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第九章 宮廷の陰謀と公爵夫人の計謀
6 宰相からの手紙
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「手紙がたくさん届いているわ。すぐに返事が必要なものはあるかしら」
食事を済ませると、ベルティーユは届いた手紙を一通ずつ確認し始めた。
「あら、珍しい。伯父様からオリヴィエール宛てに手紙だわ」
封筒の差出人と宛名をなんども確認しながら、ベルティーユは目を丸くした。
昨日のシルヴェストルの話を思い出したオリヴィエールは、「開けて読んでくれてかまわない」と告げる。
「近日中に、できるだけ早く、自分を訪ねて欲しいって書いてあるわ。それに、できればふたりで来て欲しいですって。伯父様がオリヴィエールを呼び出すなんて、どうしたのかしら」
宰相がわざわざダンビエール公爵宛に手紙を寄越したことが、ベルティーユにはよほど驚きだったようだ。
確かに、オリヴィエールはこれまで宰相と手紙をやりとりしたことはない。
王宮で顔を合わせても挨拶をするていどで、ベルティーユのように宰相の執務室を頻繁に訪ねることもない。
「なんとなく、予想はつく」
腹が満たされると眠気で瞼が重くなってきたオリヴィエールが、小声で答える。
「それは、良いこと? 悪いこと?」
「多分、そう悪い話ではないはずだ」
「まぁ、そうなの? でも、できるだけ早くって言われてもあなたは寝込んでしまっているし、どうしましょう。六日後くらいにお訪ねしますって返事をしましょうか。でも、六日後では遅いわね。わたしひとりで一度伯父様を訪ねてみるわ。それで、やっぱりオリヴィエールにも来て欲しいという話なら、もう一度一緒に行けば良いのだし」
「そう……だね」
外交官の話であれば、それなりに急ぐ話になるはずだ。
大使が無位のガスタルディ卿というのは気に入らないが、万が一の際にロザージュ王国で命を狙われるのは大使だ。部下の外交官であれば、いざとなれば大使を残してベルティーユを連れてラルジュ王国に逃げ帰ったとしても責められることはない。
宰相は息子を人質同然でロザージュ王国に大使として送るが、実務はダンビエール公爵夫妻に、ということなのだろう。つまり、最悪息子がダンビエール公爵夫妻に見捨てられることも想定していると考えるのが妥当だ。
シルヴェストルは、ベルティーユが政治に向いていると評価していた。彼女なら、従兄弟であっても情に流されずに見捨てるときは見捨てると言いたかったのかもしれない。
確かに、ベルティーユは情に流されないところがある。流されてくれない、と言うべきか。
自分の感情を優先するのではなく、周囲の状況を読んで行動することを幼い頃から訓練し続けてきたせいだろう。
新しい大使をロザージュ王国に送ることについては、できる早く決めたいと宰相が考えられるのは理解できる。
ロザージュ王国側に、国王と王女の不仲が伝わる前に大使を変えてしまう必要がある。
現在ロザージュ王国に駐留している大使は、残念ながら宰相の期待に応えるほどの働きをしていないのだろう。
王と王女の不仲の原因となりそうな元・王妃候補をロザージュ王国へ送り込み、王太后を隠居させるといった、不安要素をひとずつ潰していくしか、宰相が取るべき手はない。
ウィルベック公爵に関しては、宰相が一言耳打ちするだけで宮廷から去るだろう。
ダンビエール公爵家ほどの力を持たないウィルベック公爵家は、宰相に対抗するためには王太后が必要だ。その王太后も、アントワーヌ五世が成人した現在ではそれほど政治力はない。
「わたしひとりで伯父様を訪ねてきても良いかしら? お嫌なら、お手紙で用件だけ訊いてみましょうか?」
寝込んでいる夫の看病を放り出して出かけることは、さすが情に流されないベルティーユでも気が引けるらしい。
「手紙で済む用件なら、宰相も書いてきただろうから、訪ねるしかないだろうね。でも、今日は僕のそばにいてくれないか?」
「わかりました。じゃあ、明日わたしひとりで訪ねますと伯父様に返事をしておきますわ」
オリヴィエールの頼みをあっさりと受け入れたベルティーユは、他の手紙も開封し、返事を急ぐかどうか確認をした。
その後、ベルティーユは宰相に返事を書くと言って部屋を出て行った。
すぐに戻ってきてくれるだろうと思いながらぼんやりと頭上の天蓋を眺めているうちに、オリヴィエールは眠っていた。
目を覚ましたとき、部屋の中は暗かった。
寝台横の椅子にベルティーユの姿はない。
(僕が眠っているから、なにか用事でもしているのだろうか)
ベルティーユには屋敷内で女主人としての様々な用事がある。
毎日、夫の相手をしているだけではないはずだ。
(少し、腹が減ったな……)
まだ頭は痛いし、身体の節々にも痛みはあるが、空腹は感じた。
(呼んだら、来てくれるだろうか)
彼女が忙しくしているなら、使用人の誰かが来るだろう。
寝台の横にある脇机の上の呼び鈴に手を伸ばすと、三回振った。
現れたのは従僕のジャンだった。
そこで従僕が告げたのは、「奥様は宰相からの至急の呼び出しで王宮へ向かわれました」というものだった。
すぐに戻る、と言って侍女を連れて出かけたにもかかわらず、まだ戻ってきていない、王宮からなんの連絡もないのだ、と。
食事を済ませると、ベルティーユは届いた手紙を一通ずつ確認し始めた。
「あら、珍しい。伯父様からオリヴィエール宛てに手紙だわ」
封筒の差出人と宛名をなんども確認しながら、ベルティーユは目を丸くした。
昨日のシルヴェストルの話を思い出したオリヴィエールは、「開けて読んでくれてかまわない」と告げる。
「近日中に、できるだけ早く、自分を訪ねて欲しいって書いてあるわ。それに、できればふたりで来て欲しいですって。伯父様がオリヴィエールを呼び出すなんて、どうしたのかしら」
宰相がわざわざダンビエール公爵宛に手紙を寄越したことが、ベルティーユにはよほど驚きだったようだ。
確かに、オリヴィエールはこれまで宰相と手紙をやりとりしたことはない。
王宮で顔を合わせても挨拶をするていどで、ベルティーユのように宰相の執務室を頻繁に訪ねることもない。
「なんとなく、予想はつく」
腹が満たされると眠気で瞼が重くなってきたオリヴィエールが、小声で答える。
「それは、良いこと? 悪いこと?」
「多分、そう悪い話ではないはずだ」
「まぁ、そうなの? でも、できるだけ早くって言われてもあなたは寝込んでしまっているし、どうしましょう。六日後くらいにお訪ねしますって返事をしましょうか。でも、六日後では遅いわね。わたしひとりで一度伯父様を訪ねてみるわ。それで、やっぱりオリヴィエールにも来て欲しいという話なら、もう一度一緒に行けば良いのだし」
「そう……だね」
外交官の話であれば、それなりに急ぐ話になるはずだ。
大使が無位のガスタルディ卿というのは気に入らないが、万が一の際にロザージュ王国で命を狙われるのは大使だ。部下の外交官であれば、いざとなれば大使を残してベルティーユを連れてラルジュ王国に逃げ帰ったとしても責められることはない。
宰相は息子を人質同然でロザージュ王国に大使として送るが、実務はダンビエール公爵夫妻に、ということなのだろう。つまり、最悪息子がダンビエール公爵夫妻に見捨てられることも想定していると考えるのが妥当だ。
シルヴェストルは、ベルティーユが政治に向いていると評価していた。彼女なら、従兄弟であっても情に流されずに見捨てるときは見捨てると言いたかったのかもしれない。
確かに、ベルティーユは情に流されないところがある。流されてくれない、と言うべきか。
自分の感情を優先するのではなく、周囲の状況を読んで行動することを幼い頃から訓練し続けてきたせいだろう。
新しい大使をロザージュ王国に送ることについては、できる早く決めたいと宰相が考えられるのは理解できる。
ロザージュ王国側に、国王と王女の不仲が伝わる前に大使を変えてしまう必要がある。
現在ロザージュ王国に駐留している大使は、残念ながら宰相の期待に応えるほどの働きをしていないのだろう。
王と王女の不仲の原因となりそうな元・王妃候補をロザージュ王国へ送り込み、王太后を隠居させるといった、不安要素をひとずつ潰していくしか、宰相が取るべき手はない。
ウィルベック公爵に関しては、宰相が一言耳打ちするだけで宮廷から去るだろう。
ダンビエール公爵家ほどの力を持たないウィルベック公爵家は、宰相に対抗するためには王太后が必要だ。その王太后も、アントワーヌ五世が成人した現在ではそれほど政治力はない。
「わたしひとりで伯父様を訪ねてきても良いかしら? お嫌なら、お手紙で用件だけ訊いてみましょうか?」
寝込んでいる夫の看病を放り出して出かけることは、さすが情に流されないベルティーユでも気が引けるらしい。
「手紙で済む用件なら、宰相も書いてきただろうから、訪ねるしかないだろうね。でも、今日は僕のそばにいてくれないか?」
「わかりました。じゃあ、明日わたしひとりで訪ねますと伯父様に返事をしておきますわ」
オリヴィエールの頼みをあっさりと受け入れたベルティーユは、他の手紙も開封し、返事を急ぐかどうか確認をした。
その後、ベルティーユは宰相に返事を書くと言って部屋を出て行った。
すぐに戻ってきてくれるだろうと思いながらぼんやりと頭上の天蓋を眺めているうちに、オリヴィエールは眠っていた。
目を覚ましたとき、部屋の中は暗かった。
寝台横の椅子にベルティーユの姿はない。
(僕が眠っているから、なにか用事でもしているのだろうか)
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(少し、腹が減ったな……)
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(呼んだら、来てくれるだろうか)
彼女が忙しくしているなら、使用人の誰かが来るだろう。
寝台の横にある脇机の上の呼び鈴に手を伸ばすと、三回振った。
現れたのは従僕のジャンだった。
そこで従僕が告げたのは、「奥様は宰相からの至急の呼び出しで王宮へ向かわれました」というものだった。
すぐに戻る、と言って侍女を連れて出かけたにもかかわらず、まだ戻ってきていない、王宮からなんの連絡もないのだ、と。
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