トイ・チルドレン

プロローグ

　それは人知れず行われた。
　
　真夜中の病院。
　桐ケ谷きりがや沙都希さつきは今日のお昼に生まれた自分の赤ん坊を抱いたまま、誰もいない薄暗い廊下を歩いている。
　廊下に響くのは胸に抱いた赤ん坊の泣き声だけだ。
　
　普段なら看護師が飛んでくるだろうが、今日だけはやってくることはない。
　疲れてそれどころじゃないんだろう。
　これは当直の看護師を責めるのは酷というものだ。
　
　だが、しかし。
　このことが後に大きな事件に発展するとは誰しも思わなかっただろう。
　当事者である沙都希でさえも。
　
　
　沙都希はある部屋の前で立ち止まり、扉を開けた。
　そこには数多くの赤ん坊が眠りについている。
　
　沙都希は抱いていた赤ん坊をベッドに寝かせた。
　そして、上唇が縦に避けた自分の赤ん坊をジッと見つめる。
　その目に次第に涙が浮かび始める。
　
「幸せになってね。――由衣香ゆいか」
　
　そう呟いた。
　
　これが、沙都希が１７歳のときの出来事である。
　
　そして事件はこの１７年後に起こったのだった。