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忘れていた計画

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 望亜のあくんが復帰した新曲お披露目ライブは、ケモメンをさらに盛り上げた。
 ファンの中では伝説のライブとして語り継がれている。
 
「はい、オッケーです。お疲れさまでした」
「「「お疲れさまでした。ありがとうございました」」」
 
 ディレクターの言葉に、圭吾けいご盛良もりよしくん、望亜くんがぴったりと声を合わせて返す。
 今日は音楽番組の収録だったのだ。

 それにしても、驚いたのは望亜くんだ。
 今まではこういうときでも、ほとんど声を出していなかった。
 口は動いていたので、多分、口パクだったんだと思う。
 
 でも、復帰してからはああやって、ちゃんと声を出すようになった。
 そして、笑顔も多くなった気もする。
 
 麗香れいかさんも明らかに変わったと驚いている。
 それにはファンも気づいているようで、事件によって望亜くんが覚醒した、なんて言われているようだ。
 
「お疲れさまでした」
 
 私も3人に声を掛ける。
 
 すると突然、望亜くんが私に抱き着いてくる。

「ちょ、ちょっと! 望亜くん!?」
「お姉ちゃん、僕、頑張ったよ」
 
 耳元で優しく囁くように言う望亜くん。
 
「が、頑張ったね、望亜」
「えへへへ」
 
 望亜くんが満足そうに笑って、離れてくれる。
 頑張ったとき、お姉さんにいつも、そうやって褒めてもらっていたそうだ。
 その言葉だけで、いつもより頑張れるらしい。
 
 確かに、今回の収録は歌もダンスも、トークも頑張っていた。
 以前の望亜くんからは考えられないくらい。
 
「はいはい、次の現場行くわよ」
「麗香さん、仕事入れすぎ……」
 
 盛良くんが口を尖らせながらも、頭の後ろで手を組みながら麗香さんの後に続く。
 最近の盛良くんはなんだかんだ文句を言いつつも、駄々をこねなくなった。
  
 今のケモメンの勢いのまま突き抜けようと気合が入っているのかもしれない。
 
「お姉ちゃん、行こ」
「あ、うん」
 
 望亜くんが私の右手を握り引っ張るようにして歩き出す。
 
 こういうところも本当に変わった。
 今までだったら、いつの間にかいなくなっていたのに。
 
 でも、なんていうか……。
 可愛い。
 子犬のような可愛さだ。
 懐いた子犬が離れてくれないみたいな感じ。
 
 こうしてみると、本当に弟みたいに思えてくる。
 ……年上なんだけど。
 
「最近、望亜だけズルいよ」
 
 今度は圭吾に左手を繋がれた。

「え?」
 
 圭吾の顔を見上げると、口を尖らせていた。
 
 3人手を繋いで歩くという構図だ。
 
 ……なんか引率されている子供みたい。
 
 とにかく、あの日以来、望亜くんは何かとスキンシップしてきて、それにつられるように圭吾もスキンシップするという流れが多くなったのだった。
 
 そのせいで、私の心臓はいつも高鳴ってばっかりだ。
 
 
 
「そういえば、犯人って捕まってないんだよぁ」
 
 盛良くんの家。
 今日は久しぶりに送った後にご飯を作ったのだ。
 最近は本当に望亜くんを送っていくことが多い。
 というより、望亜くんが放してくれない。
 
「え?」
「ほら、望亜を突き落としたやつだよ」
「そっか……。そうだったね。だから、麗香さんが必ず人通りの多いところを通れって言ってたのか……」
 
 盛良くんは私が作ったオムレツにアンコを付けて食べている。
 本当になんにでもアンコをつけるなぁ、盛良くんは。
 
「警察は何やってんだろうな」
「仕方ないですよ。手がかりは女ってだけですから」
「ふーむ……」
 
 両手を頭の後ろで組み、背もたれにもたれ掛かかる。
 
「……って、赤井あかい。お前、忘れてることねーか?」
「忘れてること……ですか?」
「今までは望亜がああなってたから、何も言わなかったけどよぉ」
「……えーっと」
 
 忘れてること、忘れてること……。
 なんだろ?

「……由依香ゆいかさんとは進展してるのか?」
「あっ!」
 
 すっかり忘れてた。
 私は盛良くんの恋を応援するために、由依香さんと仲良くなるっていう作戦中だったんだった。
 
「おまえなぁ……」
「で、でも、結構、メールしてますよ」
「へえ……」
 
 興味なさそうな声を出しているが、気になっているようでチラチラとこっちを見ている。
 
「今は忙しいから、落ち着いたらまた遊びに行きましょうって言ってありますよ」
「でかした!」
「……でも、ケモメンの活動がしばらく忙しいと思いますけど」
「うっ!」
 
 頭を抱える盛良くん。
 
「そうなんだよな。忙しすぎんだよ。おかげで大学でも、あんまり由依香さんに会ってねーし」
「あの、私、麗香さんに言ってみましょうか? 少しメンバーを休ませた方が良いって」
 
 ガバっと顔を上げて、私の手を握ってくる。

「頼んだ! できれば1週間くらい休ませてくれ」
「……さすがにそれは無理です」
 
 
 
 次の日、私は学校が終わってからすぐに事務所に向った。
 
「……んー。休み、ねぇ」
「はい。最近は土日もないですし、たまにはゆっくりお休みをとらせてはどうかなって」
「休みかぁ……」
 
 スーツの内ポケットからスケジュール表を出して、開く麗香さん。
 万年筆の蓋を口で咥えて、抜く。
 
 そして、ガリガリとスケジュール表に何やら書き込んでいる。
 スケジュールを調整してるのだろうか。

「……」
 
 部屋の中には麗香さんの万年筆のガリガリという音だけが響いている。
 私はなんとか休みが捻出されることをひたすら祈る。

「ん!」
 
 麗香さんは口に咥えていた蓋を手に取り、閉める。
 
「2週間後の日曜日を休みにするわ」
 
 私は小さくガッツポーズをしたのだった。
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