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カレーの日

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 私はフラフラしながら、部屋にあるソファーに倒れこんだ。
 
「もうダメ。限界……」
「ねえ、お姉ちゃん、もっと遊ぼ」
「……今、限界って言ったの聞こえた?」
 
 あれから3時間くらい、子供たちとたっぷりと遊んだ。
 子供の体力、恐るべし。
 まさに無尽蔵だ。
 
「……お疲れ様」
 
 望亜のあくんが麦茶の入ったコップを渡してくれる。
 
「ありがとうございます」
 
 ゆっくりと起き上がり、コップを受け取り、一気に飲み干す。
 凄い美味しい。
 まるで砂漠の中で飲む水のように美味しかった。
 
 まあ、砂漠には言ったことないけど。
 
「遊ぶの上手いね」
 
 望亜くんが私の横にストンと座る。
 その望亜くんに、子供たちが背中と足に抱き着いてくる。
 
「あはは……」
 
 私から見れば望亜くんの方がよっぽど上手い。
 なんていうか、適度に力を抜いているって感じだ。
 子供たちと遊んでいるというより、遊ばせているって感じだろうか。
 私は単に、子供に混じって遊んでただけだ。
 
 子供たちを追いかけるときに全力疾走をしてしまった。
 子供の遊びに全力を出す女子高生……。
 ちょっと、恥ずかしい。
 
「ご飯、食べてくでしょ?」
「え? いえ、悪いですよ」
「遊んでくれたお礼」
「あー、でも……」
 
 私が迷っていると、女の子が私の足に抱き着いてきた。
 
「お姉ちゃん、一緒にご飯食べよ」
 
 うう……。
 ちょっと可愛い。
 
「決まりだね」
 
 スクっと望亜くんが立ち上がった。
 
「どこに行くんですか?」
「……? 作らないと食べれない」
「え? 望亜くんが作るんですか?」
「変?」
「あー、いえ。なんか意外な気が……」
 
 基本的に、望亜くんがご飯食べているイメージが無いんだよね。
 だから、食べないものだと思っていた。
 ……って、そんなわけあるか。
 
「私も手伝います」
「……ありがとう」
 
 
 
 はっきり言って、私は足手まといだった。
 というより邪魔していた気がする。
 
 望亜くんは物凄い手際が良い。
 いつものボーっとしたイメージと真逆だった。
 
 表情はいつも通り無表情だったんだけど。
 
 お兄ちゃんとはまた違った料理の上手さだ。
 お兄ちゃんはじっくりと作るタイプで、望亜くんは手早いタイプ。
 
 子供たちの分を一気に作るなら、そうなるのも仕方ないのかもしれない。

「いただきます!」
 
 寮の食堂の真ん中には凄い大きなテーブルがある。
 そこに子供たち全員が座っている。
 
 いつの間にか、中学生くらいの男の子も座っていた。

 あの子もここの子なんだろうか。
 ……そうだよね。
 関係者じゃないのに、一緒にご飯なんて食べないよね。
 
「お姉ちゃん、食べないの?」
 
 隣に座っている女の子がスプーンを持ちながら、私を見上げてくる。
 その仕草も可愛らしい。
 
 今日の献立はカレーだ。
 大勢となれば、カレーは結構鉄板だよね。
 
「食べるよ。いただきます」
 
 スプーンですくって、カレーを口に入れる。
 
「ん! 美味しい!」
 
 お兄ちゃんのカレーは、専門店っぽい感じだったけど、望亜くんのはまさに家庭の味って感じだ。
 庶民的な味なのに凄く美味しい。
 なんか、不思議な感覚だ。
 
 みんながたくさん食べている中、私もつい、おかわりをしてしまった。
 
 うう……。
 遊んでお腹が減ってたから。
 すみません。
 
 
 
 後片付けが終わって、私は玄関で靴を履く。
 
「お姉ちゃん、今日、泊まっていきなよ」

 女の子が私の服を掴みながら言う。
 その隣にいる望亜くんも、コクリと頷く。
 
「布団はたくさんある」
「あはは……。いや、それはさすがに……」
「そう」
 
 チラリとスマホの時計を見る。
 もう17時を過ぎていた。
 そろそろ帰らないと、お兄ちゃんにまた怒られちゃう。
 
「また、来てね」
「うん」
 
 女の子の頭を撫でながら頷くと、女の子は嬉しそうに笑った。
 
「それじゃ、お邪魔しました」
 
 望亜くんにぺこりと頭を下げる。
 すると……。
 
「そういえば」
「……なんですか?」
「何しに来たの?」
「……」
 
 そうだった。
 完全に来た目的を忘れていた。
 望亜くんと仲良くなるために来たのに、子供たちの方と仲良くなっている。
 
「えーっと。連絡先を教えてもらえますか?」
「……? 別にいいけど」
 
 望亜くんがポケットからスマホを出して、番号とアドレスを教えてくれる。
 ばっちり、登録完了。
 
 これでケモメンメンバー3人の連絡先が揃った。
 ファンなら、このスマホを100万出しても欲しがるだろう。
 
 とりあえず、最低限のミッションをこなし、私は寮を後にしたのだった。
 
 
 駅に向かう途中。
 突然、スマホに着信がある。
 
「はい、もしもし?」
「晩飯作りに来い」
 
 それだけ言って、盛良もりよしくんはブツッと電話を切った。
 なんていうか理不尽。
 
 ……マネージャーって大変なんだなぁ。
 
 私はため息をついて、盛良くんの家の方の路線へと乗り込んだ。
 
 
 盛良くんの家に到着すると、キッチンには既に材料が並んでいた。
 イモ、たまねぎ、にんじん、お肉。
 そして――カレールー。

「この前、一緒に買い物行ったときに、カレーなら作り置きができて便利だって言われて、材料を買ったんだよ」
「……」
「ほら、俺、由依香《ゆいか》さんには自炊してるって言ってるからさ」
 
 なるほど。
 だから、盛良くんは料理しないのに、冷蔵庫に材料が揃っていたのか。
 
「でさ、さっき、カレー上手く作れたかって、メール来たんだよ」
「……で、私に作れと?」
「わかってるじゃねーか。完成したら由依香さんに写メ送るから、頑張れ」
 
 そう言って、腕を組んで壁に寄りかかる盛良くん。
 
 あ、手伝わないんだ?
 まあ、いいけど。
 
 今回は既に献立が決まっているから、ある意味楽だ。
 パパっと作ってしまおう。
 
 望亜くんに教えてもらった隠し味を入れると、いつもより美味しくできた。
 
「おお、やるじゃん」
 
 盛良くんはその出来栄えに満足してくれたようだ。
 
「それじゃ、私は帰りますね」
「どうせだから、食ってけよ」
「え? いや、別に……」
「なんだよ、俺のカレー食えないってのか?」
 
 いや、それ私が作ったんですけど。
 
 私は諦めのため息をつく。
 結局、美味しくておかわりをしてしまった。
 
 
 
 結局、家に帰ったのは20時少し前。
 
 家に入るとお兄ちゃんが口を尖らせて不機嫌そうに待っていた。
 エプロン姿だ。
 
 そして、家の中にはいい匂いが漂っている。
 
 ……この匂いは。

「お兄ちゃん、もしかして、今日の晩御飯、カレー?」
「そうだよ。本当は葵と一緒に楽しく作ろうと思ってたのに……」
 
 不機嫌顔からイジケ顔になってしまう。
 
「ごめんなさい」
あおいの可愛さに免じて許すけど……その代わり、たくさん食べてね」
「う、うん……」
 
 こうして私はその日、5杯目のカレーを食べたのだった。
 
 どうやら今日はカレーの日だったようだ。
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