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戻せない時間

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 マネージャーとして仕事するときは、家に帰って来るのは圭吾けいごよりも遅い。
 いつも盛良くんを家に送り届けて、高確率で晩御飯を作ってから帰るから。
 
 だから、圭吾が帰って来るよりも先に家に帰ってこられたのは本当に久しぶりだった。
  
 たまには私が晩御飯を作ろう。
 そう思って帰るときにスーパーによって食材を買った。
 最近は盛良もりよしくんに作ってあげているのと、望亜のあくんが料理を作るのを手伝ったりしていて、結構、料理の腕が上がってると思う。
 ……そう思いたい。
 
 献立はビーフシチューに決めた。
 しっかりと煮込んでいるところに圭吾が帰ってくる。
 
 圭吾は家に入ってくると、お兄ちゃんの顔になる。
 私がマネージャーから妹に戻るのと同じだ。
 私はお兄ちゃんがアイドルをやってることを知らないことになっているし、私がそのアイドルのマネージャーをやっていることは、お兄ちゃんに隠している。
 
 なんだか、秘密が多い兄妹だ。
 
 お兄ちゃんと一緒に晩御飯を食べて後片付けも終わって、リビングでまったりとしているところだった。
 
 いきなりお兄ちゃんのスマホが鳴り出した。
 お兄ちゃんが電話に出ると、一気に顔が青くなった。

「すぐ行きます」
 
 そう言って電話を切った。
 
「ごめんね、あおい。今からちょっと出かける」
「え? こんな時間から?」
「うん。友達がちょっとね。……今日は帰って来れないかもしれないから、ちゃんと戸締りして、先に寝てて」
 
 お兄ちゃんは素早く着替えを済ませて、家を出て行った。
 
 なんだろ?
 
 そう思っていると、麗香れいかさんから電話が来た。
 
「……赤井あかいちゃん。落ち着いてきいて」
「……どうしたんですか?」
「望亜が……」
 
 頭の中が真っ白になった。
 手が震えて着替えに戸惑ったが、それでも急いで着替えて家を出る。
 
 どうして?
 
 それだけが私の頭の中で繰り返されていた。
 
 
 既に夜の10時を過ぎているので、内には患者はいなかった。
 受付で、事情を伝えて手術室の場所を教えてもらった。
 
 本当は怒られるのだろうけど、私は病院の廊下を必死に走る。
 
「赤井、こっちだ!」
 
 盛良くんが手を振る。
 その近くには圭吾と麗香さんも立っていた。
 
「望亜くんは?」
「わかんねえ。けど、あいつなら、きっと大丈夫だ」
 
 手が……いや、全身が震える。
 
「医者の話だと、五分五分だって……」
「……私が……私のせいだ」
「悪いのは赤井さんじゃないよ」
 
 圭吾が震える私の体を抱きしめてくれる。
 
「私が……ちゃんと望亜くんを……送ってれば……」
「悪いのは犯人だよ」
 
 私を落ち着かせるように、優しい声で圭吾が言ってくれる。
 だけど……。
 
「大丈夫さ。あいつはこんなことで死んだりしねえよ。いつもの無表情で起き上がって来るって」
 
 盛良くんは笑みを浮かべているが、体が小さく震えている。
 盛良くんも不安なんだ。
 
「……警察には?」
「もちろん、伝えてあるわ。捜査を開始してくれてる」
 
 圭吾が私を抱きしめながら、麗香さんに聞いた。
 
「くそっ! 見つけ出したら、ぶっ殺してやる!」
 
 あの後。
 私と別れた望亜くんは、一人で家へと向かっていた。
 
 その途中で信号につかまり、陸橋を利用したのだという。
 階段を降りているときに後ろから押された可能性が高いとのことだ。
 
 滑った跡がないし、前のめりに倒れている。
 そして、倒れた時に望亜くんは自分の頭から出た血で、地面に『女』と書いたのだという。
 
 望亜くんの家は郊外にあるため、陸橋付近を通る人が極端に少ない。
 だから、発見が遅れてしまった。
 
「……一緒にいれば、すぐに救急車呼べた……のに」
「……」
 
 こんな状況になっているのに、麗香さんは私を叱ろうとしなかった。
 麗香さんは私に「望亜をお願い」と言ったのに、私は途中で望亜くんを一人で帰らせてしまった。
 完全に私の落ち度だ。
 マネージャー失格。
 ただ、ちょっと早く帰りたい、そんなくだらない理由で頼まれた仕事を放棄してしまった。
 
「済んだことを気にしててもしゃーねーだろ! 今はあいつの手術が成功するのを待つだけだって」
 
 盛良くんが苛立ったように、壁を殴りつける。
 
 それに反応するかのように、手術室のドアが開いた。
 中から医師が出てくる。

「先生、望亜は?」
「手術は成功しました。ただ、いつ目覚めるかは……わかりません」
「そうですか……。ありがとうございました」
 
 麗香さんが深々と頭を下げる。
 
 ボロボロと涙が止まらない。
 そして、私は自分の意思とは無関係に大声を出して泣き出してしまったのだった。
 
 
 
 ICU。
 心電図の音が一定間隔で鳴っている。
 望亜くんは頭に包帯を巻き、人工呼吸器をつけている状態だ。
 
 普通に寝ているかのように、穏やかな寝顔。
 今にも目を覚ましそうだ。

「赤井、お前、一回帰ろよ」
 
 横に座っている盛良くんの言葉に私は首を横に振った。
 
「あなたまで倒れられたら、困るわ」
 
 そう言って、部屋に入ってきたのは仮眠をとっていた麗香さんだ。
 
「盛良、あんたも帰って寝てきなさい」
「別に眠くねえよ」
「いいから」
「……」
「望亜が目を覚ましたら、すぐに連絡するわ」
「……わかったよ」
 
 盛良くんが立ち上がって部屋を出ていく。
 
「あなたもよ」
 
 麗香さんが私の方にポンと手を置く。
 
「……」
「学校だってあるでしょ」
「……休みます」
「最初に言ってあったはずよ。高校はサボらないって」
「それは麗香さんが言ったことで、私が言ったことじゃないです」
「ホント、頑固ね」
「……」
 
 その日、私は「起きて」と願いながら、望亜くんの手を握り続けた。
 だが、望亜くんは一向に目を覚まさなかった。
 
 そして、あっと言う間に1週間が経ってしまったのだった。
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