上 下
34 / 73
第六章 公爵夫妻の蜜月

3 城館での夜 -浴室にて-

しおりを挟む
 ベルティーユがダンビエール公爵夫妻のために用意された客室に戻ると、すでにオリヴィエールは遊戯室から戻っていた。
 多少疲れた表情を浮かべているのは、接待撞球ビリヤードで神経を磨り減らしたからだろう。
 こういうものは年長者を立てることになっているので、最年少であるオリヴィエールは得意な競技であってもそこそこ手を抜くことが求められる。

「お疲れのようですね、旦那様」
「え? あ、うん。そうだね」

 戻ってくるなりいつもとは違う様子のベルティーユに、オリヴィエールは調子が狂ったのか目を丸くした。

「では、お風呂に入って疲れを癒やしてくださいませ! わたしがお背中をお流ししますわ!」
「……貴女が? 一緒に入る、と?」
「はいっ!」

 疲れているときは風呂に入ってゆっくり身体をほぐすのが一番だとベルティーユは考えた。

「お湯に香油を入れると、香りで気持ちが穏やかになりますし、肌にも優しいんですのよ。ミネット! わたしの荷物の中に加密列カモミールの香油があったわよね。あれを出してちょうだい」
「はい、奥様」

 それから間もなく、簡素な日常着に着替えたベルティーユは笑顔で浴室にオリヴィエールを招き入れた。
 ほうろうの湯船にはたっぷりの湯が注がれ、湯気が浴室に充満している。
 ベルティーユが湯に入れた加密列の香油の柔らかな香りが辺りに漂っていた。

「さぁ! 旦那様。どうぞ入ってくださいませ!」

 意気揚々とベルティーユは腕まくりをしながら湯船を手で示す。

「――――――はい」

 すこしだけ残念そうな表情を浮かべたオリヴィエールは、部屋着を脱ぐと、湯船に入る。
 侍女と家令はさっさと部屋から出て行っていた。ふたりはこの展開をほぼ正確に予想していたが、公爵夫人が疲れている夫を癒やそうとする心意気は強く感じていたので、特に止めることはしなかった。
 風呂の中で公爵がのぼせやしないかだけを、家令は心配した。

「では、お身体を洗いますね」

 湯気であまりよく見えないせいか、オリヴィエールが素早く湯船に入ったせいか、ベルティーユは蒸気で頬を火照らせながらもタオルを掴んで湯船に近づいた。
 タオルに石鹸をつけると、ベルティーユはさっそくオリヴィエールの背中を擦り始める。人の身体を洗ったことなどないベルティーユがすると撫でるようなものだったが、オリヴィエールは気持ちよさそうに目を細めた。

「お湯加減はいかがですか? 旦那様」
「気持ち良いよ。すこしくすぐったいけど」
「そうですか! それはよろしゅうございましたわ!」
「できれば前の方も洗ってくれると嬉しいのだけど」
「まぁ、そうですね」

 ベルティーユがタオルを握り直してオリヴィエールの胸を擦る。

「もうすこし、下の方も」
「あ、はい!」

 快活にベルティーユが返事をして、さらに湯の中にタオルを浸けようとすると、その手首をオリヴィエールがさっと掴んだ。

「旦那様?」
「もしかして、ラクロワ伯爵夫人になにか妙な入れ知恵をされたのかな」
「入れ知恵?」
「どうも貴女らしくない」
「わたしらしくないとは?」

 目を丸くしたベルティーユはおう返しに訊ねた。
 湯船の中からは加密列カモミールせっけんの香りが湯気に混じって漂っている。
 灯りが乏しく薄暗い浴室では、オリヴィエールの表情がよく見えなかった。

「貴女になにか吹き込むとすれば伯爵夫人以外には考えにくいけれど……まさかあの護衛とか」
「誰がなにをわたしに吹き込んだとおっしゃるんですか?」
「おかしな『新妻の心得』みたいなものを、だよ」
「『おかしな』? なにかわたしはおかしなことをしましたか?」

 軽く首を傾げ、ベルティーユはとぼける。
 アレクサンドリーネやディスからの助言があったことは確かだが、それが『おかしな』ものであるという意識は彼女の中にはなかった。
 とはいえ、オリヴィエールがアレクサンドリーネの助言をあまり快く思っていない様子である以上、親友からはなにも聞いていないふりをするのが得策だと考えた。

「僕をのぼせさせようって魂胆かな」
「のぼせさせる……旦那様は熱いお風呂でのぼせやすい方ですの?」
「その『旦那様』という呼び方もなんか引っ掛かるのだけど、そうではなく、貴女は僕を溺れさせてどうするつもりかってことだよ」
「溺れるほどお湯は入っていませんけど?」

 浴槽の中の湯はオリヴィエールの胸の下が浸かるていどだ。
 顔を沈めれば溺れることもあるだろうが、大人が簡単に溺れる深さではない。

「僕が、貴女に溺れて死にそうなんだ」

 オリヴィエールは空いている片手でベルティーユの腰を掴むと、そのまま浴槽の中に引きずり込んだ。

「きゃっ」

 服のまま浴槽の中に飛び込んでしまったベルティーユは、水を吸って重くなったスカートが足に絡みついてきたので焦った。
 すこし冷め始めている湯はそう熱くはなかったが、狭い浴槽の中で水飛沫が顔にかかり、戸惑う。

「その様子だと、伯爵夫人は具体的な指示を出したわけでないようだね」
「だから、なんのことをおっしゃってるの!?」

 服が濡れて肌に貼り付き不快だった。
 ベルティーユは多少苛立ちながらオリヴィエールの腕を振り払おうとしたが、そのまま強く抱きすくめられる。

「溺れる者は藁をも掴むって言うけど、僕の場合は貴女だな」
「ちっとも溺れていらっしゃらないじゃないですか!」

 ベルティーユは抗議したが、オリヴィエールは薄く微笑んだだけだった。

「溺れて息ができなくて死にそうだよ。ほら――」

 片手でベルティーユの顎を掴むと、オリヴィエールは口づけた。

「ふっ……んっ」

 唇に噛み付くように口づけてきたオリヴィエールは、ベルティーユの呼吸を奪うように熱い舌を差し込んできた。
 さらに、浴槽の隅にベルティーユを追い込むと、胸板を押し付けて動きを奪う。
 湯の中でうまく動けない彼女の下穿きをすこし手間取りながらも脱がせ、オリヴィエールは彼女の細い腰を抱き寄せた。
 ベルティーユは内股にオリヴィエールの大きな手が這うの感じたが、抵抗しようにも唇は封じられ、息も絶え絶えの状態だ。
 相手の太い指が秘所に触れるのを感じた途端、全身に震えが走る。
 指だけではなく、固く熱いものが内股を刺激するのを感じた。

「貴女の白い肌が薔薇色に染まっているのは湯のせい? それとも、この行為のせい?」

 わずかに唇を離し、オリヴィエールはベルティーユの瞳を凝視しながら訊ねる。

「本当に貴女が無意識で僕を溺れさせようとしているのだとしたら、溺れる僕は貴女を掴んで離さないから――覚悟して」
「え?」

 意味がわからず問い返そうとするベルティーユの唇を再び塞ぐと、オリヴィエールの指は彼女の秘裂の中に入った。

「濡れてる、のかな。僕の方がそろそろ限界だから――」

 ベルティーユの中を指で擦って刺激していたオリヴィエールは、耳たぶを軽く噛むと、舌を首筋に這わせた。
 熱い舌が鎖骨から胸元へと下がったところで、オリヴィエールはそこに顔を埋めた。
 同時に、ベルティーユの中から指が抜かれ、腰が湯の中でふわりと浮く。

「あ……んっ!」

 ずっしりとした熱の塊が一気にベルティーユの中に押し込まれた。
 目の前で火花が散り息が詰まりそうになる。
 思わずオリヴィエールの頭にしがみつく。

「そんなに、締め付けない、で――」

 オリヴィエールが苦しげに訴えるが、ベルティーユはどうすることもできない。

「……貴女が誰かの入れ知恵でこんな振る舞いをしているのでなければ、嬉しいのだけど」

 ゆっくりとベルティーユの中を揺らしながら、オリヴィエールはそっと囁く。
 それがなにを意味しているのか考えられるほどの余裕が、ベルティーユにはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と溺愛のrequiem~

一ノ瀬 彩音
恋愛
婚約者に裏切られた貴族令嬢。 貴族令嬢はどうするのか? ※この物語はフィクションです。 本文内の事は決してマネしてはいけません。 「公爵家のご令嬢は婚約者に裏切られて~愛と復讐のrequiem~」のタイトルを変更いたしました。 この作品はHOTランキング9位をお取りしたのですが、 作者(著者)が未熟なのに誠に有難う御座います。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

ハズレ嫁は最強の天才公爵様と再婚しました。

光子
恋愛
ーーー両親の愛情は、全て、可愛い妹の物だった。 昔から、私のモノは、妹が欲しがれば、全て妹のモノになった。お菓子も、玩具も、友人も、恋人も、何もかも。 逆らえば、頬を叩かれ、食事を取り上げられ、何日も部屋に閉じ込められる。 でも、私は不幸じゃなかった。 私には、幼馴染である、カインがいたから。同じ伯爵爵位を持つ、私の大好きな幼馴染、《カイン=マルクス》。彼だけは、いつも私の傍にいてくれた。 彼からのプロポーズを受けた時は、本当に嬉しかった。私を、あの家から救い出してくれたと思った。 私は貴方と結婚出来て、本当に幸せだったーーー 例え、私に子供が出来ず、義母からハズレ嫁と罵られようとも、義父から、マルクス伯爵家の事業全般を丸投げされようとも、私は、貴方さえいてくれれば、それで幸せだったのにーーー。 「《ルエル》お姉様、ごめんなさぁい。私、カイン様との子供を授かったんです」 「すまない、ルエル。君の事は愛しているんだ……でも、僕はマルクス伯爵家の跡取りとして、どうしても世継ぎが必要なんだ!だから、君と離婚し、僕の子供を宿してくれた《エレノア》と、再婚する!」 夫と妹から告げられたのは、地獄に叩き落とされるような、残酷な言葉だった。 カインも結局、私を裏切るのね。 エレノアは、結局、私から全てを奪うのね。 それなら、もういいわ。全部、要らない。 絶対に許さないわ。 私が味わった苦しみを、悲しみを、怒りを、全部返さないと気がすまないーー! 覚悟していてね? 私は、絶対に貴方達を許さないから。 「私、貴方と離婚出来て、幸せよ。 私、あんな男の子供を産まなくて、幸せよ。 ざまぁみろ」 不定期更新。 この世界は私の考えた世界の話です。設定ゆるゆるです。よろしくお願いします。

処理中です...