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甲斐編

閑話・卵美味いね

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「ご隠居様は!?」

「しまっ...糞がっ!俺が見逃すとは...」

 幸村、慶次は、輝宗がいなくなった跡直ぐに動いていた、慶次は気配や痕跡を頼りに辺りを探り始め、幸村はフロイスに話を聞いていた。

 「一体、何が、起こったのですか!?」

 フロイスは当然のことながら戸惑う、当然だ、目の前が急に真白に染まったと思ったら自分の大切な庇護者パトロンが消えていたのだから。

 「あったぞ、こっちだ!」

 慶次が幸村に痕跡を指し示し、そこを走り出す。フロイスも慌てて着いて行く。

 フロイスはここに来るまでにそれなりの戦闘訓練を受けている、日本は未だ未開の地、当然と言えば当然だ。

 だが、それはあまり大っぴらには公開されない。ひけらかすようなものでは無いからだ。

フロイスが、 慶次と幸村の走りにある程度ついていけていることに慶次は驚きつつもとあることが気になったので尋ねることにした。

「フロイス殿」

「なんでショウ?」

「ご隠居様に渡したあの小包、一体何が入っていたのですか?」

 これは確認だ、別にフロイスが誘拐に関わっているとかそう言った類のものでは決して無い。

 だが、フロイスは焦っていた、この国に卵を食べる文化は流通していないということは彼も把握している。

 流石にここで卵を渡しましたなんてフロイスは口が裂けても言えなかった。

 余談だが、フロイスは卵を輝宗に渡した際、これを何に使うかなどの用途は聞いていない。

 故にもし嘘をついたとしても輝宗からの指示によるものと言えば誤魔化しは効くはずなので大丈夫、そうフロイスは考えていた。

 今必要なのは卵の秘匿である、輝宗も察してくれるだろう。

「ほ、宝玉、です。」

「宝玉?美しい石か、何に使うのだ?」

「白く、丸い、石です。身を飾るなど、使う、ます。」

「それは価値があるものなのか?」

「高級、ですが、盗む、価値、ない、ありません。」

  ちなみに卵の出所だが、輝宗のお金でフロイスが日本で購入した。手紙と一緒に銭も入っていたのだ。

「ふむ、そうか、ならばその宝玉狙いという線は消えたな。」

 興味無さげに前を向く慶次に、フロイスは安堵の息を吐く。

 これ以上言えることなど何も無いのだ、むしろ何も聞かないで欲しい。

 フロイスも冷静になって考えたが、ご隠居様は取り敢えず身の安全だけは確保されている。

 殺すつもりならその場で殺している筈だからだ、と言うかご隠居様は武芸の達人と聞いているため、そう安安と攫われるとも思えない。

 何か狙いがあると見ている、もしや、隠れて卵を食う気なのか?

 卵を何に使うかは聞いていないが、西洋の文化に理解があるご隠居様だ、卵を食おうと考えていてもおかしくは無い。

 むしろ好奇心につられて食べるという可能性は十分にある。

 となると自作自演の可能性も出てくる訳だ、そもそもご隠居様を攫って犯人が、こう安安と追跡されるような痕跡を残しまくっていると言うのも変だ。

 明らかに矛盾している、恐らくわざと痕跡を残しているのだろう。痕跡ヒント

 考えて行くうちにフロイスは、この問題は楽観視しても良いのでは無いかと思うようになっていた。

 幸村は気づいていないが、慶次も同じような反応を見せている。

 足跡は下部まで続いていた、この先は温泉街があった筈だ。

上記の考えが確かに頭に残るものの、万が一と言うこともある。一瞬も迷わずに慶次たちは中へと踏み込んだ。



 ◇◇◇◇



「できた!」

「すごいですご隠居様!」

 お藤の声が聞こえる、そりゃそうだ、私の手にはぴかぴかの丸い石のような卵が手に取られている。温泉卵だ。

 温泉卵の定義だが、鶏卵を温泉の湯でゆでたり蒸気で蒸したりしたものは、その状態にかかわらず (半熟状ではなくても)温泉卵と呼ばれるらしい。

 と言うことはここにあるのは間違いなく温泉卵だ、ちなみに塩を振っている。絶対に美味い。

「お藤は、食うか?」

「はい、頂きます。」

 お藤に1つ渡して食べさせる、私も食べた。うん、塩味が効いていた美味い!

 卵ってこんな感じだったのだな、今川はその家風から味付けが薄い家だ、私か好きな料理を食えるようになったのは自分の城を持ってからだから、それまでは薄い味でずっと我慢して来ていた。

 いやぁ、良かったよ。不味いもん味薄いと。

 卵をゆっくりと味わう、うん、淡白な卵本来の味と塩味がマッチしている。

 中身はとろりとした黄身だ、いやぁ、最高だ。

 いい、至福の時だな。

 たかが卵を食う為に30年以上かかるとは、戦国の世は辛いなぁ。

「お藤はどうだ?」

「美味しいです、こんな美味しいもの、今まで食べたことありません。弟たちにも食べさせてあげたい...」

「そうか、お藤は、百姓の出だったな。」

「はい、その後今川氏の直臣、飯尾氏の配下松下之綱様に仕えました、」

「今川氏の配下で、後に織田家に仕えたのだな。」

「はい、ご隠居様の前で言うのは憚られますが...」

「構わん、申せ。」

「同僚から、虐めを受けておりました。醜女と。」

 知っている、有名な話だ。

 ちなみに史実だと豊臣秀吉は松下之綱を大名にしていた筈だ、と言うことは秀吉は松下殿には感謝していたと言うことだろう。

 こちらの世界でも松下は堅い男として今川に良く仕えている。

「その後織田家へと参りました、あそこなら大きくなれる。強くなれると思ったのです。」

「だが潰れた。」

「はい、尊敬していた織田様は死に、織田家は崩壊しました。私たち家族はまた流浪の身になったのです。」

 「無事で良かったよ、お藤。」

「あ...ありがとうございます!」

 いや、本当、マジで良かったわ。

 落ち武者狩りが各地で勃発する超危険地帯に探しに行ったもん、そしたら弟たちを庇って戦ってるお藤を見つけた。

 前田利家とか柴田勝家とかは結構早い段階でこっちに降ってくれたけどお藤はその頃普通に無名だったからな。

 見つかって良かった。

「ご隠居様に拾われて、私の弟たちも武士としての勉学に励めています、小一郎は龍臣丸様の小姓にまでして頂いて...」

「小一郎には才がある、推薦したのは事実だが、実力ありきのものだ。姉として誇らしいだろう?」

 小一郎、史実では豊臣秀長として豊臣政権を支えたナンバーツーだ。

性格は温厚、天下を取って天狗になった秀吉と大名の仲を取り持つなど豊臣政権における縁の下の力持ちだ。

 実際秀長が死んだ小田原討伐あたりから秀吉と大名たちの間には亀裂が入り始め、秀吉本人の策も精彩を欠く。

 秀長が生きてたら文禄・慶長の役は起きなかったんじゃないかな、歴史にたらればは無いけど。

「はい、はい。本当にご隠居様には感謝しても仕切れませぬ。」

 「これ、泣くな、もう一個食べるか?」

「はい、頂きます。」

 お藤がもう一個を丸かじりする。

 私ももう1つ手にとって食べた、やっぱり美味いな。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!ご隠居様、石、何故石を!?」

「何故宝玉を食うておられるのですかご隠居様。」

「ご隠居、様、先に、謝ります、謝罪、します。」

 慶次たち、やっと来たか。遅いぞ。








「なるほど、そういうことだったのですね。卵とは...」

「すまんすまん、フロイス、お主にも迷惑をかけたな。」

「いいえ、ご隠居、サマ、慶次、ドノ、幸村殿、申し訳ない。」

「いえ、それにしても驚きました。あんな食べ物があるだなんて...」

 やれやれ、やっと説明が終わった。

 フロイス、もうちょっと良い誤魔化し方無かったの?

 まぁいいか。

「それにしても、卵がこれだけ美味いとは...」

 慶次と幸村、フロイスも温泉卵を食べていた。

 美味そうだ、これなら最初から隠さずに食っていれば良かったな。

「我々は旅をしているのでしょうご隠居様、ならば隠れて食うのであれば問題ありませぬ!」

 慶次の言葉だ、一本取られたな!
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