56 / 136
Scene6 独善の一念と偽善の誤算
scene6-3 力を持つと…… 前編
しおりを挟む「おぉぉ……ッッ!」
時刻はもう深夜……というよりも、あと数時間もすればもう夜明けだ。
随分不健康だがルーツィアとの特訓で消費した〝D・E〟のエネルギーを補う食事を済ませ、少し身体を休めようと思った司は、居室として二度目にこのビルに来た際に目を覚ました一室を宛がわれた。
前回のあえて物の無い部屋から、今後司が使うためにと少しばかり家具が追加されていて、衣装棚やテーブル類など大分生活感が出た部屋になったが、その中で特に彼の目を引いたのがテーブルの上に並べられた真新しいコーヒー用具の数々だった。
「すげぇ……ロースター器にハンドミル、サイフォンも……うわぁ、うわぁ!」
それは良善が〝D・E〟のブラッシュアップに貢献してくれたご褒美にと贈ってきた物。本当はもっと高級なモノでも構わないと言われていたが、良善が自分でブレンドコーヒーを作っていたのを見て、自分もそういう用具類が欲しいと言った。流石に少々ワガママかと思ったが、良善は「こんな一般人でも買える物が報酬になるとは随分お手軽な人材だ」とおどけて笑い承諾してくれて、話から数時間と経たぬ内に用意してくれた。
「豆もいっぱいある……キリマンジィロに、ハワイモナ……うぉッ!? ブラックアイブリーッ!? マジか! すげぇ!!」
まるでクリスマスプレゼントを貰った子どもの様にはしゃぐ司。
傍から見れば「もうそんなに騒ぐ歳でも無いだろう」と呆れてしまうかもしれないが、司はそんな風に大人振って落ち着ける気分ではなかった。
何故なら彼は今までこんな風に誰かからプレゼントを貰った覚えなど一度も無い。
あの忌々しい最古の記憶より前がどうだったかは定かではないが、少なくとも覚えている限りで、こんなに嬉しい思いをしたのは初めての経験だったのだ。
「やばい、クソ嬉しい……なんだよ、これ?」
テーブルに並んだプレゼント。
きっと良善にとっては、本当に大したことの無い施しだったと思う。
何か特別な記念日という訳でも無し、実際のところ多少高級な品もあるが、どれも一般人でも普通に買える物ばかり。
しかし、椅子に座りそれらを眺める司はちょっと涙が出そうになっていた。
何だか自分が順当に良善の手駒として狡猾に引き込まれてしまっている感じもするが、こんな気持ちにさせて貰えるなら別にもう従者的な立ち位置でもいい様な気になってしまう。
「あはは……早速作ってみようかな? い、いいや待て待て! ちゃんと手順を確認しよう! 下手にしたら勿体ない!」
はやる気持ちを抑え込み、テーブルに広げた一式を箱に詰め直して部屋の端へ片付ける司。
明日にでもちょっと出掛けさせて貰い専門書を手に入れて来よう。
なんだかワクワクとソワソワが止まらず浮足立つ司。
すると……。
――プルルルルルルッッ! プルルルルルルッッ!
「ん?」
突然鳴り響く内線の着信音。
改めて考えてみると、未来人が使う拠点でこうして壁掛け式の固定電話みたいなのを使うというのは結構シュールな気がする。
「多分、一周回ってこのローテクが物珍しくていいのかもな」
司達の感覚から言えば、古代の石器や壁画の様な感覚だろう。
知的向上心の権化の様な良善などからすれば案外楽しんで使っているくらいかもしれない。
逆カルチャーショックをほくそ笑みつつ、司は受話器を取り応答した。
「はい、御縁ですけど?」
『やぁ、司。ご要望の品はちゃんと部屋に運ばれていたかい?』
「え? り、良善さんですか!? はい! ちゃんとありました。あの、ありがとうございます! すげぇ嬉しいです!」
ふと想像していた者の声に思わず戸惑ってしまった司だったがその声はすぐに弾み、自分にはこれ以上に無い贈り物のお礼を述べる。
『はっはっはッ、本当に大喜びだな? 全く、こちらとしては本当にその程度のモノでよかったのかと気掛かりなくらいだったのに。まぁ、君が満足するのが一番だ。ところで司……』
「はい、なんですか? また何か任務ですか?」
こんないいモノを貰ってしまったのだ。
自分に出来る事であれば、少々無茶な願いでも引き受けるのはやぶさかでは無く、司は元気よく返事を待つ。
しかし……。
『いや、そうでは無くてね…………どうやら〝敵襲〟の様だよ』
「……え?」
単語の不穏さの割にどこか不敵な笑みを想像させる声。
だが次の瞬間、司の全身に強烈な警戒感が走り、背後からけたたましく砕け散るガラス音を聞いて振り返った時には、血色の弧を描き司の両眼は血色に染まり、日々掛かって来る黒ずくめの人影が突き出して来る拳を捉えていた。
「うッ!? ――こ、のッ!!」
首を傾け拳を躱し、その手首を掴んだまま引き寄せる様に身を翻して肘打ちを不気味なフルフェイスに叩き込む。
ひび割れるヘルメットの隙間から血が溢れ、あとはそのまま床に崩れ落ちるその身体と位置を入れ替えると、目の前に大きく砕き割られた窓ガラスから侵入して来た黒ずくめ達が十人弱、半円に司を囲んでまたあの不気味な呼吸音を響かせている。
「くッ!? またこいつらかよッ!?」
凪神社の一件からまだ一日も経っていない。
折角貰った自分の新たな居場所もいきなり土足で荒らされた。
どうやら自称お正義様達は、とことん司が心休まる時間を過ごすのが我慢出来ないらしい。
「ふざけんなよ……クソが」
鬱陶しい……腹立たしい……忌々しい……。
負の感情が渦巻き、それが全身に力を漲らせる。
「なんなんだよ、てめぇら……どこまで自分達の思い通りにならないと気が済まねぇんだ?」
顔を上げる司。
眼は血色に光を放ち、口からは内部に溜まる怒りの熱で息が湯気の様に白く立ち込める。
黒ずくめ達は特に動揺して後ろへ後退る感じは無いものの、不気味な呼吸音だけは妙に加速していた。
そして、一瞬首から上だけがビクリと跳ねて……。
『『『死ね……死ね……御縁司……ゴミ……クズ……御縁司……死ね……死ね……』』』
「……は?」
質の悪いスピーカーを通した様なギザ付いた声で吐き捨てられる暴言。
ただ、それはまるで子どもの悪口の様な低レベルさで、司としても怒るというより呆れの方が先に来てしまった。
『『『御縁司……生きる価値無し……ゴミカス……消えろ……存在自体が恥さらし……』』』
「…………」
何となく察した。
多分、この黒ずくめ達に自分の意思は無く、何らかの制御をされているのではないだろうか。
(元々デーヴァは他人が身体を操れるって言ってたよな。それを何とか防げる様になって今の闘争になった。別にその仕組み自体が消えて無くなった訳では無いんなら、このあり得ないくらい声が揃っている感じも説明が付く)
暴言を吐かれていても、ここまで低レベルな罵声では怒る気も起きず冷静に物事が考えれる。
無論、聞いていて気持ちのいいモノではないので、早々に黙らせるべく司はその場で軽く飛び跳ねてリズムを刻み……。
「――フッ!!」
鋭く息を吐いて床を蹴り付け、一息に間合いを詰めた司は一人目の黒ずくめの顔面を殴り抜く。
その威力で鍛え抜かれた格闘家の様な身体が軽々とその場で回転して上がって来た足を掴んだ司はそのままその男を武器にして他の黒ずくめ達へ攻め掛かる。
「前回は逃げてたが今回は違うんだわ……覚悟しろよッ! この木偶の坊共ッッ!!!」
まだ〝攻〟の能力が無いので仕方なく徒手空拳だったが、ここはもう少し工夫して〝人棍棒〟を装備することにした司は、力任せにそれを振り回し、薙ぎ払い叩き伏せ……反撃して来た拳も視線すら向けず掴み止め握り砕いてからの蹴り返しと、無礼な闇討ち共を次々と返り討ちにしていった…………。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい
一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。
しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。
家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。
そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。
そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。
……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
共に
第8回歴史時代小説参加しました!
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
蒼海の碧血録
三笠 陣
歴史・時代
一九四二年六月、ミッドウェー海戦において日本海軍は赤城、加賀、蒼龍を失うという大敗を喫した。
そして、その二ヶ月後の八月、アメリカ軍海兵隊が南太平洋ガダルカナル島へと上陸し、日米の新たな死闘の幕が切って落とされた。
熾烈なるガダルカナル攻防戦に、ついに日本海軍はある決断を下す。
戦艦大和。
日本海軍最強の戦艦が今、ガダルカナルへと向けて出撃する。
だが、対するアメリカ海軍もまたガダルカナルの日本軍飛行場を破壊すべく、最新鋭戦艦を出撃させていた。
ここに、ついに日米最強戦艦同士による砲撃戦の火蓋が切られることとなる。
(本作は「小説家になろう」様にて連載中の「蒼海決戦」シリーズを加筆修正したものです。予め、ご承知おき下さい。)
※表紙画像は、筆者が呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)にて撮影したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる