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第四話 『暗闇の底で』

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「くっ……」

 あふれ出る毒気は、暗殺者ナハト(仮)の毒耐性スキルでは緩和しきれず。
 どんどんとHPを奪われていく。 

 たまらずに、範囲の外に距離を取るほかなく。

 しかし、すぐ傍の初心者ユナはケロリとしている。
 全く意に介す様子もなく、慌てる様子もない。

 ナハトはなぜだ、と思う。
 どう考えても、実力では圧倒的に上な筈の自分がこれほど危険を感じているのに。
 ゲームを始めて間もないユナが、どうして平気な顔をしているのか――。

「お前さん、何も感じねェのカ?、こいつは毒の霧だぜ……?」

「はい? 全然平気ですよ? きっと、先輩がかけてくれた魔法のお陰ですね」

 良い感じのサイズのCカップ的なお胸の上に掌を置いて。
 得意げにユナは受け応える。

「魔法……? ……自己治癒魔法リジェネでもかかってんのか……?」
「はい」

 ナハトはユナに同行しているがパーティ状態と言うわけではない。
 だからHPの変動を逐一見ることはできない。
 看破スキルを使わなければ見えないのだ。
 
 そうして、広がる毒の霧は、一定時間毎に10%のHPを奪う猛毒。
 対して、ローリエがかけた自己治癒魔法も、同様のスパンで10%のHPを回復する。
 だから拮抗して変動が無いのだ。
 そもそも、ユナのHPの10%はせいぜい『2~3』ポイントだ。
 ゲーム開始時に配布される初心者ポーションでも、十分対応できる負傷量といえる。

 逆に、なまじ実力のあるナハトはHPがそれなりに高い。
 その10%を奪われるとなるとなかなかの威力で、そこそこ真剣な回復薬を使い続けなければ死ぬ未来が見える。
 
 しかし回復薬で耐える方法はあまりに非効率だ。
 ここまで来て中に入れないのか、他に良い方法はないのか?
 考える暗殺者ナハト(仮)の様子に。
 初心者ユナは、これまでの怨恨を込めて反撃する。

「タスケテクダサイ、って涙を流して懇願してくれるのでしたら、毒を止める方法が無いか、扉の中を偵察してきますけど?」
 
 へっ。
 ざけんな。
 と口元を吊り上げる暗殺者。

「言うじゃねえか、ヒヨッコがよォ? この中につえー魔物が居ないとも限らねぇのに。そんなデカイ口叩きやがって。知らねぇぜ、後悔してもヨォ?」

「じゃあどうするって言うんです?」

 ナハトは、隠密状態を解除し。
 
「どうもこうもねぇ!」

 直立不動で背筋を伸ばし。
 ユナを真っ直ぐに睨み付ける。

「な? なんですか……?」

 シルクハットを外し。

 その上体を90度倒す。

「タスケテクダサイ、オネガシャッス!」

「え?」

 素直にお願いされると思っていなかったユナは、あわわと慌てた。
 
 プライドとか無いんですか。
 
「ほ、本気ですか」

 姿勢はそのままに、頭を少し上げると、視線だけちらりとユナを見る。

「ああ、本気だぜ、オレはナァ? せっかくここまで来たんだ、簡単には引き下がれレねぇ。オレの頭一つ下げるだけでいいってんなら、安いもんだぜ」
 
「うっ……」

 自分で言った手前、断るなんてことはできないし。
 扉の中に既にローリエが居るかもしれない、となれば。
 行く以外の選択肢はなく。

「仕方がないですね」

「……ま、魔物に見つかったら一目散に逃げるんだな」

「解ってますよ!」

 弱者扱いされるのを癪に思いつつ。
 でも本当の事だからさらにむかつきつつ。

 背中のフランベルジュを引き抜くと。
 ユナは、毒があふれ出るフロアの中に入る。

 そしてどうやら。
 そこはまだエントランスに近い場所らしく。
 さらに奥に別の入り口が見えた。
 この時点で、フレンドリストのローリエの表示はまだ、消息不明のままだ。
 先輩はもっとこの奥だろうか?

 ユナは、敵を警戒しながら。
 大剣を構えながら。

 奥の入り口に入る。

 すると、幾つもの太い石柱が並ぶ、広大なフロアに行き当たった。

 そうして、その中央に、スポットライトのような輝きが当たっている。

 その明かりの先を辿り、見上げると理由が解る。

 ゲーム内の時間は、リアル時間よりも進みが早く。
 今は夜に差し掛かっているようで。

 そのスポットライトの正体は。
 遥か高い天井から来ている輝き。
 すなわち。
 地表の亀裂から、地下深くにまで届く、月明かりだった。 
 
 さらに、その月あかりの下には。
 巨大なシルエットが存在している。

 それは、2匹の魔物だ。

 片方は、おそらく、巨大なバジリスク。
 もう片方は、ドラゴンと呼ぶべき威風。

 その2匹が絡み合い、互いの急所にかみつき。
 絶命を果たしたままの姿で、竜は石になり。
 バジリスクは、骨だけの姿となっている。

 そして毒は、巨体が鎮座するそのさらに奥。
 フロアの壁際に置かれた、いくつかの宝箱うち。その一つの隙間から漏れ出ている。
 宝箱の傍には、白骨化した冒険者の死体まである。
 状況からして、宝箱の罠にかかったのだろう。

「たぶん、あれね……。いけるかな、私で……」

 その箱を閉じれば、毒は出なくなるはずだ。 
 見渡してもフロア内には、魔物の姿はまだ見えない。

 頼むから出てくるな、と願いながら。
 ユナは、そろりそろりと、フロアを歩き。
 宝箱の所まで接近する。

「うぐぐ、よい、しょ!」
 
 重く硬い宝箱の蓋を、筋力をめいいっぱいつかって閉じた。
 もしかしたら、非力なキャラクターだと閉められなかったかもしれない。


 そして、思った通り。
 毒の霧は消えてなくなった。

 本当なら、暫くは効果が残り続ける物なのだろうけれど。
 そこはゲームだから。一瞬できれいさっぱり消え失せたようだ。


 これで任務は完了だ。
 入り口に戻るため、ユナが来た道を歩いていると。

「いいねェ。助かったぜェ。何から何までヨォ。さすが、オレが見込んだだけのこたァあったなァ!」

 近くから、訊きなれた『声』がして。

「あなたが言う通り、毒は止めてきましたよ?」

 それに『声』は、「おぉ、おぉ、すげぇぜ。本当に。お前さんは良くやってくれた」

 そう言ってさらに続けるのだ。

「そんで、オレも色々考えたんだけどよぉ? やっぱ、このまま仲良しこよしってのも、ちげえなぁ、って思ってなァ?」

「どういうことです?」

 にやり、とそんな笑みこそ、姿が見えないから見えはしないが。
 しかし。


「こういうことさ! 『跳弾する刃リアングリング』!!」

 突然放たれた、何本もの投擲短剣ダーク
 それは、近くの石柱に命中すると、急角度に方向を変え――。

「あぐっ!?」

 ユナの腹部を貫いた。
 血が迸るダメージエフェクトと共に。
 30にも満たないユナのHPは、耐える間もなく。
 その場に崩れ落ちる。

 死亡だ。
 ただし、そのままでも会話できる。ゲームなので。

「……あ、あなた……!」

 攻撃を行ったことで姿を現した暗殺者は。
 倒れたままのユナの傍に、うんこ座りして。

「悪ぃね。オレは、PKだからよォ? このままめでたしってわけニャいかねえ。そうだろォ?」

「いったい、こんなことして何が楽しいんですか!」
  
「お前さんにゃ、わからねえだろうけどよォ? 機械仕掛けのモンスターばっかり相手にすんのはつまんねえし、それに、お前さんたちも、イキナリ後ろから、切りつけて殺されたほうが、ドッキリの番組みたいにビックリできて楽しいだろォ?」

 ふざけている。
 少なくともユナは楽しくない。
 きっと大半のプレイヤーは迷惑に思うだろう。
 だが、この男はそんなことは気にもしないわけだ。
 
「……じゃあ、どうして、私に同行したんです? こうやってドッキリを仕掛けるためですか? 初心者は殺せないと言っていたのは嘘ですか?」

「嘘じゃねえよ。初心者を殴ると、ダメージは全部殴ったやつに跳ね返る、そのことは本当だ。だがなぁ? システムには穴ってもんがあってよ。今みてぇに、壁に跳ね返ったモンのダメージは、オレに返ってこねえんだよな。壁がやったことに、なってんじゃねえか? 知らねえけど」

「じゃあ、どうして私と……」

「運がいいからさ。お前さんは、あの穴から落ちても無事だったろォ。普通はくたばるもんだけどよォ。だからオレは考えたのさ。どうせこのダンジョンはオレも道が解らねえ。だから、運がいいお前さんに道案内させよう、ってな――そしたらどうだ? お前さんはちゃんと、お宝の在処にたどり着いた。オレの見込み通りだった、ってわけだ」

「っく……利用したのですね」

「結果的にはな――」

 そうして、男は立ち上がり。歩き出す。

「たしか、卵は、この先のフロアにあるって話だったな……」

 フロアの奥に向けて。
  
 そして、暗殺者はふと立ち止まり振り返る。

「ああ、そうそう。この先にお前さんの先輩がいるって話……アレも嘘だぜ」

 最悪だ。
 なんてやつだ。

 今日の何もない貴重な時間を。
 こんな奴のために使ってしまって。

 ユナは、こんなに悔しいと思ったことは無かった。

 でも。
 もう動けないのだ。

 ユナはもう、死んでいるのだから。

 

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