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映画みたいな休日の朝

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 ゆるゆるとした眠りから目が覚めて、しばらくの間佐倉はぼんやりと部屋を眺めていた。久しぶりに長い睡眠をとったからか、一度スイッチの切れた体はすぐには動いてくれない。
 昨夜の記憶を辿ると、久米と体を重ねたことが思い出された。隣を探すが久米の気配はない。カーテン越しに入ってくる日光が随分高くなっていることに気づいて佐倉はのそのそと起き上がった。
 今日が久しぶりの休みであることを体もわかっているのではないかと思えるほどに動きが鈍い。まだもう一眠りできるくらいに瞼が落ちてきていた。佐倉は眠たさからムスッとした顔つきになる。

「起きたの? おはよう」

 寝室を出れば久米にそう声をかけられる。時計を見れば案の定昼を回っていた。佐倉は頬を膨らませたまま久米をじっとりと見やる。

「……なんで起こしてくれなかったの」

 久米は少し前から起きていたのか、部屋着に着替えてコーヒーを飲んでいた。脱ぎ散らかしたシャツをいい加減に身につけている佐倉とは違う。久米は目のやり場に困ると言って少し目を逸らし、困ったように微笑む。

「だって疲れてたでしょ? たまの休みなんだし、ゆっくりしなよ」

 なにかと忙しく、会えない日々が続いていた。今朝もぐっすりと寝ている佐倉に余程疲れていたのだろうと起こさないように気をつけていたのだ。その結果本人は不満らしく、唇をキュッと結んでいる。

「久米くんとドライブして美味しいもの食べ行こうと思ってたのに」

 この前いい店を見つけたから連れて行きたかったのだと口惜しげに言いながら佐倉はぼすんっ隣に腰掛けた。裸足をパタパタとさせたか思うと、佐倉はこめかみを肩のあたりに擦り付けてくる。だだをこねる子供のような幼い仕草が愛しくて久米は思わず笑ってしまった。

「俺の下手くそな目玉焼じゃ嫌?」

 久米がそう言えば、佐倉はパッと顔を上げた。

「食べる! 食べたい!」

 久米くんの手料理久しぶり、と佐倉がかまり嬉しそうに言うので久米は大したものじゃないと萎縮する。まだ眠りの余韻を残した高い体温が伝わってきて、久米はほとんど外れていたボタンをかけ直してやった。

「じゃあベッド行ってていいよ。そこでご飯食べよう、映画みたいにさ」

 第二ボタンまで閉めてやると、佐倉はおもしろい遊びを提案された子供のようにキラキラとした目で見上げてくる。わかった、と言って立ち上がると裾が舞って下着をつけていないのが見えてしまう。

「ご飯食べたらまたエッチしてくれる?」

 佐倉はそう言って久米の首に腕を回す。もちろん、と答えれば佐倉は嬉しそうに軽く唇を押し当ててくる。じゃあ待ってる、と弾んだ声で言って拗ねた顔つきはどこへやら、上機嫌に顔を緩ませて寝室に戻っていった。
 久米は約束通りキッチンに立ち、冷蔵庫を開ける。トースト、バター、目玉焼きとホットミルク。そしてデザートには恋人を。何と言っても今日は休日。好き勝手に過ごすに限る。
 油の跳ねる音に混じって佐倉の鼻歌が聞こえたような気がした。
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