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第四話 『暗闇の底で』
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しおりを挟む思わず、違うと言ってしまったローリエを。
男は大口を開けて、はっはっは、と笑い飛ばす。
頭には黒いシルクハットを。
顔には黒いファントムマスクを。
身体も、黒いシャツ、ネクタイ、外套、ズボン。
そんな黒づくめは、ポッケに両手を突っ込んだまま。
「なぁんてな! 見つけたぜ、チビエルフ」
男はおどけた。
「貴様の顔は忘れねぇ。なんせ、こっちには――」
それに男はちゃんと気づいていた――
「――ちゃんと『借り』があるんだからヨォ!!」
――そして。唐突に。
男は。
左右のポッケから取り出した得物を、ぶん投げてきた。
ダークと呼ばれる投擲用のナイフだ。
本数は右ポケットから3、左ポケットから3の全6本。
そしてナイフの狙いは。
ローリエに3、ユナに3だ。
「えッ!?」
突然の攻撃に、ローリエの後ろに居るユナが驚きの声を上げ。
ローリエは冷静にそれを日傘をひろげ、シールドモードで、全弾防御する。
お幼様エルフに、シールドスキルは何もないが、遮蔽となることで後ろへ抜けることを防いだ形だ。
カラカラ、と弾かれたナイフが地面に落ちる――。
広げた日傘をずらし、そっと出したエルフの表情は困惑で。
「そんな、貸し借り、私には覚えが無い、ですけど……?」
ハッ。嘲笑。
「無いだと……? クソが!」
男は暗殺ビルドであり。
隠密特化であり。
視覚的、嗅覚的、魔力探知的には透明化できる。
しかしながら、超音波という物体に当たって跳ね返る音での探知効果や。
地面を伝わる振動を探知するなんていう。
防ぐことが難しい探知は、かいくぐれない。
だから、今、暗殺者は正体をさらし、見つけた覚えのある背中に、歩み寄ってきたのだ。
そんなアイデンティティを投げ捨てなければならない相手。
その憤りを乗せて――。
「このオレに、正面から挑ませておいて、よく言いやがる!」
なおも、暗殺者はナイフを投げてくる。
今度は、狭い通路を活かした投擲スキル。
【跳弾する刃】を使って。
左右の壁を狙う十数本のダークは、そこで急角度に方向転換すると。
まるで跳ねるようにして、後方のユナに殺到する。
それをローリエは、
持ち前の俊敏さで先回りし、
日傘の広くカバーできる防御範囲で、難なく防ぎながら――。
ローリエは思う。
やっぱり、この男は見た時に私だと気づいていたんだ、と。
まぁ、当然かな、と。
髪型を変えても、背丈と顔つきでバレていたのだ。
まぁ、頭の花のヘッドドレスは健在だし。
そもそも、ネット上での情報に当てはまらないようにするためのイメチェンだったし。
ほとんどローリエ以外の3人の興味本位での『オネガイ』で髪型を変えただけで。
しかし、リアルで言ったこともない美容院に、勇気を出して、頑張っていったのに。
こんな感じで、結果的にあまり効果が感じられなかったのがちょっと癪だった。
それによく考えたら。
なぜそこまでしなければいけないのか、良く解らない。
とりあえず、暗殺者の性格が面倒くさそうなのは良く解ったけど。
なんか、しつこそうだし――。
「困るなぁ」
思わず呟いた。
ちなみに、ローリエのパッシブスキルによる索敵は、特定のキャラクターを追跡したり、警戒したりは出来ない。
いわばレーダーのようなモノであるので。
以前の山岳地帯のように。
変な動きをしていたり。
あからさまにPKを狙っているような人間らしい動きをしていたり。
目立った移動が見られないのならば、それは単なるシグナルでしかない。
それが、背後に来るまでPKに気づかなかった要因だ。
「あの、先輩……!? え? どうして他人と戦って……?」
そして、今ローリエの背中には、ユナが居る。
どうしていいか分からない、初心者が。
「……このひとは、PKです。プレイヤーを殺すのが趣味の人たち! です!」
「PK!?」
そのヒトゴロシは、性根が腐っているのか。作戦なのか。
ずっと。投げるナイフの何本かは、確実にユナを狙ってくる。
先ほどの、壁で角度を変える投擲スキルは、全てユナを狙っていた。
「どうした、チビエルフ。この前みたいにかかってこねぇのか? 子守で手一杯かァ? ……っていうかよぉ、なんだ、その傘ぁ? 飾りかと思ってたけど、オレのナイフを防ぎやがるし、新兵器かナァ……?」
男はずっと外套のポケットから、ナイフを出している。
きっと、そのポケットに、インベントリ判定をくっつけているのだ。
だから、服の本来の要領を無視して、いくらも物を取り出せる。
そしてそこから。
「じゃあ、ナイフじゃどうにもなんねえみたいだし、こっちも新兵器だすぜぇ」
男はカードを1枚取り出した。
それは、このゲームのスクロールの形。
魔法を封じ込めた、1回だけの、使い切りアイテムだ。
カードには、稲妻のマークが描かれていて。
「ま、待って……!」
「待つかよ、バカが。貴様が、雷に弱いってのは、知ってんだよォォ!」
構わず、男はスクロールを解き放つ。
その瞬間。
まばゆい光が、その場を純白に染め上げた。
同時に、ローリエは、反射的に行動を終わらせる。
最大限の瞬発力で、暗殺者へ向かって飛び掛かり。
傘を持ってない方の手で、後方に土属性魔法、『守護の結晶壁』を展開していた。
そんな刹那。
大音響が轟く。
雷鳴だ。
広範囲を殲滅する、雷属性の中級魔法。
【雷光嵐】
それが通路一体を迸る。
けれど、その範囲は。ローリエの結晶壁に阻まれ。
ユナの所には届かない。
ローリエと、ユナを断絶する形で置かれた岩石の壁は。
本来は、名の通り岩石で出来ているのだが、スキルLVMAXの特典によるアップグレードで、クリスタルの壁になっている。
おかげで、比較にならない頑丈な壁に仕上がっている。
だから。
ユナは無事で。
ローリエの身体だけが、弱点属性である雷に焼かれることになった。
「ははははっ、いいぞ、そのまま死ねぇ!」
「せ、先輩!?」
ユナが、心底心配顔で、半透明の壁をどんどんと叩く。
だが、その壁は頑丈だ。雷の魔法も通さない。
その代わり。
たった一撃だが、
木属性の防御もスキルもすべてを無視して。
恐ろしい威力となった雷が、ローリエのHPを大きく削っていく。
削り、ながら――。
広範囲の轟雷は、周囲一帯を駆け巡り。
通路の石畳をヒビ割り、撃ち砕き。
衝撃と振動が狭い空間を侵食する。
そして、ついに。
建造物の接続が、限界を迎えた。
ローリエと暗殺者が立つ地盤が、がらがらと、崩壊する。
「な、なにぃ!?」
暗殺者の驚き。
分厚い曇りガラスの向こう側。
「先輩! ローリエ先輩!」
健在の両手剣使いは、半透明の壁越しに見える矮躯を心配し。
崩壊とともに、地面に空いた大穴に落ち行く姿を目の当たりにする。
けど、ローリエはスクロールを出されたときに、こうなると予想していた。
振動探知が、足元の状況を伝えていて。
遺跡の所々の岩盤が薄く。何か嫌な予感を感じさせる仕掛けが施されているって。
おそらくこれは、以前のイベントで、至宝へ到達するためのルートの一つとして設計されていることなのだ。
探索するならば、的を得た行動だが。
SP稼ぎには必要ない。
だから、万が一のことを想い、ローリエはあまり風スキルを使わないようにしていた。
しかし、雷の瞬間威力と衝撃は、風の比ではない。
ローリエは、眠るように動かなくなった身体で。
地底の暗闇に落ちて行く。
暗殺者もろとも。
途中でなくなった通路の先端で。
途方に暮れる、ユナを残して――。
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