空が青ければそれでいい

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店が開店して、独特の雰囲気が店を包む。お飾りの言葉に、薄い感情。
何が良おてここに来るんやろ。嘘の笑顔に嘘の言葉。ここにあるんは嘘ばっかりや。
厨房では原田さんと他のスタッフが注文を受けた飯を作る。作られた飯だけ見たら、さながらどっかの料亭みたい。
ママさんもこないな店辞めて、料亭でも作ればええのに…。やっぱり夜の世界で生きて来た人間は夜にしか生きれんのんか。
「威乃、これ剥いとけ」
原田さんに籠に入った山芋を渡された。
ここは買い付けもみんな原田さんの仕事で、山芋もどっかで有機栽培されたこだわりの一品。俺は言われた通りに土の付いた山芋を、一個一個洗っていく。
こんなんしてる場合やないのに、こんなんしとかな考えんでいいことまで考えて、どうにもならんくなる。
俺…こないに弱かった?俺…こないに情けなかった?
目の奥が熱くなって泣きたなった…。と、ジーンズのポケットにねじ込んだ携帯が振動した。
我に返り携帯を取り出すと、ディスプレイに篠田の文字。また面倒な奴からや…。
「原田さん、ちょっと電話いい?」
「おお。奥でついでに何か飲んでこい」
原田さんは俺に五百円玉を投げてよこした。俺はそれ受け取って、奥に移った。
事務所になってるそこは誰もおらんで、店の賑やかさもシャットダウンしてて静か。応接セットもあって、俺は当たり前のようにそのソファにダイブした。
疲れたわけやないのに、身体が疲れとる。心が疲れると、身体へもダメージがくるって初めて知った。
「あ、コーヒー買うん忘れた」
五百円玉もらったのに、事務所前の自販機シカトこいて来てもうた。
携帯はとっくに切れてて、ポケットから引っ張り出してみると着信ありの文字がディスプレイに映る。
携帯を弄って留守電が入ってないか見ようとしたら、携帯が再び震えだした。
「俺、最近めちゃモテまくり…。はい」
『あ、出た』
いやいや、出るやろ。いや、最近は携帯も役割こなしてへんかったな。
出ることの方がレアみたいな…。
「もしもし?」
『俺や、篠田』
「わかってるし」
『威乃ちゃん、何処や?家もおらんし…風間の倅とおるんか』
「ちゃうわ。貴子さんとこの店や」
『貴子?ああ、あの人か。ちょうどええわ、俺、近くおんねん行くわ』
「いやいや、何しに来んねん!ちょ!」
大丈夫って何が大丈夫なんか分からん返事だけして、俺の返事も聞かずに篠田さんは電話を切った。
市民の声を聞くんが仕事ちゃうんか、あんた。近くってどこやろ。刑事が店ん中入ってきたら、ええ迷惑や。
俺は起き上がって事務所を出ると自販機でコーヒー買うて、裏口に向かった。
表の賑やかさとは裏腹に店の裏は何か出そうなくらい暗い。使わんテーブルとか、そんなんが壁際に寄せられてて、その奥に裏口がある。
あんまり人が通らんからか、微妙に埃っぽい。ようやく辿り着いたドアの前に立って、ゆっくり開けた。
人一人、通れる位の道が表通りまで続く。街頭も何もないのに明るいのは、表通りのイルミネーションがこっちまで零れてるからか…。
「どこにおんねん…あの人」
携帯取り出して、渋々、着信履歴から篠田さんを捜し出し通話ボタンを押す。2コールで篠田さんは電話に出た。
周りのやかましさを聞くところ、表通りに居るらしい。
「…もしもし」
『あ、悪い悪い、店の前に行ってんけどなぁ、正面から入ってええんか分からんでな…』
やめてくれ…。ガサ入れやないんやから、営業中に入り口で桜大門掲げられたら営業妨害やで。俺が殺されるわ。
「裏や裏に来て…」
呆れて言うと、元気な返事が帰ってきた。あんた…やっぱり何しに来るん。
数分もせんうちにカツカツ足音が近づいて来て、ネオンの反射から篠田さんの顔が見えた。
「どーも…」
「久しぶりやなぁ…番犬はどないした」
あんたもハルも、龍大は犬やないし…。ちゅうか、Tシャツに薄手のジャケットだけ羽織ってタイトな黒のパンツにスニーカー。イケメンに磨きがかかっとる。
どこが刑事なん、この人。
「で、何の用」
「うわっ?冷た!何それ!切ななるわ!」
知らんがな…。
「様子見るんも俺の仕事や…。お母さんから連絡ないよな?」
「あったら言うし…」
「風間も動いてんやろ」
うわっ鋭っ!これが犬の嗅覚か!めちゃイヤやわ。
「龍大は風間組やないんやから…。ただの高校生やし…あんたらのが情報あるやろ」
ジロリと睨むと、痛いとこ突かれたみたいな顔して俺を見る。
相変わらず言動も軽い。ほんまに刑事なんか突っ込みたなる。
「あー、こんなんあんまり話したらあかんねんけどな…。ヤクザが関わってるみたいやわ」
知ってる…。言い掛けた言葉をコーヒーで飲み込んだ。
ってか、どこの組なんかも地味に知ってる。これは言ってええんか悪いんかって考えたら、言わん方がええ気がして黙った。
でも改めて警察から聞いたら実感もデカい…。間違いやのうてほんまなんやなって。
「そのヤクザって、組、わかってるん?」
何気に探り入れてみる。これで解ってたら、龍大らが動かんでも別にええんちゃうん?とか俺の微かな願望。
やっぱり、ヤクザが動くよりはお巡り動くんが何気にええんちゃうん?とか思ったり。
「いや、まだや…」
やっぱりヤクザの事はヤクザに聞けか…。あんたのが情報遅いな…。
俺の微かな願望は呆気なく砕かれた。
「…鬼塚」
フッと零した言葉に、篠田さんの目がギラリと光った。怖い怖い怖い!ってかなぜ言う俺っ!
「鬼塚って鬼塚組か」
「えっと、おかんに関わってる?」
な訳ないけど言うてみたら、篠田さんが吹き出した。
「そんな訳あるかぁ!鬼塚組やで。仁流会会長補佐やってる鬼塚組が、そないな真似して何の特あんねん」
知らんがな…言うてもうただけやんけ。有名人やねん…。最近俺の周りで一気に検索ランキング一位くらいの、よく聞く名前や。
何や疲れてもうて、その場にしゃがむ。長身の篠田さんが更にデカなった。
「あないな組関わってるとしたら、俺が言うんも何やけど、警察も動けんわ」
「何でアンタらが動けんようになるん」
「風間も鬼塚も規模も力もちゃう…。極道界のバランス保ってる組で、まぁ、下手に手ぇ出してもうたら色々とその均衡が崩れて拙いわけ。風間様、鬼塚様ってことやな、情けないけど」
やっぱり生きてる世界ちゃうな。改めて、風間龍大の大きさを知る。
それに加えて鬼塚心っていう人間の恐ろしさを知った気がした。死んでも逢いたない。
「威乃ちゃん、あんまり風間に深入りしたらあかんで」
篠田さんがやたらと真剣な顔で言うから、俺はただ頷くしかなかった。深入りしたらあかんのは、よう解ってた。
龍大かて、俺に近づくけど中身を全部見せてる訳やない。俺等の間には、目に見えん分厚い壁がある。
「今度、飯行こうや、威乃ちゃん痩せすぎ。美味い店知ってるし」
「仕事しろよ」
俺を飯に誘う前に仕事しろ。風間組が見つける前におかん探し出さな、あんたらめちゃくちゃ忙しなんで。
「してるよ、ちゃんとな」
座る俺の前に座って、俺の頬に軽くキスする。あんた…。
「未成年に手ぇ出したらあかんのんちゃうの、刑事が」
「向田さんにはリークせんでな」
ニヤリとガキみたいな笑顔に、溜め息が漏れる。そんなんしてたら、ガチャンとドアが開いて原田さんが顔出した。
「威乃?」
「あ、戻るわ」
原田さんは篠田さんをチラッと見ると軽く会釈した。ここは大人の常識なんかな。
「ほなね、篠田さん」
「おー。またな」
篠田さんが去るのを見て、裏口のドアを閉めた。
「刑事か?」
「見えへんやろ」
「見た目はな…。でも、目は刑事やな」
「へー、分からんわ」
目だけであいつは刑事とか、まだ人生の一部ほどしか生きてへん俺にはさっぱり解らん。
原田さんかて昔は老舗料亭の人間やったくせに、こないな夜の世界に足突っ込んだから、そんなん解るんちゃうん?
その辺に歩いてる、呼び込みの黒服に捕まるおっちゃんらには解らんやろうなぁ。
「上客来たから、ヘルプ頼むわ」
「へぇ…、どこの社長?」
「風間組や。見回り次いでやろ」
「ええ!?」
アホほど声あげてまう。
何?このピンポイント。俺、身体にチップでも埋め込まれたか?

店内はえらい盛り上がり。厨房までこないに聞こえてくるんは、あんまりない。
案外、静かに呑みたい客もおるから、いつもはそれなりに静かやのに、何このパーティー状態の盛り上がり…。
「あ、威乃ちゃん戻った?おいで、紹介したるわ風間組の幹部さん」
上機嫌のママさんが厨房に顔を出して言うてくる。
いや、いらん。だって風間組の次期組長と朝飯食う仲やから…。なんて言える訳もない。
渋々、店に顔を出すと、VIP席にお姉ちゃんをよおさんはべらした知った顔。予感的中。やっぱり俺、体内にチップ埋まってんねん。
「梶原さん、この子、うちの息子」
「はぁ?ママ、ガキなんかいつこさえてん…」
俺を見た梶原さんが、らしくないくらい固まった。ですよね…。
「秋山威乃です!!」
ここぞとばかりに挨拶をして、頭を下げ、初対面を装う。察しのええ梶原さんなら気ぃつくはず。
あんたと俺は初対面や。ヤーさんの知り合いは俺には皆無!
「ああ、梶原や…。ママ、小綺麗な息子おったんやな」
些か狼狽しとる。無理もない。あんたが自ら家に送り届けたのに、その俺がこないなとこおったら焦るわな。
「せやろ?まあうちの息子やないんやけど、息子と変わらんから、何ぞあったらお願いしますね」
いやいや…、もう世話なり通しやし…。
「ああ…」
梶原さんはウイスキーを飲みながら、俺をチラリと見た。何か言いたげや…。
「ママ、この坊や、ちょっと話してええか?取って食いやせんし」
「威乃と?躾してへんから口の利き方知りませんで、男は拳や言うて勉強もしてへんし」
いやいや、否定は出来ひんけど、言い方。そんな中2病発病状態のガキやあるまいし、男は拳なんて言うたこと…あったかもしらん。
痛いわ、俺。こうして言われると痛すぎる。
「かまへんかまへん。口の利き方なってないんは、うちの若衆かてせや…。この辺の裏側の情報聞きたいねん…。姉ちゃん外してや。あ、向こうの若い奴らの相手したって。今日は何でも頼めって言うて」
「あら!そうですかー?ほな、うんとサービスしますねぇ。威乃…失礼ないようにね」
ママさんの眼光は、いつになく”なんぞヘマしたら、承知せん!”って言わんばかりに光ってた。
怖いって…。
ママさんが姉ちゃんに目で合図すると、姉ちゃんらは”失礼しまーす”と頭のてっぺんから声出して消えて行く。俺も”失礼しまーす”言うて消えたい。
アホみたいに広いVIP席の中央で、心なしか蟀谷が痙攣しとる梶原さんがニッコリ微笑んだ。
あーあ、レントゲン撮ってもらお。チップ取り出してもらわな。
「座ってください…威乃さん」
突っ立つ俺を見る梶原さんの瞳が、ギラリと光ったのは俺の気のせいか。
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