僕のペナントライフ

遊馬友仁

文字の大きさ
上 下
43 / 78

第3幕・Empowerment(エンパワーメント)の章〜⑦〜

しおりを挟む
 7月2日(日)

 月が変わり、日から1週間が経過しても、悶々とした気持ちを抱えたまま、僕は日々を過ごしていた。

 1週間前と同じく、

(あの男性ヒトは、誰なんだろう……?)
(奈緒美さんの家に招かれるような仲なんだろうか……?)

と、自分では答えを導き出せない疑問が、頭の中をグルグルと駆け回ると同時に、

(どうして、あの時、奈緒美さんに声を掛けなかったんだ……)

という自分自身への嫌悪感が、僕の心を覆う。

 駅の改札口に向かう二人をコッソリと追いかけ、挙げ句、彼女が男性と別れたの確認すると、その場から逃げるように去ってしまった自分の意気地なさが、本当に情けなくなる。

 小学生の頃に転校していったクラスメートに淡い感情を抱いた時や、高校に入学してから一緒に文化委員の仕事をしていた女子に親しみ以上の想いを抱いていた時、そして、なかなか就職が決まらず、鬱々とした感情のまま、仲の良かったサークル仲間の女友達に想いを告げられなかった二年前――――――。

 いま思えば不思議なことだけど、なぜか、そばにいる異性に対して興味や関心が高まった時期に、我が愛するチームは、ペナントレースで優勝争いを演じ、そして、秋には虚しく敗れ去っていた。

 奈緒美さんとの仲が進展している……と、僕が一方的に思い込んでいた時期も、チームは首位を快走していたが、その流れが途切れたとたん、彼女との関係について、現実を思い知らされることになった。

 幸いなことに、沈みがちな僕の気分とは異なり、一度はセントラル・リーグの首位に立ったベイスターズが、連勝の反動からか、首位攻防戦直後の6月末から調子を落とし、阪神はアッサリと首位を奪還したものの、3位のカープ、4位のジャイアンツも交流戦後に調子を上げてきており、まだまだ抜け出すチームはなく、ペナントレースの行方は、混沌としている。

「贔屓の球団のチーム状況と自分のプライベートなことがリンクするなんて、馬鹿げたことだ……」

 と、何度も、その考えを否定するけど、多忙であるらしい奈緒美さんと連絡を取ろうか迷っている僕の気持ちと同様に、初夏の阪神タイガースは、シーズン序盤のように、勝ったり、負けたり、引き分けたりの一進一退の攻防を繰り返していた。
 
 【本日の試合結果】
 
 巨人 対 阪神 11回戦  巨人 2ー2 阪神

 初回にジャイアンツのブリンソンのホームランで先制を許した阪神は、1点を追う4回表にミエセスの押し出し死球と木浪のタイムリーで2点を挙げて逆転に成功する。
 しかし、その裏、先発の才木が、ジャイアンツの若きホープ秋広優人あきひろゆうとのソロ・ホームランで同点に追いつかれる。
 試合は、その後、両チームの投手陣が互いに得点を許さず、3時間45分の熱戦は、延長12回引き分けに終わった。
 
 ◎7月2日終了時点の阪神タイガースの成績

 勝敗:39勝27敗 3引き分け 貯金12
 順位:首位(2位と1.5ゲーム差)

 ※

 7月9日(日)

 その日の試合は、まるで、ここ数週間の僕の気持ちを表しているかのように、7回終了まで両チーム無得点のゼロ行進となり、膠着状態が続いていた。
 先発の西純矢にしじゅんやの後を継いだ岩貞祐太いわさだゆうたが三者凡退で8回表のスワローズの攻撃を三者凡退で抑えると、テレビ観戦をしていた僕は、

(この回は、一番の森下もりしたからか……チャンスを作る前にトイレに行っとくか……)

と考えて席を立ち、ワンルームの部屋からトイレに立つ。
 しかし、その選択を僕は後悔することになる。

 用を足し終えて、43∨型のテレビに目を向けると、画面には阪神ベンチが大写しになっている。

「えっ!? まさか……」

 と、絶句しながら画面に見入っていると、この日、前の週のジャイアンツ戦で死球を受けて登録を抹消された近本に代わって、1番打者として起用されたルーキーの森下翔太もりしたしょうたが、スワローズの三番手投手・木澤尚文きざわなおふみの真ん中に入ってきた速球をとらえて、満員の左中間スタンドに叩き込んだVTRが流れてきた。

 これは、森下にとって、公式戦でのプロ初ホームランだ。

 開幕前のオープン戦では、何本かホームランを放っていたものの、二軍での調整が続いた時期もあり、シーズン開幕から三ヶ月以上が経過して、ようやく第1号が飛び出した。
 正直なところ、この試合まで、森下の成績といえば、打率もさほど高くなく、ホームランも打っていなかったことから、この打者が一振りで試合を決めるということは、まったく予想できなかった。

 ただ、5月のカープ戦でサヨナラヒットを放ったときのように、初球から力強くバットを振っていけるのが、この選手の強みだ。

 自分の応援するチームの選手の能力を見くびってしまうなど、ファンにとってはあるまじき行為だ。

 さらに、ドラフト1位で入団してきた大型新人のこの選手が、今後、どのように成長を遂げるのかはわからないが、将来有望な選手のプロ入り第1号ホームランを見逃してしまうとは、一生の不覚でもある。

 プライベートと同じく、試合観戦でもが悪いな、と感じながらも、首位争いをするチームに新たな戦力が加わったことをたくましく思い、ルーキーの飛躍に楽しみにしている自分に気づいた。

 【本日の試合結果】
 
 阪神 対 ヤクルト 14回戦  阪神 1ー0 ヤクルト

 タイガース・西純矢にしじゅんや、スワローズ・高橋奎二たかはしけいじ、両先発の好投もあり、両チーム無得点で迎えた8回裏、先頭で打席に立ったルーキーの森下翔太もりしたしょうたが、満員のレフトスタンドに飛び込む値千金以上に価値のあるソロ・ホームランを放って先制。
 8回表からマウンドに上がった岩貞祐太いわさだゆうたに勝ち星がつき、交流戦終盤から抑え投手クローザーに指名された岩崎優いわざきすぐるが12セーブ目をあげる。
 タイガースは、接戦を制して、単独首位の座を守った。
 
 ◎7月9日終了時点の阪神タイガースの成績

 勝敗:41勝30敗 3引き分け 貯金11
 順位:首位(2位と1.0ゲーム差)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

新訳 軽装歩兵アランR(Re:boot)

たくp
キャラ文芸
1918年、第一次世界大戦終戦前のフランス・ソンム地方の駐屯地で最新兵器『機械人形(マシンドール)』がUE(アンノウンエネミー)によって強奪されてしまう。 それから1年後の1919年、第一次大戦終結後のヴェルサイユ条約締結とは程遠い荒野を、軽装歩兵アラン・バイエルは駆け抜ける。 アラン・バイエル 元ジャン・クロード軽装歩兵小隊の一等兵、右肩の軽傷により戦後に除隊、表向きはマモー商会の商人を務めつつ、裏では軽装歩兵としてUEを追う。 武装は対戦車ライフル、手りゅう弾、ガトリングガン『ジョワユーズ』 デスカ 貴族院出身の情報将校で大佐、アランを雇い、対UE同盟を締結する。 貴族にしては軽いノリの人物で、誰にでも分け隔てなく接する珍しい人物。 エンフィールドリボルバーを携帯している。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

俺がママになるんだよ!!~母親のJK時代にタイムリープした少年の話~

美作美琴
キャラ文芸
高校生の早乙女有紀(さおとめゆき)は名前にコンプレックスのある高校生男子だ。 母親の真紀はシングルマザーで有紀を育て、彼は父親を知らないまま成長する。 しかし真紀は急逝し、葬儀が終わった晩に眠ってしまった有紀は目覚めるとそこは授業中の教室、しかも姿は真紀になり彼女の高校時代に来てしまった。 「あなたの父さんを探しなさい」という真紀の遺言を実行するため、有紀は母の親友の美沙と共に自分の父親捜しを始めるのだった。 果たして有紀は無事父親を探し出し元の身体に戻ることが出来るのだろうか?

Strain:Cavity

Ak!La
キャラ文芸
 生まれつき右目のない青年、ルチアーノ。  家族から虐げられる生活を送っていた、そんなある日。薄ら笑いの月夜に、窓から謎の白い男が転がり込んできた。  ────それが、全てのはじまりだった。  Strain本編から30年前を舞台にしたスピンオフ、シリーズ4作目。  蛇たちと冥王の物語。  小説家になろうにて2023年1月より連載開始。不定期更新。 https://ncode.syosetu.com/n0074ib/

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...