俺が番う話

あちゃーた

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俺が番う話

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「君さ、喧嘩強いね~」

突然聞こえた声に驚く。
気がつかなかった、いや、気配がなかった。

「……お前誰だよ?」

目を鋭くさせながらその声の主を振り返った。
目に入ったのは同じ年頃の男。
すらりとした手足に短く切った黒髪を持つその男は恐ろしいほど綺麗な顔立ちをしていた。

「警戒するなって…別に俺はそいつらの仲間じゃないしお前と喧嘩する気もないから」

降参降参と両手をあげた状態でそう言いながらゆっくり、ゆっくりと近づいてくる男。
名前も何も知らない人物だったが、雰囲気で察した。
こいつは強い。
何か圧倒的なものを感じる。
おそらく、生まれながらにして大きなアドバンテージを持つ存在、αだ。

「お前、αか?」

「やっぱり分かるか…なんでか知らないけどいつも当てられるんだ、そうそう、俺はα」

ニコッと不気味に微笑む男にゾッと寒気が走った。
相手にしてはならない。
そう直感が言っていた。
逃げないと。
チラリとあたりを見渡す。
が、どう考えても男の方にしか出口がない。
使えそうなものはないかともう一度周辺に視線をやるがさっき喧嘩をした相手数人が無惨に転がっているだけだった。

「…何が目的だ?」

「なんだと思う??」

ダメだ、読めない。
この男は何がしたいんだ?
そもそもいつからいたんだ??
喧嘩を見に来たなら帰ればいい、こいつらの仲間ではないなら報復でもない。

「殺しが趣味か?」

「いいや、違うよ」

くすくすと男は笑った。
もう男との距離は1メートル程度になり、ジリジリと追い込まれていた。
やがて男の手が俺の肩にソッと置かれた。
抵抗しないと、逃げないと。
そう思っているのに金縛りにあったように体がピクリとも動かない。

「俺に用事があるなら早くしてくれ」

「強気だね」

そう言いながらも恐らくこの男は知っている。
俺がこの男に恐怖を感じていることを。
いつでも自分が優位にいることを。
男の淡麗な顔が近づき、俺の首元をクンクンと嗅いだ。

「あぁ、いい匂い…やっぱり君Ωか」

ドクン…と心臓が大きく波打つ。
この男は今なんと言った??
今までひたすら隠してきた自分の性を言い当てられ、ひどく動揺しているのを自分でも感じた。
落ち着け、落ち着けと何度も心に言い聞かせ、震える手で男の手を振り払うと必死に叫ぶ。

「ち、違う!!」

「嘘はダメだよ、君からとってもいい匂いがするんだから」

「ひっ…」

するりと頬を撫でる手はやけに冷たく、どんどん俺の体温を奪っていくように感じた。
だんだんと体に力が入らなくなる。

「うん、きーめた!君のこと俺の番にする」

ニコニコと微笑みを向けられながらそう言われて頭がフリーズした。
つ、番!?
は!?

「意味分かんない事言ってんじゃねぇーよ!」

「Ωなのに喧嘩強いし、でも、可愛い顔してるし、それに俺運命感じちゃった」

知るかよっ!!
すぐにこのイカれた男から逃げないと…。
慌てて男を突き飛ばそうとしたが、ストンと座り込んでしまった。
おいおい、嘘だろ。
ここで足に力が入らなくなるとか運が悪過ぎる。

「かーわい!もう絶対俺の番にするね!!名前はなんて言うの?」

「は、離せっ!嫌だ、嫌だ!!」

「うーん、暴れられたら面倒だな、ちょっとこれ吸おうか?」

「やっ、やだ、んっんん~!」

両手を押さえられ、鼻に布切りを押さえつけられた。
だんだんと視線がグニャリと歪み始め、周りの音が何一つ聞こえなくなる。
あぁ、最悪だ。





「え、なんのサスペンスドラマだよ?」

隣でゲラゲラと笑う親友はこれっぽっちもこの話を信じてはいない。

「マジなんだけど」

「嘘つくなよ!その男が実は大金持ちでお前のこと溺愛してるあの晴翔さんだって言いたいのかお前は!」

「そうなんだけど!?」

「嘘もほどほどにしとけよ!晴翔さんみたいな人がそんな恐ろしい人なわけがないだろうが!ったく…彩人はあんなに大切にされて晴翔さんのことそんなふうに言うのか!」

「いや、だから!」

「はいはいはいはい、夢と現実の区別くらいつけろよ、俺はもう帰るよ~」

「なんで置いて帰るんだ!俺も帰…る…よ」

ピシリと思わず固まる。
賑わう居酒屋の出入り口に見慣れた顔を発見したからだ。
会計を済ませた親友は晴翔の顔を見るなりドンっと俺をどついて言った。

「お前な!見ろよ!お前の帰りが遅いから晴翔さん心配してここまで来たんじゃないのか?」

「まだ7時だけど!?」

「ま、俺は先に帰るからあんな馬鹿げた話作ってないで晴翔さんにきちんとお礼言うんだぞ!じゃーな!」

おい!作り話じゃないっつーの!
そう言おうとしたが親友はそそくさと晴翔にお辞儀をして帰っていってしまった。
溜息を吐きながら俺も帰ろうと晴翔が待つ出入り口に向かう。
晴翔は相変わらず抜群に良いルックスで居酒屋の何人かの客の視線を独り占めしていた。
その光景にもう大分慣れたなぁとぼんやり思いながら晴翔に声をかける。

「晴翔、何してるんだ?」

「彩人!」

俺が声をかけるなりニコッと微笑んで手を握ってくる晴翔に若干呆れる。

「また心配で来たのか?」

「うん、彩人なかなか帰ってこないから心配で心配で…だって彩人はこんなにも可愛いから」

「はいはいはい、ほら帰るぞ、どうせ車だろ」

「うん!」

手を繋いだまま車まで歩き家まで帰る。
迎えに来てくれるのはありがたいんだが、油断するとしょっちゅう顔にキスを降らしてくるものだからどうしたものかと困っている。
ふとあの時のことを思い出す。
目を覚ますと無理矢理組み敷かれて何が何だか分からなくなるまでセックスされた。
寝て起きてセックスする…そんな生活が何日も続き、快楽でうまく働かない頭に問いかけられた。

『ほら、番になりたいって言って、そしたらもっと気持ち良くなるよ?ほら言おうね?』

『ひゃうっ、あっ、もっ、やだっ、助けっ、ああんっ、グチュグチュしなっ、で、はぅっ、あっ、あんっ、あっ、なりた、なりたい、番に、なりたっ、い、ひうっ、です、ひっ!』

『よしよーし!良い子にはご褒美♡』

『あ、あ、もう、ひぃぃっ!あっ、そこ、りゃめえっ!ごちゅごちゅ、りゃめぇなのぉ、あっ、ひんっ』

今思うと無理矢理言わされたようなものなんじゃ…。
気づくと時すでに遅し。
うなじにはくっきりと将来の唯一無二の伴侶ができたことを指す噛み跡があり捕まえられてしまっていたのだ。
そんなこんなで今は晴翔と生活している。

「ちゅっ」

「おいこら、人が油断するとすぐキスするなよ」

「いいでしょ、玄関だし人目につかないよ、それよりも、ねぇ、彩人…俺、怒ってるんだ」

ビクッ。
急にワントーン低くなった声に驚く。
あの時のように体が動かなくなる。

「彩人は俺のものなのに俺以外の誰かと一緒にいただなんて」

「あいつのことは知ってるだろ?ただの親友だよ、ちょ」

チュゥッと強く首元を吸われ、何度も何度もキスを落される。

「知ってても嫌なんだ…我慢してるんだよ、彩人、彩人、俺の彩人…」

「あっ、ひゃうっ、やめっ、ここ、玄関だから…あっ、んんっ、ちょ」

「可愛い可愛い俺の番とそろそろ家族をつくってもいいと思うんだ」

「あ、晴翔…んっ、はぁぅっ、ひゃっ、あ、だめ、あんっ、あっ」

ギラギラと光る獣のような目に仕方なく抵抗を諦める。
今日もこの独占欲丸出しの男に俺は抱かれ、ドロドロに溶かされるのだろう。
本当にこいつはどうかしている。
けど、そんなやつに何をされてもいいと感じている俺もどこかおかしいのだろう。
番にされた日から晴翔と過ごしているうちにすっかり絆されてしまった。

「なぁ晴翔…俺はずっとお前のものだから」

「当たり前だろ、ほら、続きしよ?」

今日の夜は長くなりそうだ。
そう感じながら春翔の首元に両手を伸ばした。

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