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絶対零度の共振

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 日の落ちた倉庫街に静寂が訪れた。銃声が鳴り止み、消えるべき者は皆消えて地を這っている。残った呼吸の音は三つだけだった。
 ヨウは空薬莢を落とし、深く深く溜息を吐いた。胸の内側で燃えていた炎が燻り、苦いものが広がっていく。漂うのは空虚感ばかりだ。分かっていたことだが、何人殺したところで心が満たされることはない。冷えた海風が火照った体に吹きすさぶ。レプリカもNも、無言のままヨウの元へと歩み寄ってきた。
 死屍累々の血溜まりの中に、会いたい男が見つかるはずもない。立ち尽くしていたところで何になるわけもないのに、帰ろうという言葉がつっかえて出てこなかった。

「ヨウ」

 空になったリボルバーを携えて俯くヨウに、Nが声をかける。今は何を言われても受け取れそうにない。緩く首を振るが、もう一度呼ばれて不貞腐れたように顔を上げた。しつこいと不機嫌な顔を作ったが、Nが鋭い目でどこかを見据えていたのですぐに視線の先を追う。そこにはこちらに向かって来るヘッドライトが見えた。
 援軍が来たのかと、ヨウは弾薬に手を伸ばす。しかしそれが男達の車とは違う形をしていることに気がつき、手が止まった。運転席に涼の姿を見つけ敵意が萎んでいく。別に迎えになど来なくてもいいのにと口を曲げていれば、近づいた車は静かに停車した。
 ヘッドライトは点いたまま、後部扉が開いた。すっかり闇の広がった海辺にライトの光だけがやけに眩しい。ゆったりと降りてきた人影を見て、ヨウの瞳はみるみる丸くなり光を吸って輝いた。

「サッキー!」

 三人の歓喜の声が重なる。まるで当たり前のように車を降りた佐々木は、いつも通りの笑みを唇に乗せてよおと軽く言ってのけた。

「よかったあ!」

 ヨウは近寄りがたいほどに放っていた暗い雰囲気を一瞬で跳ね飛ばして満面の笑顔を見せる。本物かどうか確かめるように佐々木の元に駆け寄り、心底安心したように喜んでみせる。

「いやー、本当に死んだのかと思った」

 Nはあっけらかんと言いながらも柔和な笑みを浮かべていた。ひでぇと口先だけで傷ついてみせる佐々木を軽快に笑い飛ばして無事を祝う。

「別に俺は心配してなかったけど、ヨウくんが泣いてたから」

 レプリカはそんなことを言いながらも佐々木の姿を見てやっと力を抜いたようだった。

「レプさんだって心配してた」
「ヨウくんは死にそうな顔してた」

 軽口を叩きあう二人を佐々木は目を細めて見守っている。ようやくいつも通りの四人の空気が戻ってきた。

「ちょっとぉ、安居金融が危ないって言ったのサッキーでしょ」

 運転席の窓が開き、涼がじゃれあう四人に声をかける。友幸商事にふらりと姿を見せた佐々木をここまで送り届けてきたのだ。再会の喜びに浮ついていたが、佐々木がにわかに真剣味を帯びた顔つきに変わった。こんなところで話し込んでいる場合ではないと、佐々木とヨウは涼の車に乗り込む。Nは行きの車にレプリカを乗せてその後に続いた。
 つい先程まで死の音が響いていた倉庫街は今や波風の音だけが広がり、血の匂いすら潮に掻き消されてしまった。二つのテールランプが遠のくと、もう惨状を照らすものはなかった。
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