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駿河編

知るか!俺は旅に出るぞぉ!

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刀が踊る。

 光と閃光フラッシュが場を満たし、人の悲鳴がところどころから聴こえて来る。

 殺陣たて、又は技斗・擬斗・擬闘と呼ばれるものは、戦闘シーンなどで使われる演技だ。

 だが、今目の前で起こっているのはそういったものでは無い。

 遊びでは無い、勿論演技でも無い。

 本物の、殺し合いだ。

 その迫力はテレビ越しに見るソレの比にならない、その血しぶきは、手に残る生暖かい感触は空想ゲームを遥かに凌駕する。

 う、嘘だ。

 私はこういうのが嫌で隠居を決めたってのに!

 どうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ!

 体の震えを必死で抑える。

 「「ご隠居様、片付きました」」

 タイミング良く、彼の従者が現れた。

 先程までいた刺客で生きている者は1人もいない。

 どうやら従者が倒したようだ。

「よし、行くぞ!」

「「はっ!」」

 もうやだ、城に帰りたい...



 ◇◇◇◇



 今川義元

 知っているだろうか、あぁ、その認識で間違いは無い。

 彼について前世の私が覚えているのはただ1つ、コイツは桶狭間の戦いで死んだってことだけだ。

 桶狭間の戦い、織田信長が全国に名前を轟かせるきっかけとなった事件。

 少数の兵で大多数の兵を打ち破る、戦国史に名を残すドラマだろう。

 実際映画にもなってるし、戦国史における超重要なターニングポイントと言っても良い。

 ちなみに、私がそんな義元の弟なのだが、この兄、何故か天下を取ってしまう。

 ん?

 おかしいよな?

 いやいや、なんで死なないんだ?そこは私にも良くわからん。

 だって、私は何もやってないもの。

 日本を舞台にした歴史モノで、騒動や事件を上手く回避して歴史を変えるという行為は非常にありがちなことだ。

 本能寺の変を変えるとかがそうだな、私もそういった物語は良く見ていた。

 しかし、私自身が成したことと言えばは地方の城に籠り、今川義元の弟としてそろばんを弾いていただけに過ぎない。

 色々やったかと言えばそうだが、それでも直接兄に影響を与えるようなことはしていない筈だ。

 それなのに何故か歴史が変わった、不思議としか言いようが無いな。

  とにかく兄上は織田を滅ぼして無事上洛を果たし、将軍を擁立し、副将軍となって事実上天下を取る。

 各国で騒ぎを起こす大名を武力で抑えつけ、勢力がすり減っていた室町幕府は献身的な兄の助けによって、かつての栄光を取り戻した。

 長きに渡る戦国時代は、我が兄が、思いの外早く終結させたのだ。

 ちなみに、室町幕府の元に全ての大名が集ったのは、桶狭間の戦いが起こってから10年後の話である。

 私が生まれたのが大永2年で兄上より5つ下だから、兄が52歳で私が47歳だ。

 そんな兄上が、流行病で亡くなった。

 私の物語は、ここから始まる。
















「本当に行かれるのですか、輝宗様!」

「あぁ、大殿の葬儀が滞りなく終わった以上、私がいては差し支えるだろう。」

「それはそうですが、家督を継ぐことはできたものの、まだ殿やご子息は経験も浅く、輝宗様のお力が必要になるやも知れませぬ!」

「家督を継いで10年以上経つというのに天下の仕置も任せられぬとあっては大殿もさぞかしお嘆きだろうよ、2人には良い試練になる。やらせておけぃ」

「は、ははぁ!」

 長い大廊下を、2人の男が歩いている。

 1人は中背中肉、顔は可も無く不可も無くという平凡な顔だちをしており、口に黒い髭を蓄えている。

  今川輝宗、それが私の名前だ。

  先日、我が兄義元が亡くなった。

 まぁ家督は元々甥っ子の氏真が継いでいたので問題なかったのだが、氏真も流行病で寝込むという緊急事態に陥っていた。

 大変だ、喪主を勤める者がいない。

 そこで白羽の矢が立ったのが私だ、私は権力も無いし、ずっと城の隅でそろばんを弾いていたような男だ。野心など欠片も見せない私は、家臣や親族連中にとって都合が良かったのだろう。

 まぁそれも今日で終わりだ、氏真も快方に向かっていると言うし、漸くこの長い期間も終わりを告げる。

  あー疲れた。

 終わった終わった。

 兄上、貴方はすごい人だよ、きっとこの戦国の世を終結させた人物として織田信長みたいなポジションに収まるんじゃ無いかな?

 そうでも無いか、応仁の乱からそれほど時がたった訳では無いし、各地の戦いは守護大名の小競り合いみたいな感じで治ってしまうのかな。

 無論、織田信長が天下統一するのに比べればの話であるが。

 まぁどうでも良い、もう私には関係の無いことだ。

 それでは、旅に出よう。

 こう私が思ったのは、別に理由が無いからと言う訳では無い。

 一応と言ってはなんだが、私は今川義元、実質的な天下人の弟だ。そんな私がまだ存命で喪主まで勤めてしまったのだ。

 この時代において、喪主を勤めるという価値は大きい。本来喪主というものは次代の当主が取り仕切るものであり、本来ならば氏真が行わなければならないものだ。
 
 私がもしや副将軍の座を狙っているなどと思われれば、新しい今川家の火種になりかねない。

 そんなのは御免だ。

 お家騒動?

 冗談じゃない、私は天下人になりたいのでは無い。

 私の夢は、旅をしながらまったり暮らすこと。

 そして、この世界に他に転生者がいないのか探ることだ。

 私が転生したきっかけとなった事件は、私の他に3人の人間が巻き込まれていたと言う記憶がある。

 もし転生し、まだ生きているのなら是非会いたいものだ。

 さて、旅に出るならまずは決めなければならないことがある。

 供回りだ。

 自分で言うのはなんだが、私は刀の才が無い。

 私に刀を教えた先生は、直ぐに私に才が無いのを見抜き、僅か3日で匙を投げてしまった程だ。

 このご時世、護衛がいなければ野盗に襲われて即死だ。

 ということで、私は自分に見合う護衛を探すことにしたのだった。



◇◇◇◇

 

「前田利益と申します、この度はご隠居様の供回りとしての命を仰せつかり、栄誉で体が震えておりまする!」

「真田信繁と申します!若輩なれど名高きご隠居様のお役に立てますよう精進して参ります!」

 目の前に、2人の男が座っていた。

 1人は大柄で、身の丈は180センチぐらい。顔は100人が見れば90人は美丈夫と答えるほどの美丈夫イケメンだ。

 丁寧な言葉遣いとは裏腹にその衣服は豪華で、下手をすると私よりも良いものを着ている可能性がある。

 豪華、と言うよりは派手と言った方が良いだろうか、黄金を基調とした服は、老境に差し掛かった男には少しだけ眩しい。

 立場が上の者の前で上の者より高い物を持ったり着たりするのは、本来は無礼と咎めるところだがまぁコイツだし許すか。

 年齢としは21歳、女遊びが激しく、喧嘩っ早いと評判らしい。

 もう1人は小柄で可愛らしい少年だ、年齢は13歳。

 まだ声変わりはしておらず、一生懸命声を張り上げている様がなんとも可愛らしい。

 1人が女遊びが激しい奴なので、クソ真面目な奴を連れて行きたいと言ったらおススメされた。

 いや、前田慶次と真田幸村じゃ無い!?

 マジかよ、この世界に転生して以降色んな歴史上の人物に会ってきたよ。

 徳川家康とか、上杉謙信とか。

 まさか、ジジイになってからこんな2人に会えるなんて思わなかったよ。本当。

 前田慶次はご存知花の慶〇とか漫画が有名だったり、その破天荒な逸話が多くある日本の有名な武将だ。

 史実では高い教養を持ち、朝鮮人3人を供としている風変わりな男であり、新井白石からは「世に隠れなき勇士なり」と賞賛された男だ。

 いや、まぁゲームの知識なんだけどね。これ。

 真田幸村は日ノ本一の古兵として知られ、織田信長、坂本龍馬に並ぶ日本を代表するビッグネームだ。

「花の様なる秀頼様を、鬼の様なる真田が連れて、退きも退いたよ加護島へ」

 とは、有名な歌だ。

 歴女たちが歴史にハマるきっかけになった人物だよな、まぁゲームでも引っ張りだこだよ。

「面を上げい。」

 そう言うと、2人とも顔を上げこちらを見る。

 うわすごい、この2人が後の歴史に名を残す2人か。

 この世界でもそうなれるかどうかはさておき、どちらも優秀なのは間違いない。精々こき使ってやろう。

「なに、そう大袈裟なものでは無い。年寄りが日本を見て回るだけのことよ」

「またまた、そのような建前ばかり仰られる。某も周囲もご隠居様のその内心を図りかねております」

「前田殿!流石に無礼であろう!」

「なんだ、お主は気にはならんのか?」

「そ、それは...」

 照れたように俯く信繁を、利益がつつく。こうして見ると仲の良い兄弟のようだな。

 それにしても、内心?そんなものは無いのだが。

 私が旅に出たい理由のもう1つにはこういう面もある、どいつもこいつも、こちらの無い腹の虫を引っ掻くような真似をするのだ。

 私がなにかをする度に、知らない誰かがいらん邪推をする。

 そんな苦しい政治の世界はもう沢山だ、勝手にやって欲しいものよ。

 さて、取り敢えず、2人の名前がこれでは見づらいな。変えるか。

 「利益」

「はっ」

 「お主に新たな名をやろう、慶事がつづくという意で慶次、前田慶次とこれより名乗るが良い」

「ははあっ!前田慶次、これよりご隠居様の矛となります!」

「信繁、お主にもだな、真田氏の諱である幸に、村で幸村と名乗るが良い」

「未熟なれど、精一杯仕えます!」

「まぁ、2人ともそう堅くなるな、ただの旅だ。双方共に仲良くついて参れ」

「はっ!」

「まぁ、そういうことに致しましょう」

 2人が、揃えて頭を下げる。

 よし、これで準備は万全だ。




 こうして、1人の老境に差し掛かった男は、僅か2名の供を連れて京都の地を離れた。

 彼が回る道のりは、いずれも厳しく、何も険しい。

 そんな未来なぞ知る由も無く、多くの人々に惜しまれながら彼は旅立って行く。

 後の世に語り継がれる、今川輝宗の冒険は、こうして始まった。

「あ、すまぬ」

「「なんでしょう?」」

「忘れモンをしてもうた...」



早く始まれ。
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