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第2章〜恋の中にある死角は下心〜④
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その日の放課後――――――。
針本針太朗は、グッタリとした表情で、保健室の椅子に座っていた。
親しげに名前を呼ぶ隣のクラスの委員長の存在に色めき立ったクラスメートの辰巳良介と乾貴志の二人が、彼と真中仁美の関係を休み時間の度ごとに、執拗に追及してきたからだ。
針太朗は、
「入学式の日に、駅から生徒専用ゲートを使わずに迷いそうになっていたところを彼女に手助けしてもらっただけだ」
ということを何度も語ったのだが、その程度の説明では、二人は、とうてい納得できないようだった。
それでも、針太朗が、
「ボクだって、どうして、真中さんが、「シンちゃん」なんて親しげに名前を呼んでくるのか知りたいくらいだよ」
そんな、心からの声を絞り出すと、貴志は、これ以上、彼を追及してもムダだと判断したのか、
「あとは、真中本人に聞いてみるか……」
と、引き下がる姿勢を見せた。
そのことだけでなく、前日、四人の女子生徒たちから、デートの申し出を受けたことで相談する相手を求めた針太朗は、保健室の番人である養護教諭の安心院幽子に話しを聞いてもらうため、この部屋にやってきたのだ。
「なるほど……仁美は上手く恋人役を演じてくれていたが、彼女たちには通用しなかった。そして、仁美の芝居が、逆に周りの男子の興味を引くことになってしまった、と……」
状況を確認するように問いかける幽子に、針太朗は、「はい……」と小さな声でうなずく。
「そうか……やはり、リリムに目を付けられた者は、日常生活の色々な場面に影響が出るものだな……」
養護教諭は、小さな丸椅子に座って放心している男子生徒に同情するように苦笑すると、
「しかし、リリムの彼女たちに、仁美《ひとみ》が恋人でないと早々とネタバラシをしてしまったのは、良くなかったな……」
と、言葉を続ける。
ただ、針太朗は、幽子のつぶやきを耳にすると、すぐに彼女に反論した。
「先生は、良くなかった、と言いますけど……あそこで、真中さんのことを正直に伝えなかったとしても、すぐにバレていたと思います。ボクは、恋人同士なんて、どんな風に振る舞えば良いのかわからないし……それに、これ以上、無関係の彼女を巻き込むわけには……」
最後は、声のトーンが下がる、やや気弱な意見表明ではあったが、彼の言葉に、保健医は、「ほう……」と、関心を寄せる。
「仁美のことを考えてのことだったのか……ただな、針本。彼女が、キミの手助けをすることについて、何のメリットも無い、というわけでもないんだ」
幽子の言葉を意外に感じた針太朗は、彼女に質問を返す。
「というと……?」
「あぁ、仁美が、演劇部に所属していることは、キミも知っていると思うが……今度の舞台で、恋人を病気で亡くす役を演じるそうなんだが……異性との交際経験が無いアノ娘には、その恋人を失う心の痛みが、十分に理解できないそうだ。そこで、キミと恋人同士のように振る舞えば、少しは、大切な相手を失う痛みが理解できるんじゃないか、と考えているらしい」
「そ、そうだったんですか……」
「そして、もう一つ……キミと同じく、仁美も複数の異性から熱心にアプローチを受けているみたいでな……部活動に専念したい彼女は、そうした相手を避けるためにも、恋人役を演じてくれる相手がいるということは、それなりにメリットがあるというわけだ」
「な、なるほど……」
保健医の言葉は、真中仁美の行動について、不思議に感じていた針太朗の疑問を氷解させるのに、十分な説得力を持っていた。
(そうか……真中さんのことを、もっと良く知っておくべきだったな……)
(でも――――――辰巳と乾が彼女の名前を出したとき、ボクは、どうしてあんなに動揺してしまったんだろう……)
と、思案する彼に、幽子は続けて提案する。
「まあ、リリムの彼女たちにネタバラシをしてしまったとは言え、私としては、もうしばらく、仁美にそばに居てもらうようにした方が良いと思う。特定の女子が、そばに居るだけでも、十分に牽制になるし、彼女たちも、自由に動けなくなる」
隣のクラスの委員長のことを考えている間に語られた保健医の言葉に、意識を会話に向けた針太朗は、
「そういうものなんですか?」
と、再び質問を返す。
「あぁ……目に見えて雰囲気の良い男女の間に入って、オトコをかっさらうような行為は女子から不興を買うことは間違いない。同性の評判を気にしない者ならともかく、周囲との軋轢を避けたいと考える生徒なら、そのあたりの立ち回りには気を配るだろう。まして、生徒会の代表者やクラスの中心人物なら、なおさらだ」
なるほど、学院内で他社との交流が多そうな生徒会長や、社交的な性格の陽気な女子生徒なら、たしかに、そうかも知れない――――――と、針太朗は考えた。
ただ、高等部とは校舎や生活圏の異なる中等部の生徒、もしくは、同性の評価をまったく気にしない女子なら、どうだろう――――――?
針太朗は、ふと、今朝の始業前に隣のクラスの教室で目にした男子生徒と女子生徒のことを思い出す。
(もし、真相を知ったとしたら……高見さんは、仲の良かった男子の魂を奪った女子を恨んだりするんだろうか?)
自分の身に降りかかるかも知れない事態以上に、彼には、そのことが気掛かりだった。
そんな針太朗に、幽子は、こんな提案をする。
「とりあえず、週末に東山の射会を観に行くときには、仁美に付き添ってもらう方が良いだろう」
針本針太朗は、グッタリとした表情で、保健室の椅子に座っていた。
親しげに名前を呼ぶ隣のクラスの委員長の存在に色めき立ったクラスメートの辰巳良介と乾貴志の二人が、彼と真中仁美の関係を休み時間の度ごとに、執拗に追及してきたからだ。
針太朗は、
「入学式の日に、駅から生徒専用ゲートを使わずに迷いそうになっていたところを彼女に手助けしてもらっただけだ」
ということを何度も語ったのだが、その程度の説明では、二人は、とうてい納得できないようだった。
それでも、針太朗が、
「ボクだって、どうして、真中さんが、「シンちゃん」なんて親しげに名前を呼んでくるのか知りたいくらいだよ」
そんな、心からの声を絞り出すと、貴志は、これ以上、彼を追及してもムダだと判断したのか、
「あとは、真中本人に聞いてみるか……」
と、引き下がる姿勢を見せた。
そのことだけでなく、前日、四人の女子生徒たちから、デートの申し出を受けたことで相談する相手を求めた針太朗は、保健室の番人である養護教諭の安心院幽子に話しを聞いてもらうため、この部屋にやってきたのだ。
「なるほど……仁美は上手く恋人役を演じてくれていたが、彼女たちには通用しなかった。そして、仁美の芝居が、逆に周りの男子の興味を引くことになってしまった、と……」
状況を確認するように問いかける幽子に、針太朗は、「はい……」と小さな声でうなずく。
「そうか……やはり、リリムに目を付けられた者は、日常生活の色々な場面に影響が出るものだな……」
養護教諭は、小さな丸椅子に座って放心している男子生徒に同情するように苦笑すると、
「しかし、リリムの彼女たちに、仁美《ひとみ》が恋人でないと早々とネタバラシをしてしまったのは、良くなかったな……」
と、言葉を続ける。
ただ、針太朗は、幽子のつぶやきを耳にすると、すぐに彼女に反論した。
「先生は、良くなかった、と言いますけど……あそこで、真中さんのことを正直に伝えなかったとしても、すぐにバレていたと思います。ボクは、恋人同士なんて、どんな風に振る舞えば良いのかわからないし……それに、これ以上、無関係の彼女を巻き込むわけには……」
最後は、声のトーンが下がる、やや気弱な意見表明ではあったが、彼の言葉に、保健医は、「ほう……」と、関心を寄せる。
「仁美のことを考えてのことだったのか……ただな、針本。彼女が、キミの手助けをすることについて、何のメリットも無い、というわけでもないんだ」
幽子の言葉を意外に感じた針太朗は、彼女に質問を返す。
「というと……?」
「あぁ、仁美が、演劇部に所属していることは、キミも知っていると思うが……今度の舞台で、恋人を病気で亡くす役を演じるそうなんだが……異性との交際経験が無いアノ娘には、その恋人を失う心の痛みが、十分に理解できないそうだ。そこで、キミと恋人同士のように振る舞えば、少しは、大切な相手を失う痛みが理解できるんじゃないか、と考えているらしい」
「そ、そうだったんですか……」
「そして、もう一つ……キミと同じく、仁美も複数の異性から熱心にアプローチを受けているみたいでな……部活動に専念したい彼女は、そうした相手を避けるためにも、恋人役を演じてくれる相手がいるということは、それなりにメリットがあるというわけだ」
「な、なるほど……」
保健医の言葉は、真中仁美の行動について、不思議に感じていた針太朗の疑問を氷解させるのに、十分な説得力を持っていた。
(そうか……真中さんのことを、もっと良く知っておくべきだったな……)
(でも――――――辰巳と乾が彼女の名前を出したとき、ボクは、どうしてあんなに動揺してしまったんだろう……)
と、思案する彼に、幽子は続けて提案する。
「まあ、リリムの彼女たちにネタバラシをしてしまったとは言え、私としては、もうしばらく、仁美にそばに居てもらうようにした方が良いと思う。特定の女子が、そばに居るだけでも、十分に牽制になるし、彼女たちも、自由に動けなくなる」
隣のクラスの委員長のことを考えている間に語られた保健医の言葉に、意識を会話に向けた針太朗は、
「そういうものなんですか?」
と、再び質問を返す。
「あぁ……目に見えて雰囲気の良い男女の間に入って、オトコをかっさらうような行為は女子から不興を買うことは間違いない。同性の評判を気にしない者ならともかく、周囲との軋轢を避けたいと考える生徒なら、そのあたりの立ち回りには気を配るだろう。まして、生徒会の代表者やクラスの中心人物なら、なおさらだ」
なるほど、学院内で他社との交流が多そうな生徒会長や、社交的な性格の陽気な女子生徒なら、たしかに、そうかも知れない――――――と、針太朗は考えた。
ただ、高等部とは校舎や生活圏の異なる中等部の生徒、もしくは、同性の評価をまったく気にしない女子なら、どうだろう――――――?
針太朗は、ふと、今朝の始業前に隣のクラスの教室で目にした男子生徒と女子生徒のことを思い出す。
(もし、真相を知ったとしたら……高見さんは、仲の良かった男子の魂を奪った女子を恨んだりするんだろうか?)
自分の身に降りかかるかも知れない事態以上に、彼には、そのことが気掛かりだった。
そんな針太朗に、幽子は、こんな提案をする。
「とりあえず、週末に東山の射会を観に行くときには、仁美に付き添ってもらう方が良いだろう」
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