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越後動乱編

エピローグ①

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ざわざわと騒ぐ民衆、その前に立ち何かを伝えるという作業はかつての上杉謙信にとって苦手なことでは無かった。

 むしろ、得意分野と言っても良い。若い頃は自ら積極的に民の生活を知ろうとその中に溶け込んでいったし今でもその性分は変わらないつもりだった。

 だが、一揆に関わった者たちの前ともなると流石に一定の緊張感ぐらいはある。

 彼らは自領の民でありながら領主である自分に反乱を起こした者たちなのだ、その罪は決して軽いとは言えない。

 責任の有無はともかく、それに迎合したという時点で普通の大名であれば皆殺しという選択肢も十分にありえるものだった。

 だが、謙信にはその手段が取れない。

 無理なのだ、

 謙信の見た戦は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく一揆軍だけだ。その様子を思い返すと思わず笑みが出てしまう。

 あれこそ謙信が望んだ戦だ、自らの策を用い勝利する。自分の策が的中したことを心の中で祝い、一揆勢を打倒したと家臣の中でも喜んでいた。

 輝宗に渡した鬼小島弥太郎も、指揮を通して更に自分を成長させている。

 その都合の良い現実に謙信はすっかり浮かれていたのだ。

 そして驚きに打ち震えた、輝宗が裏で一揆勢最大の策を読み打ち破っていたことに。

 無論、謙信とて輝宗が何も考えず戦場を離脱するとは思ってすらいなかったので何か裏があるとは思っていた。

 それがこの一揆勢の2人の大将のうち、1人を捕縛し1人の首を獲ったなどと誰が考えただろうか。

 この戦で誰よりも手柄を立てた人物、困ったことに謙信はそれに対する褒美を思いつかなかった。

 土地、財宝、武具などで騙せるような人間では無いだろう。

 むしろ輝宗は謙信に敵から鹵獲したガトリング砲を全部こちらに渡したのだ、頭が下がるとはまさにこのことだろう。

 しかし輝宗本人が自らの手柄では無く、家臣の手柄であると主張したこと。輝宗本人からという点でお願いをしたということで謙信は輝宗の多大な功績の清算を終えることができていた。

 しかも頼みだと?その内容もほぼ褒美になっていないでは無いか。

 謙信はそう思い、自らが面子に思いの外拘っていたのを知り笑う。

 輝宗が謙信にお願いしたのは2つ。

 1つは一揆に関わった者の罪をある程度免除、もしくは軽減すること。

 2つ目は千代の身柄をこちらで引き取るというものだ。

 正直、どちらも受け入れ易い願いだと当時は思っていた。

 1つ目の願いはそもそも謙信にしかメリットが無い。

 上杉勢と一揆勢は不倶戴天の敵同士だ、故に和睦がならなかったとも言えるのだがここで輝宗が居なければ謙信は主要な者たちを皆殺しにせざるを得なかっただろう。

 そうで無ければ上杉の面子が保たれないからだ。

 だからといって主要な者を殺してしまえば、せっかく一揆勢を打倒したにも関わらず村を運営できる人物が居なくなり年貢の徴収に綻びが生じる。

 輝宗の願いは、自分から「やっぱり責任者殺すの無しで」とは言えない謙信にとってはまさしく救いの手だったのである。

 2つ目は少し痛いものの、謙信にとってのデメリットは少ない。

 今川家は間違いなく天下を掌握している家である、仲の良い今川に千代という兵器が加わったからと言ってこちらに攻めてくる訳でも無いので不安要素にはなり得ない。

 そもそも、千代を上杉で引き取ろうにも彼女の兵器によって起きた犠牲は決して少なくない。

 故に殺すしか無いのだ、だが謙信はあれだけの才を殺すのはあまりに勿体無いと考えていた。

 懐には入れられない、それなら輝宗にあげてもいいんじゃね?

 というのか謙信の偽らざる想いだったのは言うまでも無いだろう。

 しかし...その要求を受け入れた後、謙信は考えれば考えるほどに思い浮かぶ輝宗の策略に寒気を抑えられなかった。

 この戦で最も得をした人物は誰か?

 輝宗はこの戦で最も多大なる功績を挙げた、無論謙信や弥太郎も一揆勢の将を何人か討ち取る手柄を立てているが1番は輝宗で間違い無いだろう。

 その武名は、上杉家臣、上杉の民衆に轟いている。

 そしてそれと同時にその知略と慈悲深さをも上杉の民に知らしめた。

 上杉が民衆を許すのは輝宗の懇願に依るものである為、というのは既に知れ渡っており百姓の命を救っても感謝の方向は当然輝宗に行くだろう。

 民衆、そして私、家臣団からの好意。

 輝宗は、

 今後、上杉が今川はともかく輝宗個人に刃を向けることは無いだろう。

 というか、そんなことを提案すれば家臣団が反対しそうな勢いだ。

 まぁ、そんなつもりは何度も言うようにこれっぽっちも無いのだがな。

 謙信はそう、目の前で土下座をする民衆を見て笑う。

 既に、上杉が輝宗に懇願されて罪をある程度免除するという件は知れ渡っている。

 故に百姓たちの顔に不安は無い、安堵しきったその表情の裏にある尊敬と崇拝の念がどこに向けられているかなど幼児でもわかることだ。

 また掌の上で踊らされたか。

 このようなことは前にも一度あった、遅れて気付くのももう2回目だな。

 そう謙信は自分の未熟さに呆れ果てる、こんな心情は家臣の誰にも見せられまい。

 「各村の代表たるお前たちに、今回の騒動に関する沙汰を言い渡す!」

 やれやれ、流石は化け物か。
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