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七日後①
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なぜなら、門はどこかへ通じる入り口だからだ。
例えば城や家や、国だ。
もしくは何かからそれらを敵や賊から守るために造るものだ。そして必要な者だけを入れるために扉がある。
この門はどこへ通じているんだ。
そしてどこへ行けるんだ。
ジモンは二の扉を開けて意気揚々と奥へと行ったが、散々な姿で帰ってきた。
神の国に行ってきたのか?
いいや、そうではないと俺の勘が言う。
そもそも、【アレ】は神なのか。
俺は神を信じない。
少なくとも、他人を無償で救い続ける神を、俺は信じない。
俺はいつものように煙草をふかす。
ロルがジモンを犯した夜からロルは四回ジモンを犯した。
俺は門の中で煙草を吸う。変わりがない。
朝が来ると偽の応接室には俺が汚した灰皿は美しく磨かれていて、俺のいつも吸っている銘柄の煙草が添えてある。俺はそれに礼も言わず煙草を三箱ポケットに放り込んでからソファーに座って何をするでもなく煙草を吸う。
あの夜から四日。
俺の部屋に朝方になるとロルがやってくる。日に日にあの可愛らしい少年は自信に満ちた王に変わっていく。あどけない声で俺を揺り起こし、俺の頬にキスをして「クドウ、後はよろしく」と言って自分の部屋に帰っていく。俺はまだ明けていない空を見上げながら渋々ジモンの部屋に向かう。途中の中庭や、長い廊下の向こう側で赤い光が見える。それは常に二つずつだった。時にはジモンの部屋の近くで誰かが荒い息を立てながら赤く光った瞳を俺に向けて、無言で自慰をしていたこともあった。
【神の酒】を振舞われた人間は二百人程だ。
そいつらが、興味を示しているのはジモンだ。なぜかは解らない。いや……少しは解るかもしれない。
ジモンは神が自分を作り替える為に赤い色水を自分に含ませたのだと信じているが、俺はもっと、嫌な気がする。
それを口にしてしまうと本当になる気がして、言えないでいる。
俺は昨日の夜、随分とやつれたジモンの体を拭きながら尋ねた。
「旦那……、明日が神とやらが言っていた七日後だけれど、本当に行くんですかい?」
「当然だ、何を迷う事があるというのだ」
「アタシは何か、嫌な気がするんですよ。今だっていい状況じゃない。それは旦那だって解っているでしょう?まあ……アタシは他人事ですけどねえ」
「俺は民衆の前で約束をしたのだ。自分の身になにが降りかかろうが承知の上だ。それでこの国が強く、長く繁栄されるのであれば構わん。ロルも……いつか目が覚める。良い事ではないか。女の様にいじけていた時よりも随分逞しくなった。王になるにはそれくらいでないといかん」
「それだって旦那……、あんたは自分の子供に……」
「よせ、言うな。俺だって解っているのだ。どうして……俺は強くなれんのだ……!俺だけが……」
「だから、怪しいでしょう。そんなことは解っているじゃ」
「駄目だ、行かねば。神を裏切れん。それに、民も願っている。強くなりたいと」
そう言って男らしい顔をしかめてジモンは俺を見つめた。
「おい、クドウ。俺を手伝え。あの門であった事はなにがあっても内密にしろ」
「そりゃあ……構いませんがね……」
「俺は神の子だ。必ず、最後は上手く行くようになっているのだ。今の俺の状態も、これは神の試練なのだ。俺は王だ、だから最後は誰よりも、強くなっているに違いあるまい」
「そういうもんですかねえ」
「そういうものだ」
そう言ってジモンが傲慢そうな顔で笑ったから、俺は勝手にしろ、と思いながら頷いた。
俺が朝の日課を済ませて門を開けるとすでに民衆や兵士が大勢集まっていた。門の近くに備え付けられた祭壇に、聖杯。その横にクロイが立っている。背の高い柔らかな物腰の青年。だが、その表情は最初に在った時よりも随分……男らしくなっている。彼もまた【神の酒】によって超人的な力を授かった一人だ。
「クドウ様!おはようございます。もうすぐ、王が参ります。どうか……また【神の酒】を我が国に持ち帰ってくださいませ……!」
「それは……構わんがね……。クロイさん、あんた、体の調子はどうだい?」
「ええ、とても良いのです。それに随分と、強くなりました。これなら戦場で良い働きができるでしょう」
「そうか……」
「クドウ様は【神の酒】をお飲みにならないのですか?」
「ああ、俺は飲むなと言われていてね」
「どうして……」
「俺が愚者だから、だと」
「そんな……嗚呼、あの【神の酒】を飲んでからというもの、私は生まれ変わりました。早く駆けることが出来ますし、高く飛べます。夜目もききます。それに、力だって……。とても素晴らしい授かりものを頂きました。……ただ……」
「ただ?」
「最近、喉が渇くのです」
そう言ってクロイが自分の喉に触れた。
困ったような顔ではなく、飢えたような目つきで俺をじとりと見たのだ。
「……段々、それが酷くなってくるような……。水を飲んでも、その渇きがとれなくて……」
「大丈夫かい?」
「他の者も言っています。恐らく【神の酒】を飲んだからではないかとは思いますが……その内おさまるでしょう」
そう言ってクロイが微笑んだ。
俺は何も言わずに煙草を差し出したが、困ったように笑って辞退された。そうかい、と言いながら俺はぱくり、と口に煙草を咥える。火をつけて半分程吸ったころだろうか。
頭に声が流れる。
例えば城や家や、国だ。
もしくは何かからそれらを敵や賊から守るために造るものだ。そして必要な者だけを入れるために扉がある。
この門はどこへ通じているんだ。
そしてどこへ行けるんだ。
ジモンは二の扉を開けて意気揚々と奥へと行ったが、散々な姿で帰ってきた。
神の国に行ってきたのか?
いいや、そうではないと俺の勘が言う。
そもそも、【アレ】は神なのか。
俺は神を信じない。
少なくとも、他人を無償で救い続ける神を、俺は信じない。
俺はいつものように煙草をふかす。
ロルがジモンを犯した夜からロルは四回ジモンを犯した。
俺は門の中で煙草を吸う。変わりがない。
朝が来ると偽の応接室には俺が汚した灰皿は美しく磨かれていて、俺のいつも吸っている銘柄の煙草が添えてある。俺はそれに礼も言わず煙草を三箱ポケットに放り込んでからソファーに座って何をするでもなく煙草を吸う。
あの夜から四日。
俺の部屋に朝方になるとロルがやってくる。日に日にあの可愛らしい少年は自信に満ちた王に変わっていく。あどけない声で俺を揺り起こし、俺の頬にキスをして「クドウ、後はよろしく」と言って自分の部屋に帰っていく。俺はまだ明けていない空を見上げながら渋々ジモンの部屋に向かう。途中の中庭や、長い廊下の向こう側で赤い光が見える。それは常に二つずつだった。時にはジモンの部屋の近くで誰かが荒い息を立てながら赤く光った瞳を俺に向けて、無言で自慰をしていたこともあった。
【神の酒】を振舞われた人間は二百人程だ。
そいつらが、興味を示しているのはジモンだ。なぜかは解らない。いや……少しは解るかもしれない。
ジモンは神が自分を作り替える為に赤い色水を自分に含ませたのだと信じているが、俺はもっと、嫌な気がする。
それを口にしてしまうと本当になる気がして、言えないでいる。
俺は昨日の夜、随分とやつれたジモンの体を拭きながら尋ねた。
「旦那……、明日が神とやらが言っていた七日後だけれど、本当に行くんですかい?」
「当然だ、何を迷う事があるというのだ」
「アタシは何か、嫌な気がするんですよ。今だっていい状況じゃない。それは旦那だって解っているでしょう?まあ……アタシは他人事ですけどねえ」
「俺は民衆の前で約束をしたのだ。自分の身になにが降りかかろうが承知の上だ。それでこの国が強く、長く繁栄されるのであれば構わん。ロルも……いつか目が覚める。良い事ではないか。女の様にいじけていた時よりも随分逞しくなった。王になるにはそれくらいでないといかん」
「それだって旦那……、あんたは自分の子供に……」
「よせ、言うな。俺だって解っているのだ。どうして……俺は強くなれんのだ……!俺だけが……」
「だから、怪しいでしょう。そんなことは解っているじゃ」
「駄目だ、行かねば。神を裏切れん。それに、民も願っている。強くなりたいと」
そう言って男らしい顔をしかめてジモンは俺を見つめた。
「おい、クドウ。俺を手伝え。あの門であった事はなにがあっても内密にしろ」
「そりゃあ……構いませんがね……」
「俺は神の子だ。必ず、最後は上手く行くようになっているのだ。今の俺の状態も、これは神の試練なのだ。俺は王だ、だから最後は誰よりも、強くなっているに違いあるまい」
「そういうもんですかねえ」
「そういうものだ」
そう言ってジモンが傲慢そうな顔で笑ったから、俺は勝手にしろ、と思いながら頷いた。
俺が朝の日課を済ませて門を開けるとすでに民衆や兵士が大勢集まっていた。門の近くに備え付けられた祭壇に、聖杯。その横にクロイが立っている。背の高い柔らかな物腰の青年。だが、その表情は最初に在った時よりも随分……男らしくなっている。彼もまた【神の酒】によって超人的な力を授かった一人だ。
「クドウ様!おはようございます。もうすぐ、王が参ります。どうか……また【神の酒】を我が国に持ち帰ってくださいませ……!」
「それは……構わんがね……。クロイさん、あんた、体の調子はどうだい?」
「ええ、とても良いのです。それに随分と、強くなりました。これなら戦場で良い働きができるでしょう」
「そうか……」
「クドウ様は【神の酒】をお飲みにならないのですか?」
「ああ、俺は飲むなと言われていてね」
「どうして……」
「俺が愚者だから、だと」
「そんな……嗚呼、あの【神の酒】を飲んでからというもの、私は生まれ変わりました。早く駆けることが出来ますし、高く飛べます。夜目もききます。それに、力だって……。とても素晴らしい授かりものを頂きました。……ただ……」
「ただ?」
「最近、喉が渇くのです」
そう言ってクロイが自分の喉に触れた。
困ったような顔ではなく、飢えたような目つきで俺をじとりと見たのだ。
「……段々、それが酷くなってくるような……。水を飲んでも、その渇きがとれなくて……」
「大丈夫かい?」
「他の者も言っています。恐らく【神の酒】を飲んだからではないかとは思いますが……その内おさまるでしょう」
そう言ってクロイが微笑んだ。
俺は何も言わずに煙草を差し出したが、困ったように笑って辞退された。そうかい、と言いながら俺はぱくり、と口に煙草を咥える。火をつけて半分程吸ったころだろうか。
頭に声が流れる。
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