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Scene7 被告:桜美七緒

scene7-8 安息への誘惑 後編

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「おや、閣下……随分とお早いお戻りで」

 七緒を幽閉している部屋の扉に預けていた身体を戻して姿勢を正すルーツィア。
 その際に彼女は耳からワイヤレスイヤホンの様な物を外していた。

「あぁ、ただいま。ちょっと気分転換しに行ってただけだからね。それよりも、なんだか楽しそうだったけど、お気に入りの曲でも聞いていたの?」

 暇を持て余して音楽を聴くと言うのはありがちだが、何となくルーツィアの雰囲気には合わない感じがして首を傾げる司。
 するとルーツィアは、ニヤリと怪しい笑みを浮かべる。

「お気に入りの曲……えぇ、確かに私の好みな〝曲〟です。……お聞きになりますか?」

 その言ってルーツィアはイヤホンを司に差し出していた。
 なんだかあまりいい予感はしないものの、司は手にした紙袋を曉燕に預け、それを受け取り耳にはめた。


『嫌あああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!! 出してぇッ!! お願いここから出してッ!! ここから出してぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!!』


「うぃいッ!?」

 それはあまりにも錯乱した悲鳴。
 ガチャガチャと金具が擦れる様な音も聞こえ、悲鳴の主が暴れ乱れているのがその声だけでも容易に想像出来た。

「な、なんだよこれ?」

 鼓膜が痛くなるほど大絶叫。
 長々と聞いていたら精神が病んでしまいそうだ。
 司はイヤホンを一旦外してルーツィアに尋ねる。
 するとルーツィアは、自分がもたれ掛かっていた扉を指差し、司の視線より少し低い位置にあるスリットを開ける。

「ご覧になってみて下さい。特殊フィルムの関係で少々分かりにくいかも知れませんが……」

「ん? あ、あぁ…………――え?」

 ルーツィアの言う通り、少しスモークガラスになっていて見えにくいが、一応中に七緒がいるのは確認出来た。
 しかし、両手を吊るされた七緒は何故か激しく泣き喚き、地団駄を踏んで一人暴れていた。

「な、何してんだ……あいつ?」

 髪を振り乱し、床に眼鏡も落して泣き暴れている七緒。
 特にこれといってされている様子もなく、狂った様に暴れている姿に少々気味が悪かったが、そこで手に握っていたイヤホンからさらに声が響いて来る。


『暗いの嫌ッッ!! 暗いの怖いッッ!!! やだぁッ!! 暗いの嫌ッ! 暗いの嫌ッ! 暗いの嫌ッ! ここから出してぇぇぇッッ!!! 嫌あああああああああああぁぁぁぁッッ!!!!』


「暗いの……嫌?」

 そこでようやく状況が繋がった司。
 このイヤホンの悲鳴は、今部屋の中で一人で暴れている七緒の様だ。

「フフッ♪ 実は、他のデーヴァ達を片付けたあと最後にもう一度この部屋へ来て確認を済ませ、私が部屋を出ようとした際にあのデーヴァが不意に私を呼び止めようとしたのです。その時私は部屋の照明スイッチに手を掛けており、振り向き「なんだ?」と言いながら明かりを消したのですが、その瞬間明らかに不自然な怯えようを見せたので、扉を閉めたあとしばらく様子を見ていると、急にガタガタと震え出しまして……」

 随分と愉快げに笑うルーツィア。
 物凄く今更だが、悲鳴をお気に入りの曲と表現するのを見ても、この女軍人は実に〝Answers,Twelve〟のメンバーに相応しい性悪さを持っていると司は思った。

「あぁ、なるほど……暗闇は七緒の〝NGシチュエーション〟だったんですね」

「NGシチュエーション?」

 合点が入った様子の曉燕。
 何となくその単語で雰囲気は分かるが、確認のために司が振り返ると曉燕は丁寧に解説してくれた。

「これは後遺症の様なモノです。かつて受けた仕打ちによりデーヴァは皆それぞれ特定の場所や行動を強いるとかつてのトラウマがフラッシュバックしてしまうのです。たとえば絵里などは床にしゃがみ込ませてすぐ横から見下ろされることを極端に嫌い、強制し続けると怯え震えて何も出来なくなりますね。七緒の暗闇を怖がるパターンのNG持ちは結構多いです。恐らく、昔真っ暗な場所で相当怖い思いを強制されたのでしょう」

「ふ~~ん。そういうのがあるのか……」

「えぇ、私もそれをすぐに思い出してまして。私が部屋を出てからしばらくは必死に堪えていたので、能力を使い外から遠隔で足や腕をつついたりしてやったところ、そこでスイッチが入ったのか一気に取り乱し始め、そこからはあっという間に崩れてあの有様です♪」

 まるで愛玩動物を愛でる様な眼差しでスリットから室内の七緒を覗き見るルーツィア。
 普段のキリッとした表情とは随分と雰囲気が変わり、口元がだらしなく緩んでいた。

(こいつ、本当に楽しそうに見てんな……)

 ルーツィアの趣向に呆れつつ、司ももう一度室内を除く。
 まるでタップダンスか焼けた鉄板の上に立たされているといった感じの七緒。
 髪を振り乱し、ガチャガチャと両手を縛っている枷を掻き鳴らしているその姿は、どうやら本当に怖くて怖くて仕方がない様子だ。
 まさか七緒にこんな弱点があったとは思わなかった。


『嫌なのッ!! やだッ!! やだぁぁッッ!!! 出してぇッ!! あぁ――ッ!! あああぁぁ――ッッ!! お願い出してぇッ!! ここ嫌ッ!! やだぁぁぁぁぁぁッッ!!!!』


「…………」

 正直な感想は……〝ざまあみろ〟だ。
 彼女達が自分に味わわせた暗闇はこんなモノではなかった。
 もっと噛み締めろ……もっと恐怖を味わえ……。
 そう思っているのだが、司の手は自然と扉のノブへと近付いて行く。

「ん? 閣下……どういうおつもりで?」

「え? あッ……いや、これは……その……」

 扉を開けようとしていた司に声を掛けるルーツィア。
 その言葉にビクッと手を引いた司だったが、上手く返事は返せなかった。

「閣下……先ほどは申しませんでしたが、閣下は私から見て少々甘過ぎる。奴らに受けた屈辱の日々をもうお忘れですか? 閣下の言う〝不殺の責め苦〟には共感を覚えましたが、その手心は些かご自身の格を下げる事にも繋がりかねないと感じます。御身に仇なすということはそう易々と許されるべきことではありません。あの小娘にはもっと己の愚かさを噛み締めさせる必要があるのではございませんか?」

「…………」

 ルーツィアの言葉はきっと司への忠誠心故の忠告だろう。
 今後のことを考えれば、ここで七緒を徹底的に弱らせておいた方が後の運びがスムーズになるというのは、司でも容易に想像が付く。
 しかし……。

(それって……俺が七緒を反省させるのとはちょっと違うんじゃないか?)

 詰まらないこだわりなのは分かっている。
 ただ、今まではそんなこだわりすら通せなかったのだ。
 自分を取り戻した今、多少意固地でも自分を通してもいいんじゃないか?

「…………」

 司は再びドアノブへ手を伸ばす。

「閣下! 私の話を聞い――」

「ルーツィアさん? それは「お前は№が上の私の考えた通りに動け」という意味かな? もしそうなら、確かに俺はまだ〝Answers,Twelve〟の中では新入りだし、先輩の指示には従うけど?」

「――ッ!? い、いえッ! 滅相もございませんッ!! たとえ№の差はあれど、閣下は私の上に座すお方! 出過ぎた真似を致しました!」

 司の流し目に慌ててその場に片膝を付くルーツィア。
 子孫の威を借る様で酷く情けないが、とにかく司はこのまま七緒が自分と関係の無いところで慣らされるのは気に食わなかった。

(〝ロータス〟を潰すのは俺……こいつらを反省させるもの俺……どこまで続くか分かんないけど、やるなら俺がやるんだ!)

「――ッ!!」

 気合を入れ、司はノブに手を掛ける。
 ガコンッという音が鳴り、イヤホンから聞こえていた悲鳴がパタリと止まる。
 そして重々しく扉が開かれ、光の帯が部屋の真ん中に吊るされた七緒を暗闇から切り抜く。

「あッ! あぁッ!! ハァ……ハァ……あああぁぁッッ!!」

 腰が抜けて内股になった足はもう殆ど身体を支えていない。
 ガチガチと鳴る歯は、まるで冷凍庫にでも閉じ込められて凍えていたのかと思わし、涙に濡れた瞳はその光を背に受けて立つ様な司に釘付けになっていた。

「あぁッ! あぁ……あああぁぁッッ!!」

「……この暗闇から出して欲しいか?」

「うぅッ!? う、うくぅ……ッ!」

 俯き震える七緒。
 敵視する司に懇願するか否かの葛藤が手に取る様に見える。
 そして、その時間はさほど長くは掛からなかった。

「お、お願……い、です。く、暗いの……嫌、なの。真っ暗なの……だけは……ゆ、許してぇ……」

「…………」

 なんて虫のいい話だ。
 司の中にこだわりが無ければ、今頃ドアノブを握ったまま反復横跳びを初めて扉を閉じたり開いたりと散々に笑い弄んでいただろう。


 ――パチッ!


 司の手が室内の照明を付ける。

「あ……ぁ……」

「枷はまだ外さないぞ」

 室内へ入って来る司。
 そしてまた目の前に立つ。
 もう七緒は司を睨めず、大人しく彼の次の言葉を待った…………。
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