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第4幕・ARE(アレ)の章〜⑬〜
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夕方に自宅に帰り着いた僕は、ショッピングモール『コロワ』の地下にあるイオン・スーパーで買ってきたしゃぶしゃぶ用の豚肉をサッと湯にくぐらせ、ゆでたカイワレ大根とモヤシを添えて、夕食の準備を整えた。
試合開始の30分前には夕飯の支度が終わったので、シャワーを浴びて身を清めて、プレイボールに備える。
試合前の球場内の雰囲気を確認したかったので、リビングに壁かけたテレビの電源をオンにして、ケーブルテレビのCS放送GAORAを選局すると、暮れなずむ空と美しい緑の芝が目に飛び込んできた。
当然のことながら、スタンドは超満員に膨れ上がり、カメラが捉える客席のファンの表情は、みんな今日の『アレ』達成に対する期待で満ちている。
この日の試合を現地で見届けることができるファンを羨ましく想いつつ眺めていると、プレイボールの時間が迫ってきたので、地上波のサンテレビに切り替えると、阪神ファンにとってはおなじみのテーマ曲『スプリング・レディーバード』が流れてきた。
我がチームが連勝を重ねている時に、この曲を聞くと自然と気分が上がるのは、僕だけではないだろう。
球場のスタンドにいるファンに負けないくらい高ぶる気持ちを抑えつつ、テレビ画面を食い入るように見つめると、先発投手の才木浩人が投球モーションに入り、ジャイアンツの先頭打者・長野久義に勢いのあるストレートを投げ込んだ。
※
初球のストレートは、153Km/hを計測し、外角やや高めにズバリと決まる。
主審が、「ストライク!」とコールすると、場内からは歓声が響いた。
初回の第一球目とは思えない、そのボリュームの大きさに、今日の試合に対する期待の高さがうかがえる。
先頭打者の長野には7球ねばられたものの、最後は高めのボール球で空振りの三振に抑えた才木は、二番打者の門脇誠を三球三振に切ってとり、続く三番の丸佳浩をキャッチャーへのファウルフライに打ち取る。
キャッチャーの坂本誠志郎が、ボールをミットに収めると、スタンドからは、ものスゴい歓声が起こった。
テレビのスピーカー越しにも、
ド~~~
という地鳴りのように聞こえるその歓声は、これまでのテレビ観戦でも体験したことのないくらいのボリュームだ。
スタジアムに詰めかけているファンの想いが現れているようで、今日の一戦に込められた気持ちの大きさをあらためて感じさせらたれた。
(この重圧に、選手は耐えられるだろか――――――?)
そんな、僕の心配をよそに、先発の才木浩人は、中盤まで安定した投球を見せ、ジャイアンツ打線にチャンスすら作らせず、阪神ベンチとファンの期待に、十分以上に応えている。
今日の試合にかかる期待は、関西地区でしか視聴できないサンテレビと有料のCS放送だけではまかないきれなかったと見えて、BS朝日は、急遽ベルーナドームのライオンズ対ホークス戦と甲子園の試合の二元中継を決定し、ネット配信を行う阪神球団公式の『虎テレ』は、殺到するアクセスに対して、サーバーを増強し、本来は有料である試合中継の無料開放を決定した。
一方の打線は、ゆうしょ……いや、『アレ』が掛かった一戦のプレッシャーのためか、再三、チャンスを作るものの初回は、一死一・三塁で大山悠輔がダブルプレー、4回には、三連打で作った無死満塁の好機に、佐藤輝明が三振、シェルドン・ノイジーがダブルプレーと、およそ考え得る限り、最悪のパターンで中盤まで無得点のまま試合は進んだ。
特に僕が頭を抱えた、4回の攻撃で、ピッチャーゴロのダブルプレーに倒れたノイジーに関しては、思わず呪詛の言葉を吐きそうになった。
今年のタイガース打線において、シーズン前半は3番、シーズン後半は5番と6番を任されることの多かったこの外国人打者のここまでの打率は、2割4分前後。ホームランは6本と日本人打者だったとしても及第点をあげられるかどうかギリギリの成績だ。
彼の今シーズンの推定年俸は、130万ドル(約1億8200万円)。
これは、『史上最強の助っ人』と言われる、我々、阪神タイガースファンにとっての現人神に等しいランディ・バースの最高年俸と、ほぼ同じ金額だそうだ。
(伝えられるところによるバースの最高年俸は、1987年の1億8000万円)
ノイジーの年俸と同じ額でバースが雇えた昭和末期の日本経済と日本円が強かったのか、バースと同じ額の年俸でノイジーを雇うことになる令和の日本経済と日本円が世界的に見て停滞しているのか、経済の専門家ではない僕にはわからないが、この現実をプロ野球ファンだけでなく、すべての日本人は、もっと深刻に受け止めるべきではないか――――――?
……と、試合とは、まったく関係ないことを考えながらも、6回裏に訪れた三度目のチャンスに、今度こそは――――――と、期待を寄せる。
近本と森下のヒットで作った一死一・三塁の好機で打席に向かうのは、4番の大山。
初回のチャンスを併殺打でつぶしているだけに、ここは、なんとしても、4番のはたらきを期待したい。
(頼む大山……なんとか先制点を……)
祈るような気持ちでテレビ画面を食い入るように見つめていた僕の願いが通じたのか、ここまで粘り強く阪神打線を無失点に抑えていたジャイアンツの先発・赤星優志の投じた3球目を振り抜いた打球は、センターへの飛球になる。
「この距離なら、十分だ! なぜなら、三塁ランナーは近本だから!!」
サンテレビ・湯浅アナウンサーの実況の通り、近本が悠々とホームベースに生還し、我がチームは先制点をあべる。
そして、大歓声の余韻が残るなか、次の打者・佐藤輝明も、外角に投じられた変化球をセンターに打ち返す!
その低い弾道の打球が、バックスクリーンに吸い込まれた瞬間、僕の中の感情が弾けた。
「よっしゃ~! サトテル、最高や~!!」
夕飯の片付けが終わっていないテーブルを前に、大声をあげてしまった僕の声は、アパートの隣室にも響いたかも知れない。
しかし、自分の行動を自重すべき、と反省したところ、開け放していた窓からは、近隣の家からと思われる拍手が聞こえ、この試合の注目の高さを感じさせられた。
中軸打者の活躍で3点のリードを奪った次の回に、ジャイアンツの4番・岡本和真のホームランで1点を返されたものの、その裏に相手のエラーで1点を追加し、リードを保ったまま、終盤を迎える。
試合展開が落ち着いたことを確認して、タブレットで情報収集をしながら、僕はX(旧Twitter)に投稿を行った。
試合開始の30分前には夕飯の支度が終わったので、シャワーを浴びて身を清めて、プレイボールに備える。
試合前の球場内の雰囲気を確認したかったので、リビングに壁かけたテレビの電源をオンにして、ケーブルテレビのCS放送GAORAを選局すると、暮れなずむ空と美しい緑の芝が目に飛び込んできた。
当然のことながら、スタンドは超満員に膨れ上がり、カメラが捉える客席のファンの表情は、みんな今日の『アレ』達成に対する期待で満ちている。
この日の試合を現地で見届けることができるファンを羨ましく想いつつ眺めていると、プレイボールの時間が迫ってきたので、地上波のサンテレビに切り替えると、阪神ファンにとってはおなじみのテーマ曲『スプリング・レディーバード』が流れてきた。
我がチームが連勝を重ねている時に、この曲を聞くと自然と気分が上がるのは、僕だけではないだろう。
球場のスタンドにいるファンに負けないくらい高ぶる気持ちを抑えつつ、テレビ画面を食い入るように見つめると、先発投手の才木浩人が投球モーションに入り、ジャイアンツの先頭打者・長野久義に勢いのあるストレートを投げ込んだ。
※
初球のストレートは、153Km/hを計測し、外角やや高めにズバリと決まる。
主審が、「ストライク!」とコールすると、場内からは歓声が響いた。
初回の第一球目とは思えない、そのボリュームの大きさに、今日の試合に対する期待の高さがうかがえる。
先頭打者の長野には7球ねばられたものの、最後は高めのボール球で空振りの三振に抑えた才木は、二番打者の門脇誠を三球三振に切ってとり、続く三番の丸佳浩をキャッチャーへのファウルフライに打ち取る。
キャッチャーの坂本誠志郎が、ボールをミットに収めると、スタンドからは、ものスゴい歓声が起こった。
テレビのスピーカー越しにも、
ド~~~
という地鳴りのように聞こえるその歓声は、これまでのテレビ観戦でも体験したことのないくらいのボリュームだ。
スタジアムに詰めかけているファンの想いが現れているようで、今日の一戦に込められた気持ちの大きさをあらためて感じさせらたれた。
(この重圧に、選手は耐えられるだろか――――――?)
そんな、僕の心配をよそに、先発の才木浩人は、中盤まで安定した投球を見せ、ジャイアンツ打線にチャンスすら作らせず、阪神ベンチとファンの期待に、十分以上に応えている。
今日の試合にかかる期待は、関西地区でしか視聴できないサンテレビと有料のCS放送だけではまかないきれなかったと見えて、BS朝日は、急遽ベルーナドームのライオンズ対ホークス戦と甲子園の試合の二元中継を決定し、ネット配信を行う阪神球団公式の『虎テレ』は、殺到するアクセスに対して、サーバーを増強し、本来は有料である試合中継の無料開放を決定した。
一方の打線は、ゆうしょ……いや、『アレ』が掛かった一戦のプレッシャーのためか、再三、チャンスを作るものの初回は、一死一・三塁で大山悠輔がダブルプレー、4回には、三連打で作った無死満塁の好機に、佐藤輝明が三振、シェルドン・ノイジーがダブルプレーと、およそ考え得る限り、最悪のパターンで中盤まで無得点のまま試合は進んだ。
特に僕が頭を抱えた、4回の攻撃で、ピッチャーゴロのダブルプレーに倒れたノイジーに関しては、思わず呪詛の言葉を吐きそうになった。
今年のタイガース打線において、シーズン前半は3番、シーズン後半は5番と6番を任されることの多かったこの外国人打者のここまでの打率は、2割4分前後。ホームランは6本と日本人打者だったとしても及第点をあげられるかどうかギリギリの成績だ。
彼の今シーズンの推定年俸は、130万ドル(約1億8200万円)。
これは、『史上最強の助っ人』と言われる、我々、阪神タイガースファンにとっての現人神に等しいランディ・バースの最高年俸と、ほぼ同じ金額だそうだ。
(伝えられるところによるバースの最高年俸は、1987年の1億8000万円)
ノイジーの年俸と同じ額でバースが雇えた昭和末期の日本経済と日本円が強かったのか、バースと同じ額の年俸でノイジーを雇うことになる令和の日本経済と日本円が世界的に見て停滞しているのか、経済の専門家ではない僕にはわからないが、この現実をプロ野球ファンだけでなく、すべての日本人は、もっと深刻に受け止めるべきではないか――――――?
……と、試合とは、まったく関係ないことを考えながらも、6回裏に訪れた三度目のチャンスに、今度こそは――――――と、期待を寄せる。
近本と森下のヒットで作った一死一・三塁の好機で打席に向かうのは、4番の大山。
初回のチャンスを併殺打でつぶしているだけに、ここは、なんとしても、4番のはたらきを期待したい。
(頼む大山……なんとか先制点を……)
祈るような気持ちでテレビ画面を食い入るように見つめていた僕の願いが通じたのか、ここまで粘り強く阪神打線を無失点に抑えていたジャイアンツの先発・赤星優志の投じた3球目を振り抜いた打球は、センターへの飛球になる。
「この距離なら、十分だ! なぜなら、三塁ランナーは近本だから!!」
サンテレビ・湯浅アナウンサーの実況の通り、近本が悠々とホームベースに生還し、我がチームは先制点をあべる。
そして、大歓声の余韻が残るなか、次の打者・佐藤輝明も、外角に投じられた変化球をセンターに打ち返す!
その低い弾道の打球が、バックスクリーンに吸い込まれた瞬間、僕の中の感情が弾けた。
「よっしゃ~! サトテル、最高や~!!」
夕飯の片付けが終わっていないテーブルを前に、大声をあげてしまった僕の声は、アパートの隣室にも響いたかも知れない。
しかし、自分の行動を自重すべき、と反省したところ、開け放していた窓からは、近隣の家からと思われる拍手が聞こえ、この試合の注目の高さを感じさせられた。
中軸打者の活躍で3点のリードを奪った次の回に、ジャイアンツの4番・岡本和真のホームランで1点を返されたものの、その裏に相手のエラーで1点を追加し、リードを保ったまま、終盤を迎える。
試合展開が落ち着いたことを確認して、タブレットで情報収集をしながら、僕はX(旧Twitter)に投稿を行った。
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