22 / 23
走って帰る冬の朝
しおりを挟む
きちんとカーテンを引かれた寝室は暗く、いつまでも夜の中にあった。外は日が昇っているようだが、怠惰な休日に朝を招いれるつもりはない。潤也は大抵休みの日は昼過ぎまで寝ている。目が覚めても再び瞼を閉じ、睡眠に戻っていた。
それなのにふと身動いだのは、隣の気配がなくなっていたからだった。一緒に眠ったはずの昌則がいなくなっている。家の中には自分以外の気配がなかった。
これが付き合い始めた頃ならば一体どこに行ってしまったんだ、愛想を尽かされたのかと飛び起きて探していたことだろう。連絡もつかずに途方に暮れた頃にけろりとした顔で帰ってきて、日課のランニングをしていたと言われた日は安堵に腰が抜けてしまうかと思った。
健康的な恋人は、こんな冬の朝も走りに行っているらしい。寒いと言いながら出て行って、耳を赤くして帰ってくる。早朝でも昌則の足は鈍ることがない。むしろ休むと調子が出ないらしい。
一人でうつらうつらとしていると、玄関扉が開く音がした。少しだけ意識が浮上する。眠る潤也を起こさないように静かに入ってくる音がする。耳を澄ませていると、殺した足音が伝わってきた。シャワーを浴びる水音を聞きながら、また眠りに落ちていたようだった。次に目が覚めたのは寝室に戻ってきた昌則が、そっとベッドに潜り込んだ時だった。
「……おかえり」
目を閉じたまま小さく呟くと、すぐ側で笑った気配が鼻先に感じられた。
「ただいま」
風呂上がりの湯気を纏ったぬくもりがベッドを温める。嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いがした。安心してまた眠気が湧いてきてしまう。それでも朝一番の顔が見たくて、重たい瞼を押し上げた。
薄暗い室内に昌則の姿がある。シーツに頬を柔く潰されて、瞳を弓なりにして潤也を見つめていた。乾きたての黒髪が少しまつ毛に悪戯をして、首を傾げた拍子にさらりと流れていった。
「おはよ」
潤也と目が合うと昌則は嬉しそうに言った。まるで久しぶりに会えたような弾んだ声に、潤也も知らず唇を笑ませる。潤也だって昌則に今日もまた会えて嬉しかった。
「ん、おはよう」
溶けたように重たくなった指の背で昌則の頬を撫ぜる。想像通りの慣れた熱が伝わってきた。昌則はじゃれつくようにして指に唇で触れてくる。柔らかい感触が愛おしかった。
ベッドからなかなか出たくないのは寒いからだけではない。まだこうしていたくて、どちらも起きようとは言わなかった。
それなのにふと身動いだのは、隣の気配がなくなっていたからだった。一緒に眠ったはずの昌則がいなくなっている。家の中には自分以外の気配がなかった。
これが付き合い始めた頃ならば一体どこに行ってしまったんだ、愛想を尽かされたのかと飛び起きて探していたことだろう。連絡もつかずに途方に暮れた頃にけろりとした顔で帰ってきて、日課のランニングをしていたと言われた日は安堵に腰が抜けてしまうかと思った。
健康的な恋人は、こんな冬の朝も走りに行っているらしい。寒いと言いながら出て行って、耳を赤くして帰ってくる。早朝でも昌則の足は鈍ることがない。むしろ休むと調子が出ないらしい。
一人でうつらうつらとしていると、玄関扉が開く音がした。少しだけ意識が浮上する。眠る潤也を起こさないように静かに入ってくる音がする。耳を澄ませていると、殺した足音が伝わってきた。シャワーを浴びる水音を聞きながら、また眠りに落ちていたようだった。次に目が覚めたのは寝室に戻ってきた昌則が、そっとベッドに潜り込んだ時だった。
「……おかえり」
目を閉じたまま小さく呟くと、すぐ側で笑った気配が鼻先に感じられた。
「ただいま」
風呂上がりの湯気を纏ったぬくもりがベッドを温める。嗅ぎ慣れたシャンプーの匂いがした。安心してまた眠気が湧いてきてしまう。それでも朝一番の顔が見たくて、重たい瞼を押し上げた。
薄暗い室内に昌則の姿がある。シーツに頬を柔く潰されて、瞳を弓なりにして潤也を見つめていた。乾きたての黒髪が少しまつ毛に悪戯をして、首を傾げた拍子にさらりと流れていった。
「おはよ」
潤也と目が合うと昌則は嬉しそうに言った。まるで久しぶりに会えたような弾んだ声に、潤也も知らず唇を笑ませる。潤也だって昌則に今日もまた会えて嬉しかった。
「ん、おはよう」
溶けたように重たくなった指の背で昌則の頬を撫ぜる。想像通りの慣れた熱が伝わってきた。昌則はじゃれつくようにして指に唇で触れてくる。柔らかい感触が愛おしかった。
ベッドからなかなか出たくないのは寒いからだけではない。まだこうしていたくて、どちらも起きようとは言わなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
classmate
萩香
BL
小暮祐介(こぐれ・ゆうすけ)は、クラスメイトの山崎桂(やまざき・けい)との放課後のアクシデントが、どうしても頭から離れず…。
After Rainシリーズの番外編ミニストーリーです。
ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
短編集
小林 小鳩
BL
書きためてた短編BLをまとめました。
ほのぼの、片想い、年の差、幼なじみ、同級生、初恋など色々あります。
「blue mint blue」と「LEMON DROPS」はシリーズになっています。
パパはアイドル
RU
BL
人気ロックシンガー ”東雲柊一” の息子である桃太郎こと桃ちゃんは、日々を勝手な親父に振り回されている。
親父の知り合いである中師氏の義息の敬一は、そんな桃太郎の心のオアシスであり、尊敬する兄のような存在だった。
敬一を羨望する桃太郎の、初恋の物語。
◎注意1◎
こちらの作品は'04〜'12まで運営していた、個人サイト「Teddy Boy」にて公開していたものです。
時代背景などが当時の物なので、内容が時代錯誤だったり、常識が昭和だったりします。
◎注意2◎
当方の作品は(登場人物の姓名を考えるのが面倒という雑な理由により)スターシステムを採用しています。
同姓同名の人物が他作品(無印に掲載中の「MAESTRO-K!」など)にも登場しますが、シリーズや特別な説明が無い限り全くの別人として扱っています。
上記、あしからずご了承の上で本文をお楽しみください。
◎備考◎
この物語は、複数のサイトに投稿しています。
小説家になろう
https://mypage.syosetu.com/1512762/
アルファポリス
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/382808740
エブリスタ
https://estar.jp/users/156299793
カクヨム
https://kakuyomu.jp/users/metalhamaguri
ノベルアップ+
https://novelup.plus/user/546228221/profile
NOVEL DAYS
https://novel.daysneo.com/author/RU_metalhamaguri/
Fujossy
https://fujossy.jp/users/b8bd046026b516/mine
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる