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手塚の罠

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 朝霧さんの前で格好つけてピーターパン協会と戦うなどと言ったが、それは簡単なことではない。
 また、戦うとしても二通りのやり方がある。

 一つ目。
 協会のメンバーを皆殺しにする。

 これは文字通り協会自体を潰すというやり方だ。
 ただしこれは本当に殺すわけにはいかず、まあ半殺し程度にするのが妥当だろう。
 しかし、その場合は回復した奴らが再び活動をすることになるため、実際のところ協会を潰すのは難しい。
 この方法をとるとしたらピーターパン協会と対極となる組織を結成して戦っていかなくてはならない。
 とてもじゃないが俺ひとりでは手間がかかりすぎる。

 レジスタンスとしてゲリラ的にピーターパン協会を襲撃するという長期的な戦いをしかけることとなる。

 二つ目。
 協会のトップの座に着き、協会理念を変える。
 これは協会自体を作り変えることになり、潰すことを考えれば手間や時間はかからないだろう。
 現実的にはこの方法が一番手っ取り早く確実なはずだ。
 が、協会のトップの座につくこと自体、今の俺の立場だと絶望的となってしまっている。
 俺は現在反逆者なのだ。そんな人間が協会の会長などになれるほど甘い組織ではない。

「というわけで、二つの方法を合わせることにする」
「えっと、どういうことですか?」

 二ノ下病院の待合室。
 そこに俺と朝霧さんは並んで座っている。
 大きな病院で人が多いことと、俺たちの他にも数人制服を着てるやつらがいるのでそれほど目立つことはない。
 外にいるよりリスクが低いため病院内で作戦を立てている。

「俺が協会のトップになれないなら、トップになったやつを操ればいいことだ」
「……?」

 俺の言葉がピンとこないのか、顎に指を当てて首を傾げている。

「現支部長の弱みを握って、その弱みにつけこんでこちらの要求を飲ませるんだ」
「……なるほどです!」

 ポンと手をついて納得したような表所を浮かべた。

「さすがお兄ちゃんです。そんな作戦を思いつくなんて、まるで小説の主人公みたいで格好良いですよ!」

 ニッコリと微笑んで俺を見てくる。
 ……褒められるのは嬉しいが、我ながら下衆の極みの作戦だ。
 そこに気づかない朝霧さんの将来が少しだけ心配になる。

「でも、弱みってどうやって握るんですか?」
「本来であれば尾行などをして探るんだが、今はそんな時間はない」
「困りましたね……」
「大丈夫だ。探る時間がないなら、こちらから弱みを作り出せばいい」
「……?」

 またもクリっと首を傾げる。
 ……俺は朝霧さんのこの姿を見たくてわざと難しい言い方をしているのかもしれない。
 もっと見たい気もするが本当に今は時間がない。

「つまり、支部長に恥ずかしい格好をさせてそれを写真に撮る。それをバラまかれたくなければ言うことを聞けと言うんだ」
「ああ。なるほどです」

 納得したのかコクコクと頷いている。
 それにしてもこんな外道な作戦ばかり立てて、さらにバカ正直にそれを話して嫌われるのではないかと一瞬頭をよぎったがキラキラと目を輝かせて俺を見ているのでそれはないだろうと思う。

「よし。行くぞ」
「はい! 頑張ります!」

 両手をグッと握って自分に気合を入れるその姿は可愛らしくて、逆にこちらの気合が抜けてしまいそうだった。
 本当に見ていて飽きない。家で飼いたいくらいだ。
 病院内の掲示板を見ると個室は五階に集まっている。
 エレベーターに乗って五階まで上がった。
 待合室には誰もいない。

「朝霧さんはここに座って待っていてくれ」
「え? でも……」
「大丈夫だ。俺を信用してくれ」

 ニッと笑い親指を立ててみせる。
 我ながら柄じゃないことをしてしまったと思ったが、朝霧さんは頬を赤く染めて頷いた。

「お兄ちゃんを信じて、ずっと待ってますね」
「すぐ戻る」

 待合室を出て、慎重に廊下を歩く。
 朝霧さんを置いてきたのは機動力を下げないのと人質にされることを避ける他に、俺が支部長にすることを見られないためだ。

 いくら朝霧さんといえどもその光景を見ればトラウマになるだろう。
 俺は支部長の人生を終わらせるほどのものを写真に収めるつもりなのだ。

「っと。危ない」

 廊下を曲がった瞬間、視界の端に人影が見えて慌てて戻る。
 ポケットから鏡を出して人影が見えた廊下の方向を写す。

「……なるほど。確かにあれは目立つな」

 鏡に写ったのは黒いスーツ姿の男が二人。
 病室のドアを守る番人のように背筋を伸ばして立っている。

 しかもご丁寧にサングラスまでしていた。
 もちろん屋内だから日の光りが入ってくることはないし、近くに窓もない。完全に雰囲気でしているのだろう。
 スーツ姿なのに顔や体型は完全に高校生そのものだ。無理して背伸びしている感じが見ていて痛々しい。

 支部長を護衛しているのは五人とカオルが言っていたから病室内に三人いるということか。
 かえってやりやすい。二人くらいなら声を出させる前に倒すことができる。
 部屋に入ってさえしまえばこちらのものだ。
 一気に三人相手にするのは少々キツイが、出口を抑えられるから応援を呼ばれることもないし、室内だから囲まれるということもないだろう。

 しゃがみこんで廊下に鏡を置く。
 そして男達に向かって鏡を滑らせる。

「ん? 鏡?」


 視線を下に向けた瞬間に廊下に飛び出し、一気に間合いを詰める。
「な、なんだ! お前は……」
「ぐおっ!」

 一人目は顎を右ストレートで打ち抜き、もう一人はこめかみにカスるようにハイキックを繰り出す。
 プツンと糸が切れた人形のようにその場にへたりこむスーツの男たち。
 ドアに耳を当てて中の様子をうかがう。

 何も聞こえない。
 どうやら今の声に気がつかなかったようだ。
 ゆっくりと病室のドアを開ける。

「ん? もう交代の時間……がっ!」

 ドアの前に立っていた、同じく黒スーツとサングラスをかけた男の顔面を殴る。
 殴られた男が思いっきり吹っ飛び、ベッドの近くに待機していた男にぶつかって二人とも倒れた。
 他に護衛がいないかを確認するためにざっと部屋を見渡す。

 窓一つない、白い壁の真四角な部屋。広さは七畳ほど、といったところか。
 その中央にぽつんとセミダブルのベッドが置かれている。
 そのベッドに上半身だけを起こしてこちらを微笑みながら見ているのは河野支部長だ。
 黒い短髪に黒縁の眼鏡。対照的に全くと言っていいほど血の気を感じない、白い肌。

「やあ、新藤くん。久しぶりだね。調子はどうだい……がふっ!」

 人の良さそうな笑みを浮かべたまま、大量の血を吐く。

「支部長よりは元気ですよ」
「そっか、そっか。それは良かった」

 表情を変えず、パジャマの袖で口元の血を拭う。
 布団も真っ赤に染まっているが、黒く変色した部分があることから、病院側で変えるのを諦めたというのがうかがえる。
 まあ、こう頻繁に吐かれたら誰だって心が折れるだろう。
 現に支部長が入院する前は、執務室がさながら惨殺現場のような状況だった。新入の隊員などは最初怯えていたが、一ヶ月ですぐ慣れていく。
 それも我が支部では名物のようになっている。

「で? 今日はどうしたのかな? もしかして、僕のお見舞い? だったら嬉しいんだけど、禁止事項だから君を叱らないといけなくなるんだよなぁ……」

 困ったように頭をポリポリと掻く。
 護衛を叩きのめして部屋に乱入してきたことの方がよっぽど重大なことだと思うんだがな。
 相変わらず度量が大きいのか、ただの馬鹿なのか計り知れない人だ。

「心配はいりません。お見舞いではなく、頼みごとがあって来たんです」
「頼み? へえー。新藤くんが? 珍しいね。うん。いいよ」
「内容を聞かずに二つ返事ですか……」
「だって、君が頼みごとをするなんて、よっぽどのことでしょ。それなら僕は何だってやるよ」

 人を疑うということ微塵にも思っていない、まっすぐな目で俺を見ていた。

 正直、支部長には在学中……いや、一生かかっても返しきれないほどの恩がある。
 支部長に出会わなければ、協会の存在を知らずに生き甲斐を持つことなく慢性的な空しさを感じながら今も生活していただろう。
 そんな恩人に対して俺は、一生拭いきれない心の傷を植え付けようとしている。

 さすがに氷とすら噂される俺の心も躊躇を覚え――
 ――ないな。

 平気だ。
 逆にこの人を屈服させることができるか試してみたいと言う気持ちのほうが強い。

 クックック。
 燃えてきた。

「支部長。俺のために死んでください。世間的に」
「ふふふ。新藤くんらしいお願いだね。しょうがないなぁ。で? 僕は何をすればいいのかな?」
「いえ。支部長は何もしなくても結構です。強いて言えば、声を上げないでいただけると助かります」
「ふうん。そんなことで、いいのかい? わかった。黙っていればいいんだね」

 もし、神という存在がいるなら俺は初めて感謝するかもしれない。
 聖人すら凌駕する器を持った人間を壊せるという機会を与えてくれたことに。

 ゴキゴキと指を鳴らして支部長に一歩踏み込んだ刹那。
 勢い良くドアが開き、人が流れ込んでくる。
 機動隊が持つような金属製の盾と警棒を装備した奴らに囲まれてしまう。

 ――こいつら、特務部隊か。

「くっ!」
「ぐぶぶぶ。新藤。君の暴挙もここまでだ」

 ドアの枠に収まらず、腹を自分の手で押し込みながら、なんとか部屋に入ってきた巨漢。

「……手塚」
「君らしくない行動だったな。……いや、やっと本性を現したということか」

 七三の髪をポマードでがっちりと固めた分厚い瓶底眼鏡の男は、全身の贅肉を震わせながら笑ったのだった。
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