上 下
10 / 66

第1章〜初恋の味は少し苦くて、とびきり甘い〜⑨

しおりを挟む
「いや、彼にちょっとしたテストをしていただけだ。そう怖い目で睨むな、仁美ひとみ

 針太朗しんたろうと同じ学年の女子生徒の冷たい視線を受け流し、養護教諭は苦笑しながら、真中仁美まなかひとみに返答する。

 そして、保健医と同級生が互いにファースト・ネームで呼び合っていることに気づいた針太朗しんたろうは、したたかに打ち付けた右腕をさすりながら立ち上がり、

「名前で呼んでいるということは、安心院あじむ先生と真中まなかさんは、親しい仲なんですか?」

と、たずねる。

「あぁ、仁美ひとみの母親とは、ウチの実家が古くからの知り合いなんだ。私も、あきないをしている姉ほどではないが、でな……仁美ひとみの家族……真中家まなかけとも、親しくしているというわけだ」

 なるほど――――――。

 入学初日に、高等部までの道案内をしてくれた彼女なら、信頼を置けるかも知れない。
 まして、について、色々な知識を持っていそうな養護教諭が協力者として白羽の矢を立てているのならば、なおさらだ。

 そんな風に考えた針太朗しんたろうの中に、ほんの少しだけ安堵する気持ちが芽生えてくる。

 そのため、前日に続いて、お世話になることを申し訳なく思いながらも、真中仁美まなかひとみという同じ学年の女子生徒に親しみを覚えた彼は、愛想の良い微笑みを浮かべながら、

真中まなかさん、昨日に続いて、お世話になります」

と言って、握手を求めるように、彼女に対して右手を差し出す。

 だが、知り合ったばかりの同級生女子の反応は、針太朗しんたろうの期待したモノとは、ほど遠いモノだった。
 仁美ひとみは、彼の手を握り返すこともなく、両腕を胸の前で組んだままで、無表情で彼に返答する。

針本はりもとくんも、年上の女性に身体を触れられたくらいで、喜んでいて大丈夫なの? リリムの彼女たちは、これから、色んな手段でアナタを誘惑してくるんだよ?」

 同級生女子の取り付くしまもない態度に、差し出した手を慌てて引っ込めながら、謝罪する。

「ご、ゴメン……できる限り、気をつけるようにするから……」

 そう言葉にしつつも、

(あれ……? どうして、ボクは謝ってるんだ……?)

と疑問に感じ、自身の置かれた立場の理不尽さに、今さらながら、いきどおりを覚える。
 ただ、そのことを直接、口に出すことは遠慮して、もうひとつ、自分の中で疑問に感じていることを保健室にいる二人に問うてみる。

「あの……どうして、ボクは、彼女たちのターゲットにされているんですか? 自分で言うのも虚しいけど、女子にモテるわけじゃない……というか、どっちかと言えば、ボクは女子と話すことが苦手なのに……」

 おそらく、針太朗しんたろう自身だけでなく、彼の性格を知っていれば、誰もが感じるこの疑問に答えたのは、人ならざるモノに対しての知識を豊富に持っている幽子ゆうこだった。

針本はりもと、それは、キミが実にリリム好みの特性を有しているからだろう。リリムは、自分だけに向けられるを好む傾向にあるそうだ。なかでも、それが、初恋ともなれば、彼女たちにとって、そのたましいは、なお甘美なごちそうになるという。差し支えなければ答えてほしいのだが……キミは、女子との会話が苦手と言っていたが、異性に恋をした経験はあるか?」

 恋愛経験という思春期の人間にとっては、あまり他人に触れられたくない事柄ではあるものの、自分の身に危険が及んでいることに加え、幽子ゆうこの有無を言わさないような迫力に気圧され、針太朗しんたろうは、ブルブルブルと、首を三度横に振って、

「いや……ボクには、そういう経験は無いです」

と、正直に自身の認識を述べる。
 その彼の言葉に、真中仁美まなかひとみは、ピクリと身体を震わせた。

 ただ、そんな二人の反応を気にする様子もなく、養護教諭は、淡々と言葉を続ける。

「そうか、やはりな……最近の高校生の恋愛事情は詳しくわからんが……高校生になるまで、恋愛感情を抱いたことがないというのは、それだけ貴重な存在だと言えるかも知れない。その上で、さっき私がキミに触れたときの初心うぶな反応だ。彼女たちにとって、キミのたましいはこれ以上ないくらいのごちそうだろう。針本はりもと、キミが、リリムたちのターゲットになるのは、自身の人生経験に理由がある、というわけだ」

 落ち着き払った様子で語る幽子ゆうこの言葉は、そこに特別な感情がこもっていない分、針太朗しんたろうにとっては、余計に恐ろしく感じられる。
 その言葉におののく男子生徒に対して、保健医は、さらに言葉を続けた。

「彼女たちは、自身がターゲットと定めた相手に対して、自分を印象付けるように、なんらかの小さなアプローチを始めることが多いらしい。まあ、一種のマーキングというヤツだな……最近では、SNSなどを通じて、ターゲットに近づくリリムも多いと聞くが……」

 養護教諭が、そこまで語ると、青ざめた表情の針太朗しんたろうは、先ほど確認した胸ポケットの封筒に続き、通学カバンにしまっていた三通の封筒を取り出す。

 薄いイエロー、薄いブルー、薄いピンクと合わせて、合計四通の封筒を確認した針太朗しんたろう仁美ひとみ幽子ゆうこの三人は、目の前の現実にため息をつく。

「私が言うのもなんだが、この学院の生徒は、ずいぶんと古典的な手段を取るんだな……」

 保健医の言葉に、「それな!」と心のなかで同調した二人の生徒は、無言でうなずくしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

はじまりはいつもラブオール

フジノシキ
キャラ文芸
ごく平凡な卓球少女だった鈴原柚乃は、ある日カットマンという珍しい守備的な戦術の美しさに魅せられる。 高校で運命的な再会を果たした柚乃は、仲間と共に休部状態だった卓球部を復活させる。 ライバルとの出会いや高校での試合を通じ、柚乃はあの日魅せられた卓球を目指していく。 主人公たちの高校部活動青春ものです。 日常パートは人物たちの掛け合いを中心に、 卓球パートは卓球初心者の方にわかりやすく、経験者の方には戦術などを楽しんでいただけるようにしています。 pixivにも投稿しています。

如月さんは なびかない。~クラスで一番の美少女に、何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

それいけ!クダンちゃん

月芝
キャラ文芸
みんなとはちょっぴり容姿がちがうけど、中身はふつうの女の子。 ……な、クダンちゃんの日常は、ちょっと変? 自分も変わってるけど、周囲も微妙にズレており、 そこかしこに不思議が転がっている。 幾多の大戦を経て、滅びと再生をくり返し、さすがに懲りた。 ゆえに一番平和だった時代を模倣して再構築された社会。 そこはユートピアか、はたまたディストピアか。 どこか懐かしい街並み、ゆったりと優しい時間が流れる新世界で暮らす クダンちゃんの摩訶不思議な日常を描いた、ほんわかコメディ。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...