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越後動乱編

死ぬなよってお前それ死亡フラグやん

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「絶好の旅日和ですよ、ご隠居様!」

 そうだな、畜生め!

 青い空、一片の雲も無いそこは、まだ花冷えが少しあり肌寒いのはある。今でも少し着込んでいるが、それでも油断していると身体が震えるほどに寒い。

 だが、鶯の声が確かな春の到来を私に知らしめていた。

「あ~花粉症が無いのが最高だよ!」

 そう言って気持ちのいい風を無粋に吸っているのはハンゾーだ。

 今日、私たち一行は出立し越後へと向かう。ハンゾーは当然居残りだ。

 向かいたく無いが仕方がない、呼ばれたら行く。当たり前の話だ。それに呼び出したのは上杉謙信からだ、断れる筈もあるまい。

「桃ちゃん」

「ん?」

「僕が言ったこと、ちゃんと覚えてる?」

 ハンゾーが声をかけて来る、ハンゾーとはこの冬の間色々と話ができた。

 ハンゾー自身もこの世界に来て二十年以上経つ、その知識や思い出は幾らか覚えており一向宗の戦いのことも教えて貰った。

 あの火事のことを朧げにしか覚えていないのは予想外だったが、今更覚えていても役に立たないので仕方がないこととする。

 それはともかく、私はハンゾーから未来の話を聞いた、この意味が理解できるだろうか?

 そう、それは私が未来の出来事を知ることができると言うことである! 目指せ異世界チートだ、知略を活かしてやるわ!

「あぁ、心配無い。上手く活かしてみせるさ。」

「心強いね、これから起きるのは本当の戦だと言うのに。」

「戦場の経験は無いが、命のやり取りの場なら経験がある。問題無いとは思うんだが...」

「違うよ?」

「え?」

 「ごろつきの斬り合い、複数人での喧嘩と戦争は違う。人があまりに理不尽に死ぬ、前から、時には後ろからも。そこに命の優劣は無い、そこに運の介在する余地は無い。時に君は兵を率いて戦うことにもあるだろう、その時に知ることになる。兵の命を背負っているということを。」

 ごくりと、喉が鳴った気がした。

 もしかすると私は、自分が思っていたより戦を舐めていたのかも知らないな。

 「僕がそれを知ったのは初陣の時だ。」

  地獄、ハンゾーは戦をそう評した。

 ハンゾーは教師だ、戦争と言うものは歴史の授業から切っても切り離せないものでありそこに憧れを持ってしまうのは当然のことなのかも知れない。

 華々しい戦場にて名を轟かせる、それにより歴史に名を残した勇者たちはそれこそ世界中にいるのだ。

 アキレウス

 呂布奉先

 本多忠勝などが有名だ。

 そういや本多忠勝、元気にしてるのかな?雇って無いけど。

 徳川勢の殆どは松平元康の嫡男である竹千代と徳川一族を連れて消えた。

 お藤から聞いてもその後の足取りは掴めないと言う。

 ハンゾーからの情報だが、松平元康の嫡男は史実では松平信康と言い信長の命により切腹させられている男らしい。

 気性が激しいという情報だが、この世界ではどうなるのだろうな。

「頼むよ、桃ちゃん。死なんでくれよ。」

「まぁ、不味そうになったら直ぐに逃げるさ。」

「桃ちゃんはこれからの日ノ本に必要だ、残りの2人も探して欲しいしさ。頼むよ。」

「買い被りだな、まぁ生きるのだけは得意だからな。任せてくれよ。」

  随分な言われ方だな、今まで私は、こちらの時代の皆が見ているのは『今川輝宗』と言う虚像であって『幼馴染』としての私では無い。

 「あの人はすごい奴だぞ」と言う前情報がある場合、その人への接し方は普通とは違うものになるのが普通だ。

 後はその虚像を打ち砕かないように言動に気をつければ良いだけだ。 (できてるとは言ってない)

 だが、彼らは幼馴染だ。

 私のことなんか知り尽くしているだろう。

「買い被りなんかじゃ無いよ、僕はね、いつだって未来のことを考えてる。」

「流石だな。」

「教師だからね、未来を育てるのが僕の仕事だ。桃ちゃんにとって今川義元ってどんな人だった?」

「頼り甲斐があって、我儘な男だ。だが英雄だった。」

「そう、英雄だ。彼の役割は天下一統、信長のような天下布武では無く将軍の権威を上げることで天下を鎮めた。史実を知っている僕らから見ればやや物足りないけど、この世界の者からすれば素晴らしい偉業だ。」

 戦争が無く、平和なこと。

 恐らく殆どの百姓が願っている願い、普通と笑われるだろうがこの乱世ではそれだけが彼らの願いだった。

 「天下は鎮まった、これから重宝されるのはだ。」

「それが...私だと?それは他の者の役目だ、私は隠居だ。」

「だからこそだ、この旅を君は道楽と称す。だが君は旅の中で人と触れ合い、彼らを救った。『創る者』次代に必要なのはそれなんだよ。」

 私は、甲斐国で出会った清吾たちを思い出した。

 彼らは泰平の世であっても苦しんでいた、土地のせいと断ずるのはいかにも二流だ。

 それが、乱世の残した大きな爪痕であるのは間違い無いが、領主の政策も良く無いのだろう。

 だが、彼らはきっとフロイスに救われているだろう。

 確かにそれは、私のした善行と言えるのかもしれない。

「これから必要なのは英雄じゃ無い、桃ちゃんみたいな象徴神さまと名も無き1人1人の文官さ。」

「象徴か。」

「戦国時代で名を馳せた英雄の殆どは強い、織田信長、豊臣秀吉、そして今川義元...大名では無いものたちも皆武名で名を馳せた者が殆どだ。それこそ君に仕えている2人がそうだね。」

 最後の言葉を小さめに言いつつ、ハンゾーはちらりと後ろの2人を見た。

「英雄は必要無かったと?」

「必要無いとは言わない、彼らが有名になったのはその華々しい逸話や武功あってのものだからね。まぁそのせいで文官の資料が少ないのが寂しいけど。彼らは強いリーダーとして皆を武力で率いたけど、いやだからこそ皆の心に寄り添えるそんなリーダーになれなかったんだ。」

「皆の心に寄り添うか。」

 信長や秀吉は、孤立していた。

2人とも己が持つ才覚故に、並び立つ者が居なかったのだ。その末路は知っているだろう。

 信長のいない織田家は見るも無残に瓦解し、豊臣家は滅んだ。

 彼らには、次代が無かったのだ。

 結果だけを見るならば武田信玄も同じだろう、個人的には上杉景勝が成功例だと思っている。

「今は今川氏真殿がそれを担ってくれている、君の息子も優秀だと聞いているよ。」

 「ありがとう。」

 「だがまだだ、まだ死ねないよ。」

 ハンゾーの目が頼り無さげに動く、まだ何か言い足りないのか?

 ま、また今度にとっておこう。言い足りないぐらいが丁度良いからな。

「勿論だ、また会おう!」

 「おうよ!」

 ハンゾーが笑顔でそう答えるのと同時に、付いてきた家臣たちも頭を下げる。

 こちらも軽く会釈をすると馬に飛び乗り、悠々と歩き始めた。

 さて、越後だ!

 行きたくねぇ!
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