26 / 70
本編
21
しおりを挟む言いたいことを全て口にした後、私の背後で動く影がありました。
二人は示し合わせたように前へ出ると、跪きます。
嫌な汗が背中を伝っていくのが分かります。
それは、この二人……エンドルース公爵とルースベル公爵が何をしようとしているのかを理解してしまったからです。
「陛下、我がルースベル公爵家はエリス・フォーリア公爵令嬢を次代の王へと推薦致します」
「同じく、エンドルース公爵家はエリス嬢を次代の王へと推薦しよう」
公爵家のうち、二家の推薦を得てしまった私に注目が集まります。
周りがザワついているのは当然でしょう。
私も観客側であれば、同じような反応をしますから。
前代未聞の女王。
この方達は私をその地位につかせようよとしているのですから。
「陛下、私は王位継承権を……」
放棄致します、そう言おうとした時でした。
ルベルコートの王子が前へと出てきました。
「エリス嬢がこの国と王になるのなら、ルベルコート側からと一つお願いしたいのですが」
「ほう……?
内容によっては……」
「これは、エール側としても悪くない話のはずです。
両国間での取引を増やしたい、というものですから。
そうですね、こちらからは砂糖と酒の輸出を増やしましょう」
砂糖はフィーリン商会にとってかなり有難いです。
砂糖がなければ作れませんから。
「……考えておこう」
そこは断って欲しかったのですが……。
国益のことを考えると断れないと分かっていますが。
「では、エリンスフィールからは布の輸出を増やそう」
エリンスフィール産の布は上質で、最高級品としても名高いものです。
それを、となるとまた私を王にしようとする輩が増えてしまいそうで嫌なのですが……。
どうせ私が言っても聞いてもらえないのでしょうね。
そんな気がします。
次の王についての話が終わると、ようやく曲が流れ始めました。
既に疲労感がかなりあるのは公爵方と王族達のせいでしょう。
「エリス、ファーストダンスを……」
「お願いします、アル」
約束通り私にファーストダンスを申し込んできたアルの手をとり、私達はホールの中央へと向かいました。
「さっきは済まなかった。
エリスが王となることを望んでいないと知っておきながらあのようなことを……」
それは多分、つい先程陛下に対して口にしたことでしょう。
アルが気にする必要はないと思いますが。
「もとはと言えば公爵方が私を推薦したのがいけないのですから、アルが気にする必要はありません」
「……そうか」
アルは薄く笑みを浮かべるとそのまま優雅にステップを踏みます。
以前も思いましたが、アルはリードが上手いですね。
「これで、もし王位を押し付けられた時は……アルがサポートをしてくださいね?」
「っ……あぁ、勿論だ」
嬉しそうに目を細めるアルに、ドキッとしてしまいます。
アルと出会ってから時々感じるこの変な感覚はなんなのでしょうか?
何かの病でしょうか。
このような時期に倒れてしまうわけにもいかないのですが……。
「エリス、どうした?
具合が悪いのなら少し休むか?」
「あ……いえ、大丈夫です。
婚約の件について考えてしまって……」
従弟のルアンは、私がこの国の王となればフォーリア公爵家を継ぐことになるでしょう。
そうでなければ、アルの側近になれませんから。
ですが、にも関わらずルアンには婚約者がいません。
それを思うと心配になってきます。
そういった場をセッティングするべきでしょうか?
「こ、婚約……か。
そうだな、あぁ……いや、だが……」
アルが何やら一人で呟いています。
どうかしたのでしょうか?
私のことよりも自分のことを考えた方が良いような気がしてくるのですが……。
「エ、エリス……このダンスが終わったら、少し、いいか?
渡したいものがあるんだ……」
「はい……?」
アルは緊張気味に口にしました。
それだけ大切な物を、ということなのでしょう。
ならば、断るのは良くありませんね。
「分かりました」
ダンスの誘いを断る理由にもなりますし。
先程の件もあり、精神的にも疲れているので夜風にあたって休みたいですから。
ダンスが終わり、すぐにアルや私をダンスへ誘おうと人が集まってきます。
私に対する申し込みは、大抵公爵家という地位が目当てなのでしょうが。
アルに集まってくるのは地位と顔、でしょうか?
まぁ、なんにせよ二人で談笑しながら外へ向かえば止めるような人はいないので問題ないのですが。
それに加え、アルと私が外へ移動すると、アルを守るようにしてルアンとカイン様が着いてくるので盗み聞きも出来ない状態になっています。
さり気なくそういったことをする二人はさすがというべきなのでしょうか。
「エリス……本当は、正式に婚約を交わしてからと思っていたのだが……。
やはり、今渡しておく」
アルから渡されたのはリングのついたチェーンでした。
リングの裏にはそれぞれの名が刻まれており、特注品だということがわかります。
表の模様は、蔦が複雑に絡み合っており、所々に散りばめられた青やピンクの宝石も澄んだ色で、かなりの高級品だということが伺えます。
「これは……?」
「婚約の証だ。
エリンスフィールでは、婚約中はこうして対になっているリングを首から下げるんだ。
そして、婚姻を交わすとき、チェーンを外し、互いの指にはめる。
その時にリングを交換するのは、婚約期間中肌身離さず持っていたリングを自分の代わりと見立てているからだそうだ。
意味としては、『何時いかなる時もあなたの傍に』だな」
つまり、これはアルの分身、ということなのでしょうか。
相手を守る、という意味も込められているようにも感じます。
「だから……これを持っていて欲しい」
アルが少し不安げに私を見つめてきます。
そんなアルに、私はクスリと笑って言いました。
「受け取れません」
「……そう、か」
アルは何か勘違いしているようです。
いえ、私が勘違いするような言い方をしたのが悪いのですが。
「だって、私はアルに渡すリングを用意していませんから。
なので、少し待っていてくれませんか?」
「っ……あぁ!」
私の言葉に、アルは嬉しそうに笑いました。
そんなアルの表情を見て、ふわふわとした気持ちになってくるのは、何故なのでしょうか?
0
お気に入りに追加
4,312
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
人生の全てを捨てた王太子妃
八つ刻
恋愛
突然王太子妃になれと告げられてから三年あまりが過ぎた。
傍目からは“幸せな王太子妃”に見える私。
だけど本当は・・・
受け入れているけど、受け入れられない王太子妃と彼女を取り巻く人々の話。
※※※幸せな話とは言い難いです※※※
タグをよく見て読んでください。ハッピーエンドが好みの方(一方通行の愛が駄目な方も)はブラウザバックをお勧めします。
※本編六話+番外編六話の全十二話。
※番外編の王太子視点はヤンデレ注意報が発令されています。
愚か者の話をしよう
鈴宮(すずみや)
恋愛
シェイマスは、婚約者であるエーファを心から愛している。けれど、控えめな性格のエーファは、聖女ミランダがシェイマスにちょっかいを掛けても、穏やかに微笑むばかり。
そんな彼女の反応に物足りなさを感じつつも、シェイマスはエーファとの幸せな未来を夢見ていた。
けれどある日、シェイマスは父親である国王から「エーファとの婚約は破棄する」と告げられて――――?
お姉さまは最愛の人と結ばれない。
りつ
恋愛
――なぜならわたしが奪うから。
正妻を追い出して伯爵家の後妻になったのがクロエの母である。愛人の娘という立場で生まれてきた自分。伯爵家の他の兄弟たちに疎まれ、毎日泣いていたクロエに手を差し伸べたのが姉のエリーヌである。彼女だけは他の人間と違ってクロエに優しくしてくれる。だからクロエは姉のために必死にいい子になろうと努力した。姉に婚約者ができた時も、心から上手くいくよう願った。けれど彼はクロエのことが好きだと言い出して――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる