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第四話 『暗闇の底で』

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「あぁ~あ……」

 地底深く。失望めいた声が木霊する。

 その地面で目覚めた男は、天井すら見えない暗闇で、一人ごちる。

「……ったく。これじゃ、前とおんなじパターンじゃねえか。芸が無いねぇ、我ながら」

 HPが0になっても強制的に「1」に固定することで即死を防ぐパッシブスキル。
 そのおかげで、暗殺者PKは生き延びていた。――今回も。
 

 倒れたまま、用意していた回復薬を飲み。からんとその辺に空き瓶を放り投げ。
 男は起き上がる。

 そうして。

「『暗視付与ダークサイト』」

 やみ属性の強化魔法で、暗視能力を付与する。

 そうすれば、ただの漆黒に染まっていた視界は、鮮明にものを見れるようになる。
 遠くに落ちたシルクハットを見つけ、取りに行くと、砂をはたいて定位置にかぶり直す。

 さて、ここはどこかな?
 男は周囲を観察する。

 
 暗視能力を得て。
 それで見上げてみるも、落下した場所の様子は見えない。
 暗視能力によって得られる視界の限界以上の、はるか先の高さにそれがあるからだろう。
 ほんとうに、奈落の底という感じで。
 周囲は土と岩で出来たクレバス、というか大きな亀裂のようで。
 長細い通路のように奥に続いている。

「なるほどね。これが、巨大石蛇王カトブレパスの通り道、ってやつか?」

 そして、見渡す先に。
 ローリエの姿はどこにもない。
  

 あの瞬間。
 男が雷を放った時。
 ローリエは、男に飛び掛かってきた。
 
 ほぼ一緒に落ちたはずなのだ。
 しかし、どこにも見えない。
 雷の魔法に撃たれたうえに、落下ダメージを受けたとしたら、生きているはずはないが。
 姿が見えないことが、どこか腑に落ちない。
 
 例え、生きていても虫の息だろうし。
 もういちど、雷の魔法をぶっぱなせば死ぬだろう。

 そうは思うのだが、生死がまだ分からない以上。
 今回の勝負は、『引き分け』に近い状態だと、男は思えてしまう。

 つまり男の『借り』はまだ返せていないということだ。 
 なにより、この結末は、納得がいかない。
  
 
 だから、男は本来の目的に戻ろうと決めた。


 そもそも。
 この男は、この砂漠の地に、巨大石蛇王カトブレパスを探しに来たのだ。
 正しくは、その卵であるが。
 なぜなら、それがLV10以上の毒をも無効にできる耐毒ポーションの材料になるという情報を得たからだ。
 
 その手掛かりを探している最中に、見慣れた背中を見つけたので、感情に任せて追いかけただけで。

 さらに、折角見つけたのだから、ケンカを吹っ掛けなければ失礼だろうと、挑みかかっただけで。

 実はまだ、ローリエへの対策を完璧に終わらせているわけではなかった。

 
「しかし、アイツもオレのことを恐れていたようだな。髪型を変えてカモフラージュを図ろうとは……。そんな程度でオレの眼を誤魔化そうなんて、浅はかにもほどがあるぜ。――あぁ、もしかして、あの日傘もそのためかァ? アイツはレイピアを使うって話だからなァ……」

 それを警戒して、接近戦は挑まず、投げナイフで攻めてみたけど、あまり効果は無かった。
 やっぱり、あいつには、雷だな。
 

 男が両手を入れた外套のポケットは、インベントリになっている。
 そこには、雷の魔法を封じ込めたカード型のスクロールがまだいくつか入っている。
 高い金を払って、腕利きの雷の魔法使いに頼んだ甲斐があったかもな。

 雷の魔法で、通路が崩れるのは、予想外過ぎたが。
 もしかしたら、棚ぼた展開かもしれない。
 そんなことを考えながら。
 暗殺者は、地底を歩きだす。


 
 この高い崖を登るのは無理だし、もともと卵が目的だ。
 このまま進めば、手掛かりに行きつくだろう。

 
 歩く間も、暗殺者は、つい宿敵ローリエのことを考える。
 一瞬見えた魔法の壁のことなどを。
 
 魔法には詳しくないのだが、あの魔法の壁は、雷を防いでいた。
 風属性の魔法は、絶対に雷を防げない。
 それどころか、黄系魔法は、緑系魔法で一切防げない設計だ。
 だから、あの壁は、『木』属性でも『風』属性でもないという事になる。
 水晶で出来た壁だったし――。

「あいつは、土魔法も使うのかねェ……? そういや、シデの森のカニは水属性らしいからなァ」

 水は土に弱いので、有利属性として取得してる可能性はあるな、と男は考える。

 
 そんな思案をしながらの地底散歩。
 その途中。


 キラリ、と何かが輝いて見え。
「んン?? ……アレは……」

 目を凝らせば。

 波うつ銀色の刃が、地面に突き刺さっていた。
 フランベルジュと呼ばれる、ドイツ発祥の両手剣だ。


 そして、そのそばに、少女が一人倒れていた。
 チビエルフのように華やかさの欠片もない衣装。

 そいつに、男は見覚えがある。
 チビが子守をしていたヒュム種族だ。

 
 暗殺者は、両手剣を引っこ抜き、肩に担ぐと。
 倒れている少女の元へ歩み寄っていった。

 近くで見ると、明らかにゲームはじめたてと言う感じの初心者服を身に着けている。
 
 ということは、もう死んでいるに違いない、のだが。


 男は、うつ伏せに倒れているその身体を、救いあげるように蹴っ転がし。
 仰向けにする。

 反応はまだない。

 常識的に考えて。あの高さから落ちれば、誰でも死ぬ。
 ましてや、明らかに初心者の少女だ。
 おそらくHPは50もあるまい。

 生きている方がおかしい。
 ただ、まだ身体が消えていないのが気にかかる。

「くたばったまま、ログアウトでもしやがったかァ……?」

 そう思いながら。
 【能力看破スキャニング】のスキルを使用するが。

 SP   5234
 HP   7/ 28
 MP   0/  0
 ST  15/ 15

 その他ATKやF/DEFなど。
 どのステータスを撮っても、紛れもない初心者だった。 
 
 しかしそんなことより、HPが7残っていることの方が驚くべきところで。

「ハッ、すげえ、こいつまだ生きてやがるッ」 

 ということは、今プレイヤーの視界は真っ暗で、神経パルスとキャラクターの接続が一時的に断たれた状態ということだ。
 つまり、リアルで言う所の気絶状態。
 この状態は最大で10分で治る。 
 
 おそらくもうすぐ動き出すだろう。

 いったいどうやって生き延びたのだろうかと。
 周囲を見渡す男は、すぐに発見する。
 崖に付けられた一直線に走る傷跡も。
 耐久力を著しく消耗して、ボロボロの刃毀れテクスチャーに変わっているこの両手剣も。 

 それからわかることは一つ。

 このキャラクターは、自分でこの崖を降りてきて、なお無事に生き延びたという事だ。
 SP5000程度のクソ初心者のくせにだ。

 おもしれえ。
 と興味を持った男は。

 両手剣を傍に置き。
 おもむろにその場に座り込むと。
 
「まぁ、オレもちょっと用事を済ませてくっかな」

 一時的に反応が無くなった。
 今もこう言うかは解らないが、AFKってやつだ。


 キャラクターのままじゃ、うんこできねぇからな。 


 

 
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