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第3章〜ピンチ・DE・デート〜⑤

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 水曜日の朝、週末に北川希衣子きたがわけいことウニバーサル・スタジオに出かけるということを伝えたためか、その日以降、真中仁美まなかひとみが、針太朗しんたろうに話しかけてくることはなかった。

安心院あじむ先生に相談するまで、彼女との接触は避けようと考えていたけど……)

 希衣子けいことウニバに出かけると聞いたあとの仁美ひとみの寂しそうな後ろ姿が気になっていた彼は、

(やっぱり、真中まなかさんと、ちゃんと話し合うべきなのかな……?)

と、それまではことなる想いを抱えながら悶々とした時間を過ごしたまま、金曜日の放課後を迎えていた。

 その日の授業とショート・ホーム・ルームが終了し、針太朗しんたろうが帰り支度をしていると、彼のもとに翌日に出かける約束をしているクラスメートが寄ってきて、声を掛ける。

「ハリモト! 明日は楽しみだね! 待ち合わせとかのために、LANEのアドレス教えてよ」

 いつもどおり、気さくに話しかけてくる希衣子けいこに、「うん……」と小さくうなずいた彼は、通信アプリを開いて自分のアカウントのQRコードをかざして、彼女に登録してもらう。

 アプリのトーク画面には、すぐに、

 ==============

 ケイコだよ!
 あしたは、よろしくね

 ==============

というメッセージとともに、黒頭巾を被ったウサギのキャラクターが、「よろしくお願いします」と言葉を発しているスタンプが送られてきた。
 公式のキャラクター総選挙でも、毎年上位にランクインするそのキャラは、悪役ながら、ちょっとドジっ子で憎めないところが、どこか希衣子けいこ自身を思わせるようなところがある、と針太朗しんたろうは感じる。

 ==============

 ありがとう!
 こちらこそ、よろしく

 ==============

 彼が、無言でメッセージを送り、「よろしくお願いいたします」の文字とともに、ペコリと頭を下げる柴犬のスタンプを送信すると、クラスメートは、

「あ~、かわいい~!」

と小さな歓声を上げたあと、「じゃあ、また明日ね! ハリモト、元気だしなよ」と針太朗しんたろうに声をかけて、放課後のクラブ活動に参加するため、教室を去って行った。

 希衣子けいこから最後にかけられた一言で、針太朗しんたろうは、

(やっぱり、悩んでいたことが表情に出てたのかな? 北川きたがわさんに心配させちゃったな……)

と、またも気持ちがヘコむのだった。

 ◆

 翌日の土曜日――――――。

 どんよりとした曇り空の下、針太朗しんたろうが、午前8時前にJRの最寄り駅である仲山寺なかやまでら駅の改札口に到着すると、北川希衣子きたがわけいこは、すでに改札の前で彼を待っていた。

「おはよう、ハリモト! 時間どおりだね」

 弾けるようにさわやかな笑顔で声をかけてきた彼女は、黒を基調としたデザインに白いストライプと大きな文字が書かれている衿から袖下にかけて、斜めの切り替え線が入っているらグランスリーブセーターに、ビーズチェーンのストラップが付いたレディースショルダーバッグ、プリーツのミニスカートに厚底の黒いブーツというスタイルだった。

「ハリモトと出かけるから、メインのアイテムは、アタシの好きな、SHEIN(シーイン)のブランドで揃えてみたんだ!」

 針太朗しんたろうに問いかけながら見せるその笑顔には、眩しさを感じる。

 そして、彼女は、こう付け加える――――――。

「どう? ハリモト、今日のコーデは?」

 出た! 男女で出かける際の定番にして、デートの最初の関門。彼女が選んだこの日のコーデの褒め方が問われるお約束の場面だ。
 生まれてこの方、デート目的で女子と待ち合わせをしたことがない針太朗しんたろう(先週、仁美ひとみと生徒会長の射会しゃかいに出かけたのは、建前上は見学目的だった)にとって、初めてと言っても良い経験だけに、彼が感じるプレッシャーは、半端はんぱではない。

「ボクと出かけるために考えてくれたんだ……嬉しいな! 今日の服、北川きたがわさんに、とても良く似合ってると思うよ」

 緊張の面持ちで、針太朗しんたろうが、なんとか、それだけを口にすると、目の前のクラスメートは、

「う~~~ん、惜しい90点!」

と、返答する。

 彼からすれば、想定外の高評価に「えっ!?」と思わず聞き返すと、希衣子けいこは、チッチッチと人差し指を小さく振ったあと、針太朗しんたろうの鼻先で指を止めて

「最初に話した日に言ったじゃん! 北川きたがわさんじゃなく、ケ・イ・コ、な!」

と注意喚起を行ってから、ニパッと笑顔になる。

「でも、それ以外は完璧! 良かった~、ハリモトに喜んでもらえて! 昨日から、どんなコーデに悩んだ甲斐があった~。嬉しいな~」

 飛び跳ねるようにはしゃぐ彼女の表情は、まるで、真夏の太陽そのものの眩しさだ。
 そして、それは、ここのところ、隣のクラスの女子生徒のことで、悶々と悩んでいた針太朗しんたろうの気持ちだけでなく、どんよりとした曇りがちな空まで晴れるような効果すら感じさせる明るさだった。

(ボクなんかのために、こんなに楽しみにしてくれていたなんて、なんだか嬉しいな……)

 北川希衣子きたがわけいこの底抜けに明るい表情を目にして、針太朗しんたろうはそう感じると同時に、仁美ひとみの言動について、答えが出ない問題をウジウジと考え続けている自分が恥ずかしく、目の前の彼女に対して、とても、申し訳ないと感じる気持ちが湧いてきた。

(そうだ、今日は、北川きたがわさん……いや、ケイコさんと出かけるんだ! 思い切り楽しまなくちゃ)

 気持ちを切り替えようと、笑顔を見せる彼に、希衣子けいこは、「行こう! もうすぐ電車が来るよ」と、自動改札口にICカードをタッチさせて、プラットホームに向かって歩き出した。
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