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Scene4 勤勉なる悪党見習い

scene4-7 覚悟の初陣 前編

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「み、御縁……?」

「え? 誰?」

 突如音も無く表れた司に美紗都と和成は、口を開けたまま固まっていた。

 完全に初対面である美紗都が疑問に思うのは当然だ。
 だが、顔を知っている和成も唖然としてしまうのは仕方ない。
 何せ、そこに立っていたのはかつて教室内で無色透明だった貧弱な日陰者から、大して意識してそうでも無いのに全身から視線を引き寄せる存在感を放つ得体の知れぬ存在へと変貌していたからだ。
 そして……。

「え? う、嘘……なんでここに、№Ⅰの起源体が?」

 そんな二人と同じく、美紗都に死矢を放った深緑色の〝Arm's〟を纏うポニーテールの少女も、予想外の妨害者に思わず立ち尽くす。
 そこに生じる一瞬の隙を、最初から戦うつもりでここへ来た司は見逃さなかった。

「おっとッ!? このぉッ!!」

 踏み込んだ足がバコンと音を立てて石段を砕いてしまうが、どうにか力を加減して一飛びに十数段を駆け上がり、そのポニーテールの少女との間合いを詰める司。
「しまった……」そう思った時点ですでに遅く、司は袖から細いフィガロチェーンを滑り出し、そこに等間隔で数十個は繋がれている八角錐にカッティングされた落涙型の透明な石をその少女に差し向ける。
 すると……。


「きゃああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッ!?」


「えッ!? な、何ぃッ!?」

「な、なんだよあれッ!?」

 司が振るうチェーンから外れ飛んだ石が身体に触れた瞬間、ポニーテールの少女の身体が輪郭を失い、石を渦を巻く光の粉の様になって吸い込まれ、その身体が司の前から完全に消失すると透明だった落涙型の石は鮮やかな深緑色に色付いて元の通りチェーンに繋ぎ直されて、スナップを利かせクルクルと腕にそのチェーンを巻き付けた司の手に収まった。

「おぉ……出来た出来た。便利だな、これ」

 掌に収まるサイズの石に少女を封じ込めてしまった司。
 それを摘まみ上げて木漏れ陽の光にかざすと、その石の中には指の爪先に乗りそうなほど小さくなった先ほどの少女が見えない縄でグルグルと締め上げられている様に両腕を身体に押し付けて苦しそうに悶え苦しんでいた。

「み、御縁司ッ!! 何でお前がここに居るんだッ!?」


 ――ガサッッ!!


 思わず叫んだ和成。
 だが、それを遮る様に左右の雑木林から次々に〝Arm's〟を纏う少女達が飛び出し、司を上下から挟み込む様に対峙する。

「うわぁ、ワラワラとこんなにたくさん……暇かよ、お前ら」

「御縁ッッ!! お前どうしてここにいるッ!?」

 司の正面……丁度司と和成達の間に立ち、すでに形成した長刀の切っ先を突き付け怒鳴る真弥。
 前回は意識を失っていて単にニアミスに終わったが、後の報告で彼がもうすでに〝Answers,Twelve〟側に参加してしまったことは知っていた。

「やぁ、綴さん……いや、デーヴァ。よくも散々弄んでくれたよね? 俺……お前らに復讐する事にしたから。今後ともよろしく」

 余裕の笑み?
 違う……司はギリギリで平静を保っているだけだった。

「お前ら本当にクソだろ? 手当たり次第に見境なく自分達の正義都合に沿わない奴を闇討ちしやがって……どこまで自己中なんだよッ!? おい! そこの女の子!」

「え? わ、私……?」

「――ッ!? だ、だめだ美紗都! あいつの声を聞くな!」

 突然周囲に現れた鎧の様なモノを着た何十人もの女の子。
 そんな子達に囲まれる謎のスーツの男の子。
 そして、何一つ意味が分からないこの状況を焦ってはいるが理解出来ていない訳では無い様子の和成。

 美紗都は困惑して、自分がどこを向いたらいいかも分からない状態に陥り、思わず和成の制止よりも自分に語り掛けて来る男の子に視線が向いてしまった。

「すっごく意味が分かんない状態だと思うけど、とりあえずこれだけは本当だから聞いてくれない!? こいつらは全員君の事を殺そうとしている! そして俺は一応君の事を助けに来た! あと、今隣にいる奴も君の事を――」

「全員攻撃開始ッッ!! 和成ッ! 一旦その子を連れてこの場を離れてッ!!」

 最後まで司に語らせず号令を出す七緒。
 その合図に司の背後上段側にいた灰色と紺色の〝Arm's〟を纏った少女が飛び掛かる。
 しかし……。

「チッ、都合の悪い話は黙らせるか……お似合いだなッ!」

 振り向きざまにチェーンを巻いた腕を振りかざす司。
 すると、飛び掛かった少女達はその手に収められた深緑色の石に囚われた仲間に思わず司へ向けていた武器を止めてしまい……。

「あッ、しまっ――きゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッ!?」

「い、いやぁ! きゃああああああああああああああああああああああぁぁぁぁッッ!?」

 新たに二つの透明な石がチェーンから飛び、二人の少女に触れた瞬間その身体を吸い込んで灰色と紺色の石となり、司の腕のチェーンにぶら下る。
 司はそのチェーンを巻いた腕を構えて周囲を囲むデーヴァ達を牽制する体勢を取った。

「くッ!? 七緒さん……って」

「えぇ……〝圧縮牢〟だわ」

 それは未来において〝Answers,Twelve〟が億単位のデーヴァを管理する上で使っていた拘束兼運搬用に用いていた物体圧縮技術装置。
 内部は特殊な圧迫空間になっており、一度その中に取り込まれ固められた者は専用の装置に掛けて復元しなければ内外の圧力差で身体が破裂して死んでしまう。
 それを腕に巻き付けた今の司は〝命の盾〟を持っている様なモノであり、迂闊に攻撃する訳にはいかなくなってしまった。

「フフッ……ちょっとお前らと戦うためのを持つことにしてな? そいつに用意してくれたんだよ、これ。この前よりちょっとは〝D・E〟が使える様になったんだけどまだスタミナが無くてさ。これで少しその辺を補助しようって訳ね」

「ア、アドバイザー?」

「あぁ、俺をここまで運んでくれた奴だよ。凄かったぜ? こう脇の下に両手を入れて抱えてジェット機みたいに空飛びやがんの。流石にチビるかと思った……」

 両脇を開いておどける司。
 和成の到着を待っていたせいもあり、タイムラグが埋まった理由はそれか。
 いや、それよりも重大なのはこちらの凪梨美紗都を処理する作戦が敵側に漏れていた点と確かに今の司は前回よりは明らかに身体に余裕があり〝D・E〟が安定して来ている点。

(最悪だわッ!!)

 あの時の七緒の予想は最悪な形で実現しつつある。
 背後にいる凪梨美紗都はまだ常人だ……あとでどうにでも出来る。
 ここはもうまずこの男を仕留める方が先決だった。

「和成何してるのッ!? 早くその子をッ!!」

 美紗都の印象を操作しつつ、この場では邪魔でしかない二人を遠ざけようとする七緒。
 その怒声に震え上がった和成は、まだ硬直している美紗都の肩を掴む。

「美紗都ッ! こっちだ!」

「え!? ち、ちょっと待ってッ! 一体何なのこの人達!」

「いいから来いってッ!!」

「きゃあッッ!?」

 美紗都の服を強引に掴み、直線に逃げるのは不味いと思ったのか無理矢理雑木林の中へと入っていく和成。
 それを見て奏が不安げに眉を潜める。

「七緒さん! 私が行って来るよ。あいつの言ってたアドバイザーっていうのが近くにいるかもしれない。私が手早くあの女を始末し――」


「本当、キモいな……お前?」


 先ほどの飛び出しで力加減な掴んだのか、急な石階段をまるで平地の様に動く司が奏の間合いに飛び込んで来る。
 しかし……。


「キモいのはお前だよ、このクソ馬鹿……死ね」


 奏に襲い掛かる司の真後ろに回り込み、身体を巻き込んだ横薙ぎに斬り払うモーションに入った真弥。
 圧縮牢を利用した盾で不用意に近付けないと二の足を踏んでいた周りのデーヴァ達とは違い、位置的にそれでは防げない攻め方を瞬時に見抜いた戦闘勘の違い。
 だが、襲い来る司の攻撃を避けるべく後ろへ飛んだ奏は、司の血色の瞳から小さな赤い火花を散らすのを見て……。


 ――キィィンッッ!!


「何ッ!?」

 膝から腕を立てて首を斬り飛ばすべく真弥が放った剣閃の軌道を遮る司。
 一瞬で肉も骨も断ち斬る鋭さは十分にあったはずだが、その刃は司の腕とぶつかりスーツの生地に切れ込みを入れただけで止められてしまった。

「はぁ? 未来の道具を持って浮かれているとでも思ったか? 〇び太君じゃあるまいし……これはあくまで補助だって言ったろ? こっちは元々ステゴロでてめぇらぶっ潰す気で来てんだよッッ!!」


 ――ギギギッッ!!


 火花を散らしながら真弥の刃に腕を滑らせてその刀身を直に握る司は、力任せにそれをへし折りに掛かる。

「うくッ!? こ、こいつッ!!」

 咄嗟に地面を蹴って司の頭上へ飛び武器破壊を防ぐ真弥はどうにか司の手から長刀を抜き出して、後ろ向きの回避を数段下で堪え止まった奏の頭上さえも越えたさらに下方に着地する。

「あの人斬りロリに鍛えて貰って正解だった。少なくとも〝目〟だけは十分お前らと渡り合えそうだ」

 明らかな速度感の違い。
 止まって見えるとまではいかないが、紗々羅の動きに比べれば段違いに遅い。

「やる……絶対に、やる。俺はお前らを……否定する」

 確かな手応えを感じつつも笑みの無い司。
 怒りと憎しみで研ぎ澄まされた集中、それを受け取る司の中の〝D・E欲望〟が叫ぶ。
 驕る暇があれば目の前の敵を少しでも叩きのめせ。
 こんな小さな奇襲の成功程度で満足するな。
 血染めの瞳が獲物達を睨み付け、その輝きを増していく…………。
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