その頃 (2回目)――――

 日傘をさしたまま、タタタ、と小走りで。

 ローリエはゼセ村の墓地にやってきた。
 それに気づくヒューベリオンは、鎖につながれた犬のように。
 ローリエに寄ろうとして、ロープの長さに阻まれる、びぃぃぃん、と。
 
 枯れた大木までやってくると、独りと一匹の距離はもう間近で。
 期待に、落ち着かないヒューベリオンに、ローリエは楽しそうに話しかける。 

 「よーしよしよし、今日は良いものを持ってきましたよ!」
 「じゃじゃーん」とローリエは『にゅうる』を取り出す。

 それも、ボックスごと。
 ローリエの金銭感覚からすると、超絶に安価だったため、箱買いしてきたのだ。

 ヒューベリオンは、なにそれ、と言いたげに興味津々で鼻先を近づけてくる。
 骨だけど。

 ローリエは日傘を畳んで大木に立てかけ。
 さっそく地面に置いた箱の中から1本取り出すと、包装を剥いて、ヒューベリオンに差し出してみる。
 
 さすが、マスタ―の魔法のアイテムだけあって、効果てきめんで。
 ヒューベリオンはすぐに反応を見せる。
 サイズ差にして爪楊枝くらいに見える『にゅうる』に、ヒューベリオンはイカツイ牙の並ぶ口で、飛びつく様に噛みついた。

 もぐもぐする。

 「おぉ……」

 食べた!

 と、ローリエは喜んだが。

 ボトッ。
 不穏な音がして。

 地面を見ると。
 落ちていた。

 なにもかも。


 そりゃそうだ、お肉がついてないのだから。
 舌もないし。喉も通らない。

 だだ洩れである。

「お……おぉう……」

 一気に意気消沈した残念な声が、ローリエから漏れ。

 そうして次の瞬間。


「もしもし、つかぬことを聞くけんど、あんたがユナって子かい?」

 そんな声が、ローリエの真横から発せられた。
 数々の索敵能力を有する、ローリエに。
 あっさりと近づいたその声は。

 夜の空気に溶け込むような、薄く真っ黒な霧の姿で。 

 それはやがて、集まり、色濃く姿を変え。

 吸血鬼の少女に変貌した。

「!?」

 
 ローリエは驚き、仰け反った。
 心の準備が出来ていない所に見知らぬ他人。
 しかもすぐ真横。
  
 思考をフリーズさせたエルフの。
 

 その様子に、吸血鬼の少女は、幼さが多分の残る心配顔で。


「おや、堪忍な。ビックリさせてしもうたかね?」

 
    


 
 
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