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観覧車

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 観覧車にマチと向かい合って座る。
 徐々に上へと上がって行く観覧車。

「うわー。綺麗」
 観覧車の窓に張り付いてガキのようにはしゃぎながら夜景を見ているマチ。
 マチをナンパしていた三人組は警備員に連れて行かれ、俺たちの様子を見ていた人たちが事情を説明してくれたおかげで俺たちは連れて行かれずにすんだ。
 さらに観覧車の長い列を並んでいると「先にどうぞ」と言ってカップル達が譲ってくれたので思ったよりも早く観覧車に乗れた。

 怪我の功名というやつか。

「ねえ、見て見て、ナツほら! あそこ、学校じゃない?」

 マチが指差した方向には確かに明稜学園が見える。
 別に学校が見えたところでなんの感動もない。
 どうしてこいつはそんなくだらないことでこんなにもはしゃげるんだろうか。
 ちょうど観覧車が円の頂点に来たときだった。
 テンションが上がっていたマチが急に静かになり、椅子に座ってまっすぐ俺の方を見る。

「ねえ、ナツ。どうして助けてくれたの?」
「……ん?」
「やっぱり弱みを握られてるから?」
「まあ、そうだな」
「もし、あの写真がなかったら助けてくれなかった?」

 真剣な表情で俺を見てくる。
 俺は大きくため息をつく。

「お前の目には、俺は困ったやつを簡単に見捨てるほど非道な人間に写ってるのか?」
「うん」

 あっさりと頷きやがった。

 ――まあ、そういうこともあるかもしれんがな。
 それはあくまで腐れビッチの場合だぞ。

「こう見えても俺は仲間を大事にする方だ」

 協会隊員を粛清するのは、あくまで規則違反をした場合で、それはすでに仲間ではなくなったからこそ非情になれるというものだ。

「困ってる仲間がいれば助けてやるくらいの甲斐性はある」
「……仲間か」

 俺の言葉が気に入らなかったのか口を尖らせるマチ。
 仕方がない。少しサービスしてやるか。

「仲間というよりは宿敵だな。お前が簡単にやられると、俺まで弱い感じがするからな」
「なによ、それ」

 マチがプイと外に視線を向ける。
 どうやらその言葉も気に入らなかったらしい。
 ある意味認めてやってるというのに贅沢な奴だ。

「小学校の時にね。さっきみたいに男に声をかけられたことがあるんだ」

 外に顔を向けたままポツリとつぶやくように言い出す。

「そのときはね、三人じゃなくて一人だったんだけど……」
「なんの話だ?」
「三十歳くらいのおじさんだったの。急に声をかけてきて、すごくビックリした」

 まったく俺の問いかけに応える気はないようだ。何を言ってもどうせ無駄だろう。
 俺は椅子の背もたれに寄りかかりぼんやりとマチの話を聞き始める。

「怖くて何にも言えない私の手を掴んで、おじさんは私を連れて行こうとしたの」
「世の中にはもの好きが多いんだな。さっきの男どももしかり」

 マチはクスクスと笑って、俺の方を見る。

「こう見えてもね、私って子供の頃はお人形さんみたいに可愛らしかったのよ」
「ふん。そういうことにしといてやる」

 こいつが可愛かっただと? しかも人形のように?
 まあ、かなり自分の中で補正がかかっているんだろう。

「でね、連れて行かれそうになったとき、男の子が助けてくれたの」
「……ほう」
「私と同じくらいの男の子だよ。まだ小学校の男の子が、三十歳のおじさんの股間を蹴ったの」
「……えぐいことするガキだな」
「おじさんがひるんだところを、私の手を掴んで一緒に逃げてくれたんだ」
「……ん?」

 この話の流れ……どこかで聞いたことがあるような――。

「安全なところまで連れて行ってくれて『大丈夫だった?』って笑いかけてくれたの」
「……」
「すっごい嬉しかった。それで、私もその男の子みたいになりたいなって思って、色々スポーツとかやり始めたんだ」

 やっぱりよくわからん。
 そこは憧れて強くなろうと思うか?
 男ならわかる話だが、女が助けられた男に憧れて強くなろうとするなんて、ズレている気がする。

「その男の子がね、ちょっとナツに似てたんだ」

 顔を真っ赤にしてマチが俺の顔を見る。
 俺の方も改めてマチを見返してみた。
 いつもとは違い、女らしい格好。
 うっすらと化粧がされていて大人っぽく見える。

 顔立ちは確かに整っていて美人と言っていい。
 改めて見てみるとさっきの馬鹿三人組や子供の頃のマチに声をかけたおっさんの気持ちもわからんでもない。


 朝霧さんとは違った可愛らしさというのを感じ――いや、何を考えているんだ、俺は。
 俺の好みはあくまで少女だ。こんな男っぽい女じゃないはず。
 若干心拍数が上がっているのも高いところにいるせいだ。

 吊り橋効果とはよくいったものだな。
 落ち着こうと思い、マチから視線を逸らそうとしたときだった。
 俺の視界にあるものが映った。

「マチ。それ……そのバッチ、どこで手に入れた?」
「ん? え? これ?」

 今まで気づかなかったのが不思議だった。
 マチの襟のところに小さなバッチがついている。

「えっと……。男の子からもらったんだよ、確か」
「助けてもらったとかいう奴にか?」
「ううん。別の人。同じクラスの男の子で、あんまり話したことないのに急にもらったの」

 心臓がバクバクと大きく高鳴り始める。

「なんかね、幸運のお守りだからずっと身につけてて欲しいって言われたんだ」

 ――そのセリフ。間違いない。
 そう。
 マチの襟についているのはピーターパン協会が保護対象に贈るバッチだった。

 まさか、こいつが保護対象だったとは。
 協会はあくまで、可憐で可愛らしい少女が対象だ。

 ということはさっき、こいつが言った人形のように可愛かったというのは本当だと証明されたということだ。
 確かにこいつが髪を伸ばし、今のように女の子らしい格好をしていたとしたら……。

 現在は少女というには無理があるほど成長しているが、こいつが小学生の頃を想定して考えてみると保護対象になっていてもおかしくない気がする。
 さらに俺の心臓は先ほど浮かび上がった疑惑で、心拍数をさらに上昇し始めた。

「マチ。その男の子に助けられた場所は……駄菓子屋じゃなかったか?」
「え? んー?」

 首をひねって考え始めるマチ。

 俺の考え過ぎか?
 いくらなんでもそんなわけないよな。

「あ、うん。確かそうだったかも」
「……」

「夏だったから、暑くてソーダーを飲もうと思ってお店に入ったら、あとから入ってきたおじさんに声をかけられたんだよ、確か」

 俺の中の歯車が音を立ててハマっていくのが聞こえる。

「男の子は先にお店にいたと思ったよ」

 ――こいつが……まさか。
 あのときの……俺の初恋の少女なのか?

「え? な、なに? ジッと見つめて……。恥ずかしいんだけど」

 顔をピンク色に染めて下を向いては、また俺の方をチラリと見る。
 目が合うと恥ずかしそうに視線をそらせるマチ。
 それを何度も繰り返している。
 俺の頭の中は真っ白になって、ただただマチから視線をそらすことができなかった。

「ナ、ナツ。あのね、私ね。ナツのことが……」

 マチが何かを決心したかのように俺を見つめて口を開いた瞬間、ガタンと観覧車が止まる。

「観覧車、楽しんでいただけましたか?」

 店員がドアを開けて早く降りろと言わんばかりに手を差し伸べてきたのだった。
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